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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結)(コミカライズ開始)  作者: Y.A


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外伝10 信長はよく津田屋敷に乱入する

「王ちゃん、今週は中華料理週間だから」


「今日子様、任せるアルよ」


 津田家には、明出身の家臣が十数名存在した。

 大半が料理人であり、中には明の大商人や貴族の下で専属料理人をしていた者もいる。

 ちょっとしたトラブルから主人と揉めてクビになったり、最悪殺されそうになった者を、津田家が保護してリクルートしたのだ。


 現在津田家専属料理人中華料理部門の責任者である王も、下らない理由で貴族であった主人に殺されそうになったところを、津田家によって救われた口だ。

 

 彼は江戸で日本語を覚えながら、津田家が持つ中華料理の情報を参考に再修行を行った。

 光輝達がいた時代の中華料理と、この時代の中華料理は大分違う。

 同じものもあったが、王は初めて聞く料理が多くて驚いたほどだ。


 それでも彼は、貴族に雇われるほどの凄腕料理人なのですぐにその料理をものにしていた。

 彼は料理の技能を認められて、津田家の家臣になっている。


 王家の当主となり、日の本で嫁を貰い、同じ境遇の元明人や、日本人の中華料理人志望者達の教育も行っていた。


 津田家には客が多いので彼らに中華料理を振る舞い、弟子達は津田家の家臣が昼食を摂る食堂でチャーハンや餃子、シュウマイ、春巻き、杏仁豆腐など。

 お手軽に食べられる中華料理の調理を定期的に行った。


 津田家の面々は最低週に一回は中華料理を食べるので、その時には王が選りすぐりの部下と共に自ら鍋を振るった。


 他にも、江戸城近くに官営の中華料理店の経営も行っている。

 これは沢山いる修行中の調理人達に実践の場を与え、低く抑えられている給金を補う目的もあった。

 彼らは修行に励み、津田家に正式に仕官できるように努力を重ねる。

 仕官せず、津田領各地に散って新しくお店を作る者が出始めるのは、もう少し先の話であったが。


「大殿様、今日子様、朝は中華粥を準備したアル」


 朝食は、中華粥がメインであった。

 鶏肉、豚肉、牛肉、アワビ、ホタテ、カキ、エビ、イカなど。

 津田領で産出された素材を使った美味しいお粥に、津田一家は舌鼓を打った。


「美味しいな。鶏の出汁がよく出ていて最高だ」


「アワビは贅沢だね」


「津田領は肉も魚も野菜も質がいいアルネ。明の皇帝陛下でもこんないいもの食べていないアル」


 手間暇かけて生産してるし、何より冷蔵庫の存在は大きかった。

 輸送中に材料が悪くなってしまうからこそ、中華料理は強い火力で調理するという理由も存在するのだ。

 だが、津田家では材料の鮮度がいいので、和食や洋食を参考に新しい料理も自由に試せた。

 料理の幅が広がったので、生粋の料理人である王は津田家に来てよかったと思っている。


「昼は少し遅めにして、点心を出すアル」


「僕は、海老焼売を多目に!」


「任せるアルね。清輝様。点心を専門にする料理人の育成が順調アルね。練習の数をこなすために、官営店の一角で点心売らせているけど、凄い人気アルね」


 江戸城近くにある官営の中華料理屋は、何も金持ちだけのものではない。

 チャーハン、麻婆豆腐、青椒肉絲、回鍋肉、八宝菜、酢豚などを出す庶民でも月に一度くらいは食べに行ける食堂や、胡麻団子、月餅、杏仁豆腐などの中華菓子を出す喫茶スペースもある。

 江戸の庶民は、給金が入ると家族で官営店に食べに行くのが人気の娯楽となっていた。


 ここに追加で、各種餃子、焼売、小籠包、中華チマキ、肉饅、蒸し餡饅などを出す新店舗を出したのだ。


「餃子、焼売などを作る腕前を上達させるには、とにかく沢山作るしかないアルよ。みんな、朝から晩まで餃子包んでるアル」


 食堂で出る料理よりも安いので、餃子と焼売は江戸の庶民に大人気となった。

 その場で簡単に食べられる中華饅も同じく大人気だ。

 持ち帰りも可能で、最近ではフライパンなどの調理器具も普及しているとあって、加熱していない生餃子もよく売れている。


「カニ味噌入りの蒸し焼売が美味しい」


「大殿様、上海ガニが手に入らないから、モクズガニで代用したアル」


「ほぼ同種だから似た味がするな」


「そういえば、よく似ているアルね」


 光輝は、大昔惑星『ネオホンコン』の中華料理屋で食べた上海ガニの味を思い出した。

 茹でた物をそのまま食べてもよし、独特の甘みがある蟹味噌を使った料理も最高だった。


 モクズカニも味噌が美味しいカニであり、今日は王が作ったカニ料理を大いに堪能した。


「夜は仙台産のフカヒレと、ペキンダックも出すアルね」


「僕は、エビマヨが食べたい」


「了解アルね。伊勢エビで作るアルヨ。まよねーずは革命的な調味料ね。明にもなかったアルよ」


 光輝達が津田領で生産させているので、明にはなくて当然だった。

 王はエビマヨという料理の存在を知った時、自分はもっと研究をしなければと思ったほどだ。


「夜に期待していてほしいアル」


 それから数日、光輝達は家族で中華料理週間を堪能した。

 途中で飽きないように王が手を変え品を変えて料理を出し、現時点で王に敵う中華料理の達人は存在しないはずだ。

 ただ、皮肉にも明の人間がそれを知る事はできなかった。

 彼は津田領内のみで中華料理を作り続けたからだ。


「残念、急用で石山に行かなきゃいけない」


「あーーー私もだよ。王ちゃんの北京ダック」


「大殿様、今日子様、ワタシは江戸から出られないアルけど、いま一番調子のいい弟子を連れて行くといいアルね。今も補助をさせているけど、いい腕アルよ」


「王ちゃんが太鼓判を押すなら大丈夫だね」


 一度決めた中華料理週間を途中で止めるのが嫌な今日子は、王の弟子で同じく津田家臣である若者を連れて船で石山へと向かった。


「大殿、荷物が多いですな」


「食材や調味料が特殊な料理だからな」


 今日子と光輝を運ぶ船長は、船旅の途中で肉饅や餃子などをご馳走になりながら石山へと向かう。

 大量の食材などは、そのまま津田屋敷に運び込まれた。


「ここでも大丈夫?」


「はい、火力の強いコンロも持ち込みましたから」


 ガスを使う大火力も出せるコンロは、ガスの管理が難しいのでまだあまり数は出回っていなかった。

 津田家では普通に使われていたが。


「昼食は中華が食べたかったけど、俺はちょっと用事があって出かけないといけない」


「それは残念だね」


「夕食までには戻るよ」


「わかったわ」


 光輝は所用で出かけ、今日子は一人になってしまった。

 急な用事なので夕姫も連れて来なかったからだ。

 一人で中華料理を食べるのも何なので、彼女は友人達を招待して中華料理を振る舞う事にした。


「ほほう、これが明の料理ですか。美味しそうですね」


「お久しぶりです。今日子さん」


「本日は招待していただきありがとうございます」

 

 今日子が招待したのは、濃姫と信長の他の妻達、羽柴秀吉の妻であるねね、前田利家の妻であるまつ、夫を亡くし今は出家している滝川一益の妻など、友人付き合いをしている女性達であった。


「今日子、テーブルが回るのは面白いですね」


「こうやって回して、自分が食べたい料理を取りやすくするんです」


「これは便利ですね」


 荷物が重くなったのには、このような回る中華テーブルなどの備品もあったからだ。

 ちなみにこの発明、実は日本で考案されたものであった。

 この世界では、津田家の発明という事になってしまうが。


「鮑、クラゲ、伊勢エビ、ピータン他冷製の盛り合わせ、四川麻婆豆腐、皮つき豚バラ肉の角煮、エビチリ、エビマヨ、フカヒレの姿煮、フカヒレスープ、青菜の炒め物、春巻き、餃子、焼売、小籠包。ご飯の代わりに貝柱チャーハンを用意しました。デザートも作りたての杏仁豆腐を用意してあります」


 王が推薦するだけあって、日本人の料理人ながらも手際よく料理を大量に作ってテーブルに並べていく。

 今日子と濃姫達は、好きな料理を取って食べながらワイワイと話をしていた。


「自分の好きな料理を自由に選べるのがいいですね。私は、エビチリが一番好きですね」


 濃姫はエビチリがお気に入りで、これを何度もお代わりしていた。


「とても美味しいですけど、少しだけ藤吉郎様に悪いかもしれません」


「ねねさんは優しいな。たまにはいいと思うよ。女性だけでこうして騒ぐのも」


「今日子の言うとおりです。うちの大殿もそうですが、旦那様は私達女子を置いて自由に遊びまわっているのですから」


 信長の正妻である濃姫がそう言うと、実に説得力があった。

 実際に信長は、男だけで遊ぶのも大好きだからだ。

 

「私達は旦那様よりも遊ぶ頻度は低いですからね」


「そうです。たまにはこういう席があっても罰は当たらないと思います」


 おまつも濃姫の意見に賛同し、女性達は中華料理と中華菓子を思う存分楽しんだ。


「今日子、お土産まですいませんね」


「早めに蒸かして食べてくださいね」


「どうせ、今日中に全部なくなりますよ」


 濃姫達はお土産に焼売と中華饅を貰ったが、大抵の家だと津田家の土産物は早くなくなってしまう。

 今日子は賞味期限を気にしていたが、貰った側はまったく心配していなかった。

 むしろ、取り合いに敗れてお土産が食べられなくなる心配をしなければいけないのだから。


「またこのような席が設けられるといいのですが」


 今日子の見送りで石山城まで戻った濃姫達は大量のお土産を持っていたが、夕食に料理人に蒸かさせて子供達や出席できなかった女達に配ると、あっという間になくなってしまった。


「人数が多いので仕方がありませんね」


 それでも、みんなに一個ずつくらいは焼売と中華饅が行き渡る。

 

「美味しいね」


「津田家のお土産はいつも美味しいな」


 みんなで濃姫からの贈り物に感謝しながら食べていると、そこに視察から戻った信長が姿を見せる。

 そして、焼売と中華饅の匂いに敏感に反応した。


「これは美味そうな匂いが……これ」


 信長は、近くにいた女中にいい匂いの元を問い質した。


「大殿様、これは濃姫様からのお土産でございます」


「そうなのか。濃よ!」


 彼らが食べている物の正体が知りたいと、急ぎ濃姫の元に向かった信長は、そこで女性達が津田屋敷で大量の中華料理を腹一杯ご馳走になった事実を知ってしまう。


「何と! そのような美味しい物が存在するとは……早速ミツにご馳走させよう」


 早速信長はジャイニズムを発動させ、知らぬ間に光輝は中華料理で信長を歓待する事が決まってしまうのであった。






「ミツ、急ぎ中華料理とやらを出せ」


 思い立ったら吉日なので、信長は早速夕食をご馳走になろうと津田屋敷に森蘭丸を連れて突入した。

 すると、光輝と今日子は刺身と天ぷらでご飯を食べているところであった。

 今日子が二食続けての中華料理を嫌がったので、夕食は和食となっていたのだ。


「ミツ、今日子。なぜ中華料理ではないのだ?」


「それは明日にしようかと思いまして」


「ならん! 今すぐ出せ」


 年を取って多少丸くなったと言われてはいても、信長はやはり信長であった。

 すぐに中華料理を出せと、二人の命令する。


「ですが、フカヒレを戻すのに明日までかかるのですよ」


 光輝は仙台産のフカヒレを大量に持参していたが、フカヒレは食べられるようになるまで時間がかかる。

 今日のお昼の会で予想以上に好評で大量に提供してしまった結果、乾燥したフカヒレを戻す作業が必要になってしまったのだ。


「これがないと、フカヒレ焼売、フカヒレ饅、何より姿煮が作れませんよ」


 信長からの命令を断るのには勇気がいる。

 光輝だと断れるか怪しいところであったが、今日子は肝が据わっているので明日にしましょうと信長を説得した。


「フカヒレというものは美味しいと聞くな。濃が絶賛しておった」


 津田領で生産され、明に高値で輸出されているドル箱商品であると信長は聞いている。

 今日子は、フカヒレ姿煮、フカヒレスープ、フカヒレ焼売、フカヒレ饅頭などを提供し、濃姫達に大好評であった。


『美味しく、美容にもいいというのが最高ですね』


『ちょっとお値段はお高いけど……』


『うちの領地は海に接しているので、フカヒレを作れないかしら?』


 フカヒレにはコンドロイチンとコラーゲンが豊富で、肌の潤いを保ち、カサつきなどからくる肌の老化を防ぐ効能がある。

 そう今日子からの説明を聞いた濃姫とねね達は、フカヒレをこよなく愛好するようになっていく。  

 

「干し鮑と、干し海鼠も戻している最中ですし、明日は子豚も用意できるので丸焼きを作ろうかと思いますが」


「つまり、豪華で美味いのだな?」


「はい、明でも皇帝か王侯貴族しか食べられないでしょうね」


「わかった、お蘭! 明日は予定を変更だ! 我はどこにも行かぬぞ」


「畏まりました」


 信長の有能な側近である蘭丸は、すぐさま信長のスケジュールを変更する作業に没頭すべく津田屋敷を後にした。

 その作業で忙しい彼の代わりに、その代わりに数名の若い小姓達が信長の護衛につく。


「刺身と天ぷらも美味そうだな」


「召し上がられますか?」


「勿論」


 信長は今日子が準備した夕食を食べながら、明日に出される豪華な中華料理に思いを馳せるのであった。






「おおっ!」


 そして、待ちに待った翌日。

 信長の前に大量の中華料理が並んだ。

 濃姫達に出したメニューに加え、子豚の丸焼き、北京ダック、ナマコのネギ煮込み、アワビのオイスターソース煮など。

 数十種類の料理が並び、中には蚊の目玉のスープ、燕の巣と蟹肉のスープ、燕の巣入りココナッツミルクなど、明から輸入(密輸)した材料で作った料理もあった。


「これは美味そうではないか」


 信長は子供のようにはしゃいで、次々と高級中華料理を食べていく。


「どの料理も最高ではないか。フカヒレはお濃が絶賛するだけはあるな! ペキンダックの皮の香ばしいこと。燕の巣も変わった食感で美味いな。鮑もナマコも素晴らしい。ミツ、これは何の料理だ?」


「熊の手です」


「熊とは、あの熊か?」


「はい。明では高級食材なのです。何でも蜂の巣からハチミツを採る時に使う右手の方が高価だとか」


「そうなのか。左手が利き腕の熊がいたらどうするのであろうか?」


「いても、数は少なかろうと思います」


 それに、右手の件は話半分であるという事実もあった。

 あと、実は日本でも昔から熊の手はご馳走とされていた。

 あの有名な小野小町も、熊の手が大好物であったそうだ。


「かもしれぬな。これも美味いな」


 信長は、熊の手の煮込みも気に入ったようだ。


「して、このスープは?」


「蚊の目玉のスープです」


「蚊の目玉? 明の連中は変わった物を食うな。しかしながら、これは蚊の目玉の味ではあるまい」


「スープで味付けしていますからね。明では滅多に食べられない高級品だそうです。入手にも苦労しました」


 燕の巣は金を積んだら簡単に入手できたが、蚊の目玉は苦労した。

 未来では都市伝説扱いされる食材であり、当然光輝達も食べた事はない。

 何でも、洞窟に住む蚊を食べるコウモリの糞から採取するそうで、興味があった光輝が大金を積んだのだ。

 それでも金さえ払えば何でも手に入るところが、中国大陸の伝統なのかもしれない。


「高級な食材を使った料理は美味いが、この小籠包はいいな。匙の上で皮を破き、あふれ出た熱い汁を啜る。この火傷しそうなほど熱い汁が堪らない」


 他にも、パラパラになるまで炒められたチャーハンなどが信長のお気に入りであった。


「これも米が材料なのか」


「大殿、この別の器に入った餡をオコゲにかけてみてください」


「おおっ! 音がするぞ!」


 信長は中華オコゲも気に入り、熱い餡を揚げたてのオコゲにかけて音が出るのを子供のように楽しんだ。


「明のお菓子も美味い。我は大満足だ」


 お腹一杯中華料理を堪能した信長は、ついてきた森蘭丸や小姓達にも余った料理を勧め、満足そうにジャスミン茶を飲むのであった。








「昨日はお腹一杯食べたから、今日は軽くパスタでも作るよ」


「いいねえ。何の味にする?」


「簡単なペペロンチーノでいいよね?」


「いいね。豪華な具材を入れずに、麺そのものを楽しむ。こういうのも粋じゃないか」


 中華食材が尽きた翌日、光輝と今日子は昼食にパスタを茹でる事にした。

 ニンニク、オリーブオイル、トウガラシでペペロンチーノを作る。

 メニューはこれだけであり、今日は純粋にパスタの味を楽しもうという趣向だ。


「なるほど。それはいい」


「大殿?」


「昨日は美味かったが、食べすぎたのでな。『ぺぺろんちーの』とやらを出せ。それにしても、南蛮には色々な料理があるな」


 信長はペペロンチーノも満足そうに食し、やはり森蘭丸もそのお零れに与っていた。

 新地家にはイタリア料理専門の家臣もいたが、さすがにイタリア人は家臣にできず、日本人に今日子がイタリア料理を教えた。


 そのためこの世界では、イタリア料理の元祖が日の本にも存在するというわけのわからない状態になるのであった。

 なお、フランスやドイツも同じような事になったが、イギリス料理を作る家臣は新地家にはいなかった。


「料理人の数も限られているから、イギリス料理担当なんていらないだろう」


「正直なところ、碌な料理がない印象しかないわね……。特に作りたい料理も……スコッチエッグくらい?」


 光輝と今日子はイギリス料理に何の魅力も感じず、この世界でもイギリス料理が不味いのは定番となったのであった。









「大殿、見てください。この丸々と太ったウナギを」


「いいねえ。早速捌いて焼いてくれ」


「畏まりました」


 石山の津田屋敷において、調理を担当する光輝の家臣達が近くの川で漁師に獲らせた天然ウナギを持参した。

 厳選された丸々と太ったウナギばかりで、光輝と今日子はとても美味しそうだと思う。

 

 津田家において、ウナギの養殖はいまだ研究の域を出ておらず、その生産量は非常に少ない。

 後世はともかく今は天然物が大量に獲れるので、津田領内では治水と並行してウナギが生息しやすい河川改修を行う方に傾注している状態だ。


 光輝がいた未来ではウナギの完全養殖が実現していたが、これはなかなかに技術を要するもので、今は河口でシラスウナギを採取し、それを育てる養殖の習得に力を入れていた。


 今はそんな状態なので、石山にいる光輝と今日子は地元石山付近で天然ウナギを漁師から購入していたのだ。

 

「ウナギは調理に時間がかかるけど美味しいよな」


「もうそろそろ土用の丑の日だね。みっちゃん」


 土用の丑の日が設定されたのはもっと後世なので、この時代にはそんな風習はなかった。

 それでも今は夏で熱く、光輝と今日子も夏バテ気味だったので、勝手に土用の丑の日のウナギを漫喫する事にしたのだ。


「今日は屋敷のみんなにも振る舞うから、一杯焼いてね」


「お任せください。今日子様」


 ウナギは津田家の財力を用いて大量に購入していたので、石山の津田屋敷にいる家臣や使用人全員に振る舞う事にした。

 調理担当の家臣がウナギを背開きにしてから捌き、串に刺してから白焼きにし、蒸してからタレをつけて焼いていく。


 いわゆる関東風のやり方だが、光輝も今日子もウナギの身がふっくらとした関東風の方が好きだし、津田家の領地は関東にある。

 光輝も一応武士なので、切腹に通じる腹開きの関西風を避けたのだ。


 次々とウナギが捌かれ、焼かれていく。

 ウナギから取り出した肝も肝吸いと肝焼きに調理され、先に光輝と今日子の下に白焼き、う巻が冷酒と共に出された。

 普段は昼から酒など飲まない二人だが、今日くらいはという事で白焼きとう巻をつまみながら冷酒をチビチビと飲んでいる。


「みっちゃん、こういう事をすると大人って感じがするね」


「そうだな。俺達もいい年なんだけど」


 たまには夫婦二人だけでこういう時間を持つのもいいと、酒を飲みツマミ代わりに白焼きとう巻を食べていると、突然そこにある人物が飛び込んできた。


「ミツ! 今日子! 美味そうなものを食べているではないか!」


 勿論、その人物とは織田信長その人であった。

 そして、当然彼の隣には森蘭丸の姿もあった。


「よくわかりましたね。大殿」


「ミツ。石山城にまで、いい匂いがする煙が流れてきているのだぞ。当たり前ではないか」


 屋敷にいる全員分のウナギを焼いているので、大量の煙が石山城にまで流れてしまったようだ。

 

「中には津田屋敷が火事なのではないかと言う者もいたが、我はすぐにわかった。この香ばしい煙の匂い。これはウナギであろう」


 信長は、前に津田家でウナギの蒲焼きをご馳走になっていたので、煙の匂いの正体にすぐに気がついたようだ。


「ウナギは煙で食わせると言いますから」


「なるほど。どこの地方の名言かは知らないが、至言だな。我はお腹が減って堪らん。我にもウナギを出せ」


 相変わらず強引な信長であったが、まだウナギは大量にあったし、織田家の重臣はこのくらいの事には慣れている。

 光輝と今日子は使用人に命じ、まずは白焼きとう巻を信長に出した。


「これは、タレがついておらぬな」


「こうやって食べると美味しいですよ」

 

 光輝は、白焼きにワサビ醤油をつけて口に入れる。

 他にも、天然塩、ポン酢醤油、しょうが醤油などをつけて食べる事も信長に勧めた。


「タレがついていない白焼きも、これはウナギの旨味が素直に出ていて美味いな」


 信長も、チビチビと酒を飲みながらウナギの白焼きを堪能した。

 続けて、ウナギの蒲焼きを玉子焼きで巻いたう巻を調理人が運んできた。


「玉子焼きとウナギは合うのだな。二種類あるようだが?」


「これは、ウナギと一緒に青じそを巻いているのです。香りがよくなります」


「これも美味いな」


 さらに、ウナギの骨を油で素揚げした煎餅に、頭をタレにつけて焼いたかぶと焼きなど。

 光輝達と信長は、次々出てくるウナギ料理を堪能する。


「ですが、やはり主役は」


「おおっ! そうだな、ウナギはやはり蒲焼きに限る!」


 メインであるうな重が出され、信長は大喜びでそれを食べ始めた。


「うな重の前に出た料理も美味かったが、やはりウナギはうな重に限る。肝焼きと肝吸いもあるか。我は満足だ」


 一通りうなぎ料理を食べ終わると、今度は光輝がいた時代でも惑星『ネオシズオカ』において有名な土産品であったうなぎパイがデザートして提供された。


「なあ、ミツ」


「はい、何でしょうか?」


「この『うなぎぱい』とやらは美味いが、うなぎの味がしないな」


「かといって、ぶつ切りのウナギをパイに入れると、それはそれであまり美味しくなさそうな気がしたので、粉にしたウナギが入っているのです」


「そうだな、うなぎは蒲焼きに限る。ぱいは、調理に使わない部分の有効活用としてはありなのか」


「ウナギなので、滋養強壮にはいいですから」


 ウナギのフルコースを堪能した信長は、いつもどおりウナギの蒲焼き、う巻、骨煎餅、ウナギパイをお土産とし、颯爽と津田屋敷を後にするのであった。

 

「今日子、ウナギは煙で食わせるって本当だな」


「そうだねぇ」


 ウナギを焼く煙で、信長がやって来た。

 昔聞いたウナギの煙の効能は本当なのだと、二人は納得するのであった。







「毎回うな重だけってのもどうかと思うから、今日はウナギ茶漬けとひつまぶしを作りました」


「おおっ!」


 数日後、まだ夏の石山はうだるような暑さであった。

 二人はまだ生きたウナギが残っていたので、これを調理人に焼かせてから、さっぱりとした茶漬けとひつまぶしを楽しむ事にする。

 

 茶漬けは、温かいご飯に白焼きを乗せ、そこに梅塩、刻みネギ、刻み海苔、ワサビも乗せ、最後に熱いほうじ茶を注ぐ。

 他にも、山椒出汁醤油で炊いたウナギの佃煮を載せた茶漬けもあり、二人は仲良く少量ずつ食べて楽しんだ。


 細かく刻んだウナギの蒲焼きをご飯に乗せたひつまぶしもあり、これも少し茶碗に取ってから薬味を乗せ熱い出汁を注いで食べる。


「ひつまぶしもいいな」


「そうだね」


「今日は凄く暑いからな。体力をつけないと」


「そうだね、みっちゃん」


「そうだな。我も今日は暑くて堪らん。この前に続き、美味そうな物を食べているではないか」


「「うわっ! びっくりした!」」


 またいきなり信長が姿を見せたので、光輝と今日子は思わずのけ反ってしまう。

 

「我こそ驚きだ。こんな美味い物を独占するとは。なあ、お蘭よ」


「大殿は、この暑さで食欲がないようなのです」


 森蘭丸としても、光輝と今日子がケチだとは言いにくい。

 そこで、上手く信長が暑さのために食欲がなくて困っているのだと話題を転換した。

 

「(大殿が? 食欲がない?)」


 光輝の記憶が確かならば、信長はいついかなる時でもよく食べていた。

 その食欲があるからこそ、天下を取るほどの驚異的な行動力を得たのだと思っていたのだ。

 それをバカ正直に口にするほど、光輝ももう若くはなかったわけだが。


「茶漬けとひつまぶしか。どれも美味いな」


 信長に料理を所望されて出さないという選択肢もないので、彼は今日もウナギ料理を堪能していた。


「何かいい匂いがするな」


「試作料理ですよ」


 調理場では、ウナギのせいろ蒸しが作られていた。

 せいろ蒸しは、惑星『ネオフクオカ』で前に一度食べた事があったので作ってみたのだ。

 作り方は今日子からで、調理人達が実際に試作していた。


「そうか。それはいい時に来たな」


 ここで試食をしないわけがない。

 それが織田信長という人物であった。


「ほほう。蒸す事でうなぎがフカフカになって、これは優しい味で美味いではないか。うなぎにも色々な料理があるのだな。他にはあるのか?」


「あるにはあるのですが……」


 今日子は、一応作ってみたけどあまり出したくはないという表情を浮かべた。


「試食してやる。出せ」


「はい」


 信長の命令なので、今日子は自分は失敗作だと思っている料理を出した。


「今日子、これは凄い見た目だな……」


 今日子が試作したのは、別の世界では18世紀にイギリスで生まれた伝統料理。

 ウナギのゼリー寄せであった。

 これは、ぶつ切りにしたウナギを酢に水とレモン汁、ナツメグを加えたもので煮込み、煮汁ごと冷やすと煮凝りになって固まるという料理である。


 今日子は何とか美味しくできないかと挑戦してみたのだが、結果は駄目なものは駄目という結論に落ち着いていた。


「見た目が根本的に駄目だな。これはどこの料理なのだ?」


「エゲレスという南蛮にある国です」


「エゲレスとやらの人間は、こんなものしか食えないから船で外に出るのだな」


 信長の意見は、ある意味真理を突いていた。


「それにしても……せっかくのうなぎが……。これは駄目だ」


 信長は一口で試食を放棄し、口直しに再びせいろ蒸しを食べ始めた。


「こんな料理、わざわざ作る奴はいないと思うが、禁止にしたい気分だ」


 勿論これは信長の冗談であったが、以後の日の本においてウナギのゼリー寄せを作ろうとした人間はほぼ皆無となった。

 その最大の原因は、彼が私的な日記にウナギの煮凝りの不味さを大々的に記述しており、それが後世世間に知れ渡ったからであった。


 なお、ウナギの蒲焼き以下の様々な料理は徐々に庶民にも普及していくが、消費量の拡大から、二十世紀後半にウナギが絶滅寸前まで追い込まれてしまう。

 これをうなぎの完全養殖によって救ったのは、津田家の協力を得た織田本家当主にして有名な魚類学者でもあった織田信有であった。

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