表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

152/157

外伝9話 人工宝石と金魚掬い

「兄貴、こんなものを試作したんだけど……」


 普段はカナガワに籠っている事が多い津田家影の宰相(自称)清輝が、光輝にいくつかの試作品を見せた。

 普段は海底に鎮座する巨大船カナガワの艦内には、多くの実験生産施設が存在する。

 段階的に、情報漏えいしても痛くない品の生産施設を津田領内に移しているが、やはり津田家の力の源泉はこの艦内にあった。


 艦の動力である核融合炉が使えるので、先進的な物を生産するのに必要な莫大なエネルギーが確保できるのが大きいからだ。

 他の大名や国家がある程度真似はできても、品質や生産コストでは津田家の足元にも及ばない。


 完全にインチキであるが、それを是正しようとするほど光輝は善人でもなかった。

 これはゲームではないのだ。

 負ければ滅亡であり、家族もそれに巻き込まれてしまう。


 よって、彼が情報の秘匿に手を抜く事はなかった。


「何を作ったんだ?」


「人工シリーズ」


「シリーズ?」


「そう、人工の宝石とか、人工象牙、人工翡翠とかだね」


 光輝達がいた未来では、宝石の価値が大分落ちていた。

 天然石で高品質なものの市場は存在したが、安価に人工宝石を作る技術が進み、天然石との判別も難しくなっていたからだ。

 宇宙には大量に宝石が採れる惑星もあり、大昔ほどの価値はなくなっている。

 その分、昔と同じ値段で大きな宝石が買えるという利点も存在していたが。


 むしろ、さすがに未来でも人工的に合成できない金やプラチナなどの貴金属の方が希少性が高かった。

 宇宙でも採取はされていたが、採掘量を全宇宙に住む人間の人口で割ると、昔とさほど価値に違いはなかったのだ。


 だからであろう。

 光輝は貴金属には拘ったが、宝石にはさほど拘らなかった。

 集めた宝石は、一部高品質なものを残し南蛮や明に高値で販売している。


 特にヨーロッパ各国では、津田領でカットと装飾まで施された宝石が高値で取引されるようになっていた。

 明では、やはり翡翠の方が価値が高い。

 大半は原石のまま輸出しているが、これは中国の金持ちが自分の抱える職人に、自分好みの加工をさせるケースが多いからだ。


「人工ねぇ……偽物ともいうな」


「でも、材質は同じだよ」


 自然環境下で気が遠くなるほど時間をかけてできあがった天然物ではなく、人工的に同じ素材を用いて工業的に作ったものであった。

 特に人工宝石で用いられるフラックス法(高温高圧法)では、カナガワにある核融合炉が役に立った。

 核融合炉のエネルギー源は、海水から採った水である。

 エネルギーコストがかからないので、圧倒的有利に人工宝石が合成できるのだ。


 他にも、クズ宝石を高品質の宝石に作り変える技術もある。

 未来ではすぐに見抜かれて地方の土産物扱いであったが、この時代の人間には気がつかれない。

 ヨーロッパではガラスや劣悪な代替素材を使った偽宝石が出回っており、これにすら引っかかる金持ちがいるのだ。


 津田領産の人工宝石が天然物ではない事実に気がつく、この世界の人間はいなかった。


「まあ、成分的には同じものだからな……」


 それに、販売する時にもわざわざ『天然宝石』とはうたっていない。

 光輝は人工宝石の量産と販売も開始した。

 勿論そんな事はないのだが、『少し品質が低いので……』と少し安く売ったのだ。

 むしろ人工的に合成している分、不純物の少なさでは天然物より品質はよかった。


「そうなのですか……それでも売れると思いますよ」


 南蛮と明の商人は人工宝石も購入し、それを天然宝石と同じ値段で売り捌いた。

 両者の差に誰も気がつかないのだから、同じ値段で売って当たり前なのだ。


 こうして津田領産の人工宝石は、津田家にますます富をもたらしていく。

 その分欧州から富が流出していくのだが、彼らがそれに気がつくのは遥か未来の事であった。






「父上、また破れてしまいました」


「掬うポイは一杯あるから、沢山練習するといいよ」


「はい、母上は上手ですね」


「今日子は得意な事が多いからね」


 石山は夏であった。

 今日は光輝も今日子も暇であり、屋敷の庭でまだ幼い夕姫と親子三人で楽しい時間をすごしている。

 夕食後、三人で冷えたスイカを食べながら、庭先に出した金魚掬い用の水槽で泳ぐ金魚を掬っていた。

 金魚を掬うポイは竹の枠と和紙で職人に作らせている。

 他にも、金魚飼育用の水槽や、飼育道具なども製造が始まっていた。


 金魚は、カナガワで今日子が飼っていたものを増やした成果だ。

 魚関連なので、金魚の養殖は錦鯉と共に鮭延秀綱に任せていた。


 品種改良に時間がかかるので、今は今日子がカナガワの水槽で飼っていた品種のみである。

 和金、朱文金、コメット、琉金、出目金、キャリコ琉金など。

 他にも、オランダシシガシラ、丹頂、水包眼、ピンポンパール、白と黒のパンダ金魚に、三色琉金などの珍しい品種も飼っている。


『喪女であった義姉さんが、寂しさを紛らわすために金魚を飼う。ある意味、鉄板な趣味だね』


 最初に今日子の趣味が金魚飼育である事実を知った時、余計な事を言ってしまった清輝は今日子に締め落とされた。

 またも光輝は『雉も鳴かずば撃たれまい』と思ったものだ。


「金魚って、意外と手間がかからないもの。ランチュウには手を出していなかったけど」


「ランチュウって、飼育に手間がかかるんだ」


「水槽からして特殊だからね。飼育の手間が段違いなのよ。錦鯉は、池を準備しないと駄目だから飼わなかったの。水槽だと、飛び出し注意だし」


「ああ、鯉は跳ねるよね……」


 ランチュウ系統の金魚は、現物がないのでこれから品種改良を行う予定だ。

 錦鯉も現物がないので、これからの課題になるであろう。


 新しく仕事が増えた秀綱であったが、彼はちゃんと後継者も育てているので、死ぬほど忙しいわけでもない。

 特に、鮭マス関連の仕事は食料自給率にも関わる重要な仕事だ。

 秀綱は、若い部下の中から積極的に幹部候補を育てていた。

 

『なあ、私も参加していいだろう?』


『殿……ではなく、義光殿は東北の安定化のため必要な存在ではありませんか。このような枝の仕事は、我らにお任せください』


『鮭を大量生産する仕事も重要だと思うぞ』


 仕事は順調な秀綱であったが、彼には一つ悩みがあった。

 それは、鮭マス関連の仕事をやりたくて仕方がない旧主最上義光を定期的に宥めなければいけないからだ。


 佐竹義重と共に東北地方の責任者である彼を、鮭マス関連の仕事に就かせる余裕などなく、しかも相手は元の主君である。


 対応には注意を払う必要があり、これが結構な手間であった。

 秀綱はいい加減に諦めればいいのにと、義光を宥める度に思ってしまうのだ。


「金魚を増やすのは、もう問題はないわね」


 津田領内に数ヵ所建設された金魚の養殖場において、今日子の飼っていた金魚は大量に数を増やしている。

 とはいえ、まだ金魚とは非常に高価なものだ。

 金魚鉢などの道具と合わせると、そう簡単に庶民が買えるものでもなかった。


 金魚掬い用の水槽に入れてあるのは、育ててみたが形や色が悪いので弾かれたものが主である。

 でなければ、いくら光輝達でも金魚掬いには使わない。


「夕、ポイを真っ直ぐに水に入れると破れてしまうからな。斜めに水の抵抗が少ないように入れて、動かす時も同じだ。ゆっくりと動かして金魚を徐々にポイに追い詰め、金魚が暴れないように掬うんだ」


 光輝も金魚掬いは得意な方であった。

 今日子と結婚する前、デートでお祭に行くと金魚掬いばかりさせられたので自然と上達してしまったからだ。


「ポイの真ん中に金魚を載せると、重みで破れやすい。追い込んだ金魚はポイの端に載せるのと、載せたら素早く容器に移すんだ。そうすれば、ポイは破れにくい」


「こうですか? 父上」


「そうそう、掬った金魚を入れる容器はもっと水面に近づけて」


 光輝が夕姫に三十分ほど指導すると、彼女は上手く金魚を掬えるようになった。

 

「夕、上手いぞ」


「やりました」


 夕姫は、自分で掬った金魚を金魚鉢に移してから嬉しそうに眺めている。


「ちゃんと面倒を見るんだよ」


「はい」


 年を取ってから生まれた娘なので、光輝は夕姫を特に可愛がっている。

 普段光輝は、全国どころか外地まで飛び回っているので、一緒にいる時には猫かわいがりしていた。


「金魚さん、お名前を何にしようかなぁ?」


 夕姫が金魚鉢に入った金魚に餌をあげているのを見ながら、光輝は満足気な笑みを浮かべた。


「大殿、お客人です」


「誰だ?」


「それが、上杉謙信様で」


「あの人、またうちの屋敷にだけ顔を出したな」


 光輝ほど頻繁ではないが、実は謙信も定期的に領外を回っている。

 景勝がずっと朝鮮にいるので、主に領地発展に使えるネタや技術を売ってくれる津田領各地の視察を行っていたのだ。

 大半は江戸視察で、半分は休暇で遊んでいるようなものであったが。


 たまに石山にも姿を見せるが、謙信は光輝が仲介して非公式の私的な席でないと信長に会わなかった。

 津田屋敷に顔を出して、そのまま越後に戻ってしまう事も多かったのだ。


「津田殿、冷たい飲み物でもないか?」


「ありますけど……大殿とはお会いにならないので?」


「会わん」


「そうですか……」


 蒸し暑い夏の夜なので、謙信は平気な顔で光輝に冷たい飲み物を要求する。 

 今日子の健康指導もあるので彼は酒を飲まなくなり、光輝は無難に冷たい麦茶を出した。


「香ばしい香りがして、美味いものだな」


 謙信は冷たい麦茶をガブ飲みしてから、お替りも要求する。


「して、津田殿の娘御が見ている魚は何なのだ? 随分と綺麗な色をしているではないか」


「金魚ですよ。確か、かなり昔から日の本にもあったのでは?」


「そういえば、昔貴族や金持ちが大陸から輸入していたらしいな。話には聞いていたが、こんなに綺麗な色ではなかったと聞くぞ。しかも、あんなに大きな水槽に沢山。高いのではないか?」


 未来で品種改良を重ねたものの子孫なので、外れ扱いで金魚掬いの水槽に入っていても、この時代の最高級品に負けるはずがなかった。

 謙信は大量の金魚を見て、内心津田家侮りがたしと再確認している。

 

「そこは、うち独自の技術なので」


「そうなのか。ところで、この紙が貼ってある丸いものは何なのだ?」


 謙信は、夕姫が使っていたポイに興味を持つ。


「ああ……これはこのように……」


 光輝は、謙信にもポイを器用に使って金魚を掬うのを見せた。

 生まれて初めて金魚掬いを見る謙信は、目を丸くさせる。


「このような遊びがあるのか。簡単に破けてしまいそうな紙で金魚を掬う遊びとは面白い」


 早速謙信は、自分もポイを持って金魚掬いを始める。 

 最初は一匹も掬えずにポイをいくつも破いてしまうが、すぐに慣れて何匹か掬えるようになった。


「掬った金魚はもらえる……いや、無料のわけがないか。津田殿、これは商売なのか?」


「まあ、そんなところです」


 謙信は、金魚掬いが商売であることをすぐに見抜いてしまう。

 こういう勘の鋭いところが、彼が天才である所以なのであろうと光輝は思った。


「もっと掬えるようになりたいな……」


「ミツ、いるか?」


 謙信が再び金魚掬いに没頭しようとすると、今度はそこに信長が姿を見せる。

 やはり森成利を連れており、彼はやはり謙信の傍にいた樋口兼続に軽く目礼した。

 同じ立場という事で、お互いに苦労がわかるのであろう。

 兼続も返礼し、二人は友人とまではいかないが、同じような立場にいる同志という感覚なのかもしれないと光輝は思った。


「ミツ、綺麗な魚だな。それも、こんなに沢山か。少し寄越せ」


 信長らしい、ジャイニズムに溢れた言葉である。

 別に数匹あげるくらいなら、光輝は何とも思っていなかったが。


「無粋ですな、織田太政大臣様」


「謙信、それはどういう事だ?」


 ところが、そんな信長に謙信が釘を刺したところから、状況が一変してしまう。

 信長も、謙信から無粋だと言われては冷静でいられない。

 再び二人の間に緊張が走った。

 御付きの成利と兼続は、またかという表情をしている。

 共に、その顔を主人に見られるヘマはしていなかったが。

 

「これは、このポイなるもので金魚を掬って得る遊びなのです。ただもらっては面白くないでしょう」


 謙信はそう言いながら、器用にポイで金魚を掬って見せた。

 あきらかに信長への挑発である。

 成利と兼続が、またかと一瞬呆れたような表情を見せた。

 お互い大人なのだから、くだらない事で争ってくれるなというわけだ。


「遊び?」


「そう、この水槽を見れば、目が出た黒い変わった金魚に、赤、紅白、三色と色様々、形も色々な金魚がおります。自分で好きな金魚を得ればいい。まあ、このポイで掬えたらですが」


 ほしい金魚がいたら自分で掬え。

 できたらのお話ですけど。

 謙信の挑発に、信長はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。


「ふっ、我はこのような遊びは得意なのだ。すぐに謙信よりも掬えるようになろう」


「さて、それはどうですかな」


 二人は、生涯一度も戦をおこなわなかった。

 だが、非公式の席では様々な勝負を行っていたのだ。

 

「ミツ、コツを教えろ」


「はい」


 こうして、織田信長と上杉謙信による金魚掬い勝負が始めるのであった。






「なるほどな、ポイの角度や動かし方が重要なのか。しかし、それだけでは謙信には勝てんか……」


「独自の工夫が必要だな」


 遂に始まった二人の金魚掬い勝負であったが、最初の勝負は互角であった。

 同じ数を掬って引き分けている。

 勝負は三本勝負となっていて、あと二回で勝敗は決する予定だ。


「「(何とか引き分けてくれないかなぁ……)」」


 光輝と今日子の思いは一緒だ。

 なまじどちからが勝つと面倒になるので、とにかく引き分けてほしいという小市民的な願いであった。

 そんな二人をしり目に、信長と謙信の勝負は続く。

 共にすぐ金魚掬いのコツを掴み、次々と金魚を掬っていく。

 二回目の勝負も、掬った数は伸ばしたが互角であった。


「最後の一本です」


 三本目、最後の勝負となるが、信長も謙信も同じ数の金魚を掬った。

 そして、肝心のポイの状態だ。

 信長のポイは穴が空いていたが、上手く掬えばもう一匹くらいはいけそうだ。


「行くぞ」


 信長は慎重にポイを動かし、最後の一匹を掬う。


「勝った!」


 もう一方の謙信のポイは、ほとんど紙が残っていない。 

 あれではもう一匹も金魚を掬えまいと、信長が勝利を確信した。

 ゴルフでは引き分けてしまったが、これでようやく謙信に勝ったと。

 

 たかが金魚掬いでも、あの謙信に勝つ事ができれば信長としてはこれ以上の喜びはないというわけだ。


「……」


「もう無理ではないか?」


「……とは思いますが、ものは試しに……」


 謙信は、わずかにポイに残った紙とポイの枠を上手く利用し、神業的な動きで大きい出目金を掬った。

 信長に負けないため、彼は一瞬で高等テクニックを身に着けたのだ。


「おおっ!」


「凄いね」


 光輝と今日子が謙信の技を讃えるなか、こうして信長と謙信による金魚掬い対決は引き分けに終わるのであった。





「残念ではあるが、またの機会に」


「そうよな、次こそは勝利といきたいものよ」


 金魚掬い対決で引き分け信長と謙信は、自分で掬った金魚と、金魚鉢、水草、餌、その他道具、飼育指南書をもらって津田屋敷を後にする。

 結局、二人は自分で掬った金魚を全部持ちかえった。

 光輝は、金魚掬いの代金をもらっていない事に気がつくが、別に値段を決めていたわけでもないし、本当に金を取るつもりなどなかったから、気にもしていない。


「それよりも、俺を介して何でも勝負するのを止めてほしいよな」


「戦よりはマシだと思うけどねぇ……」


 光輝と今日子は精神的な疲労感に襲われ、その日はすぐに寝てしまうのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 低温核融合技術があるのに、錬金術(人工元素)は出来ないの? そういえば、人口宝石に関する「悪魔の錬金術」がある。金属酸化物の結晶を、核燃料の中性子に曝すことで宝石の色を調整するとのこと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ