外伝8話 スケート
「すすすぃーーーと、氷はいい感じだな」
「スケート靴の方は、もう少し改良が必要かな? 職人さん達に改善案を出さないとね」
冬の津田屋敷において、光輝と今日子はスケートを楽しんでいた。
密かに機械を持ち込んで庭に臨時のスケート場を作り、津田領の職人が試作したスケート靴で試しに滑っている。
今日子が作った毛糸の帽子、セーター、コート、マフラー、手袋、その他防寒機能に優れたインナーなどの試験も行われていたが、こちらは通常の防寒衣服の改良なので大成功であった。
「父上、私も滑りたいです」
「よーーーし、早速教えてあげようかな」
当然夕姫も参加しており、彼女は子供用のスケート靴に、こちらは防寒機能が充実した犬の着ぐるみ型防寒着を着ている。
「父上、似合いますか?」
「夕は可愛いなぁ。とてもよく似合っているよ」
「お犬さん、可愛いです」
「気に入ってもらえてよかった」
親の欲目がないとは言わないが、夕姫は今日子の子供の頃によく似ているそうだ。
今は可愛く、将来は美人になると光輝は思っている。
『あちゃあ、夕が義姉さんみたいになるのか……。喪女にならないといいけど……』
また清輝が余計な事を口走り、そのせいで締め落とされたのはそう前の事でもなかった。
相変わらず家臣達は、いつもの事だと気にもしていなかった。
「まずは氷の上に立つところからだね」
光輝も今日子ほどではないが、スケートは人よりも上手な方だ。
夕姫に指導を開始する。
「なかなか立てないです」
「夕、頑張れ。父がついているぞ」
「頑張ります」
最初は何度も転んだが、さすがは今日子の娘とでもいうべきか、すぐにある程度滑れるようになった。
「わーーーい」
夕姫は、一人で氷の上をすいすいと滑り始める。
運動神経のよさは、間違いなく今日子に似たのであろうと光輝は思った。
「今日子、三回転半ジャンプだ!」
「無理に決まっているじゃないの」
と言いつつ、今日子は二回転ジャンプを披露した。
大して練習もしていないのにこの才能、光輝は自分の妻の才能に驚くばかりであった。
「ミツ、いるか? 変わった遊びをしているな」
防寒具の試験も終わったので三人でスケートをしていると、そこに信長が姿を見せた。
勿論、森成利もいる。
そして今日は、なぜか森長可も一緒であった。
「珍しいですな、長可殿」
「いやなに、たまたま時間があってな。津田殿に何か食わせてもらおうかと」
平気で食い物をたかりにきたと言えてしまう長可に、光輝はある意味感心した。
「兄上……。いつもお世話になっております」
そして、いつも兄の行動に振り回される苦労人成利という構図になる。
彼は、失礼な兄の分も光輝家族に挨拶をした。
「ところで、これは?」
「氷を滑る遊びです」
光輝は、成利にスケートについて説明を始める。
「楽しそうですね」
「ミツ、我も試すぞ」
そこに信長が割って入り、いつものとおりスケートを試す事になった。
「大殿、俺もやります」
「そうか、勝蔵とどちらが先に上達するか競争だな」
「はい」
明るい元ヤンキー信長は、今もヤンキー要素が強い長可がお気に入りだ。
スケートへの参加を許可した。
この場合、光輝に許可をもらうべきなのだが、そういう細かい事を気にしていると織田家では出世できない。
光輝はすぐに道具の準備をした。
「随分と狭い歯で氷の上に立つのだな」
信長は、スケート靴に興味津々だ。
「大殿、お着替えを」
「なぜだ? そのままでもいいではないか」
「いえ、それは駄目です」
転んで頭を打つ事もあるし、氷で手を切る事もある。
ちゃんと装備を整えてからでないとスケートは許可できないと光輝が語る。
「なるほどな。確かに、ミツの言う事は正しい」
信長のような人間が、不用意のせいで頭を打って死んだりしたら。
それを考えると、光輝の考えは間違っていない。
新しい事に挑戦するのはいい事だが、その前にできる準備は怠らない。
光輝の忠告に、信長は好印象を持った。
「そういうわけですので防寒着を」
「みっちゃん、普通のはないよ」
「えっ? 普通のは?」
「そう、今夕が着ているタイプのものだけ」
「わーーーい」
光輝は、信長達に着ぐるみ型防寒着を勧めなければならないと思うと、次第に胃が痛くなってくる気分であった。
「これも暖かくて悪くないな。お濃と同じく熊か」
信長は、熊の着ぐるみ型防寒着を気に入ったようだ。
これは、前に今日子がお濃の方に贈った着ぐるみ型パジャマの改良品であり、つまり二人はペアルックというわけだ。
「着心地と防寒性は最高ですね。問題は、造形の方かと思います」
「これさ、戦で敵を誤魔化すのに使えないか?」
森成利はウサギ型の着ぐるみ防寒着を、長可は狼型の着ぐるみ防寒着を着ていた。
美男子である成利は、ウサギの着ぐるみを着ても美男子であった。
光輝は、イケメンとフツメンとの間にある超えられない壁を再確認する。
長可は筋骨隆々な男なので、狼の着ぐるみがよく似合っていた。
ただし、外で着ると本物の狼と間違われて鉄砲で撃たれる可能性もあった。
長可の方は武将らしく、これを偵察に使えないかと考えている。
「大殿、上手ですね」
信長も夕姫と同じく、少し練習しただけで普通に滑れるようになった。
「今日子がやって見せた二回転飛びに挑戦しようと思う」
「大殿、もう少し練習してからの方がいいですよ」
「それもそうか。転んで打ち所が悪いと大変だからな。我はもう年なのでこれが限界かもしれないが、後世で我の子孫がすけーとの名人になるといいな」
織田一族には、運動神経がいい者が多い。
将来的にはあり得るかもと、光輝と今日子は思った。
「大殿、難しいですな」
「勝蔵、お蘭は上手く滑っておるぞ」
「あいつは、こういうのが得意なんですよ」
ウサギの着ぐるみをきた森成利もすぐにスケートが上手くなったが、兄の長可の方は少し苦戦していた。
「ながよしさま、もっと体の力を抜かないとだめですよ」
「そうなのか?」
「全身に力を入れると、体が硬くなってすぐに転んでしまうんです」
「なるほどな……」
長可は、先にスケートを覚えた夕姫(三歳)からコツを教わり、一人なるほどと頷いていた。
激高しやすいと評判の長可であったが、さすがに子供とは普通に接する事ができるようだ。
「おおっ、いい感じで滑れるようになった」
狼の着ぐるみを着た長可も、徐々にスケートが上手くなっていく。
「ありがとうな、夕姫」
「どういたしまして」
「小さいのに礼儀正しいな。母親に似たのかな?」
「いいえ! 夕は俺似ですよ!」
「津田殿、そうなのか……」
娘ラブな光輝の剣幕に、さすがの長可も引いてしまう。
普段ならこのくらいの押しは何とでもないのに、つい光輝の勢いに負けてしまったのだ。
「夕姫を俺の息子の嫁さんにするのもいいかもな」
続けて、珍しく長可が場を和ませようと半分冗談で夕姫の婚姻の話をしてしまう。
「夕姫にはまだ早いですな!」
「そうか……。あくまでも、冗談だからな……」
先程よりも強烈な光輝の権幕に、長可は再び引いてしまった。
普段なら腕っ節に差がありすぎて光輝如きに遅れは取らない長可であったが、本能が逆らうのを止めておけと言っているので、それに従ったのだ。
「夕姫も、勝蔵のところの満もまだ幼い。もう少しあとでいいかもしれぬな」
ここで信長が助けを出した。
光輝が唯一激高しやすい娘の嫁ぎ先の話だったので、余計な事を言ってしまった長可を庇ったのだ。
「(勝蔵、ミツに娘の嫁ぎ先の話をするな。唯一沸点が低いところぞ)」
「(難儀な人ですな……)」
あの長可に難儀な人扱いされてしまう光輝も、やはり相当な変わり者というわけだ。
「それよりも、もっと練習しなければな」
信長も長可も冬の間はスケートの練習にのめり込み、遂には自前のスケート靴まで注文する事になる。
そして、オリジナルのデザインをするのは、当然あの人物であった。
「織田様は金地に天下布武、森様は紫に名前入りですか……。織田家の方々の嗜好は変わっていますね……」
後に織田領でもスケートが流行し、長谷川久蔵はスケート靴の装飾などで忙しい日々を送る事になる。




