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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結)(コミカライズ開始)  作者: Y.A


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外伝5話 圧力鍋とプリン

「兄貴、試作品が完成したよ」


「それ、大丈夫なのか?」


「大丈夫だけど、やっぱりカナガワで工作したり、部品を製造しないと駄目だね」


「それじゃあ、売れないじゃないか」


「あくまでも試作品? 普通の鍋は、職人達へのいい見本になるけど」


 光輝が書状の整理を終えて一休みしていると、そこに清輝が新しい生産品を持ってきた。

 それは、いわゆる圧力鍋であった。

 津田家では、ガスコンロやソーラーパネルから電源を取る調理器具が使われていたが、この時代の人達はほぼ全員が薪を燃やして煮炊きしている。

 このまま人口が増えると薪の消費量が増えて山がハゲ山となり、保水力が落ちた山に大雨が降ると思わぬ大洪水が発生するかもしれない。


 かといって、ガスコンロなどの普及には時間がかかるので、まずは調理効率がいい圧力鍋の普及が検討され、早速清輝が試作した圧力鍋を持ってきたのだ。


 超未来の既製品のように洗練されてはいないが、使う分には問題ない。

 ただ、圧力鍋は工作が甘いと爆発して人が大怪我をしてしまう。

 それを満たすためにカナガワの設備を使わねばならず、暫く試作品は試作品のままで終わってしまいそうだ。


「第一圧力鍋って、パッキンの交換が必要だぞ」


 当然、パッキンはカナガワでしか生産できない。

 津田領では天然ゴムの利用も始まっていたが、実はこの圧力鍋のパッキンは石油を原料にした合成ゴムである。

 天然ゴムの生産はまだ南方で始まったばかりで供給が少なく、市場で奪い合いになっているので軍事利用が大半の原油をゴムの製造に回していた。


 他にも、蒸気を排出するピストンや取手に使っているプラスティックなど。

 今の時点での普及は非常に困難であった。


「これを使うと、燃料の消費が抑えられるんだけどね」


 米の品種改良と生産量の増大が進み、津田領の領民達は最低でも祝いの席くらいでは白米が食べられるようになった。

 江戸ではほぼ毎日白米を食べる人達も増えていたが、実は白米が普及した原因の一つに燃料費が節約できるというものもあった。

 硬い玄米や雑穀は、炊き終わるまでに大量の薪を必要とするのだ。

 勿論津田家では、製紙業とも連携した効率のいい植樹も行われている。

 だが、木は植えてから育つまでに時間がかかる。

 海外から採取してきたユーカリ、ポプラ、養蜂にも使われるニセアカシアなど、早く育つ樹木を優先的に植樹しているが、結果が出るにはまだ時間がかかった。


 薪不足を解消する手段として、圧力鍋の普及も試案の中に存在していたのだ。

 残念ながら、これは計画倒れであったのだが。


「ガスは爆発するから、厳密に管理できる人材が育つまで普及させないよ。ガスも日本にはあまりないしね」


「南関東の地下にあるじゃないか」


「本格的な採取はもっと後の時代になってからかな。天然ガスを抜いた分何か補充しないと、地盤沈下するから」


 光輝達がいた世界と同じく、この世界でも南関東の地下には巨大ガス田が存在した。

 既に分布と埋蔵量等の調査は終わっていたが、この天然ガスを利用するには地盤沈下対策を立てないといけない。

 清輝は、もっと日の本全体の技術が上がってから採掘を始めた方がいいと断言した。


「それは駄目だな」


「というわけで、暫くは竈と木炭メインだろうね。携帯コンロを生産して売るという手もあるけど」


 缶に入ったガスをセットする携帯式のコンロならばと、清輝は計画していた。

 もっとも、やはりこれも大分後になってからの話だ。

 技術力を育てている職人達がある程度製造に貢献できなければ、量産など夢のまた夢なのだから。


「というわけだから、この鍋は兄貴にあげる」


「悪いな。圧力鍋は便利だぞ」


 光輝は、圧力鍋をよく使う。

 彼は釣りが趣味なので、釣れた魚を調理するのに便利だからだ。

 圧力鍋で魚を煮ると、骨なども早く柔らかくなり、カルシウムも摂れる……これは今日子の受け売りであったが……。

 長時間煮込んでも骨は柔らかくなるが、それをおこなうと不足しがちな薪を大量に消費してしまうイメージがあった。

 あくまでもイメージなのは、光輝は火力の調整が難しい竈を使わず、自分用の携帯コンロを所持しているからだ。


「前のやつはもう限界でな」


「あれだけ使えば当然だよ」


 今まで光輝が愛用していた圧力鍋は、超未来では有名なメーカーの品であった。

 品質保証期間が十年なのに、その倍以上の期間使ったのだ。

 劣化したパッキンの替えを清輝に作らせたりしたが、さすがにもう限界であった。


「今までよく使ってきたよな。今日からは新しい圧力鍋だ」


「そんなに嬉しいの?」


「勿論。明日から石山に行くからこれを持って行こう」


「それはよかったね」


 新しい圧力鍋に頬ずりする光輝を、清輝は不思議な生き物でも発見したかのように見つめるのであった。






「残念、今日は今日子が用事でいなかったんだ」


「お館様、夕餉の支度を急ぎますので」


「いや、今日は俺がやる」


 石山の津田屋敷に到着した光輝は、今日は別の仕事で今日子がいない事もあって、一人で夕食を作ると家臣に宣言した。 

 彼はたまにしか料理をしないのだが、そういう時は決まって今日子がいない時だ。

 彼女だと塩分や栄養バランスなどを考慮した食事という事になるのだが、光輝だけなら好きな物を作れる。


 よく美味しい物は健康にもいいと言われるが、光輝はそれは違うと思っている。

 ちょっと健康にはよくないけど美味しい。

 そういう料理もあり、今日はそういうものを食べるチャンスだと思っていたのだ。


「まずは、牛筋とモツの煮込みだ!」


 畜産が始まった津田家では、徐々に牛肉が普及しつつあった。

 だが、まだその質は未来のそれに追いついてもいない。

 牛スジを含む硬い肉の比率が多く、モツの利用も研究途上にあった。

 江戸では大鍋で長時間醤油や味噌と共に煮込み、ご飯の上に刻んだネギと一緒に乗せる牛丼モドキが人気を博していたが、これは長時間煮込むので薪代が嵩んで意外と高価であった。


 ところが、圧力鍋なら短時間で柔らかく煮えてしまうのだ。


「醤油、砂糖、ショウガ、ネギの端で煮込んだ牛スジとモツは美味い! 一緒に飲むのは焼酎のロックだ。ああ、健康には悪いけど美味い!」


 続けて、これも作っておいたサバの味噌煮を食べる。

 光輝でもサバはよく釣れるので、これも圧力鍋で調理したのだ。

 多少味は濃いが、これも焼酎にもよく合う。

 

「サバ味噌も、骨まで柔らかく煮えていて美味い! 塩分を摂りすぎてるなぁ。今日子がいたら叱られるぞぉ。でも、カルシウムは摂れているよなぁ」


 と言いつつも、今日は今日子がいないので光輝は一人で夕食を楽しんでいた。

 

「俺は酒はそんなに飲めないから、次はご飯を食べよう!」


 これも、圧力鍋で炊いた玄米であった。

 玄米はパサパサしているが、炊き方がよければモチモチしていて美味しい。

 ビタミンB₁、B₂、食物繊維なども豊富で健康にもよかった。


「おっと俺とした事が。今日の夕食で健康に気を使うなんて……この炊けた玄米に牛スジとモツの煮込みを乗せて丼にするのだ!」


 他にも色々と料理はあったが、既に残りは少なくなっていた。

 今日子がいないからこそ、光輝は暴飲暴食をするチャンスだと思っていたからだ。


「うーーーん、モチモチの玄米に煮込みの汁が沁みて美味い!」


「ミツ、いるか?」


 一人だけの夕食を楽しんでいると、そこにまたフラっと信長が姿を見せた。

 森成利が常に傍に控えているのはいつもの事である。 

 彼は、そっと光輝に会釈した。


「一人で飯か?」


「はい。今日子は明日にならないと石山に来ませんから」


「それで、鬼の居ぬ間にか?」


 鬼は酷いよなと光輝は思ったが、気持ちはわからないでもなかった。

 彼女が不健康な人には厳しい健康指導をするのを知っていたからだ。


「さすがに、ここにいない人には注意はされないのですよ」


「なるほど。ミツ、今日はお濃がおらぬのだ」


「珍しいですね?」


「我が義父である道三の菩提寺が大規模に改修され、その名も『道三寺』に改名されてな。先にお濃が様子を見に行ったのだ。明日、一旦戻ってくるが」


 信長の正妻お濃の方は、美濃の国主であった斎藤道三の娘であった。

 光輝は顔を合わせた事はなかったが、若い頃の信長の器量を見抜き、彼に美濃譲り渡し状を贈った事でも有名な人物であった。

 彼は不仲であった息子義龍の反乱で討ち死にしたが、この美濃譲り渡し状と正妻が彼の娘であった事から、信長は美濃併合の名分を得ている。


 天下を取った信長は道三に恩を感じ、彼を祀る菩提寺の大規模改修を行ったというわけだ。


「大殿、今日はどのような用件で?」


「決まっておろう。今日はミツがいるから、何か美味しい物を食べさせてもらいに来たのだ。早速その飯に煮た肉を乗せたものを食わせろ」


 信長も、普段は健康に留意して食事などに気を使っている。

 彼の場合は今日子が傍にいない事が多いので規則破りが多かったが、それをいつも咎めるのがお濃の方であった。

 その彼女がいないので、信長は久々に羽を伸ばせるというわけだ。


「その、魚を味噌で煮た物も美味そうだな」


 既に夕食は済ませてきたそうだが、信長は追加で牛スジとモツの煮込み、サバの味噌煮などを美味しそうに食べ始める。


「ミツ、味が濃くて美味いな」


「はい。今日は塩分制限などポイです」


「それは素晴らしい。いつもお濃が、『今日子に言われているではないか!』とうるさいのだ」


 健康のために薄味にするのはわかる。

 それでも、たまには不健康なほど濃い味の料理を食べたくなる人が一定数いるのも、人間という生き物であった。


「我はあまり酒は飲めぬが、この酒はいい香りがするな」


「芋の焼酎で、いい芋の香りがするのです」


「これはいいな」


 津田領では大量に獲れるサツマイモを原料に試作された品だ。

 信長はその香りのよさを褒めた。


「強いので、それほどは飲めぬな」


「少しずつ楽しむものですから」


「そうか。それで次は? ミツならば、食後の菓子を準備して当然であろう」


「当然準備してありますので」


 光輝は、事前に作っておいたデザートを冷蔵庫から信長に渡す。

 例の圧力鍋を使ってできたプリンであった。


 圧力鍋でプリンを作ると、短時間で滑らかなプリンが作れる。

 津田領では卵の生産量も増えており、カナガワの自動農園で採取したバニラビーンズ入りのプリンに、抹茶プリン、チョコプリンなども準備してあった。


「ミツ、どれを食べようか悩むな」


「俺は悩みませんよ。だって、今日だけは今日子がいないから!」


 一日くらい暴飲暴食しても構うまい。

 光輝は冷蔵庫から三種類のプリンを取り出した。


「おおっ! そうだな。今日はここにお濃も今日子もいないのだ! 一日くらいは!」


 続けて信長も、プリンを三つ冷蔵庫から取り出す。

 今日くらい全種類を一気に食べる贅沢をしても罰は当たるまいと思ったのだ。


「そして、ここに贅沢にもホイップした生クリームを搾ります」


 これも、津田領で生産された品だ。

 温度管理の問題で牛乳がほとんどチーズに加工されてしまうから、生クリームは津田家の人間を含む限られた人達にしか使えなかった。

 ホイップしたそれを、これでもかとプリンの上に絞るのだ。

 カロリー過多になるが、今日はこれを注意する者達がいない。


 光輝も信長も、大量の生クリームが載ったプリンを堪能した。


「何と贅沢な……ミツ、どの味のぷりんも最高だな」


「今日はどの味を選ぶか悩まないで済むなんて最高」


「そうだな。至福の時であるな」


 大量に生クリームを搾ったプリンを食べ、二人は恍惚の表情を浮かべる。

 今この瞬間、二人は世俗の面倒事からすべて解放されたのだ。

 二人は、まるで悟りを開いたかのような気分になる。


 なお、この光景を見た成利は見て見ぬフリをしていた。


「ご馳走になったな。今日の件は、二人だけの秘密だ」


「そうですね。今日子にバレたら怒られる」


「お濃にバレたら怒られるからな」


 信長は光輝からお土産にプリンを貰い、石山へと戻った。

 翌日になって石山には濃姫が、津田屋敷には今日子が姿を見せたが、昨日の暴飲暴食には気がつかれなかった。


「私、やっぱりプリンはノーマルなものが一番好きだな」


 今日子は何も知らずにプリンを楽しんだが、そのプリンによって約二名不幸な目に遭った者がいた。

 一人目は、信長本人である。

 彼はお土産に貰ったプリンを楽しみに取っておいたのだが、それを美濃から戻ってきた濃姫に食べられてしまったのだ。


「濃っ! そのぷりんは!」


「大殿、これは柔らかくて甘くて最高のお菓子ですね」


「それは我があとで食べようと……」


「まあ、父より美濃譲り渡し状を貰った大殿らしくもない。父ならばこう言うでしょう。『先に食べずに、機会を失った婿殿が悪い』と」


「うぬぬ……」


 確かに、あの斎藤道三ならそう言いそうだと思ってしまい、信長は濃姫に何も言い返せなかった。


 そして二人目の被害者は、意外にもあの森長可であった。


「見た事がない菓子だな。お蘭の奴、津田殿からまた美味しそうな物を貰ってきたな」


 実は成利も、口止め料的な理由でプリンをお土産に貰っていた。

 彼もあとで食べようと大事にクーラーボックスに仕舞っていたのだが、それをたまたま成利の屋敷を訪れた長可に見つけられてしまったのだ。


 長可は、プリンという見た事もないお菓子に興味を持ち、そのまま食べ始めてしまう。


「さあて、今日の傍仕えも終わり、夕餉の後で津田殿からいただいた『ぷりん』を堪能しなければいけませんね」


 不幸な事に今日は成利の務めが短く、二人は顔を合せてしまった。

 それも、長可がクーラーボックスを漁ってプリンを食べ終わったところでだ。

 彼も三種類すべてのプリンを貰っていたのだが、それらはすべて長可のお腹の中であった。


「よう、お蘭。このお菓子は柔らかくて甘くて冷たくて美味いな。やはり、津田殿からか?」


 唯我独尊のため、長可は成利のプリンをすべて食べてしまったのに罪悪感の欠片もなかった。

 ところが、次第に憤怒の表情へと変わっていく弟を見て、これまでにない恐怖を感じてしまう。


「兄上、すべて食べてしまったのですか?」


「すまん。美味しかったからつい……。いやあ、ほら。三つ味があるのに一つだけ食べるとかすると、あとで他の味が気になるじゃないか」


 長可は今までどの戦場でも感じた事がない恐怖を誤魔化そうと、わざとおちゃらけながら成利に言い訳をする。

 だが、今の彼にそれは悪手であった。


「兄上、ここは人の道として最低一つは残しておくのが常識かと。兄上、わかっているのですか?」


「何がだ?」


 冷や汗をかきながら、長可は成利に聞き返す。


「『ぷりん』を取られてしまったら、あとは戦しかないじゃないですか! それがいくら兄上でも!」


「すまん!」





 結局長可は成利から長時間説教を食らい、数時間後に泣きながら津田屋敷にやってきてプリンを作ってくれと光輝に頼み込む羽目になった。

 

『今日、生まれて初めてお蘭が怒っているところを見た。それも怒られたのは俺で、恐怖で体が縮み、あとでいい年をした大人が泣きながら追加のぷりんを津田殿に頼みに行く羽目になった。津田殿がすぐに作ってくれてよかった。それと、俺はもう二度とお蘭を怒らせないようにしようと思う。あいつを怒らせると、洒落にならないくらい怖い』


 この長可の日記は二十一世紀になってから森家の蔵で発見され、日本において最初にプリンを作った人物が津田光輝である事が確定し、やはり人のプリンを勝手に食べると戦争になるのだという事実を、後世の人達に伝える事となる。

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