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外伝3話 伊達政宗という男

「計画は順調だ。我が伊達家は、代々領していた米沢を津田家によって追われ、最初に逃げ込んだ蝦夷で力を蓄えるも、かの地でも津田家によって蝦夷を奪われてしまった。だがしかし! この新米沢において伊達家は確実に力を蓄えつつある! 俺は津田光輝よりも若いのだ! 必ずや津田家を打倒して、日の本を取り戻すぞ!」







 とある新年の席で、別の世界ではウラジオストックと呼ばれている『新米沢』に建築中の新米沢城内にある評定の間において、伊達政宗は家臣達に得意気な表情で吠えていた。


 津田家によって追われたとはいえ、伊達家は沿海州に上陸した時から統率された家臣団と軍勢、津田家には到底及ばないが世界基準から見てもトップクラスの種子島を保有していた。


 玉薬も潤沢であり、青銅製の大筒、大砲なども所持していた。

 それがどこから来たのかを尋ねないのが伊達家の家臣に必要なスキルであったが、そのくらいなら別に難しくもないので、誰も聞く者はいなかった。


 蝦夷や樺太よりも北方にあるこの地において、軍備も金も食料も寒さを凌ぐ生活用品もほぼ独占している伊達家は大きな力を持っていたからだ。

 無理に藪を突いて、極寒の生活を送る必要はない。


 それにその点に注意して働けば、新たなスタートを切った伊達家は功績に大いに報いてくれる家だ。

 政宗が家臣達の競争を促進したため、現在の伊達家は沿海州を完全に掌握し、スタノヴォイ山脈(外興安嶺)以南からアイグン北部を流れるアムール川以北の領域もほぼ制しつつあった。


 本当はこれらの地域は、満州族の勢力圏と被っていた。

 伊達家に侵略された満州族が明に対し苦情を述べたのだが、この時期はまだ信長が生きており、明は朝鮮への対応に忙殺されている。


『明からすれば、こんな北の果てを誰が統治していようと気にすまい。ちょっと鼻薬を嗅がせてやればいいのだ』


 政宗は、明の宮廷に賄賂をばら撒き、津田領との三角貿易の規模増大、朝貢の際に贈る品を大幅に増やした。

 現地をこのまま満州族に任せておくと部族抗争で安定しないから、伊達家で治めておきます。

 そうすれば、親分も面倒が減っていいでしょう?

 

 政宗は、戦のみならず外交でもその能力を発揮。

 まんまと明公認で領地を増やしていた。


 他にも、蝦夷北部にある津田家が千島列島と名付けた島々は既に津田家が拠点を置いていたが、別の世界ではカムチャッカ半島と呼ばれる半島には伊達家が調査隊の派遣に成功している。


 これら極寒の地において、伊達家の調査隊が凍死の危険も少なく測量や資源調査を行えるのは津田家のおかげなのだが、そこを主君にツッコム家臣は一人もいなかった。

 ちゃんと仕事をこなし、政宗から褒められて加増を受けた方が賢い生き方だからだ。


 津田家からの防寒具、優れた犬ぞりやスキーなどの行軍装備、カイロ、携帯用の暖房器具、調理器具、テント、地図、携帯用の食料など。

 これらのおかげで、伊達家は犠牲も少なく調査を行えた。


『アラスカやカムチャッカ半島は寒いからなぁ……ようは日の本の勢力圏に入ればいいんだよ。キヨマロが言うところのアウトソーシングだね』


 伊達家は、領有に成功した領地から主に毛皮、鉱物資源、漁業資源などを津田領に輸出し、津田家は武器弾薬、食料、生活用品、寒冷地用の農作物の種子や苗、防寒に優れた衣服、住宅の材料などを伊達領に輸出する。


 伊達家の極東制圧が順調なのは津田家のおかげであり、その力関係は当然津田家の方が圧倒的に上である。

 オーナーが津田家で、伊達家は雇われのようなものなのだ。


 蝦夷と樺太の統治と開発を進める津田信輝の弟信秀は、伊達家をコントロールする仕事を担当していた。

 レクチャーは今日子とキヨマロからであったが、当然政宗が気分を悪くするのでアウトソーシングの話はしないようにと言われている。


 聡い政宗は何となく気がついているが、いつか力を蓄えて津田家を圧倒する計画なので、本人は今は臥薪嘗胆の時機だと思っていた。

 そう本気で思えて動ける部分が政宗のある意味性格のよさであり、光輝が彼を殺さないで利用している原因でもあった。


『伊達家が肥え太れば、蝦夷と樺太はもっと肥え太りますからな』


『そういう事。政宗には頑張ってもらわないと』


『そうですな』


 そして、伊達家をコントロールする信秀の補佐を、老練でこの手の仕事に向いている武藤喜兵衛が行っていた。

 伊達政宗は優れた人物であったが、まだ若い分老練な喜兵衛には敵わない部分もあった。


 そんな感じで上手く利用されている伊達家であったが、既に満州族が束になっても勝てないほど力を増している。

 政宗からすれば、上にいる津田家に目を瞑れば俺は頑張っていると思えるのだ。

 金や物資にも困っておらず、新年に頑張った家臣達にご馳走や酒で報いるくらいの度量は十分にあった。

 急速に家臣団が拡大した結果、伊達家の家臣団は三つの系統に分かれるようになった。

 

 昔から伊達家に仕えている家臣と津田家によって領地を追われた東北大名一族と家臣の生き残り。

 織田幕府や津田家の下につくのを潔しとせず、新天地で御家再興を願う者達。

 そして、伊達家が制圧した地域の部族や住民で、伊達家で成り上がろうと日本の言葉や文化を受け入れた者達だ。

 

 伊達家は極東やアラスカ地域で数百年の歳月を費やして大国を成立させたが、結局は日の本の覇権は掴めなかった。

 その最大の原因が、この三つの勢力による内部抗争であったと後世歴史の教科書にも記載されるようになる。


 それは後世のお話であったが、三派の競争を煽るという方法は政宗から数代は伊達家に圧倒的な利益をもたらした。


「今日は堅苦しい話は終わりだ。みんな、存分に飲んで食ってくれ。乾杯!」


「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」


 政宗にその功績を認められて新米沢城に招待された家臣達は、日本酒、焼酎、泡盛、ワイン、ラム酒と。

 それぞれ好きなお酒で乾杯した。


 酒は飲み放題、料理も様々な物が用意されている。

 酒が苦手な者のために、お茶、ジュース、お菓子などもふんだんに準備されていた。

 一年に一回の大盤振る舞いに、みんな大喜びだ。


 勿論大半が津田領からの輸入品であったが、それを指摘する者は少ない。

 そんな事よりも、一年に一度のご馳走とお酒飲み放題に集中した方が幸せというわけだ。


「ダテの殿様、気前いい。お酒美味しい」


 大酒を飲む体格のいい若者がいた。

 彼の名はコタンシュといい、蝦夷出身のアイヌ人であった。

 見かけによらず頭もよく、政宗は外様扱いながらもこの若者を優遇している。

 彼も政宗の期待によく応えた。

 日の本の言葉も話せるようになったが、多少イントネーションがおかしいのはご愛敬というわけだ。


 蝦夷に住むアイヌの大半は政宗が嫌いであった。

 津田家に対抗するための力を急ぎ蓄えようと苛政を敷いたからであったが、一部には政宗の支持者もいた。

 コタンシュもそうで、政宗の沿海州入りに同行している。

 彼は貧しい家の生まれで、働けば功績を評価してくれる政宗が好きだったのだ。

 蝦夷と樺太のアイヌの大半は津田家の支配を受け入れたが、彼のような待遇の人と、若者で一旗揚げようと考えた者は今でも沿海州に向かう事が多かった。

 伊達家は常に人手不足なので、そういう人間を積極的に受け入れている。


「コタンシュ、今日は一杯飲んで食えよ」


「ありがとう、ダテの殿様」


 政宗も、よく働いてくれるコタンシュに対しご機嫌で酒を注いだ。


「ダテの殿様、ツダ家を討伐する時には俺が先陣を務める」


「そうか、コタンシュは剛毅な男よ。今は力を蓄える時だが、その時が来たら是非頼むぞ」


「任せて、ダテの殿様」


「(まあ、我々が生きている間にそんな日は来ないのだがな……)」


 政宗とコタンシュの会話を聞き、片倉小十郎は心の中で津田家討伐の可能性を否定したが、それを口に出すほど幼くはなかった。

 なぜなら、彼は伊達家の筆頭宿老に任じられているからだ。


 そのくらいの空気を読むのは当然であった。





「殿、これは断れませんぞ」


「またかよ……」


 沿海王伊達政宗は絶賛領地拡大中で忙しいが、婚礼の話はよく来る。

 津田家に東北を追われた時、実は田村家の愛姫と婚約の話が出ていたのだが、それは立ち消えとなった。

 紆余曲折の後、その愛姫は津田家の『二つの知恵袋』と称される武藤喜兵衛の次男に嫁ぎ、田村家はその次男が家督を継いだと聞いた。


 その情報を聞いた政宗は……特に何とも思わなかった。

 親同士が決めた婚約で、顔すら見た事がない姫なので当然だ。

 そして蝦夷において、アイヌ部族の娘と婚礼を行った。

 これは蝦夷支配に必要であったからだ。


 津田家に破れた時に、婚姻関係は解消されてしまったが。

 その時の妻は、津田家家臣に再嫁したと聞く。

 よくある話なので、やはり政宗は何とも思わなかった。


 蝦夷に上陸してから沿海州に向かうまでの間、実は家臣の娘を側室に迎えていたが、これもよくある話だ。

 昔からよく知っている娘であるし、少なくとも会話はできるので悪くないと思う。

 アイヌの娘は、まず言葉が通じないで苦労したからだ。


 この側室との間には息子と娘が産まれており、多分この息子が伊達家を継ぐはずだ。

 正室にしてもいいと政宗は思うのだが、正室を決めてしまうと色々と問題がある。

 その問題は、政宗が沿海州で各部族を支配下に収めた時に露見した。


『ダテの長に、我が娘を嫁がせる』


 こういう部族の長が大量に現れたのだ。

 最初は警戒していた癖に、伊達家が満州族の連中を戦で破ったので安心して娘を押しつけられると判断したらしい。

 上手くすれば、自分の部族の血を引く後継者がという考えもあるのだと思う。


『ダテの長、妻の数が少ない』


『そうそう、もっと妻を増やせ』


 伊達家の強さを認めた各部族の長達は、政宗の妻の数が少ないと意見した。

 厳しい環境に住む彼らは、強い者が多くの妻を従えて当然、政宗ほどの男の妻が少ないと逆におかしいと感じてしまうのだ。

 

『ダテの長は、沢山子供いないとダメ』


『俺、息子いない。跡継ぎ、うちの娘に産ませろ』


 伊達家の規模が拡大するにつれて、政宗の奥は規模が急速に拡大した。


『ドウシテ、あいつの部族から嫁受け入れて、うちの娘貰わない!』


『うち、娘一杯いる。好きなの選べ』


 断ると角が立つし、伊達家の極東経営に大きな障害となる可能性があり、片倉小十郎は笑顔で各部族の娘を政宗の嫁に受け入れた。 

 小十郎も何名か受け入れたが、彼はもう自分は限界だと思っている。

 他の重臣連中も同じで、ならば政宗に押しつけるくらい何でもないというわけだ。


「この地で新たな伊達家を作るべく奔走している殿は、実質初代のようなもの。子供は多い方がいいです。各部族の血を引いた子供達が伊達家で活躍すれば、統治も円滑となるでしょう」


 という建前を述べて、政宗に新しい嫁を押しつけるくらいは楽勝であった。

 これ以上嫁が増えると困る小十郎としては、何が何でも政宗に押しつけないといけないからだ。


「小十郎、お前が……」


「殿、それはなりません! 殿の妻ではなく某の妻となってしまえば、彼らは格下の家臣の妻にされてしまったと矜持を大きく傷つけられてしまうのです。他の部族と平等にしませんと」


「だがな……」


「殿には津田家打倒という大きな野望があります。味方は多い方がいいではありませんか」


「それはそうなんだが……」


 結局、政宗の妻の数は死ぬ直前まで増え続け、最終的には百名を超えたという記録も残っている。

 当然産まれた子供の数も多く、一説には二百人を超えているとも言われた。

 後世、一部の人達に『ハーレム王政宗』と羨ましがられる要因となり、政宗の末裔を主張する人物が多く現れる原因ともなった。


 だが実は、本人は意外とその状況を喜んでいなかったのが現実であった。






「政宗、お前はよくやっているな」


「父上、いきなり俺を褒めて何の魂胆ですか?」


「魂胆とは心外な。ワシはもう年だ。お前に手を貸す必要もなくなったというわけだな」


 伊達政宗の沿海州入りにも、隠居した彼の父輝宗も同行した。

 目立つような活躍はしなかったが、縁の下の力持ち的な役割で政宗を支え続けたのだ。

 そんな輝宗も五十を超え、そろそろ正式に隠居したいと政宗に申し出た。 

 輝宗に同調し、幾人かの老臣達も正式な隠居を申し出ている。


「新米沢城近くに屋敷を準備いたしましょう」


「いや、ワシは江戸に行く」


「父上?」


「政宗、伊達家が津田家を打倒する頃にはワシも生きてはおるまい。逆に言うと、ワシが生きてる間に動けば伊達家は簡単に潰されてしまう。伊達家が力を蓄えるまで、ワシは人質になって津田家を油断させようと思うのだ」


「父上……」


「お前の大業はそう簡単に成し遂げられるものではない! この地で歯を食いしばって頑張るのだ! ワシは伊達家のためにその身を使おう」


「父上……」


 政宗は、父の決断に涙した。

 もし津田家と伊達家が争いになれば、人質となった父は簡単に殺されてしまう。

 それなのに父は、死を怖れずに江戸に向かうというのだから。


「他にも、老いぼればかり数名を選んだ。一緒に連れて行くぞ」


「殿、ご隠居様のお世話はお任せください」


「死に損ないの最後の奉公ですわ」


「お前ら、父上を頼むぞ」


 政宗は、涙を流しながら輝宗一行を江戸に送り出した。

 新米沢の港に津田家が寄越した新造蒸気船『千島丸』が入港し、輝宗一行を乗せて江戸へと旅立って行く。


「小十郎……あの船は……」


「御隠居様の慧眼に感嘆するのみです」


 伊達家家中には、伊達家の勢力拡大が順調なので今でも津田家と互角に叩けるのではないかと思う者は徐々に増えていた。

 ところが、そんな彼らに冷や水を浴びせる新兵器が登場したのだから。


 『千島丸』は、政宗と輝宗一行に敬意を表して空砲を発射した。

 その轟音に、政宗達はまだ津田家には到底及ばないのだと理解する。


「だが、いつか津田家を滅ぼして日の本を支配するのだ!」


 政宗は新米沢港で輝宗一行を送りながら、津田家打倒を決意するのであった。

 そして、江戸へと向かった輝宗一行であったが……。


「ようこそ江戸へ。そこまで厳しい制限もないのでゆっくりとお過ごしください」


 江戸で輝宗と面会した信輝は、あまり彼らを警戒していなかった。

 念のため風魔小太郎(二代目)に警戒兼護衛の人員を配置するように命じると、あとは屋敷を貸与し、捨扶持を与え、自由にすごすようにと命じている。


「御隠居、我らはまったく警戒されておりませぬな」


「くたばり損ないが五名で暴れてもたかが知れておる。それと、我々が収集できる情報を政宗に送ったところで、津田家は痛くも痒くもないのであろうな」


 輝宗は、津田家の余裕に圧倒された。

 と同時に、それがわかっただけでも大きな収穫だと思ったのだ。


「それでも、送れる限りの情報を政宗に送ろうではないか」


「そうですな。となれば、まずは江戸の町の視察から」


 輝宗達は、最初は真面目に江戸で情報を収集した。

 それが、伊達家のためになると思ったからだ。

 ところが、徐々に彼らの心境に変化が出てくる。


「江戸は気候も温暖で、食べ物も美味いし、周辺に観光地も多い。様々な娯楽があるのもいいな」


「御隠居、今度温泉に行きましょう」


「そうだな。津田領の温泉と宿は進んでいると聞く。視察して、伊達領でも真似をさせれば伊達領でも温泉を楽しめるようになる」


「御隠居、津田家は多くの寺社の再建を行っております。観光がてら……じゃなかった、視察に参りましょう」


「津田家の寺社対策は勉強になる。伊達家には異民族も多いからな。宗教を利用して同化を進めるのはいい手だ。視察に行こう」


「殿、今度新しい食い物屋ができたそうです」


「伊達領でも再現可能かどうか視察に行くぞ」


 政宗からの仕送りもあって経済的に余裕もある輝宗一行は、視察という名目で毎日遊び回るようになるまでそう時間はかからなかった。

 まるで、ロシア村を作るために、ロシアに視察と称して税金で観光旅行に行く地方議員のようだと後世で評価されるようになる。


 それでも輝宗は、定期的に報告という名の滞在記を政宗に送っている。

 ただこの報告書の最大の効果は、後世生活に余裕ができた伊達領の領民達が江戸を中心とした津田領に観光旅行に出かけるようになったという、微妙なものであった。


「父上、楽しそうだな……いやいや、俺は絶対に津田領には入らんぞ!」


 後世、伊達家の当主は隠居すると江戸に生活の拠点を移す者が多かった。

 全員表向きの理由は情報収集と、若い跡継ぎの軽挙を防ぐためとなっていたが、北方よりも気候が温暖な江戸が隠居生活に向いていただけであった。


 中には江戸行きを拒む当主も少数いたが、その中で一番有名なのは勿論政宗であった。

 彼は死ぬまで、伊達領内に留まる事となる。






「殿、決断を!」


「これは大きな好機ですぞ!」


 伊達政宗の生涯において最大の決断と言われているのは、織田幕府と津田家が戦った時の対応であった。

 細川幽斎もバカではないので、織田幕府軍との挟み撃ちを狙って伊達家に参戦を要求したのだ。

 恩賞に蝦夷と樺太を与えるという気前のいい条件を出し、政宗に参戦を迫った。

 譜代家臣の多くが参戦に賛成という立場であったが、政宗は出兵を拒否した。

 事前に小十郎と相談したのだが、どう計算しても勝ち目がなかったからだ。


 江戸に滞在する父輝宗の存在もある。


 だが、それをバカ正直に家臣達に話しても反感が大きいだけだ。

 そこで政宗はひと芝居打った。


「確かに、これは好機だ。だが、我ら伊達家は後ろからの卑怯討ちは行わない。考えてもみよ。津田家が伊達家と戦う時に不意打ちをしたか?」


「いいえ」


 むしろ、一揆を扇動したりした伊達家の方が卑怯とも言える。

 だが、それは政宗が求めている回答ではない。

 空気が読める伊達家家臣団は、ただ津田家は常に堂々と戦っていたと答えればいいのだ。


「もし後ろから津田家に攻撃を仕掛け、蝦夷なり樺太を得たとしよう。領地が増えても、我らは世間からの評判を失ってしまう。あの名門伊達家が卑怯討ちで領地を増やしたという悪評が立ってしまうのだ」


「確かに、それはありますな……」


「俺には津田家打倒という夢がある! だが、それは正々堂々と津田家を打ち破ってこそだ! そうでなければ、今までの連敗による失態を取り戻せないではないか!」


「おおっ! さすがは殿」


「みんな、せっかくの好機に兵を出さない俺を許してくれ。だが、俺にはそれはできないのだ」


 政宗は、芝居で苦渋の表情を浮かべ、涙を流しながら家臣達を説得した。

 なかなかの役者ぶりであったが、実は少し本気でそう思っている。

 やはり彼は、いい性格をしていた。


「いえ、殿の選択を私は誇りに思います!」


「さすがは殿! 他の主君には到底選択できますまい!」


「我らの殿だからこそだ!」


 北方は寒いが、みんな、それなりに裕福になった。 

 勿論津田家のおかげという意識が片隅にあり、過去の連敗の記憶もそう遠い昔の話ではない。

 津田家と戦うなら、他の部族とでも戦って領地を増やした方が確実だという考えも彼らの脳裏にあった。

 

 勿論、表向きは政宗の語る正義に感動している事にしたが。

 そのくらいの空気を読んでこそ、伊達家家臣としてやっていけるのだから。


「殿、我らが兵を出すと、女真族の連中が攻め込んでくる可能性もありますぞ」


「それもあるな」


 小十郎のサポートに対し、政宗はナイスタイミングだと内心で彼を褒めた。

 現在、女真族は明の完璧なコントロールに入っているとは言えない。

 隙を見せると、沿海州に攻め入って来る可能性も否定できなかった。


「我らはこの地に根を下ろしてまだ間もない。津田家打倒のため、ここは耐える事も必要なのだ。まあ、もし女真族の連中がちょっかいを出してきたら、戦う事も吝かでもないがな」


 表面上は綺麗事をいっても、そこはやはり『いい性格』をしている政宗だ。

 さらなる領地拡大を狙って、女真族への警戒を怠らないのであった。


 このように常に津田家への敵意をむき出しにした伊達政宗、ただ彼は誰よりも津田家を利用して大国の基礎を作り上げた。

 その天邪鬼的な言動から、好きな人は物凄く好き、嫌いな人は物凄く嫌いだと、後世の歴史ファンから評されるようになるのであった。

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[良い点] 長期休みに全話読み返しも5度目になりました。何度読んでも面白いわー。 ここの政宗君を頭ん中でバサラな政宗にして読んでたら、ツダああああ!!!って叫びながら二刀振り回してんのに、お菓子か新武…
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