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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結)(コミカライズ開始)  作者: Y.A


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外伝1話 安明通宝

「結局、中途半端な状態になってしまったな……」


 織田信長の死により、朝鮮派遣軍は朝鮮半島から完全に撤退した。

 明、朝鮮連合軍は羽柴秀吉が殿を務める派遣軍の撤退に便乗して追撃を開始するが、秀吉はわざと食料や物資を現地に放置、これを巡って追撃の足は完全に止まってしまう。

 明、朝鮮連合軍と、現地に残留していた両班の私兵や現地住民達との間でそれら食料と物資の奪い合いから戦闘が発生し、朝鮮半島は大混乱に陥った。


 その間に朝鮮派遣軍は九州まで撤退、日の本に残されたのは済州島やその他いくつかの小島のみとなった。


 現在のところ、朝鮮水軍は壊滅状態にあり、明水軍も被害が大きく朝鮮に船を回す余裕はない。

 秀吉は大半の動員を解いて、済州島、対馬、北九州防衛のみに徹している。


 生前信長が進めていた講和交渉は、この戦闘で再び中断してしまった。

 将軍信忠は再び明との交渉を開始したが、今度は前提条件が大きく異なってしまったので苦戦している。


『小日本は我らに破れて朝鮮から逃げ出したのだ。負けた以上は、朝鮮に北九州を割譲すべし』


 明の交渉責任者が急にこんな事を言いだし、完全に講和交渉は暗礁に乗り上げてしまった。

 信忠もそんな条件を呑むわけにもいかず、つまりそのまま交渉継続となったわけだ。

 事実上の棚上げとも言える。


 つまり、今も日の本と明、朝鮮とは戦争状態にあり、交易は沿海州を通じての朝貢貿易とマカオなどを通じての密貿易であった。

 海禁策を取る明であったが、あそこまでの大国が他国との交易なしでは経済が成り立たない。


 交渉では揉めていても、必要な貿易は密貿易の黙認で凌ぐという判断を下していた。

 ところが、今では密貿易を行うメンバーが大きく変わっている。


 倭寇が次々と討伐された結果、それを討伐した津田家が密貿易に大きく関わる事となったのだ。

 水軍も順次拡張中であり、彼らの訓練と水軍の運営経費を稼ぐために貿易や、交易船団の護衛が積極的に行われた。


 津田家にはデータがあるので航海術が短期間で発達し、カナガワに積まれた探査機で正確な海図が作成され、キヨマロがカナガワで制作した気象、探査衛星が正確な気象情報を集めてくる。


 そのおかげで、津田水軍では船の遭難が極端に少なかった。

 

 その他にも、脚気予防に大豆からモヤシを作って船員に食べさせたり、ザワークラウト、唐辛子などのビタミンCを含んだ食品の常備、長期航海の時にはビタミン剤やカルシウム剤を飲ませて壊血病などの病気予防を行った。


 これら対策のおかげで、津田水軍は極端に船員の消耗が少ない水軍として後世まで知られる事となる。


 そんな事情もあって津田水軍は明との密貿易に励み、その結果色々な品を手に入れていた。

 

「兄貴、微妙な紙幣だな……」


「簡単に偽造できそうな気がするけど、これ本当に明で使えるのか?」


 常に何かを企む悪の津田兄弟は、カナガワの艦内である物を詳細に観察していた。

 それは、明で使用されている紙幣『宝鈔』であった。

 だが、紙幣が信用を得てその社会で流通するには、発行した政府の大きな信用が必要となる。

 なぜなら紙幣とは、所詮は印刷したただの紙にしかすぎないからだ。


 印刷技術が未熟ならば偽物が横行するから誰も持ちたがらず、実際に宝鈔はほとんど普及せず、今もその価値が下がり続けている。

 偽造を目論む者が多く、受け取りたがらない商人も多かったのだ。


 その代わりの銀であり、明は銅銭と合わせて何度もその使用を禁止したが、現場の現状を顧みないお上の判断に民衆は反発、結局銀が通貨の代わりとなっている。

 お上も代わりの貨幣を準備できず、黙認する羽目になった。

 

 ところが、銀はそれぞれに重さと純度が違ったりしていて使い方が難しかった。


 そこで、津田家で発行した匁銀貨が明で注目され、同じ銀だからと普通に普及している。

 津田家は、銀二に対して銀貨一を交換する交易を公然の秘密として始め、莫大な利益をあげていた。

 勿論津田家が儲けるためであったが、今も信長からの命令に従い、明に経済的な攻撃を仕掛けていたのだ。


 他の産物と合わせて、明からは金と銀が徐々に流出しつつあった。

 そしてそんな状況でも、明国内ではなかなか匁銀の流通量が増えなかった。

 なぜなら、匁銀に信用があると聞いた上は貴族から下は犯罪者までもが、匁銀に他の鉱物を混ぜて偽物を作り始めたからだ。

 当然本物の匁銀に比べると形が歪なのですぐに偽物だとわかり、それでも貨幣は不足しているから含有している銀の含有量で取引を行うようになる。

 匁銀が欲しい人は、その倍の量の銀を津田家の商人に渡して匁銀を手に入れるので、これでは一方的に銀が流出して当然であった。


 金と銀の粒や塊、匁銀と大量の偽物、宝鈔とその数百倍は存在する様々な偽紙幣、永楽通宝やその他の私鋳された銅銭。

 明の人々はまっとうに流通する統一された貨幣を欲していたが、それを明政府は供給できなかった。

 

 需要があれば商売になるという事で、自称津田家の影の宰相清輝と、自称悪の津田家君主光輝は、新たな、あまり人様には言えない商売を始めようとしていたのだ。

 

「兄貴、この紙幣を偽造するのか?」


「刷りすぎると、その内に紙幣の重さで取引されるようになるからパス」


「ハイパーインフレ一直線か」


 津田家としては、明は生かさず殺さず、徐々に財貨を絞りあげた方が都合がよかった。

 一部だけならともかく、津田家は広大な中国大陸には手を出すつもりがなかったからだ。

 今は交易で稼ぎつつ、明から財貨を搾り取ればいい。

 明の領地を抑えたところでコストだけがかかり、現地の住民にも嫌われて碌な事がない。

 

 光輝達がいた未来でもそんな事を目論むのは中華連邦くらいで、既に外国を武力で占領するなど時代遅れだと思われていた。

 津田家も日本化が可能な土地への移民や殖民には興味があったが、中国大陸進出には否定的であった。 

 

「また銅銭を鋳造するのか?」


「銅銭は国内でもまだ不足気味だからな。できれば避けたいな」


 なぜか一部の津田領産永楽通宝が明に輸入され、それが明の貨幣として使用されていた。

 明は銅銭の使用不可を解除していないが、銀ばかりでは庶民が細かい買い物をするのに困ってしまう。

 

 日の本の商人が明の商人に交易の代金で銅銭を支払う例が増えていて、それが明の南部で普及しつつあったのだ。


「あの野郎ども、人がせっかく作った銅銭を輸出するなよ。国内で不足するじゃないか!」


 清輝は、銅銭を輸出した国内商人達に激怒した。

 国内で銅銭が足りなくなってしまえば、経済活動に大きな影響が出るからだ。


「田中与四郎のハゲ! 今日子の茶の師匠で政商だからって好き勝手にやりやがって!」


「あいつ商売は汚いよね。その反動で侘び寂言っているのかもしれないな」


 実は、大量の津田領産永楽通宝輸出を行っていた戦犯の一人に田中与四郎の存在があった。

 明において津田領産永楽通宝の需要があることを知ると、それを輸出して明から様々な焼き物を輸入、それに箱書きをつけて国内で転売し大儲けしていた。

 光輝は与四郎の弟子ではなかったので、彼が大嫌いになっていた。

 清輝も、あまりいい印象を持っていない。


「銅銭を国内に戻す算段が必要か……」


「そこで、あるものを材料に銭を作るのさ」


 光輝は不愉快な与四郎の話をやめて、ある材料で貨幣を作る計画を思いつく。


「あるもの?」


「実は……」


「なるほど!」


 清輝は首を傾げたが、光輝から耳打ちされると表情を輝かせた。


「いいね、材料は一杯あるものね」


 そんな会話があり、清輝は光輝からのアイデアを参考にあるものを材料にして貨幣を製造した。


「じゃじゃーーーん! セラミックス貨幣!」


 清輝は、『安明通宝』と刻印された真っ白な貨幣を光輝に見せた。

 セラミックス貨幣とは、簡単にいえば焼き物の貨幣の事である。

 ある時代の戦争中の日本でも、金属資材不足から試作がなされた。

 だが、普通の焼き物の貨幣では割れやすいし、成型と生産管理が難しく、製造には多くの燃料と時間を必要とした。

 コストを考えると、焼き物の貨幣などこの時代ではあり得ないのだ。


「ところが、カナガワの設備では可能だ」


 材料はシリコンナイトライドと呼ばれる窒化ケイ素で、これは空気中の窒素とどこにでもあるケイ素から合成する。

 未来では、かなり陳腐化した技術であった。


 成型も永楽通宝よりも少し精度をあげ、焼成するエネルギーは核融合炉から取るのでコストはほとんどかからない。

 

 こうして、永楽通宝に似たセラミックス通貨安明通宝が完成する。

 安明通宝という名は『明が、津田家の都合のいいように安定しますように』という願いを込めての命名であった。


「でも、どうやって普及させるの?」


「最初は大盤振舞だぁーーー!」


 またも悪事を考えた光輝は、まるでイタズラっ子のような笑みを浮かべるのであった。







「あそこだよ!」


「本当だ、一杯落ちている!」


「うわぁ、白くて綺麗だなぁ……」


 明のとある小さな漁村の砂浜において、子供達が遭難して流れ着いた小さな船を見つけた。

 船は明では漁業や近距離交易でよく使われる小型のもので、乗組員はいない。

 船が沈む前に脱出してしまったものと思われた。

 どうやら砂浜近くで沈んだようで、運よくこの砂浜に漂着したというわけだ。


 船はボロボロで修理は不可能だと判定されたが、運よく積み荷が残っていた。

 一部が割れた木箱に、大量の安明通宝が詰まっていたのだ。

 勿論、遭難した小舟の積み荷に見せかけて安明通宝を置いたのは津田水軍であった。


 そして、同じような工作を明の沿岸数百カ所で行っている。

 

「安明通宝? 聞いた事がないな」


 字が読める漁村の古老は、子供達が持って来た真っ白な安明通宝を見ながら首を傾げた。

 

「材料がわからぬ。第一、この国にこんな通貨があったかな?」


「私鋳銭じゃないのか?」


 とある中年の村民はどこかで密造された私鋳銭を疑ったが、それにしては精度が異常によかった。

 庶民への銭不足で私鋳を試みる者が後を絶たなかったが、その質はお世辞にもいいものではなかったからだ。

 材料もわからない。

 金属ではないと思うが、硬くて叩きつけても割れないので石でもないはず。

 

 初めて見るすべて同じ精度の貨幣に、古老も村長もその正体がわからなかった。

 

「わざわざ石を削って作ったのかと思った」


「それにしては、みんな少しの狂いもなく同じではないか」


 カナガワの工場の品質管理能力が素晴らしいからだが、そんな事がこの時代の住民にわかるはずもなかった。


「これは銭に見えるな。外国との交易で手に入れたのか?」


「長老、謎ばかりだな」


 最初は安明通宝を拾っても彼らは死蔵するばかりであったが、他にも多くの村や町で住民が偶然安明通宝を拾うという出来事が立て続けに発生した。

 そして、その中から欲のあるものが安明通宝用いて買い物をしようと試みる。


「精度は物凄くいいが聞いた事がない貨幣だな。誰が作ったんだろう?」


「でもよ、これは『銅銭』じゃないぜ」


「そうか! 銅銭じゃないよな!」


 いまだに明は銅銭を使おうとする庶民にうるさかったが、銀貨が手に入らない庶民は困っていた。

 細かい商いをする商人も、銀貨以下の細かな商いに使う銭を欲している。

 そして、今大量に目の前にある貨幣……100パーセント貨幣という保証もないが貨幣に見えるもの……が銅銭でない事に銅銭不足解決の糸口を見つけた。


「ここまで精巧だと、本物の銭と同じだと思うな。これを偽造しようって者はいないだろう」


「第一、材料がわからないさ」


「じゃあ、使ってしまうか」


 こうして、明国内においてセラミックス製通貨安明通宝が徐々に流通し始める。

 価値は永楽通宝と同じ扱いで、銀貨を持てない庶民が普段の買い物などに使うようになった。


 そして、その普及と共にある噂が明国内に流れる。


『安明通宝は、明の安定を願って陛下が下賜してくださったものだ』


 勿論、明が安明通宝の製造に関与しているはずがない。

 この噂は、光輝の命令で風魔小太郎(二代目)の配下が広げたものだ。

 彼は光輝の命令で、朝鮮、明、東南アジアにも、現地の情報を集めたり、このように情報工作を行う現地組織の規模を拡大中であった。


 そして、この嘘の噂を聞いて普段は後宮に籠っている万暦帝は、自分が褒められたと気分をよくした。

 安明通宝は自分が作らせたのだと平気でのたまい、その使用を認めてしまったのだ。


「安明通宝は明で作ってはいないのに、陛下はどうなされるおつもりなのか……」


 安明通宝の使用は皇帝陛下の命令によって認められたが、問題は必要な量をどうやって揃えるかだ。

 流通量が少なければ、また銅銭の使用を認めなければいけないのだから。


「我らに作れるか?」


「こんな工芸品のような貨幣、少数ならともかく大量に製造などできぬわ。第一、吝嗇であらせられる陛下が認めるものか」


 万暦帝は、国家予算を削って国政を混乱させてでも私財の蓄財に励む人物である。

 偽物扱いされないレベルの安明通宝の量産などしたら、確実に明の財政が傾いてしまう。

 自分達で作れるはずがなかった。


「国内で誰かが作っているはずだ。そいつらを押さえて作らせよう」


「そうだな」


 明の高官達は、まさか蛮族である日の本がこれほど精密な貨幣を作ったとは思っていなかった。

 他の産品はともかく、国家の基本である貨幣は違うと思っていたのだ。

 永楽通宝を生産した国としてのプライドが、安明通宝を製造している犯人の特定を邪魔してしまう。


 当然、いくら国内を探索しても、安明通宝を製造している犯人は見つからなかった。

 だが、その過程で私鋳銭を密造している者や組織が多く摘発され、市場に流れる私鋳銭は減っている。

 貨幣が足りないから私鋳銭を仕方なしに使っている明で私鋳銭が不足した以上、明の役人達は意地でも安明通宝を普及させなければいけなかった。


 例え、それが津田兄弟の思惑どおりだとしてもだ。 


「この銀塊と、安明通宝を交換してくれないか?」


「いやあ、これは小規模決済用に貯めているのですよ」


「そこを何とか」


 暫くすると、日の本の商人に明との交易決済用に安明通宝を所持する者が大量に現れた。

 明の商人は、強引に銀塊で安明通宝を買い取り、それを密かに明の政府に流して利益を得るようになった。


「なあ、安明通宝は津田家が作っているのでは?」


「それを言うな! 首がなくなるぞ!」


 すぐに真相に気がついた者もいたが、今は明の経済のために安明通宝の流通量が増えれば問題ないのだ。

 第一、今の明の技術では安明通宝は作れない。

 似たような粗悪品は作れるが、それでは民衆に偽物扱いされ鐚銭扱いされるであろう。


 東アジア一の大国というプライドのために、明は安明通宝の普及に手を貸す事になる。

 そして、安明通宝を津田家が製造しているのではないかという疑惑のもみ消しにも手間をかけるようになった。


「この通貨は綺麗だよな」


「金属でもないのに丈夫だしな。でも、焼き物に似ているような……」


「焼き物なら、こんなに丈夫じゃないさ」


 この時代の人間に、セラミックス製貨幣の詳細は理解できなかった。


「穴開きだから、普通の焼き物だと強度が落ちるものな。しかし、謎の貨幣だな」


 永楽通宝と同じく穴開きで紐が通せる安明通宝は、徐々に明全土に普及していく。

 そして、たかが焼き物でしかない貨幣のおかげで、明の金、銀がさらに津田領へと流出していった。

 だが明も然るもの、安明通宝を得るために金銀鉱山開発を強化して鉱物の生産量を上げており、光輝達には安物のセラミックス貨幣でも、大陸の貨幣経済浸透に大きく貢献する事となる。


 結局安明通宝は明が滅んだ後も使われ続け、世界でも有数の息が長い貨幣としてその名を残すのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本編でもそうですが、貨幣経済をまともに扱うのは、こういう小説としては非常に興味深いし面白いと思います [気になる点] 窒化ケイ素は灰色なので、少々気になる (黒みがかった緻密で強靭な焼物な…
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