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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結)(コミカライズ開始)  作者: Y.A


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最終話 再び宇宙へ

「孫一様、また負けてしまいましたね」


「わかりきった事を言うな!」


「ははははっ、まあいいじゃないですか。生き残れたのだし」


「俺達は、逃げ足だけは天下を取れそうだな」


 孫一は、付き合いが古い家臣に愚痴を溢す。


 岡左内、旧幕臣、元蒲生家臣旧氏郷派、宇喜多家キリシタン系家臣、毛利家などが起こした津田幕府への反乱は鎮圧された。

 鎮圧に多少時間がかかったが、津田幕府は小ゆるぎもしなかった。

 参加者の一人で過度のキリスト教への傾倒を見せ、左内に気にいられていた斎藤竜興が津田幕府に情報を流していたのも大きい。

 竜興の芝居は、長年苦労を重ねて人を見る目を養っていたはずの孫一でも見破れなかった。

 孫一は……竜興も同じように苦労して経験を積んでおり、自分とそう差がなかったから見破れなかった……という事にしておく。


 どうせいくらそんな推察をしても、孫一は敗残者でいつ幕府に捕縛されるかわからない身の上だ。

 それでも、反乱軍の壊滅、岡左内の討ち死にの混乱を利用してどうにか人気のない山中に逃げ出す事に成功していた。


 大分数は少なくなってしまったが、阿吽の呼吸で共に逃げて来た昔からの元雑賀衆に、ここまで逃げる事に成功した反乱軍への参加者も徐々に集まってきた。

 その数は三百名ほど。

 その中では孫一が一番の大物だったため、自然と彼がリーダーの地位に収まっていた。


「殿、これからいかがいたしましょうか?」


「俺は殿じゃねえよ! 勝手に俺を持ちあげるな!」


 孫一は、同じく自然と敗残兵達のまとめ役となっていた志賀親次からこれからの方針を聞かれる。

 彼はなぜか、孫一を殿と呼ぶようになっていた。

 

「第一、親次の方がよっぽど殿様に向いているだろう。血筋もいいのだから」


 親次の実家志賀家は豊後大友家の重臣であり、彼の母親が大友宗麟の娘だったので重用されていた。

 大友家の没落と共に浪人に、宗麟の孫義乗が細川幽斎の引きで豊後に領地を得た時に帰参したが、義乗からはあまり好かれなかった。

 それは、親次がキリシタンだからだ。

 義乗はキリシタン嫌いの幽斎に気を使い、キリシタンでない田原親賢を重用した。

 その親賢も織田幕府軍崩壊の余波で討ち死にし、義乗は降伏して領地を持たない幕臣となっている。


 キリシタンでありそれを捨てられない親次は、キリシタンへの弾圧を始めた津田幕府に反抗し、今回の内乱に参加したというわけだ。


「ここまで負けてしまうと、生き残るためには血筋よりも才能ですよ」


「俺に才能なんてねえよ!」


「ですから、生き残る才能があるじゃないですか」


 孫一は津田家に逆らい続け、戦い続け、負け続けている。

 本人は碌な人生じゃないと思っていたが、あの津田家に逆らって生き延びているという点で反乱軍でも敬意を払われていた。

 今回も無事に逃げ延び、同じく逃げ延びた目端の利いた者達に敬意を払われていたのだ。

 

 自身が優れた能力を持つ親次も、孫一の生き残る能力に感心した人物だ。

 だから彼を、この集団のトップに押し上げようとしている。

 そこには、自分がナンバー2になって美味しいところを得ようとする欲もあったが、彼は常にそうやって大友家を支えてきたので、これは生来の性格、育った環境のせいとも言えた。

 親次は、自分がトップには向かない人物だと自覚していたのだ。


「おおっ、ここにも生き残りがいたか!」


 続けて、数十名ほどを連れた明石全登が姿を見せる。

 彼は宇喜多家の重臣であったが、キリシタンであったために主家の命に背いて反乱に参加した。

 結果は大惨敗であり、宇喜多家は領地を失って家だけは辛うじて残っている状態にまで追い込まれている。

 津田幕府は、重臣が外国勢力を引き入れる反乱に参加した宇喜多家を許さなかったのだ。

 家が潰されていないだけ毛利家よりもマシな状態、それも勝手に重臣が反乱に参加してしまった宇喜多家には大した慰めにもなっていないのだが。


 それでも、銭侍ながら幕臣として家が残っただけマシであろう。

 当主信家は光輝に対しまったく叛意を持っていないので、毒にも薬にもならないからと助けられたのだ。


「それで、どうするのだ? 総大将よ」


「お前もか! どうして俺を持ちあげようとするんだ?」


 孫一は、自分を総大将扱いし始めた全登にも文句を言う。


「宇喜多勢には、宇喜多詮家殿がいるだろうが!」


 宇喜多詮家は先代当主直家の甥にして一門の重鎮であったが、現当主信家とは折り合いが悪かった。

 彼も熱心なキリシタンであり、キリシタン系の宇喜多家家臣達を率いて反乱に参加している。

 当然信家から命令されたわけではなく、信仰のために謀反を起こしただけだ。


「詮家殿なら討ち死にした。我らもこの数十名で逃げるのが精一杯でな」


「ああ、そうかい。俺はキリシタン共の信仰になんて興味がないからな」


 今回の反乱、世間では『キリシタンは外国勢力まで利用して、日本で信仰を貫くため、国を売り渡そうとしたのだ』という風に歴史書には記載される事になる。

 だが実は、日本国内で反乱に参加した人員のうち、キリシタンは半分くらいしかいない。


 あとは、織田幕府、津田幕府に敵対する勢力、個人の参加で、孫一や元雑賀衆には八咫烏信仰……実質神道である……に一向宗の信者も。

 他にも、天台宗や、他の宗派の仏教徒も多かった。


 キリシタンや外国を利用してでも一発逆転をと願う者が多かったのだ。

 孫一は他に行き場所がなかったからという理由であったが、反乱が終わればキリシタンなど相手にしたくない。

 少し前、あまりにも勧誘がしつこくて辟易させられた経験があったからだ。

 勧誘がしつこかったのが実は竜興であり、孫一は見事に騙されていたのだが。

 竜興は、左内の信用を得るためにわざと孫一をキリスト教に勧誘していたのだ。


「俺らキリシタンでない者達は、これから己の生活をどうするかで忙しいのだ。お前らキリシタンはキリシタン同士で勝手にやれ」


 既に孫一には、津田家に逆らう気力すら残っていなかった。

 あとは、いかにしてこれから普通の生活を送るかしか興味がなかったのだ。


「人数は多い方が有利だと思いますが」


「どう集めても千人にも満たない数では、それほど違わないだろうが。今さら津田幕府に逆らうだけ無駄だから、逃げる算段が必要だ。金銭や食料にも限りがある以上、この集団の核を確立しておく事の方が重要だからな」


「なるほど。数だけに頼るのは危険だと?」


 親次は孫一の意見を聞き、納得した表情を浮かべる。

 と同時に、孫一こそが主君に相応しいと心の中で確信していた。


「だから千や二千集めても、津田幕府の前では蟷螂の斧じゃないか。裏切り者にも注意しないと内乱で殺されるぞ」


 孫一は、キリシタンを抱え込むと内輪揉めでこの集団が崩壊してしまう危険性を危惧していた。

 だから、親次も全登も邪魔だという風にしか思っていなかったのだ。


「こうなった以上、我々個人は信仰を捨てないにしても、他宗教の仲間といざこざは起こしませんよ」


「そうだな。今は逃げる場所を探さないと駄目だ。それには人数が多い方がいいに決まっている」


 親次と全登は、余計なトラブルは起こさないから連れて行ってほしいと孫一に頼んだ。


「それで殿、どこに逃げますか?」


「それが重要だぞ、総大将」


「だから、俺を勝手に持ちあげるな!」


 とはいえ、今は無駄な言い争いをしているわけにもいかない。

 その後も徐々に逃げ延びてきた反乱軍兵士達が仲間に加わり、孫一軍というべき集団は八百七十三名にまで膨れあがっていた。


「殿、いい情報が入りました」


「だから、俺は殿じゃないって……もういい」


「そうですか。実は……」


 津田幕府からの追及を逃れた孫一軍は、とある山中に隠れながら自給自足の生活を送っていた。

 孫一がまとめ役で、同時に元雑賀衆からなる直属の鉄砲隊を指揮している。

 これは実質、孫一の親衛隊のようなものだ。

 次に、大友家を支えた男志賀親次がナンバー2として、集団生活で発生する様々な雑務や、近隣の町に情報収集と買い出しも兼ねて人を送り出していた。

 最後に、ナンバー3格の全登が多くの兵を率い、簡単な住居を作ったり、狩猟や採集を行ったりして日々の生活を支えている。

 これは軍事訓練なども兼ねている。

 もし津田幕府軍に見つかって攻撃されれば終わりだが、最後の抵抗くらいはしたいという意図で、全登は兵を訓練し始めたのだ。


 そんな中で、親次がとてもいい情報を掴んだと孫一に報告する。


「南蛮連中の船?」


「はい、津田水軍の鹵獲品です」


 日の本国内の反乱は、元々イスパニア以下外国の軍隊と艦隊に呼応する予定で発生していた。

 結果は、フェリペ二世が編成した欧州無敵連合艦隊の壊滅により失敗に終わったわけだが、その過程で多くの南蛮船が鹵獲された。

 他の大名が奪った船は、その大名が大喜びで軍船にしたり、交易で使う船などにしている。

 だが、津田水軍からすれば古い船でしかない。

 現在、石山にあったが織田幕府との戦いで焼失した造船所の再建と拡張に、横浜、横須賀、仙台など津田領内の造船所からは次々と新造船が吐き出されていた。

 津田水軍としては使い道がないので、大砲を外し、軽く修理と掃除を行った状態で石山から大分離れた港に係留してあった。

 もう少ししたら商人か大名に安く卸す計画で、それを親次が聞きつけたのだ。


「津田水軍の方々は律儀なようで、大砲は外されましたが船体は修理と掃除が済んでいます。これを奪って新天地を目指しましょう」


「新天地って……船乗りはどうするんだ? 食料などの物資は?」


 孫一は、親次の提案に危険性を感じていた。

 自分は船乗りではないが、大型のガレオン船を動かし、地図もない新天地へと無事に航海を行う事がどれだけ難しいかを理解していたからだ。

 まったく未知の土地への航海など、あの津田水軍ですら失敗する事があるのだから。


「どこか山奥で村でも拓いた方がよくないか?」


「全登殿、貴殿は信仰を捨てられますか?」


「いや、不可能だ」


「ならば、最低でも日の本を出ないといけません。津田幕府は我らキリシタンを政情を乱す悪とみなしているのですから」


「まあ、事実だな」


 孫一はこれまでのキリシタンの動きを見て、そう断言した。

 日の本をキリシタンの国にするためには反乱も辞さない。

 そしてそのために、南蛮から軍勢まで招き入れようとしたのだから。


 もし孫一が津田光輝でも、きっと同じ選択をしたと思うのだ。


「そこで我らも反省し、我々内輪だけでもデウス様の教えを守らないといけません」


「なるほど。で、どこか大きめの島にも逃げ込むのか?」


「はい、ちょうどいいものを見つけましたので」


 親次の下には、ハグレ者ながら伊賀者が何名か所属していた。

 元は織田幕府に雇われていた連中で、織田幕府崩壊時に浪人となった者達であった。

 彼らもキリシタンであり、だからこそ津田幕府への仕官を拒否して内乱に参加したわけだ。 

 そんな彼らからすれば、織田幕府を引き継いだ津田幕府関連施設への潜入は容易いとまでは言わなくても不可能ではない。


 彼らは水軍関連の資料の奪取に成功し、その中には日の本周辺の地図も存在した。

 さすがに詳細な地図の奪取は警備が厳重なので不可能であったが、それなりの精度の物を、戦勝続きで油断している津田水軍から奪取する事に成功したというわけだ。


「南蛮に逃げ込んでもいいんだぞ。俺は行かないがな」


「さる筋からの情報によると、南蛮が派遣した艦隊は全滅したとか。ここで南蛮に保護を求めても、復讐の生贄にされる可能性が高いです」


 親次はキリシタンであったが、楽観論者ではなかった。

 いくら同じキリシタンでも、イスパニアの王が艦隊を全滅させられた恨みで日の本人を許さない可能性を考慮して当然であった。


「船乗りは、まだここに合流はしていませんが、旧大友水軍のツテで人員は揃えられます」


「みな、キリシタンなのか?」


「いえ、他宗教の者も多いです。大友家は衰退が激しいですからね。ここで心機一転、新天地で大身にならないかと誘ったわけです。勿論キリシタンもいますが」


 津田水軍だと出世競争が激しそうなのと、そこは名門志賀家の当主としての人望とコネが船員の獲得に役立ったわけだ。


「ふん、お前が総大将の方が上手く行きそうだがな」


「いいえ、殿には人望がありますから」


 織田家、津田家に負けっ放しとはいえ、孫一は自身の鉄砲の腕前もさる事ながら、鉄砲隊の指揮でも秀でた活躍を見せた。

 信長は、彼によって射殺された一族と家臣のあまりの多さに、必ず処刑すると周囲に漏らしていたほどなのだから。


 そういう話は世間にも徐々に広がり、それなのに細川幽斎からその才能を惜しまれて仕官したりと、実は本人が思っている以上に人望があったのだ。

 そうでなければ、反乱で潰走したのにこれだけの人間が集まるはずもない。


「慎重に準備を行い、素早く決行します。一隻でも多くの船を奪って、南に逃げましょう」


「南に逃げるのか?」


「寒いところよりも、暖かいところの方が生き残れるでしょう。北方には上杉家や伊達家の影響も強い。何より蝦夷には、将軍信輝の弟信秀が君臨しております」


 信秀は目立たない存在だが、上手く蝦夷と樺太の統治を行い、援助を使って伊達家のコントロールに成功している。


「寒さを防ぐ衣服もありませんからね。準備に手間がかかるのですよ」


 孫一は、親次が南方に逃げるのが一番生き残れる可能性が高いと判断したのだと理解する。

 このまま日の本にいてもいつ捕まるかわからないし、南なら紀伊のように暖かいかもしれない。

 そのように考えて、親次に任せる事にした。

 山奥の隠れ開拓村で生涯を終えるよりはマシかと、孫一は思う事にしたのだ。


「奪取か! 腕が鳴るな!」


「全登殿、戦闘は極力ない方が望ましいのです」


「それは難しいのではないか?」


「それが、津田水軍は鹵獲した船にさほどの価値を認めていないようでして……」


「あの煙を噴いて早く走る船に比べたら、どんな船でも大した事がないように思えるか」


 全登は、津田水軍だけが持つ蒸気船を間近で見た事があった。

 主君であった宇喜多信家のお供で、津田水軍による艦隊演習の見学に行った事があるからだ。

 ならば津田幕府に逆らわなければいいと思うのだが、これも信仰のためというやつであった。


「警戒は薄いので、密かに護衛兵を無力化する方が重要ですね」


「その手の事が得意な奴もいる。特別な隊を組んでから、訓練はしておこう」 


「よろしくお願いします、全登殿。今は出航に備えて極力物資を集め、詳細な計画を練りましょうか」


 津田幕府からの追及を逃れながら、孫一達は外地へ逃亡するための準備を始める。

 親次はさらに詳しい情報を得るため、鹵獲船が置かれている港に人を送った。


「やはり、予想以上に警備が薄い」


「罠じゃないのか?」


 もう好きにしろと、作戦の計画と実行は親次と全登に任せ、孫一は集まった若い兵達に鉄砲を教えたり、その整備と修理をしながら決行の時を待っていた。


「ここは幕府の直轄地で賊の類も少ないですし、小人数で大型船は奪えません。中・小型の船が置かれている港の方の警備が厳重なのです」


「理に叶った考え方だな。それで、決行は何日後だ?」


「食料などの集まりを考えると、一か月はほしいですね」


「わかった。俺は反対しないさ。『よきに計らえ』だ」


「畏まりました」


 そして一か月後。

 月も出ていない新月の夜、遂に計画は実行された。

 黒っぽい服装に着替えた全登が指揮する少人数の精鋭部隊が、鹵獲船を一時係留している港を警備している兵の首をかき切り……と思ったら、なぜかそこには誰もいなかった。


「そんなバカな! さすがに誰もいないなんて事は!」


 そう全登が思った瞬間、全登達のみならず、孫一達までもが大勢の敵兵によって囲まれてしまう。


「見抜かれていたのか!」


 親次がそう叫んでからすぐ、次々と松明が炊かれて周囲の様子が明らかになっていく。

 いつの間にか孫一達は、数千人の津田幕府軍によって囲まれていた。

 津田幕府軍は二千丁を超える鉄砲をいつでも孫一達に発射できる体勢にあり、彼らは動くに動けなかった。

 下手に動くと蜂の巣にされてしまうからだ。

 孫一は、思わずツバを飲み込んでしまう。

 そして覚悟したように、この軍勢の総大将へと大声で話しかけた。

 

「津田信輝か!」


「残念、今日は珍しく俺と今日子だよ」


「津田光輝か!」


 孫一は、まさか隠居しているはずの光輝と今日子が姿を見せるとは思わず、驚きを隠せなかった。

 そして同時に、自分の逃走生活がこれで終わるのだと覚悟を決めた。


「俺達を蜂の巣にして終わりか?」


「さて、どうしようかね?」


「俺、親次、全登だけでいいはずだ。あとは小者だ。見逃せ」


 勝手に総大将にされてしまった孫一だが、引き受けた以上は責任を取らないといけない。

 彼は持っていた鉄砲を捨てて光輝の前に出た。


「紀伊制圧時……」


「それがどうした?」


「降っていれば津田幕府軍の重鎮だったのにな。実際にその能力は持っている」


 光輝は、もしそうなっていたらもっと楽ができたのにと本気で言った。


「かもしれんが、俺は俺のやりたいように生きる! 俺は天下御免の八咫烏の化身だからな!」


 実はそこまでは思っていなかったが、孫一は人生の最後で光輝に対し大見栄を切ってやれという気持ちで一杯だった。


「ねえ、船を奪ってどこに行く予定だったの?」


「実質的な津田家の支配者が俺に質問かよ!」


 孫一は、今日子にもいつもの態度のままで対応した。


「えーーーっ、そんな事はないよ」


 孫一から影の支配者扱いされ、今日子は全力でそれを否定した。


「「いや、事実だろう」」


 なぜか光輝までもがそれを肯定し、孫一と声が被ってしまう。

 その様子があまりにもおかしく、親次と全登も下を向いて笑っていた。


「みっちゃんまで酷いよ!」


「いや、俺は今日子がいないと全然駄目だから」 


「へへん、そうでしょうとも」


 自分がいないと俺は駄目だと夫から言われ、今日子はご機嫌な笑顔を浮かべた。


「夫婦仲がいいのはいいけどよ。話を切り替えて、さっきの質問に答えるぞ。おい、親次」


「はい」


 親次は、津田水軍の施設から奪った地図を取り出して説明を始める。


「ああ、それ上手く入手できた?」


「今、少し自信を喪失し始めました……」


 精度が低い地図とはいえ、親次配下の忍びが奪取に成功したのは今日子の手配であった。

 その事実を知った親次は、ガックリと肩を落としてしまう。

 あの苦労は何だったのだと思ってしまったのだ。

 それでも、説明を止めない辺りはさすがというべきであろう。


「この辺りを目指しています」


 親次が指差したのは、マリアナ諸島、別の未来ではグアム島やサイパン島がある海域であった。


「我々も、現時点ではキリシタンが安定した日の本統治の邪魔になる事は理解しております。ですが、我らは信仰を捨てられないし、それをするくらいなら死んだ方がマシなのです。とはいえ、我らには女子供もおります」


 孫一一行は、徐々に兵の家族なども合流して四千人に迫る数にまで増えていた。

 今この場にはいないが、船を奪ってから合流させ、出航準備を手伝わせる計画だったのだ。


「政治と宗教を分離して統治を行えるほど、まだ私達は成熟していないと思う。別れて暮らすのはいいかもね」


「はい。これが受け入れられなければ、我ら悉く殉教して後世のキリシタン達に対する光明となるのみ」


「みっちゃん、殉教はまずいよね?」


「そういうのが大好きな奴は多いからな」


「死んだ英雄は利用だけできるからね。利用されても死人だから文句も言わないし」


 数千人規模の殉教となれば、後世欧州に利用される可能性が高い。

 それに、最後の一人まで抵抗すれば幕府軍にも犠牲者が出る。

 ならば、島流し名目で南洋に送り出した方が得だと、光輝と今日子は考えたのだ。


「そうだな。しかし、大変な船旅になるぞ」


 光輝も、今日子の方針に賛成だった。

 ここで孫一達を討ったところで、いまだ日の本国内にはキリシタンが多数存在している。

 これからもそちらへの対処が続く以上、国外に逃げてくれるというのであれば、逃がした方が無駄が少なかった。


「それも覚悟の上。であろう? 全登殿」


「ああ」


 全登は、親次からの問いに短く答えた。

 何とか一人でも多くの首をかき切って死にたいと思っていたのだ。

 

「我らキリシタンは自害できないのでな。ならば討ち死にするまで抵抗するまでよ」


「仕方がない。出航の準備だ!」


 光輝の命令で、孫一達の出航準備が始まる。

 とはいえ、彼らに譲る予定の船には事前に旧式ながら大砲が積まれ、船内に多くの食料と物資が積まれ、完全に準備が整えられていた。


 孫一達は、最初から光輝が自分達を逃がそうとしているのだという事実に気がつく。


「俺達に物を恵むつもりか?」


「己惚れるなよ。お前にじゃない。女性と子供がお前達だけで準備した食料や物資で生き残れるものか。国を作るのに、女性と子供を大切にしないでどうするのだ?」


「……」


 光輝の正論に対し、孫一は何も答えられなかった。


「そんなに対価が払いたいのならもらってやる」


 光輝は孫一に近づくと、彼が地面に捨てた愛用の種子島と肩にかけた早合を入れたベルトを奪い、こう叫んだ。


「雑賀孫一の首を獲ったぞ! もういらないだろう? 移民先には部族間で抗争を続ける原住民達がいて平和じゃないが、もう戦場で前線に出る事など許される立場にないのだから」


 光輝は孫一から奪った種子島を両手に持ちながら、孫一に対し意味あり気な笑みを浮かべる。


「そうだな。もう二度と会うまい。俺の子孫が津田幕府を滅ぼすかもしれないが」


「できるならどうぞ。そんなに世の中は甘くないと思うけどな」


「やってやるさ。俺様の偉大な子孫達がな」


「頑張れよ」


「言われんでも」


 二人は暫く互いに見つめ合うと、それぞれに撤収と出航の準備を始めるべくその場から離れた。

 孫一達は、光輝が準備した合計十五隻にも及ぶ大中型船で船団を組み、一路南の島を目指した。


 初の長期航海は、旧大友水軍衆が混じっていても過酷なものであったが、一隻も欠ける事なく無事にサイパン島へと到着。

 孫一は雑賀家当主としてこれら諸島の領有を宣言し、そこからグアム島などにも領地を広げ、反抗する現地部族を纏め、小国の建国に成功する。


 彼は百歳近くまで生き、現地部族長の娘との間に跡継ぎを作って次代へと国を繋げた。

 約百年後、この小国『雑賀国』は南洋探索とその領有のために訪れた津田幕府の支配下に入り、大政奉還時には『南洋共和国』を名乗って日本連邦共和国に参加している。


 この国の宗教は閉じられた国であったため、孫一が信仰していた八咫烏が神のお使いであり、雑賀国の指導者を補佐するという国教に結びつき、オリジナルからは大分かけ離れたキリスト教モドキの宗教へと変貌を遂げていた。

 

 二十世紀には、あまりに本来のキリスト教からかけ離れていたため、バチカンから異端扱いされるほどであった。 

 だが、その教義は他宗教への迫害や強引な改宗を禁じており、これは狭い国土で宗教戦争にならないための、雑賀国初代家宰である志賀親次の知恵でもあった。


 南洋共和国は小国ながらも存在感のある国として有名であり、旧国主一族の雑賀家、代々家宰を排出した志賀家、軍高官を多数輩出した明石家は名家として歴史に名を刻む事になる。


 そして、光輝が孫一から奪った愛用の種子島と早合を入れたベルトは、後世国立博物館に『雑賀孫一の首』として展示される事となるのであった。









「みっちゃん、みんな亡くなって寂しくなったね」


「そうだな」


 時代は流れ、光輝は九十歳、今日子は九十一歳になっていた。

 丹羽長秀、羽柴秀吉、前田利家、松永秀久、上杉謙信、知り合いがみんな亡くなり、津田夫婦は隠居屋敷で二人きりで過ごす時間が増えた。


 既に信輝も隠居しており、今は孫の輝信が津田幕府二代目将軍として政務をおこなっている。

 国内の開発と外地の開発は順調に進んでおり、光輝と今日子が口を出す事などない。


 津田家の秘密奥の院の主である清輝は、結局引き籠ったままで去年に亡くなった。


『こんな乱世でも、俺は引き籠りライフを完結させたぜ!』


 最後に、自慢気にそう言い残してこの世を去った。

 奥の院と江戸沖に潜航中のカナガワは、津田家直系の子孫とキヨマロによって極秘裏に管理される事となった。

 適時必要な情報と技術を引き出し、津田家のために用いるというわけだ。


 日の本に住む人々は、奥の院を預かる津田家謎の秘書官、常に同じ容姿をしている通称キヨマロの謎を解こうと奔走する事となるが、遂に誰もその答えに辿りつかなかった。

 まさか、彼がアンドロイドだとは思わなかったからだ。


 江戸の開発も進み、戦争は外地の植民地や市場の取り合いでの小競り合いが多くなった。

 水軍が大幅に増強され、東南アジアや新大陸において小規模な交戦が続いている。


 結局明との戦争は、明側が折れて講和となった。

 ただし向こうのメンツを立て、不幸で偶発的な衝突(戦争ではない)、捕虜ではなく遭難した同朋の救援費用の補てん(捕虜への身代金)、元々明の領地ではない蛮地なので関与しない(マカオ、占領した島と半島の譲渡)などで決着した。


 明は何も得られずに財政をさらに傾け、蛮族扱いしていた日本に惨敗したために、異民族の蠢動を抑えられなくなった。

 各地方の軍閥も主都北京の命令に従わなくなり、これ以降明は分裂と合併を繰り返しながら長期の戦乱時代へと突入する。


 朝鮮とは、明からの命令で講和が結べた。

 日本は捕虜を返還して治療費名目の身代金を貰い、あとはお互いに不戦条約だけを結んで終わりであった。


 交易に関しては、いまだに一部密輸以外では再開していない。

 対馬の領主である宗氏が正式に交易を回復させようとしたのはよかったが、津田幕府にも内緒で屈辱的な条件で交渉を結ぼうとした件が発覚、宗氏は改易され、対馬が幕府直轄領になったために混乱が発生したからだ。


 国内では、宇喜多家が家内混乱の責任を取って領地を没収され、銭で禄を貰う幕臣に転落した。

 宇喜多家は多くのキリシタン系家臣が討たれて人手が足りなくなったので、宇喜多信家はそれを受け入れるしかなかった。


 毛利家は、輝元蜂起の報を受けて小早川隆景が憤死してしまったために、存続の芽が絶たれてしまう。

 当主輝元と反乱に加担した家臣は全員切腹を命じられ、残った一族と家臣は帰農するか、外地へと散っていく。


 安芸は、明智家に出雲と交換で与えられた。

 出雲と備前は、津田幕府の直轄地となっている。


 それから二十年以上、国内は領地変えも戦乱もなく、日本では開発が続いている。

 津田幕府の統治も安定化しつつあった。

 そんな生活の中で、光輝と今日子にはもうする事がないのだ。


 毎日、お茶を飲みながら二人だけで話をする事が多くなった。

 お市も葉子も既に亡くなっており、あとは二人と清輝、他の先に亡くなった者達の墓参りをするくらいであろうか。


「これから、この国はどうなるんだろうね?」


「こればかりはわからないよ」


 歴史を大きく変えてしまったような気がするが、どうせ自分達の知らない基軸の歴史だと、光輝も今日子も反省などしていなかった。

 なぜなら、二人とも自分が可愛かったからだ。

 自分達の都合で歴史を変えて何が悪いというのだ。


「津田家が滅ばないといいね」


「どうだろう? 滅ばない家はないとも聞くけど……まあ、なるようになるんじゃないかな?」


「そうだね、なるようになるよね」


 それから一年後、津田光輝は九十一歳で、今日子も光輝の死後一年後に九十三歳でその生涯を閉じる事となる。

 二人の功績に対し朝廷はその死後、光輝には正一位を、今日子には従一位を追贈した。



 日の本は、津田家によって統一されたのであった。








「ようやく、カナガワを宇宙に戻せるな」


 時はまた流れて西暦四千八百七十五年、津田光輝の死後から三千二百年以上の未来、月にある津田家所有の宇宙港から、一隻の宇宙船が飛び立とうとしていた。


 津田幕府を成立させた初代から今まで、津田家はしぶとく生き残り秘密を守り続けた。

 自ら先手を打って幕府体制を終焉させた後に、立憲君主制の日本連邦共和国を設立、津田家は政治家、起業家、銀行経営者としてますますその力を拡大させた。


 日本連邦共和国の統治と発展にも大きく寄与し、四次にも渡る世界大戦でも大きな損害を受けた事はあるが、日本を敗戦へと追いやらなかった。

 その内に地球の人口が飽和状態になり、世界の各国は宇宙にその生存権を拡大させる事となる。


 その時にも、津田家は主導的な役割を果たした。

 代々守り続けたカナガワのデータベースが大いに役に立ったのだ。

 津田家の最重要秘密である奥の院の存在を探ろうと、世界中のありとあらゆる国家と諜報組織が苛烈な工作を開始し、津田家は大きな犠牲を出しながらそれを守りきった。


 だが、その日々も遂に終わる。

 科学技術の発展が加速度的に進み、もはやカナガワのデータベースの価値がなくなってしまったのだ。

 津田家八十九代目当主津田光輝は、妻の今日子と共にカナガワの再就役を見守っている。

 偶然にも、二人は初代と同じ名前の夫婦であった。

 三千年以上も維持された艦内の装備は他所に移設したり、使い道がなくてスクラップにされ、カナガワの船体も中古の宇宙船として格安で売却された。


 購入した零細運送会社は、このカナガワという宇宙船の由来など知らない。

 ただ安い中古船を購入し、それで何とか商売を成功させたいだけだ。

カナガワがスクラップになるまで使われるか、途中で転売でもされるか、それは誰にもわからない。


「みっちゃん、ご先祖様はどう思っているのかな?」


「まさか、カナガワが再就役するとは思っていなかったかも」


 正直なところ、極秘裏にカナガワを宇宙にまで上げるのに使った費用を考えると、わずかな売却益で補えるものではない。

 完全な大赤字なのにこれを行ったのは、津田家初代当主である光輝の遺言のせいであった。


『できたら、カナガワは宇宙船だから宇宙に戻してほしいな。その頃には津田家にそんな余裕はないかもしれないから無理強いはしないけど』

 

 幸いにして津田家には余裕があったので、現当主光輝と今日子は極秘裏にこの遺言を実行している。


「本人は、子孫にそんなお金がないかもと心配していました。元々はカナガワのローンの返済で苦労していましたからね。貧乏性なのですよ」


「庶民的なご先祖様だな……」


 カナガワと共にあったアンドロイドのキヨマロは、古くなったボディーを交換して光輝の雑用を担当している。

 光輝は、時代の生き証人であるキヨマロの話を聞くのが何よりも楽しみであった。


「さて、これからは頑張らないと」


「イニシアチブが消えましたからね」


 未来技術情報という有利な材料で三千二百年以上も躍進を続けた津田家であったが、もうこれからはそれもない。

 圧倒的な財力、生産力、人脈を持っているが、それでも失敗すればどんな名家でも没落するのだ。


「初代は、没落しない名家はないと言っていました」


「達観しているなぁ。じゃあ、俺達は一年でも長く生き残るために努力するか」


「みっちゃん、私も協力するよ」


 二人と一体は、エンジンに火が入ったカナガワが視界から見えなくなるまで見送り、それが終わると、次の予定を消化するために月の宇宙港を後にするのであった。

本編はこれで終わりですが、不定期で何話か外伝というか幕間のようなお話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] むちゃくちゃだけど面白かった、これほど自重しない戦国転生ものは初めて読んだ、まあそれでもかなり手加減しているような気がするけど… [気になる点] でも大名、公家、寺社への対策はかなりぬるか…
[良い点] 歴史のIF物が好きなのでめっちゃ面白かったです。 [一言] 色んな作品に信長出てきますけどこの作品の信長がいちばんお茶目で怖くなくて好きですね
[気になる点] 共和制は君主のいない国家体制なので立憲君主制の共和国はおかしいです。
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