第七十八話 最後の戦人
「とにかく撃て! 玉薬の心配はするな!」
「玉薬は大量にあるぞ! 敵を近づけさせるな!」
「訓練と同じように撃つんだ!」
遂に、織田幕府軍と津田軍による決戦が始まる。
関ヶ原に大規模な野戦陣地を築いた津田軍に対し、織田幕府軍が大軍で攻め立てる構図だ。
織田幕府軍はまだ関ヶ原要塞東側に兵を回していないが、残り三方向から損害を分散しつつ一斉に大軍で攻め立てる。
そんな織田幕府軍に対し、津田軍は苛烈なまでの銃撃と砲撃で対抗した。
「訓練どおりに沢山撃て! 撃てば撃つほど味方の犠牲が減る! お前らも死ぬ確率は減るぞ!」
空が割れるかと思うほどの轟音と銃声が連続して辺りに鳴り響き、攻め手の織田幕府軍の兵と将が倒れていく。
戦闘開始から一刻ほど、既に数千を超える織田軍兵士と将があの世に旅立っていた。
「兵の損失が大きくないか?」
織田幕府軍の本陣において、将軍信重が幽斎に不安そうな声で尋ねる。
これが初陣である彼に、この損害の大きさは大きなショックであった。
「いえ、予定どおりです。津田軍が派手に撃てば撃つほど玉薬がなくなるのが早まります」
それに、倒れた先手の大半は浪人と農民兵である。
いくら死んでも不都合はなかった。
むしろ浪人などは政情不安の元なので、死んでくれた方がありがたい。
彼らは、朝鮮出兵でも使い捨てにされた。
幽斎も感情のある人間なので可哀想だとは思うが、使い捨てにされる間抜けの方が悪いという気持ちもある。
自分のように、上手く動けばいいだけだと割り切ってもいた。
「使い捨てが十万人死んでも、それで津田家の玉薬がなくなれば我らの勝ちです。北畠家、武田家、北条家、その他の関東と東北の大名達は、津田家の玉薬の備蓄量を見誤って滅びました。数万人程度の犠牲で安心してはいけません。十万、二十万人を犠牲にしてこそ、津田家の膨大な玉薬量に勝てるのです」
農民や浪人、戦功が欲しくて前に出ている小者がいくら死んでも構わない。
津田家に勝つためなのだから。
そう涼しい顔で言い放つ幽斎に、信重は内心恐怖した。
何とか、それを表に出さないようにはしていたが。
「なるほど、しかし……」
一度の戦で十万人を超える犠牲など聞いた事がない。
信長の時代にもなかった。
その膨大な犠牲が出る原因が自分なのだと思うと、信重は気分が悪くなってくる。
それに気がついた幽斎は、まだ子供なので仕方がないと思っていた。
むしろ、平然とされて大器の片鱗を見せられたら、将来信重を処分しなければいけないから安心したほどだ。
幽斎としても、信重はできる限り殺さないで済ませたかった。
娘の婿であるし、神輿に徹してくれるなら利用価値があるので殺す必要もないからだ。
「上様は、征夷大将軍としてこの国の安寧に腐心せねばなりませぬ。時に、このような犠牲を容認してこその征夷大将軍職だと、私は思っております」
「そうだな、幽斎の言うとおりだ」
納得できない部分もあったが、信重はまだ子供であった。
幽斎の言い分に反論できる知識も経験も度胸もなく、その意見に同意してしまう。
「攻め立て続けよ!」
織田幕府軍は攻勢を続けるが、犠牲者の数は一方的であった。
ある程度敵本陣に接近してから、青銅製大筒や種子島で攻撃を開始する織田幕府軍方の兵と将もいたが、津田軍は塹壕や土塁越しから撃っているので犠牲が少ない。
「痛っ! 何だこれは? 手に刺さるぞ!」
「畜生! 手が血塗れじゃないか!」
幾重にも張り巡らされた有刺鉄線にも、織田幕府軍の兵達は苦しめられた。
素手で触ると怪我をするし、かといって指揮官から邪魔だから撤去しろと言われたら、それをしないわけにもいかない。
そして、撤去作業で足を止めると、そこに大量の銃弾が撃ち込まれるのだ。
死傷者が劇的に増大して後方に送られるが、織田幕府軍の粗末な医療体制では全員に対応できなかった。
消毒すら間に合わず、後に破傷風や感染症で死んで行く兵士が続出した。
織田幕府軍でも医療部隊の拡充を進めていたが、幽斎が徴兵した使い捨ての先手衆に対する治療は後回しにされた。
物理的に医療部隊の数が少なすぎて、手が回らなかったという理由もある。
「お前、怪我をしているな?」
「軽傷ですから」
「ならん! 破傷風になって死ぬぞ! 衛生兵!」
前線で指揮をする指揮官の呼び声で、担当の衛生兵が姿を見せる。
「消毒して包帯を巻いておきます」
衛生兵は、訓練どおりに素早く負傷兵の傷口を消毒して新品の包帯を巻いた。
「すまん」
織田幕府軍では負傷者が破傷風や感染症にかかって死ぬ者が多かったが、津田軍では既に今日子が軍医部隊と衛生兵部隊を作っていたので、戦傷病死する人数が極端に減っていた。
負傷兵は、軽傷なら前線に配置された衛生兵が消毒や簡単な治療を行う。
重症なら、すぐ後方に送られる仕組みとなっていた。
「津田軍の大筒は化け物だ!」
「津田軍の大筒に対抗すべく、砲台陣地の構築を行っていた飯尾重宗様が消し飛んでしまったぞ!」
「向こうの砲撃は届いて、こちらの砲撃は届かないなんて……」
織田幕府軍は火力を集中させるために砲撃拠点の構築を試みるが、それらはすべて津田本陣から観測され、百斤野戦砲が置かれた砲陣地からの砲撃で粉砕されてしまう。
津田家では、既に照準をつけて大砲を撃つ事が可能になっていた。
銃にもスコープが装備され、命中精度は今までの種子島とは桁違いであった。
「ああ、やってらんねぇ……」
「兄上、もうやる気をなくしましたか?」
「なくすに決まっているだろうが。胸糞が悪い」
長可にも、それなりの倫理観がある。
敵味方が互いに軍勢を繰り出し、両軍が死力を尽くして戦う事は否定しない。
むしろ、彼はそういう戦を望んでいる。
ところが目の前で展開されているのは、津田軍の玉薬を消耗させるために幽斎が徴兵した農民達と、もう後がない浪人達が次々と銃撃と砲撃で倒れていく光景だ。
更に津田軍は、以前よりも圧倒的に火力が増していた。
前も勝ち目がなかったのに、こうも一方的に銃撃や砲撃を受けてしまうと、柴田勝家などが喜びそうな昔の戦は、もう絶対に戻って来ないと長可には思えてしまうのだ。
「お蘭、森家の旗は目立つようにな。それと、少し下がるぞ」
「幽斎殿に叱責されませんか?」
「あいつに叱責されても死なないからな。津田軍の連中、前よりも圧倒的に性質が悪いな」
戦の時の暴れようから鬼武蔵と称される長可であったが、彼は無謀ではない。
その行動には、実は計算された勝算が確実に存在する。
なので、津田軍による集中砲火の中を突撃するほどバカではなかった。
銃弾は人間を避けてくれない。
当たり前の事だが、長可はそれを誰よりも理解していた。
「津田軍は、朝鮮に兵を出していませんからね。装備を増強する時間と資金があったのでしょう。加えて、練度もそう捨てたものではありません。津田軍は兵を効率よく訓練するための知識を持っていますから」
「お前、本当によく知っているな……」
長可は、弟成利の正確な分析に感心する。
「大殿の傍にいれば、嫌でもわかりますよ」
信長の傍で津田光輝という人物を見てきた成利からすれば、このくらいの予測は容易な部類に入った。
天下人の近くにいるという事は、地方の大領主などとも比べ物にならない量の情報を得られるのだから。
「突撃させられる連中は不幸だが、俺達がつき合う道理もないよな」
「気遣う余裕はありませんね」
「ないない。下手に気遣ったら、俺達が蜂の巣だっての」
長可にも、津田軍の集中砲火によってバタバタと倒れる兵達に同情する気持ちくらいはある。
だが、彼らが次々と突撃してくれないと、いつ森軍に突撃命令が下るかもしれないのでは、彼らに配慮などできなかった。
農民達に突撃をさせず、代わりに森軍が突撃して全滅では意味がないからだ。
森家は織田幕府の家臣であったが、同時に森家自身の利益と未来も確保しないといけない。
卑怯だという者がいるかもしれないが、そういう非難を軽く流せるのが長可という人物だ。
つまり、彼はある意味『いい性格』をしているのである。
第一、自分の御家が大事なのはどの家臣や大名も同じだ。
みんな、織田幕府と津田家のどちらが勝利するか常に考え続け、それがわかったら即座に一番いいタイミングで裏切ろうと考えている。
いまだ戦国の世を引きずる時代なので、それがこの時代の武士の当たり前の感覚であった。
「犠牲者はあとで寺に供養してやろう。それにしても、よく逃げ出さないな……」
この時代の兵は、戦況が悪くなるとすぐに逃げ出してしまう。
例外は、常備兵で占められた正規の織田幕府軍、津田軍、島津軍、上杉軍、徳川軍、その他数家の中核軍くらいであろうか。
幽斎が強引にかき集めた連中がほとんど逃げ出さずに戦っている事に、長可は驚きを隠せないのだ。
「それは、忠興殿のおかげです」
「もしかして……」
「はい、その『もしかして』です」
後方にいる幽斎の嫡男細川忠興とその軍勢が、農民兵達が逃げ出さないように……つまり督戦隊のような事をしているのだと、成利は長可に説明する。
「あの野郎、楽しい事をしているじゃないか」
長可は口を歪ませながら笑って、忠興の行動を皮肉った。
「彼は幽斎殿のすべてを継げる立場のお方です。そのためには、多少の汚れ仕事くらいはという事だと思います」
「まあいいけどよ。あいつ、絶対に碌な死に方しないぜ」
二人で話をしている間も、ずっと津田軍の銃撃と砲撃はやまなかった。
長可は、本当に津田家の持つ弾薬が尽きるのかと疑問に思ってしまう。
「大殿がなぜ津田家を敵に回さなかったのか、改めて理解できるな」
「ええ、大殿の慧眼でしたね」
「戦も大きく変わり、勝家のジジイには付いて行けなかったか」
「ここまで戦が変わってしまうと、そうかもしれません」
「へん! 俺も気に食わないね!」
二人の会話に割って入るように、突然ある人物が話しかけてきた。
「慶次殿ですか。参戦していたのですね」
慶次を知っていた成利が彼に話しかけるが、その表情は不機嫌そのものであった。
「俺は風の向くまま、気の向くままに生きる戦人よ。戦があれば出向くさ」
対武田戦後、滝川家に厄介になっていた前田慶次と奥村助右ヱ門の道は別れてしまった。
助右ヱ門は前田利家の下に戻り、前田家の重臣として忙しい日々を送っている。
慶次はというと、彼は織田家が全国統一を進める過程で行われる戦に助っ人として参戦し、その時々で報酬を貰って生きる日々を送っていた。
さすがに妻子には苦労をかけられないので、妻と子供達は前田家の領地がある伊予に置いている。
慶次の嫡男正虎は、慶次の義父にして前田利家の兄利久の跡を継ぎ、一門衆として前田家を支えていた。
「戦ってのは、こういうつまらないものではないと俺は思うけどね」
「しょうがねえだろう。これも時代なんだから」
「鬼武蔵殿らしくもない」
「知らねえよ。俺らがいくら反則だって喚いても、津田家は斟酌してくれないからな」
共に戦の時には悪鬼羅刹のように戦う二人であったが、津田軍の戦法に対する感想は違った。
慶次は長可が自分の考えに同調してくれると思ったようだが、長可はこれも時代だと言ってつれない態度を取った。
その差が、二人の立場を分けているとも言えたのだ。
割り切れる長可は大名となり、割り切れない慶次は傭兵のままという風にだ。
「我を通して蜂の巣にされたら堪らねえよ」
「兄上……」
成利は、長可の発言を抑えようとした。
部外者である慶次に消極的な姿勢を見せると、彼がそれを幽斎に密告するのではないかと思ったからだ。
「成利殿、俺は戦で雇われただけで、幽斎殿の家臣じゃないからな。密告などせぬよ。それに、俺も今の幽斎殿は好かん」
「おや? 幽斎殿とは仲がよかったと聞きましたが……」
成利は、文化人としても有名な慶次が、幽斎主催の歌会などに顔を出している事実を知っていた。
その逆も行われており、いわゆる趣味友達なのを把握していたのだ。
「最近の幽斎殿は好かない。権力が人間にとってあそこまで毒とは思わなんだ。年を取ると嫌な事がわかってくるな。だから、俺が幽斎殿と顔を合せてあれやこれや言う機会はもうないのだ」
成利の不安を察した慶次は、すぐさま密告などしないので安心するようにと言う。
「とはいえ、古きよき戦が消えていくのは我慢ならないな」
「前に出るのか?」
「古き戦人の意地を、津田光輝に見せてやるのさ」
「お前はバカだな。死ぬぞ」
口は悪いが、長可は慶次が嫌いではない。
まだ織田信長が生きていた頃、前田家の親族でありながら傭兵のような生活を送る慶次を批判する織田家家臣は多かった。
信長に『強引にでも前田家に戻した方がいいのでは?』と意見する者も多かったが、それを否定したのは信長自身であった。
『あいつはあれでいいのだ。鳥には鳥の生き方が。狼には狼の生き方が。前田慶次には前田慶次の生き方がある』
信長は、前田慶次という人物が組織で生きるのが難しい事を誰よりも理解していた。
これは才能の問題ではなく……むしろ才能で判断すれば慶次は織田幕府の重臣にもなれる力量を持っていた……本人の性格の問題なのだと。
長可も生前の信長から慶次に関する話は聞いていたので、無茶はするなよと忠告するくらいの優しさがあった。
「第一、兵達が可哀想だろう」
「幽斎殿が強引にかき集めた連中は連れて行かないさ。俺と同じように考える古い連中が多くてね」
慶次は、自分と同じように傭兵稼業で生きている者達が多くいる部隊の指揮を任されていた。
戦は上手いが協調性には欠ける者達を、同じ性質を持ちながら織田幕府重臣前田利家の親族である慶次に任せたというのが真相というわけだ。
もう一つ、慶次の叔父である前田利家は幽斎からの出兵要求を拒否している。
もし織田幕府が勝てば処罰されるのは確実なので、自分が奮闘して少しでも穴埋めをしておこうという腹もあった。
何しろ前田家には、親友と妻子もいるのだから。
「みんな、俺の意見に賛成よ」
「止めはしないが、死なないようにな」
「さあ? それはやってみないとわからんな。もしかすると、津田光輝の首を獲れるかもしれない」
「その博打が成功するといいな」
「俺は博打が強いからな。案外いけるかもしれないぞ」
森兄弟と別れた慶次は数百の軍勢を率いて、そのまま前線へと移動するのであった。
「集結するな! お前らはいちいち上の指示を仰がないと動けない間抜けじゃないだろう? 纏まって銃撃と砲撃の餌食になる愚は避ける。この中で、誰が津田光輝の首を獲るか競争だ」
「ふんっ! それはこの車斯忠様だ!」
車斯忠は元々常陸の国人であったが、津田家の方針について行けずに津田領を出ていた。
「いやいや、この山上道及こそが津田光輝の首を獲るのだ」
山上道及も、津田家の新しい支配について行けなくて仕官をしなかった人物だ。
他にも、水野藤兵衛、韮塚理右衛門、宇佐美弥五右衛門、藤田森右衛門など。
津田家の新しい戦に反感を覚える古い戦人ばかりが参加していた。
纏まれば的になると叫んだ攻め手の将前田慶次が、あとは好きにやれと彼らに命令を下す。
前田家と滝川家を皮切りに、戦人として各地を転戦した慶次は、今までに経験した事がない新しい戦に舌打ちをした。
織田信長が鉄砲の集団運用を構築して不満があったが、それでも自分のように槍働きが得意な者が活躍する機会もあった。
だが、この戦いではそんな機会すらない。
傭兵稼業と浪人を交互する気ままな生活を送っていた慶次は、最後に面白い戦に参加しようと織田幕府方に参戦した。
ところが、実際にはこの様だ。
彼の目の前で、一緒に参加した古い戦人達が次々と銃撃と砲撃によって倒れていく。
彼らは分散して狙撃されるリスクを抑えながら本陣へと突撃していくが、目立つので的になりやすかった。
いくら武勇に優れていても、銃弾が命中すれば負傷してしまう。
当たり場所が悪ければ死が待っており、既に大半の者達があの世に旅立っていた。
「まったく、面白くないぞ!」
配下の兵達も大分減った。
みんな銃撃で倒されてしまったのだ。
自慢の朱槍も、津田軍からすれば目立つ的でしかない。
その事実に、慶次は腹を立てていたのだ。
挙句に、同じく朱槍を持っていた車斯忠達は討ち死にしていた。
慶次の周辺にも多くの着弾があったが、今のところは無傷である。
やはり、前田慶次という人物には尋常ではない運があるのだと、生き残った者達は思ってしまう。
「古い戦人は滅ぶしかないのかよ!」
慶次は、諦めて利家の重臣として働いている親友奥村助右ヱ門が羨ましいと、この時に初めて思った。
彼はこのように思い悩まずにいられるからだ。
「俺の無様な死が、新しい戦が始まる合図となるか。いいだろう、死んでやる!」
覚悟を決めた慶次は、少数の生き残りと共に本陣に向かって突撃を開始する。
次々と周りの者達が撃たれて死んでいくなか、いよいよ彼の体にも銃撃が命中した。
「これは、思ったよりも痛いじゃないか!」
前田慶次は、その身に何発銃弾を受けても突進を止めない。
「あいつは化け物か!」
「畜生! 当たらない!」
常人ならば、致命傷でなくても体に銃弾が命中すれば動けなくなってしまう。
銃弾が命中したはずなのに動きが止まらない慶次に対し、彼の銃撃を担当していた兵士達は恐怖した。
その恐怖は、彼らの射撃から正確さを奪ってしまう。
常に数百から数千の敵兵が押し寄せる戦況で慶次ばかりに気を取られるわけにもいかず、慶次の前進は本陣に一番近い土塁まで続いた。
「何であいつは止まらないんだ! 大御所様がいるのだぞ! 最後の土塁を超えさせるな!」
唯一本陣に接近を許してしまった慶次に対し、小隊長の命令で数十発の銃撃が行われる。
これも彼に対する恐怖が銃手から射撃の正確さを奪っていたが、さすがに数発は命中した。
さすがの慶次もこれは堪らず、土塁に手をかけ、光輝の顔を視線に入れたところで倒れた。
「この俺が、土壁に負けるとはね……」
その言葉を最後に彼は意識を失ってしまうが、運よく本陣に慶次を知っている者が多かったのと、土塁に寄りかかった格好で倒れていたので津田軍によって収容されて命を繋いだ。
「というか、何で本陣の至近まで辿り着けるんだ? この人」
光輝は、前田慶次という軍事の常識を打ち破った人物に驚愕してしまった。
そのためつい、このまま殺さずに治療を命じたのだ。
着弾の多さからまず助からないと思うが、これも勇者への敬意というやつだと思っていた。
ところが、慶次は死ななかった。
「この人、業運なんてもんじゃないわね……」
光輝から頼まれて慶次に命中した銃弾の摘出手術をした今日子は、彼への着弾がすべて急所から外れていた事に驚いた。
それでも、これだけ被弾すればショック死する者も多いはずなのに、慶次にはそんな様子もない。
更に手術の翌日には目を覚まし、光輝に文句まで言う始末であった。
「あんた、戦を変えすぎだぞ」
光輝から命を助けてもらった癖に、その人物に対して無礼極まる発言をする慶次に本陣の空気が一瞬止まった。
「貴様は!」
「まあ、待て。茂助」
「しかし!」
「いいんだ」
慶次に怒鳴ろうとした堀尾吉晴を、光輝が止めた。
そして、彼にこう話しかける。
「その昔、弓矢を発明した連中もそういう風に言われたんだろうな。いくら嘆いても、慶次殿の好きな戦はもう戻ってこないし、楽しい良い戦なんてないと思うがね。巻き込まれれば、みんな迷惑だ。農村から徴兵された連中が戦場で、戦は面白いなんていうあんたに出会う不幸についてどう思う?」
大して強くもない光輝からすれば、慶次みたいな奴と戦場で出会ったら、不幸以外の何物でもないなという気持ちしかなかった。
それに、誰がどうやっても戦なんて決していいものではないのだと。
「言い返す言葉がないな」
「慶次殿は運がいい。ここで死ななかったという事は、まだ人生ですべき事があるのであろう。今回の戦が終わるまでは静かにしていてもらおうか」
「どうせ怪我で動けん。俺の戦はもうこれで終わりだな」
以後慶次は二度と槍を握らず、龍砕軒不便斎を名乗って江戸に隠棲し、死ぬまで自由気ままに文化活動をして過ごす事になる。
そして、前田慶次が最後の戦で津田光輝を驚愕させた件は、光輝が私的な日記にその事実を詳細に残しており、更に今日子が治療カルテを残していたせいもあって、後の世で彼はカルト的な人気を得る事になるのであった。
彼は『不死身の慶次』と呼ばれ、様々な創作物に登場する事になる。
翌日以降も、織田軍による攻撃は続く。
互いに夜襲を怖れて夜戦は行われず、日が昇ると織田軍が攻め寄せ、津田軍が銃撃を再開する。
バタバタと織田幕府軍の兵が倒れ、死傷者が増えていく。
ただこれの繰り返しであった。
「もはや、俺の出る幕はないな。お替り」
「慶次殿、随分と悪運が強いようだな。景勝と兼続が心配しておったぞ」
「あの二人も、新しい戦に対応せねばならないとは。不幸ですな」
「それは俺も思ったさ。もっと戦が進歩した先には何があるのかなと思わんでもない。だが、上杉家のために歩みは止められないのだ」
「俺と違って、謙信殿は上杉家に対して責任がありますからな。古い戦人である俺は、愚痴の一つも溢したくなるのですよ」
「気持ちはわからんでもないさ」
慶次は上杉景勝や樋口兼続とも親しかった。
その線で謙信とも知己であり、たまに戦場を見ながら話をしていた。
「まだ閻魔に呼ばれなかったのか」
「俺は順番を守る方でね。久秀殿よりも先には死なぬさ」
「ふんっ! 勝手に言っておれ」
慶次は松永久秀とも茶道を通じて親しく、彼とも仲良く話を続ける。
一見罵り合いにも聞こえるが、これが二人のいつもの話し方であった。
初日に負傷して捕虜となった前田慶次は、次の日には元気になって平気で飯のお替りまで要求した。
なぜか本陣に布団を敷き、寝ながら謙信や久秀と話し込んだりしているのだが、すぐに誰も気にしなくなった。
体中に七発も銃弾を受けたので床に伏したままだが、意識はしっかりしており、戦闘の様子を眺めながら色々と喋っている。
本陣にいる島清興や大谷吉継も最初は嫌な顔をしていたが、すぐに仲良くなったようだ。
前田慶次の持つ不思議な魅力に、みんな魅了されてしまったのだ。
以後、本陣にあって光輝に自分が知っている織田幕府軍の情報などを提供している。
いわば裏切ったわけだが、それを気にしている者もいない。
勝手に話に加わりながら、食事や間食の時には誰よりも大量に食べる光景が本陣では展開されていた。
「津田軍はいい飯が出るな」
「士気の維持にも繋がるからな」
「なるほど」
慶次の問いに、光輝は簡潔に答える。
津田軍では、兵士にも織田幕府軍に比べれば遥かに素晴らしい食事が出た。
補給部隊に給食部隊も設置されており、彼らが纏めて食事を作り配膳する仕組みが出来ているのだ。
他四家にも食事を配給して防衛に集中させているので、謙信、久秀、信康、信房も導入したいなと感じていた。
「しかしよく食べるな」
光輝は、自分よりも巨体で大量に食べる慶次に呆れ、同時に感心した。
負傷して、銃弾の摘出手術を受けたのは昨日なのに、もうこれだけ元気なのだから凄いと思ったのだ。
「傷の治癒を早めるためさ」
「慶次殿、包帯を交換しますよ」
今日子が慶次の包帯を交換していくが、彼の常人を超えた傷の治りの早さに驚いていた。
何と、もう傷が塞がり始めていたのだ。
「凄いわね。こういう人が極稀にいるって、知ってはいるけど……」
医者である今日子は、常識を外れた治癒能力を持つ人間が実在しているのを知識として知っている。
だが、実際に確認したのは慶次が初めてであった。
「俺は強すぎるから負傷はしないので、傷の治りが早いとは知りませんでした。それよりも、今日子殿は素晴らしい女性ですな。旦那がいなければ口説くのですが」
治療してもらっている女性を平気で口説く、しかも相手は津田光輝の正妻である。
みんな、慶次の度胸に感心した。
「私、みっちゃんの方が遥かに好きだから」
「これはフラれてしまいました。もしみっちゃんとやらが不慮の死を遂げた時、その葬儀の席で、前田慶次という色男がいたのを思い出してください」
「覚えておくわね」
「それはありがたい」
みっちゃんが光輝の事だというのを知らない人はいない。
それなのに平気でそんな事が言える慶次に、光輝も含めてみんな驚きを隠せなかった。
「(あれ? 今日子はモテているよな?)」
これで今日子がモテたのは、島津豊久以来二人目であった。
ところが、今日子は豊久の時ほどはしゃがなかった。
慶次は若くないからなのかと、光輝は内心首を傾げている。
「慶次殿は、そうやって何人の女性を口説いたのかしら?」
「はははっ、俺にとっては常に真剣な気持ちなのですがね」
「私はそういう人は駄目ね。大人しく治療されなさい」
「それは残念」
今日子は、慶次の口説き文句を冗談だと思って軽く受け流していたのだ。
慶次も少し残念そうな表情を浮かべたが、大人しく治療を受けている。
「それにしても、攻撃が止まりませんな」
「幽斎は、津田家の弾薬備蓄量を攻めているからな」
いくら犠牲が出ても、津田家の弾薬が切れてしまえば数で押せる。
光輝は、幽斎の考えを読んでいた。
「して、対策は?」
「俺は幽斎に対して、個人的な武芸、用兵、統率能力に劣る。勝てない勝負をするつもりはないので、このまま弾薬を延々と使い続けるだけだ。向こうが退かなければ、三十五万人を皆殺しにしてでも」
ここで三十五万人を殺しても、あとで百万人の犠牲を出すよりはマシだと光輝も今日子も思っていた。
「なるほど、これは俺が勝てるはずもない」
慶次は光輝の作戦を聞き、わざとおどけてみせた。
『もうあんたには逆らわない』と明言したのだ。
「できれば、早めにそれに気がついてほしいところですな」
「幽斎にか? あいつは追い込まれている。暫くは犠牲を出し続けるのを止めないさ」
光輝の予言どおりに、それから織田軍の攻撃は一週間も続いた。
途中、あまりにも織田幕府軍の死体が折り重なって津田軍への攻撃ができないので、死体を片づけるための停戦が結ばれたほどだ。
織田幕府軍の討ち死には、既に八万人を超えている
一方の津田軍の方は、四家の分を含めても四千人にも満たない。
損害比では津田軍が圧倒的に有利であった。
「上様、もうすぐです。津田家の玉薬は尽きます」
更に農民兵や浪人衆を補充して三十万人にまで兵力を回復させた幽斎は、自信あり気な態度で信重に現状の説明を行う。
「もう少しというが、まだ津田家には余裕があるのでは?」
「いえ、あれだけの玉薬を使ったのです。もう限界でしょう。織田幕府でもあれだけの量は準備できませぬ。長年かけて溜めた備蓄を使っているとみていいでしょう」
懸念を示す他の家臣達に、幽斎は持論を展開する。
「確かに、あの玉薬の量は異常だな」
「損害もある程度回復させました。ここが我慢のしどころです。津田軍も我ら以上に苦しいでしょうから」
幽斎の説に根拠があったために、織田幕府軍は攻撃を続行した。
また兵がバタバタと倒れるが、幽斎は勝ちを確信している。
ところが、彼の予想は大きく外れていた。
「これで一部ですか?」
「そうだ。地下倉庫とはいえ、弾薬は分散して納めないと危険が大きいからな」
驚異の回復力を持つ慶次は、一週間で歩けるまでに回復した。
今日は光輝の視察に付き合い、本陣の地下倉庫に眠る弾薬の量に絶句する。
慶次から見ても常識外れの量であったが、加えてこれがほんの一部だと聞いて呆れるしかなかった。
「いつ補給しているのです?」
「夜中にね」
攻撃がない夜に戦陣地東側から陸で、もう一つ津田軍が飛行船を戦に使わない理由がここにあった。
立花宗茂達が夜陰に紛れ、江戸で生産された武器弾薬を本陣に運び込んでいたのだ。
さすがの幽斎も、飛行船での弾薬の補給には気がつかなかった。
なぜなら、夜中に飛行船で食料や弾薬の貯蔵場所を焼かれないよう、間諜による警戒態勢を敷いていたからだ。
元々間諜部隊は損害が大きく、彼らを津田軍の監視に使えなかったのだ。
「幽斎に報告に行ってもいいぞ」
「的役であった身としては、幽斎殿にそこまでする義理はないですな。あと、ここの飯は美味い。夕飯前の間食にはあいすくりーむを所望しますぞ」
「俺も食べたくなったな」
常に砲撃と銃撃が行われていたが、みんな難聴防止のためにイヤーヘッドか耳栓をしていたので気にならなくなってしまった。
慶次も光輝達も、食事や間食を楽しみにできるほど大火力戦に慣れてしまっている。
「久秀殿は、元から年で耳が遠いのでよかったですな」
「うるさいぞ、負け犬」
「そうでござるよ。俺は不幸にも負傷した負け犬なので、気遣っていただかないと」
たまに口喧嘩をする二人であったが、趣味が合うので仲はよかった。
二人からすれば、口喧嘩も娯楽の一種なのだ。
「しかし、このまま戦っていれば負けはせぬが、犠牲が多いのでは?」
八万人を超える討ち死にという現実に対し、謙信が他に手を打った方がいいのではないかと意見する。
「あまりに犠牲が多いと、新しい津田政権の疵となるやもしれませぬぞ」
「それについては、既に対策済みさ」
「もしや」
「幽斎は、我々に傾注しすぎだったな。制海権を失った意味も理解していない」
光輝が密かに打った手は、既に動いていた。
まずは、若狭の港に大量の軍船が姿を見せる。
「明智勢も準備万端か」
「向こうには斎藤利三がいますからな。我らに遅れを取る事などあり得ませんよ」
九州で島津軍と対峙している事になっているはずの羽柴軍は、その島津軍も連れて若狭に大軍を上陸させていた。
これには、一度長門に退いた明智軍も同行している。
「しかし、北九州を空にしてよかったのかな?」
「津田様が太鼓判を押すので大丈夫でしょう」
やはり秀吉にとって唯一の懸念は、明と朝鮮による逆襲であった。
だが、その心配はないと竹中半兵衛は断言する。
「津田水軍により、日の本の制海権は確保されております。脇坂安治殿の艦隊も、北九州沖に展開していますので」
もし明と朝鮮がよからぬ事を考えても、安治の艦隊が上陸前に敵船団を屠るであろうと、半兵衛が秀吉に説明する。
「肥後の件もあったな」
「それは、鍋島直茂様にお任せいたしましょう」
「大丈夫かな?」
「このまま幽斎が権力者として生き残れば、彼は再び家臣に転落ですからね。上手くやるでしょう」
現在、肥前国主鍋島直茂は危うい立場に置かれていた。
彼には主君であった竜造寺隆信が織田軍によって討たれて肥前が混乱し、そのどさくさに紛れ、下剋上で肥前の国主となった過去がある。
この時代なら特に後ろ指差される事でもないし、信長は優秀な直茂を気に入り、彼を正当な肥前国主と認めていた。
ところが信重は……というよりも幽斎は、隆信の嫡孫である高房をまだ幼いのに強引に元服させて肥前国主に戻し、直茂には元の家臣に戻るようにと命令した。
名門閥のトップである幽斎からすると、直茂の下剋上を容認する事自体が派閥内での反発を呼んでしまうからだ。
ただ、幽斎も無条件で竜造寺家に肥前を返そうとは思っていない。
飾りではあるが、高房は竜造寺家派の国人衆や鍋島家の家臣などを率いて、織田幕府軍に参加している。
そして、活躍されると困る直茂は肥前で留守番役として留め置かれていた。
勿論これも幽斎の命令であり、このあからさまな命令に直茂は危機感を抱いていた。
もし再び竜造寺家の家臣になったとしても、まだ幼くて海の物とも山の物とも判別できない高房に、自分の運命を任せるのは危険だと思ったのだ。
将来、実力と人望を兼ね備えた直茂を、成人した高房が邪魔だと感じて粛清するかもしれない。
その危険を感じたからこそ、彼は羽柴家との密約を呑んだ。
その内容は、肥後で蜂起して蒲生家と戦っている阿蘇家の支援。
現在、島津家の支援がある阿蘇家と、信雄の補佐のために残存兵力が少ない蒲生家との戦いは膠着状態であり、いきなり後方から直茂の軍勢が襲いかかれば勝負は呆気なくつくはず。
この戦功をもって、津田家が鍋島家に肥前一国を安堵するという密約であった。
「肥前安堵か。加増がないと不満を持たないかな?」
「津田様も、そこは上手く考えておりますよ」
肥前に領地を持つ松浦家に対し、光輝は津田水軍への参加を要請した。
どのみち先の海戦で敗北して降伏している身であるし、松浦家の者達も津田水軍に参加するメリットについては理解している。
銭で雇われて全国の軍港がある場所に移住する事になるが、旧松浦領に個人で別荘や船を持つ事は可能だと聞き、この条件を受け入れた。
旧松浦領は鍋島家の領地となるので、実質加増といっても過言ではなかった。
完全に肥前一国を統治できるようになるわけだ。
「そして我らには、豊前と豊後の加増とは、津田殿も大判振る舞いよな」
「豊後には鬼武蔵がいますが」
半兵衛をして、森長可はある種恐怖に値する人物であった。
加増は嬉しいが、勝手に領地を奪ったと長可から因縁をつけられないかと心配したのだ。
「鬼武蔵は幕府軍に参加しているから、のめり込み次第では取り潰しか減移封であろう。そこまで心配する必要はあるまい」
秀吉が、半兵衛に自分の考えを語る。
それに、長可が豊後半国の領主となってさほど時間が経っていない。
そこまでの未練はないであろうと、秀吉は思っていた。
「鬼武蔵は、ただの猪武者ではないからな。そんな男が、幽斎に気に入られるはずがない。成利殿もいるのだ。上手くやって、どこかに加増移封されると思うがな」
「そうでしょうな」
半兵衛も、長可は素直に津田軍と戦って敗れるとは思わなかった。
だが、激しく津田軍に抵抗して波乱を起こす可能性もある。
それが森長可という人物だと思っていたのだ。
「羽柴家に九州探題職を世襲させ、九州の統括を任せるか。大出世だな」
農民であった自分が大大名になれたのだ。
この辺が潮時であろうと秀吉は思った。
織田幕府を裏切る事に対しても、信長と信忠には恩があるが信重にはそれがない。
光輝の娘婿である信房への対応を見るに、津田家が織田家を滅ぼす心算がない以上は従うのが筋であろうと秀吉は思っていた。
最後まで織田家に忠誠を誓って、羽柴家を滅ぼすのは愚かであると思ったからだ。
「今頃、五郎左殿と又左殿も伊勢に上陸しているであろうからの。早く近江に向かって包囲体勢を敷かねば」
「明智勢と競争ですな」
「そうよ、官兵衛。久々の大戦だ」
秀吉の想像どおり、伊勢にも四国から丹羽、前田、長宗我部軍が上陸し、こちらは津田信輝軍と合流する予定であった。
秀吉と同じく、丹羽親子と前田親子は織田宗家を信房に継がせて残すという条件で津田家に降ったのだ。
長宗我部家に関しては、加増を条件に降っている。
「三方からの包囲殲滅作戦ですか」
「敵は数が多いし、幽斎も忠興も優れた武将である。油断は禁物だな」
丹羽親子は、上陸の指揮を執りながら話を続ける。
「謙信殿に久秀殿と、年寄りが気張っておるな」
「父上もですが」
「長重、私はあの二人ほど年寄りではないぞ。戦に興奮するほど若くもないがな」
とは言いつつも、長秀は久々の戦場に気分が高揚していた。
人が死ぬ戦ではあったが、こればかりはどうしようもない。
自分でも度し難いとは思っているのだが。
「幽斎は、外道の戦法を使っておるらしいからの。犠牲を出してでも止めねばなるまいか」
せっかく信長が兵農分離を進めていたのに、それに逆行するかのような策に長秀は怒りを感じていた。
信長がいない以上は、自分がその愚策を砕かねばならないのだと。
「又左も同じ気持ちであろうよ」
「そうだな」
丹羽親子の前に、前田親子が顔を出した。
彼らも、予定どおりに軍勢を上陸させている。
「それもあるが、我らの知る織田信長は苛烈で強かった」
その孫が、細川親子の操り人形と化している。
利家には、それが何よりも我慢できなかったのだ。
「傀儡として残るくらいなら、大殿ならば滅んでしまえと言うに決まっている」
「そうだな、大殿ならそうだ」
長秀も、利家の考えに同意した。
あの織田信長が、他人の傀儡になっても生き延びようとするわけがないと思ったのだ。
「幸いにして、織田家は残る。ならば、我らに憂いはない」
「藤吉郎も気張っているだろうな」
「こういう時には誰よりも抜け目がない男だからな。出し抜かれないように、我らも気合を入れようではないか」
長秀と利家は、ライバルに負けないように頑張ろうと改めて誓い合った。
四国連合軍も津田信輝軍との合流に成功し、これで三方からの包作戦がおこなえる土壌が整う。
そしてその事実に、いまだ織田幕府軍は気がついていなかった。




