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第七十四話 臣従

 美濃国不破郡関ヶ原、織田幕府により反逆者として討伐命令を受けた津田家であったが、先制して挙兵し、瞬く間に飛騨、尾張、美濃を制圧した。


『飛騨別働隊ですか? そんな所もありましたな』


 津田軍による飛騨攻略は、尾張、美濃攻略と同時に行われている。

 主将として本多正重が一軍を率いたが、彼は信輝から飛騨という地名を聞かされた時にいまいちピンと来なかった。

 同じ山奥でも伊賀ならば任務で何度も行った事があるし、伊賀は津田家による開発と、織田家、現領主である林家による開発と街道工事で大分発展した。


 だが、いきなり飛騨と言われても美濃の北にある山奥というイメージしか湧かないのだ。


『領主は、確か金森長近様でしたな?』


『そうだ、今は亡き総見院様の信用厚い人物だ』


 戦で活躍して、信長から赤母衣衆として抜擢された。

 代官職も歴任して内政にも長け、禅宗に詳しく寺社の保護を積極的に行い、自身も法印の僧位を授けられている。

 茶道への造詣も深く、文武両道の人物として知られていた。


『凄い方なのはわかるのですが……地味ですな……』


『それは、俺も思った』

 

 信長は実力主義者なので、長近に一国を与えてその功績に答えた。

 だが、その一国が飛騨というのが微妙なのだ。

 飛騨は石高が三万八千石ほどしかなく、結果的に飛騨という国の知名度に引きずられて長近も地味という評価を受ける羽目になっていた。


『とはいえ、放置はできない』


『確かに、後背を突かれると面倒です』


 関ヶ原で織田幕府軍と対峙している時に、長近に後背を突かれると面倒である。

 美濃もそうだが、北上されて越中の補給路を絶たれると上杉軍の進軍にも影響が出る。

 飛騨の動員戦力は少ないが、補給路襲撃などのゲリラ戦に徹せられると味方の士気の低下に繋がってしまい、長近にはそれが可能な実力があった。


 降伏したらそれでよし。

 最悪討つ事になっても、飛騨を津田家の影響下に置くしかなかった。


『できれば降伏してほしいものだな』


『そこは相手次第としか言えませんが……』


 以上のようなやり取りの後に、本多正重は一万人の軍勢を率いて飛騨へと進軍した。


『降伏する』


 正重は軽く一戦くらいは覚悟していたが、長近は呆気ないほど簡単に降伏してしまった。

 

『楽でよかったのですが、戦わなくてよろしかったので?』


 正重も年を取り、とにかく戦がしたいと思うような性格でもなくなっていた。

 津田軍重鎮としての立場というものもあるし、金森軍のような小勢と戦わなくても織田幕府軍という大物がいるので、さっさと終わらせて無用な損害を受けたくないと思っていたくらいなのだ。


 だから、長近が降伏してくれて内心安堵していた。


『意味がないからな。例えば籠城で善戦したり、美濃や越中に小勢を送って荷駄部隊を襲うくらいはできると思う。だが、結局は潰されてしまうではないか』


 重信は長近が補給路の寸断を考えていた事を知り、戦闘にならずに降伏してくれてよかったと思った。

 こういうゲリラ部隊は、小人数が生き残っても補給部隊には脅威となってしまう。

 補給部隊を守るための手間で、津田軍の負担が大きくなってしまうのだ。


『織田本家は信房様が当主になるのであろう? ならば問題はない。現実問題として、うちは津田家がいないと生き残れないのだ』


 信長から飛騨を貰った金森家であったが、飛騨は貧しかった。

 山地ばかりなので米はあまり採れず、仕方なしに蕎麦などの困窮作物の栽培普及と、林業、鉱山開発を重視するようになった。


 ところが、ここで大きな誤算が出てしまう。

 飛騨の材木を畿内に販売しようとしたら、紀伊と大和というライバルが出現してしまったのだ。

 距離の関係で、飛騨の材木は紀伊に勝てなかった。

 トラックなどない時代なので、大木を運ぶには労力とコストが必要だからだ。

 美濃と尾張にも大きな需要があったが、販路の少なさで稼げる金が少なくなってしまう。


 長近は飛騨の稼ぎを増やそうと木工品や木漆器の生産も奨励したが、これもまだ始まったばかり。

 まだ海の物とも山の物とも判別がつかない状態で、長近は暗中模索していた。


 流れが変わったのは、津田家が信濃と甲斐を領有してからだ。

 津田家は飛騨との街道を整備し始め、飛騨の産物を大量に購入するようになった。

 木材は建築材として、津田家の林業は環境にも配慮しているので、自領以外からも木材を輸入して山野への負担を少なくしようとした。

 津田家は長近にも山をハゲ山にしてしまう事の危険性を説き、飛騨は津田家流の林業に転換している。

 鉱物もあるだけ買い取ってくれ、始めたばかりの木工品と木漆器も、江戸の生活レベルが上がった庶民が購入してくれるようになった。

 

『津田領から食料を輸入するようにもなりました。上杉家との交易の仲立ちもしてもらっています』


 上杉領から質が良くて安い塩と、塩漬けと乾物ながら海産物も入ってくるようになった。

 津田家と同じく、木材と木工品、木漆器の購入もしてくれる。

 長近は上杉家とツテがなくて困っていたのだが、津田信輝が上杉景勝との間を仲立ちしたのだ。


『つまり、うちは実質津田家の服属大名のようなものでして……』


 いきなり津田軍に合流するのは、感情的な問題もあってこれはできなかったが、美濃が制圧された以上は津田軍に参加するのも致し方ない。

 長近も戦国大名であり、生き残るために津田家に従うのは仕方がないと思っていた。


 逆らおうにも、飛騨は急速に津田家の経済植民地になりつつあるので、信濃の真田家と同じというわけだ。


『私は飛騨の面倒があるので、出せる限りの兵を長則に任せます』


 長則とは、長近の嫡男である。

 信忠が生きていた頃には近習として出仕しており、その将来を嘱望された人物であったが、信重が将軍になってからは、石山城詰めの任を解かれて飛騨に戻っていた。

 表向きの理由は年老いた父を助けた方がいいと幽斎から言われての事であったが、本当の理由は幽斎の専横を批判して嫌われたからである。


 織田幕府と津田家が戦いになれば、飛騨にいる金森家は最前線に出ないといけない。

 津田軍にすり潰されればいい気味、裏切ったり逃げたりしたら堂々と処分できるというのが幽斎の策であった。


 彼は、飛騨に元の守護である京極氏を戻そうと計画していたからだ。

 現在の金森家はかなり危うい立場にあり、同じく津田家の服属大名扱いである真田家と共に、津田家に付くしか選択肢がなかったとも言える。


 これは、ただ幽斎が狭量なのか、津田家が狙ってやっていたのかは判断が難しいところである。

 

『というわけだ、長則。こうなったら津田家の勝利を目指して頑張るしかないぞ』


『そうですね。ここで織田幕府が勝ってしまうと、私は大嫌いな幽斎に頭を下げないといけなくなってしまいます。下げて、領地と家が残ればいいのですが……』


 幽斎も長近には配慮するが、長則には配慮してくれないはず。

 長近も年なので、織田幕府に属する金森家に残された寿命は短いであろうと長則は予想していた。


『こうなれば、幽斎の首を獲って金森家が生き残るしかありません』


 以上のようなやり取りの後、長則が指揮する金森軍三千人は本多正重と共に関ヶ原へと戻ったのであった。








 津田軍は主力を関ヶ原に置き、制圧した領地の統治体制を確立しながら織田幕府の討伐軍を待ち構えていた。

 

「父上、大垣城と岐阜の改修工事は順調です。野戦陣地については言うまでもありません」


 反逆者となった津田家であったが、あまり悲壮な感情を抱いている者はいなかった。

 隠居した事にはなっているが、実際には大御所として全軍を指揮する光輝、彼に従う影の総大将今日子、その下で実務を取り仕切る出来た息子信輝と、ただ淡々と作戦計画に沿って事を進めているだけだ。


 軍隊というものは、指揮する人間の気質が移るものだ。

 津田軍の兵士達も、織田幕府軍との戦闘で不安を覚えている者はほとんどいない。

 黙々と働き、時間がくると配給された食事を取り、休憩時間には本を読んだり、囲碁、将棋、トランプ、花札などのゲームをしたり、キャッチボールやミニサッカーなどで遊んでいる。


 後方には歓楽街の建設も進めているが、これは完全に非番の日でないと行けないルールになっていた。

 津田軍は待遇もよく豊富に娯楽を提供するが、軍規違反には厳しい。

 それがわかっている兵士が多いので、あまり処罰される者はいなかった。


「母上、持久戦をおこなうのですね」


「だって、それを可能な地力があるもの」


 多くの人は、今の日本の先進地である畿内を始めとした西日本を押さえている織田家の経済力に津田家が負けると思っている。

 だが実際には、両者の間にさほどの差はない。


 信長が朝鮮で、信忠が信孝や島津の反乱で苦労している間も、爆発的な勢いで開発を進めていた。

 カナガワを有している点を生かし、光輝の弟清輝はキヨマロと共に技術の進歩も進めている。


 水軍の強化を進めて、織田家よりも交易等で利益を得るようになっていた。

 押さえた外地の開発、殖産、移民、統治も順調で、そしてそれらは、風魔小太郎率いる諜報部によって厳重に秘匿されている。


 若い織田信重と細川親子は、津田領という果実を簡単に奪えると思っているようだが、それは大きな間違いであった。


「関ヶ原で持久体勢を取りながら、飛騨、尾張、美濃の支配権を織田幕府から奪う。間違いなく織田幕府側は十分に体勢を整えながらここに来るけど、決戦は暫く起こらないで対峙が続くわけよ」


「その間に、織田幕府を別の方法で締めあげますか」


「そういう事」


 今日子も、光輝と考え方は同じであった。

 信長には恩があり、努力する後継者信忠には敬意を払った。

 だが、いくら若いとはいえ、今の細川親子の言いなりになっている信重には恩も何もない。

 自分達を討とうというのであれば、容赦なく反撃するだけだと。


「いよいよ津田幕府ですか」


「よっ! 天下人」


「それはまず父上なのでは?」


「みっちゃんは、もう隠居しているから」


「本気でそう思っている人なんていませんよ、母上」


 今日子と信輝が工事中の関ヶ原野戦陣地内にある本陣へと向かうと、光輝は織田信房、松永久秀、忠長、徳川信康らと談笑していた。


 津田家の家臣も勢揃いだ。

 津田家創成期の功臣である堀尾泰晴、隠居していたが今回だけ顔を見せに来ている。

 堀尾方泰は先年に亡くなっていたが、堀尾茂助、氏光兄弟、山内一豊、康豊兄弟、本多正重、渡辺守綱、蜂屋貞次、岸教明、日根野弘就、島清興、佐竹義重、最上義光などが集まっていた。


 参謀として本多正信、武藤喜兵衛もいて、結局仮名田中一郎が定着しなかった風魔小太郎も二代目と共にいる。


 若い世代でも、大谷吉継、石田三成、長束正家、藤堂高虎、佐竹義宣、最上義康、田中吉政、片桐且元、日根野吉明、正吉、武藤信之、田村光顕など。

 支配領域が広大になった関係で、信輝が強固な家臣団を形成していたので数は多い。


「みっちゃん、沢山集まっているね」


「勿論全員ここに残らないけど、最初くらいは作戦案を説明するさ」


 集まった諸将に食事やお菓子も提供され、さてそろそろ説明を始めるかと思ったその時、最後の大物が現れた。


 柴田勝家の軍勢を敗走させ、加賀と越前を制圧した上杉謙信が、景勝と樋口兼続を連れて姿を見せたのだ。

 それだけではない。

 続けて謙信が取った行動が、諸将の度肝を抜いた。


「大御所様、柴田勝家本人は取り逃しましたが、養子の盛政と幾人かの将を討つ事に成功いたしました。加賀と越前は現在我が方で統治しております」


 突然光輝に対し膝をつき、まるで家臣のように振る舞う謙信に光輝本人ですら動揺した。

 まさか、あの信長にも頭を下げなかった謙信が、自分に頭を下げるとは思わなかったからだ。


 それでも何とか動揺を抑え、光輝は言葉を発する。


「大義、この戦いに勝利した後には上杉家に越前、加賀を与え、北陸管領として統治を任せる事とする」


 他にも、刀、陶器、金子、銭、玉薬、食料などを謙信と景勝に下賜してその功績を褒め称えた。


「(上手いな、謙信殿)」


 久秀は、謙信の行動を心の中で絶賛した。

 上杉家は天下を津田家に譲る、それを証明するために謙信は信長にも下げなかった頭を光輝に対して下げた。

 この衝撃に勝るものはないのだから。


 あの越後の龍が、津田家の勝ちを認めた。

 それにより、続けて松永忠長、徳川信康も光輝に頭を下げた。

 今まではあくまでも織田幕府に対抗する同盟者というスタンスだったものが、津田家を中心とする対織田幕府勢力に変貌した瞬間であった。


「義父上、我らも津田家に従う所存です」


 信長の五男にして、出羽織田家の当主である信房。

 彼は微妙な立場にあったが、津田家支持を表明した。


「織田幕府との手切れは残念至極、こうなればどちらかが滅ぶまでは決着はつくまい……」


 光輝の発言で、信房は顔色を暗くさせる。


「だが、我ら津田家は、今は亡き大殿より家名と領地を与えられて発展した。その御恩を忘れるわけにはいかない。婿殿が織田本家の家督と、しかるべき領地、地位を継いでくれる事を切に願う」


「はっ、喜んで」


 織田本家は滅ぼさず、信房に継がせる。

 津田家とは力関係が逆転するが、決して蔑ろにはしない。

 光輝からの提案を、信房は呑んだ。


 出羽織田家の家臣達も同様だ。

 むしろ、自分達が宗家の家臣となれる、出羽からは移封であろうが、大幅な加増と上杉家のような管領職以上のものが約束されたと喜んでいた。


「(出羽の果樹園……手法は得たから、新しい領地でもいけるか?)」


「久太郎、軍勢の采配は任せるぞ」


「久しぶりの大戦に、腕が鳴りますな」


 その中で、筆頭家老の堀秀政のみが出羽を離れるのに少し未練があった。

 せっかく広げた果樹園が心配だったのだ。

 だが、彼は名人久太郎である。

 新しい領地でも、甘い果実を育てて特産品にしようと思っていた。

 

 なお、秀政の頭には津田家が負けるという考えがなかった。

 津田家の勝ちと津田幕府成立を確信しており、あえて信房に織田幕府側につけとは一度も言っていない。

 わざわざ言うまでもないと思っての事だ。


「信康には東海道を、忠久にはしかるべき広さの領地を任せようと思う」


「「ありがたき幸せ!」」


 これで数少ない津田家への協力者は、津田家の家臣となり、一蓮托生の関係となった。

 覚悟も決めた、もはや織田幕府を滅ぼすしかないのだと。


「しかし、防衛主体の持久戦などと、そう上手くいくのでしょうか?」


「いかせるのよ、弘就」


 久しぶりに今日子が作戦指揮を行い、津田軍は関ヶ原を中心とした越前、美濃、尾張を繋ぐ防衛線を構築。

 もう一方の織田幕府軍は総勢二十五万人という大軍の編成に成功し、主力を関ヶ原に差し向けていた。


「数が少ない津田軍が兵力を分散させるとはな、幽斎」


「上杉家や徳川家に気を使っての事でしょう」


 将軍信重は、祖父信長が確立した大軍による大攻勢戦術をおこなおうとしていた。

 いかに津田軍の鉄砲装備数が凄くても、それは織田幕府とて同じ事。

 経済力や兵站能力に劣っているわけでもない。


 二十五万人もの軍勢を編成し補給体制も確立しているのだから、その点については疑う余地もなかった。

 朝鮮で多少足を引っ張られたが、畿内を中心に西日本に大きな力を持つ織田幕府の国力は圧倒的なのだから。


「夜襲に備え、明日に津田光輝の本軍と決戦をおこなうぞ」


 織田幕府軍も関ヶ原の津田本軍を臨む位置に本陣を置き、明日からの決戦に備えて休息を取ろうとしたその夜、突如織田幕府軍に対し攻撃が開始された。


「バカな! 大筒とて届かぬ距離だぞ!」


 お馴染となった小型の青銅大筒から、最新鋭の大型砲の射程距離からも離れていたはずなのに、織田軍は一方的に津田軍から砲撃を受けた。


「津田軍の新型大筒か?」


「父上、お下がりを!」


 前線の兵士が、津田軍の砲撃で吹き飛ばされて空に舞うという光景を幽斎は目のあたりにしてしまう。

 その威力に、前線の士気は一気に下がってしまった。


「反撃……無理か!」


 織田幕府軍も数百門にも及ぶ大砲を持参していたが、射程距離では歯が立たなかった。

 それに、幽斎は無能どころか優秀な人物だ。

 瞬時に、津田軍が撃つ大砲の威力に違和感を感じている。


「なぜあそこまで爆発するのだ?」


 津田家が巨大な大砲を撃ったにしても、ただ大きくなっただけの砲弾であそこまで被害が増えるものなのか?

 幽斎は明から密輸した新兵器を疑ったが、まさか津田軍が信管付きの砲弾を使用しているとまでは予想できなかった。


 着弾と共に炸裂した砲弾が兵士を上空に吹き飛ばし、その破片で切り裂いているのだ。


「前線の服部一忠様が討ち死にされました! 遺体は残っておりません!」


 服部一忠とは、桶狭間の戦いで今川義元に一番槍をつける戦功をあげた人物である。

 それ以降は目立った活躍もなかったが、幕府の旗本として前線で軍勢の指揮にあたっていた。


「毛利良勝様が討ち死に! 砲撃で吹き飛ばされました!」


 毛利良勝も、桶狭間で今川義元の首を取った人物だ。

 同じく旗本として前線で指揮を執っていたのが災いした。


「あのお二人が……」


「武勇など関係ないではないか……」


 二人は数千石の領地しか持っていない中級家臣であったが、その知名度は圧倒的であった。

 織田家躍進の契機となった戦で活躍した人物だからだ。

 それが呆気なく砲撃で吹き飛ばされてしまう。


 兵士や家臣の中に、これが織田幕府衰退の一歩なのではないかと心配し始める者が出始めていた。


「父上、これは味方を一旦後退させませんと」


「そうだな」


 幽斎は、忠興からの助言を受け入れた。

 偶然だと思いたいが、二人の討ち死にで幕府軍の士気が低下してしまったからだ。

 津田軍からの一方的な砲撃による犠牲を避けるため、織田幕府軍は射程距離外まで下がる羽目になってしまう。

 

「犠牲が多くないか?」


 後退戦の指揮を執っている池田輝政も、砲撃による犠牲者の多さに驚く。

 いくら長距離から鉄の玉を飛ばす兵器とはいえ、死傷者がここまで沢山出る兵器ではなかったからだ。


 殺傷能力を増やすために大量の銃弾や石を詰める事はあるが、これを行うと今度は射程距離が極端に落ちてしまう。

 輝政も信管付きの砲弾という考えに至らず、今は対抗手段がないので、射程距離外まで退くようにと兵士達に命じるしか対策を思いつけなかった。


「我らの大筒よりも長距離まで飛び、殺傷範囲が広いのか。これはまずいぞ……」


 輝政は急ぎ信重に報告しようとするが、それは叶わなかった。

 射程距離からようやく逃れたところで、突然夜襲を受けたからだ。


「後方に浸透されていたのか!」


 津田軍と上杉軍を中心とした、夜戦可能な精鋭を集めた部隊は砲撃が始まる前に近江方面へと侵入、砲撃で混乱しながら後退を続けている織田軍に襲い掛かった。


「物資を焼け!」


 彼らの目的は、兵員と共に下げようとしていた大量の物資であった。


「燃える水をこのように改良するとはな……」


 越後から輸入された原油と、南方から採取したパーム油などを原料に、江戸の軍事工房で生産されたナパームを小型の壺に詰めた物が投擲され、そこに火が放たれる。

 消火しようとした織田軍の兵士も炎に包まれ、水をかけても燃え広がってしまうナパームに織田軍は恐怖し、物資が燃え広がるのを防げなかった。


「いくら兵数が上でも勝てぬではないか!」


 輝政がこれからの戦況に悲観した瞬間、運悪く上杉軍の兵士が放った矢が耳から側頭部を突き抜けた。


「バカな……」


 これにより、信長の乳母兄弟であった池田恒興の次男輝政は討ち死にし、織田軍は津田軍の新型大筒の射程距離圏外まで撤退する事となる。

 津田軍による砲撃の犠牲者は三千人ほど、織田軍の犠牲は思ったよりも少なかったが、池田輝政という重要な将をいきなり失ってしまうのであった。






「幽斎、このままでは我らは……」


「天下の征夷大将軍たる上様が、初戦の負けくらいで動揺なされてはいけません」


 翌朝、織田軍は関ヶ原からかなり離れた近江にまで退却した。

 津田軍の砲撃による犠牲を増やさないためである。

 新型の大砲は長射程で、砲弾が破裂し、射撃精度も従来のものよりも格段に上のように感じられたからだ。


 実際に前装砲ながらもライフリングが刻まれ、砲弾にも信管と榴弾が使われていたので、織田軍側の分析は正しかった。

 これにより、織田軍は三千名の討ち死にとその倍の負傷者を出している。

 加えて、夜襲部隊による放火と嫌がらせのような攻撃も受けていた。


 水をかけても消えないどころか勢いを増す火に大量の物資が焼かれ、焼死した者や火傷患者も多い。

 主だった将の犠牲者は服部一忠、毛利良勝、池田輝政の三名のみであったが、前者二人はともかく織田政権でも重要人物である輝政の討ち死にに、織田軍の士気はあまり高くなかった。


 何より悪いのが、翌日に決戦を行うという織田幕府側の作戦がとん挫してしまった事だ。

 何の策もなしに決戦を挑めば犠牲が大きくなるので、今は対抗策を考えながら対峙するしかなかった。


 幽斎は知らなかったが、今日子の意図どおりに戦況が進んでいたのだ。


「ご安心めされよ」


「どういう事なのだ? 幽斎」


 何でも幽斎に頼る信重に諸将は眉を潜めていたが、自分達には案がない以上、彼に任せるしかなかった。


「考えてもみてください。我らと津田家では、国力に違いがありすぎます。あのような新兵器も数が少なく、使う機会を狙っていた。玉薬の手配も難しいでしょう。このまま我らがここで粘れば勝ちなのです」


 信長が確立した、多くの兵員を集め、その補給体制を維持する。

 さすればいくら精鋭でも、織田家に勝てるはずがない。


 実際に信長は、その手で武田、石山本願寺、上杉などを降してきた。

 畿内と西日本を制している経済力にて、津田家を兵糧攻めにすればいいのだと。


「次第に、上杉、徳川、松永も困窮して調略も可能になりましょう」


「上様! 上杉は許せません!」


 謙信に敗北し、領国である越前と加賀を捨てて逃げて来た柴田勝家が吼えるが、幽斎はそれを聞き流した。 

 いくら相手が謙信とはいえ、勝家は筆頭宿老の癖に破れたからだ。

 他の諸将も、勝家を庇う者は少ない。

 織田幕府を担っているのが武士である以上、戦で敗北すれば面目も立たないし影響力も落ちてしまう。

 今の勝家がその状態であった。


 現在の柴田軍は一万八千人ほど。

 謙信は、加賀と越前に残っていた柴田方の家臣と兵士とその家族に、自由に国を出て勝家と合流する自由を与えた。

 彼らの中から戦える者達が合流して、少しだけ損害を回復させている。


 だが、彼らの衣食住は織田幕府の負担となっている。

 勝家の面子は丸つぶれであり、ますます謙信と光輝に対し憎悪を燃やしていた。

 そんな勝家からすれば、上杉家など滅ぼして当然の存在になっていたのだ。


「上杉家を生かしておけば、織田幕府の禍根となりましょう!」


 勝家にとって、越前に配置された時から上杉家は最大の仮想敵国であった。

 これを滅ぼして北陸において地位を得る予定が、謙信に上手くかわされて勝家の加増を阻んだ。


 謙信もそうだが、関東や東北を早々に制して彼の織田家への屈服を早めた光輝も、勝家にとっては憎むべき敵なのだ。

 そこに、理論的な理由などない。

 もし自分が関東や東北の担当だとしても、光輝のように上手くやれるという確信もなく、ただ単に自分を阻む光輝が憎いだけであった。


 既に七十を過ぎた勝家からすれば、光輝と謙信は人生の最後に首を獲るべき男なのだと。


「時機がくれば、権六にも存分に働いてもらうぞ」


「ははっ!」


 信重の一言で、勝家は静かになった。

 彼からすれば、信長の嫡孫である信重は絶対の存在であった。


「数か月もすれば、津田軍は弱ります。そこで、まずは一回決戦して押す事になると思います。諸将の方々は油断せずに準備をお願いします」


 幽斎の締めの言葉で評定は終わり、両軍はある程度距離を置いて睨み合いとなる。

 

「津田家は領地は広いが、経済力では織田家に叶うわけがない。あのような過剰な軍備を維持したまま長期間の睨み合いなど、タコが足を食うようなものだ」


 幽斎は経済にも理解がある、幕府を取り仕切るに相応しい才能を持った人物であった。

 彼の不幸はただ一つ、津田光輝というインチキな存在を敵に回してしまった事である。


 これより両軍による睨み合いは続くが、戦況は幽斎の予想を大きく外れていく事となる。

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