第七十一.七五話 津田家の四季と、忙しい人達
「お爺様、見つけました」
「おっ! 大きなタラの芽だな。やるではないか太郎」
津田家では、定期的に家族サービスが行われる。
だが、津田家の後継者である信輝が忙しいので、今日は光輝と今日子が彼の妻である冬姫、嫡男太郎、次男次郎、長女雪姫をつれて山に山菜採りに来た。
ピクニックも兼ねての、祖父母と孫達とのコミュニケーションの時間だ。
信輝の妻冬姫は、信輝との間に三人の子供を儲けている。
男子の幼名が太郎と次郎なのは、津田本家の伝統というやつであった。
太郎の幼名を継ぐ者こそが次の津田家当主であると、家臣達にわかりやすくしているというわけだ。
他の大名家のように、後継者争いで家を没落させないための光輝なりの手法というわけだ。
この時代、有利ではあるが、必ず嫡男が家督を相続する時代ではない。
必ず嫡男に家督を継がせるという姿勢を示した津田家は、他の大名家よりも安定感では一歩抜きん出た存在であった。
「お婆様、私も見つけました」
「あら、ゼンマイがこんなに沢山。帰ったらアク抜きして調理しましょう」
光輝にも今日子にも、既に孫が沢山いた。
五十前にしてお爺さんとお婆さんというわけだが、この楽しい賑やかさを思えば気にすまいと思っている。
もっとも、冬姫からすれば今日子の若さは羨ましかった。
化粧品やスキンケア用品をよくもらっていたが、今日子ほど若さを保てなかったからだ。
「次郎、そこにあるのはノビルだけどわかるかしら?」
「はい、本で勉強しました」
「上手く掘り出してね」
「はいっ!」
他にも、わらび、こごみ、ふきのとう、よもぎなどが沢山獲れた。
持ち帰った山菜は今日子や料理人によって調理され、その日の食卓へと並ぶ。
「たまには、こういう旬を味わうのもいいな」
「お爺様、ふきのとうの天ぷらは美味しいですね」
「凄いな、もう太郎は大人の味がわかるのか。さすがは、俺の孫だな」
津田一家は春の休日を楽しんだが、その陰には当然犠牲者もいる。
「正信、俺はなぜこんなに忙しいと思う?」
「大殿が領地を次々と広げ、開発計画が目白押しだからだと思います」
「もうちょっと手加減してほしかったよなぁ……」
信輝は、外地にまで領地を広げた父光輝に対し思わず愚痴ってしまう。
愚痴で終わっているのは、光輝も信長の命令で領地を広げていたので仕方がない部分もあると知っていたからだ。
「私も、このところ家族の顔をあまり見ていないような……」
「正純は、今蝦夷だったかな?」
「あれ? 沖縄の手伝いでは?」
「そうだったかな?」
「もういい大人の正純はいいのですが、孫の千穂に会えないのは辛いですよ」
「そこは、あちこち回されて忙しい正純も心配してやれ」
その頃、光輝の嫡男信輝は、本多正信と共に大量の書状と格闘していた。
共に政務能力に長けた二人には、常に大量の書状が回ってくる。
おかげで、今はここにいない山内康豊と合わせて、津田家で一番忙しい三人という評価をもらうようになっていた。
不破光治ももうすぐ隠居する事になっており、余計に若い者に負担がくるようになっていたのだ。
「休みがほしいなぁ……」
「確かにそうですな。泰晴殿は偉大だったのですね」
正信は、楽隠居をしてしまった堀尾泰晴を懐かしんだ。
同時に第二の人生を満喫している彼を、少し羨ましいとも思っている。
「隠居を撤回してくれないかな?」
「無理でしょうね……私なら、絶対に嫌だと即答する自信があります」
「父上が羨ましい……」
広がった広大な領地の統治に、水陸両方の津田軍の拡張にと、二人は書状の洪水に溺れて休みも取れず、ひたすら仕事に励むのであった。
「よく実っているな、秀政」
「ははっ、苦労した甲斐がありました」
夏になると、光輝達は出羽にある果樹園に出かけた。
この果樹園は出羽織田家の直轄であり、堀秀政が苦労して収穫が可能なまでにしている。
津田家から植樹や挿し木をしたサクランボ、桃、ブドウなどが大量に実っている。
「坊丸、桜、葵も一緒に獲ろうな」
「「「はい、お爺様」」」
今日は信房と愛姫も三人の子供を連れてきており、みんなで果物の収穫を行った。
「津田様、お味の方はどうでしょうか?」
「美味いじゃないか」
「はい、苦労して面倒を見させた甲斐がありました」
栽培方法などの指導はあったが、実際の作業は秀政が集めた農民達に任せないといけない。
幾度もの失敗を重ねながら、ようやく満足のいく果物が収穫されるようになったのだ。
「栽培のコツを覚えた農民達は順次独立させていけ。さすれば、出羽中で果物栽培が盛んになる」
「先が楽しみですな」
収穫された果物はそのまま食べるか、今日子がサクランボのタルト、桃のコンポート、ブドウ大福などのお菓子にしてみんなで楽しんだ。
「お婆様、美味しいですね」
「そうね、坊丸。これなら、十分に商品作物として通用するわ」
多少カナガワの自動農園の物よりは味は劣るが、これなら十分だと今日子も太鼓判を押した。
「しかしながら、まだ努力を続けて味を改善しませんと。収穫量の増大も必要でしょう」
「秀政殿は真面目なのね……」
それもあったが、実は料理が趣味なので製菓材料としてもっと品質を上げたいと思っていたからだ。
ついでにいうと、秀政は凝り性でもあった。
段々と味のいい果実が成っていくのを見て、農業にハマってしまったのだ。
「お婆様が作るお菓子は美味しいです」
「ありがとうね、桜も一緒に作りましょうか?」
「はい、お手伝いします」
光輝達は家族で果物狩りをしたあと、収穫した果物を食べたり、お菓子に加工したりして楽しい時間をすごすのであった。
「正信、父上達は果物狩りだそうだ」
「私、隠居したら絶対に遊びに行こうと思います」
当然この日も、信輝と正信は書状に埋もれながら仕事をこなしていた。
「秋はナシ狩り、栗の収穫、サツマイモも美味しいな」
秋は、津田領内のナシ農園でナシ狩りを行い、栗の収穫も行い、サツマイモも掘っている。
季節の旬を楽しむという概念を、津田家は強く採用していたからだ。
「万千代、気合を入れて蔓を引くんだ」
「はい、お爺様」
今日は、重臣の子供達や外孫達も参加して芋掘りをした。
いわゆる、秋の遠足というやつである。
光輝と今日子が重臣や功績のある家臣の子供達を招待し、津田家所有のサツマイモ畑で収穫作業を行うのだ。
津田家側も家臣全員を呼ぶわけにいかないので、これは指名制になっている。
津田家に仕える者達は、これらの行事に呼ばれるようにと努力する者が多くなっていく。
「芋が焼けたぞ!」
収穫後は、そのサツマイモを焼いたり、天ぷらを揚げたり、大学イモにしてみんなに振る舞う。
他にも、剥いたナシや甘栗、マロングラッセなども芋掘りの参加者に提供された。
「大殿、今年も豊作ですな」
「そうだな、それが一番だ」
下手に凶作になると、食料の奪い合いで一揆や戦争が起きかねない。
だからこそ、津田領では食料生産の拡大に勤しんでいた。
ただ、それは人口の増加も招くので、また食料の増産に励まなくてはならない。
場所は、琉球、台湾、海南島などもあるので、光輝は家臣達に予算を惜しまずに開発を促進するように命じている。
「もし戦になっても、十分に対応可能です」
「できれば戦なんてない方がいいな。直政、『金持ち喧嘩せず』だぞ」
「大殿、それはどういう意味で?」
「戦なんてものは、貧しく他所から奪いたい時に行う場合が多いんだ。領民に食料や金が足りていれば、戦なんて起こる可能性は少ないからな」
「なるほど、確かにそうです」
嫡男万千代と芋掘りに参加していた井伊直政は、光輝の発言に納得した。
昔の上杉家や武田家を見ると、確かに食料を得ようと戦を仕掛けていたからだ。
「津田領はまだ十分に伸び代がある。相手の方が津田領を狙ってくる可能性があるから、防衛用の軍備は手を抜くつもりはないがな」
「そちらは抜かりなく」
直政も次世代の重臣候補として、それらの仕事にも関わっていた。
「今日はイモ堀りで楽しみ、普段の疲れを癒すがいい」
「それは勿論、ところで信輝様は?」
「当主様は大変だよな」
光輝は、直政からの質問を誤魔化してしまう。
まさか、仕事が忙しくて今日も欠席だとは可哀相で言えなかったからだ。
「直政、今度石山に行った時に大殿にケーキを作る約束でな。なるべくいい材料を掘ってくれ」
「わかりました」
「サツマイモ、栗、カボチャなどでモンブランを、今年から洋ナシも収穫できるようになったからタルトも作ろうと思う」
信長の美食好きは、直政もよく知っている。
同時に、偉大な功臣である津田家は上手く織田家と接していかなければいけない事情もよく理解していた。
一見ただケーキを振る舞うという行為に見えても、光輝は常に石山の信長との関係に細心の注意を払っているのだと。
「大殿、いい芋を厳選して持って行きましょう」
「そうだな」
光輝による影の奮闘を理解した直政は、気合を入れて芋を掘る。
彼の考えは間違っていないが、ただ純粋に信長が甘い物が好きで、新しいお菓子を作ったら持っていかなければならないというのが一番大きな理由なのは秘密であった。
「この洋なしというのは、普通のなしとは違うのだな。津田領のなしはそのまま食っても美味しいが、この洋なしというなしはお菓子の材料にするとは……。栗、芋、かぼちゃを使った『もんぶらん』というけーきは、味の食べ比べをしたいな」
暫くして、石山城にいる信長の前に数種類のケーキが並んだ。
甘い物が好きな信長は目を輝かせている。
「大殿、一日にひとつまでです」
「今日子、そこを何とか」
「いいえ、健康のためです」
「全部食べるのに四日もかかるのか……」
信長は、どのケーキから食べようか真剣に迷っていた。
「正信、今日は特に書状が多くないか?」
「ですなぁ……」
そして、信輝と正信はあまりの書状の多さに、どれから手をつけようかと真剣に悩んでいた。
「スキーなんて大昔にしただけだけど、覚えていてよかったぁ」
冬は、スキーを楽しむ光輝達であった。
津田領内には多くのスキー場建設に向く場所があったが、今回は上杉家と合同で越後湯沢においてスキーを楽しんでいる。
スキー場は、スキーが冬の行軍に使えるという名目で津田領各地に建設され、そこで警備隊の兵士達が訓練を行っている。
他にも、蝦夷や樺太でも冬季に行動できるように犬ゾリ部隊の訓練も始まっていた。
防寒具などと合わせて装備品の開発と量産が行われ、徐々に津田領ではスキー、ソリ部隊が冬季限定で行動するようになっている。
上杉家でも研究が始まっており、謙信が見つけさせた佐渡金山の金でスキー道具やソリを大人買いし、部隊の創設と訓練を開始している。
越後湯沢のスキー場は、温泉と合わせて観光にも使えないかと謙信が夏の間に作らせたものであった。
「お爺様、難しいですね」
「俺でも滑れるから、じきに慣れるさ」
孫達も、スキーにソリにと楽しんでいた。
まだ始めたばかりなので上手く滑れない者もいたが、じきに慣れてくるはずだ。
上杉家の家臣やその家族も同様に、津田家との懇親という理由でスキーに参加している。
「ひゃっほぉーーー!」
「いいなぁ、運動神経がいい人は」
「義姉さん、スポーツ万能だものね」
光輝と清輝の視界に、スノーボードで斜面を疾走する今日子の姿があった。
何でもできる今日子はスキーのみならずスノーボードも得意で、津田家上杉家双方の人達の注目を集めていた。
「義姉さん、セミプロ級で上手だものね。喪女で練習量は凄かったから……うべっ!」
余計な事を言った清輝の顔に、今日子の滑走で飛んだ雪の塊がぶつかる。
偶然だとは思うが、そのあまりのタイミングのよさに光輝は『実は狙ってやったのか?』と思ってしまう。
「津田殿は、すのーぼーどは滑らないのか?」
「そんなに上手くないのですよ。孫達にスキーの指導もありますから」
「なるほどな、確かに難しい」
スキー旅行には謙信も参加していたが、彼は光輝から贈られた黒地に毘沙門天をあしらったスキーウェアを纏い、同じく黒地に毘沙門天を刻印したスノーボードで滑っていた。
ちなみに、これらのデザインは長谷川等伯嫡男久蔵が担当している。
普段は絵師として畿内で活躍している久蔵であったが、面白そうだと仕事を引き受けてから江戸に逗留するようになっていた。
これらの道具は、また目の玉が飛び出るほどのお金を払ってスキー道具などを購入してくれた謙信に対する光輝からのお礼であった。
『毘沙門天に黒だ』
久蔵から好みの色やデザインを尋ねられると、彼は一片の迷いもなくそう答えた。
そして、久蔵が完成させた装飾ボードを使っていきなりスノーボードに挑戦している。
全身黒ずくめの謙信は誰が見ても怖い職業の人にしか見えなかったが、彼は今日子の指導は素直に聞いて、みるみるスノーボードが上手になっていく。
「天才っているんだなぁ……」
「本当だね、兄貴。義姉さんと同じ人種なんだろうね……」
半日ほどで、謙信のスノーボードの腕前はかなりのものになっていた。
もうすぐ六十になる彼だが、年齢による物覚えの遅さは関係ないようだ。
その上達速度の速さに、光輝と清輝はえらく感心してしまう。
「まだまだ練習が必要だな。春日山に、小さな練習場を作らせるか……」
謙信は、スノーボードというウィンタースポーツに嵌ってしまう。
雪の多い越後には最適なスポーツであり、同じウィンタースポーツであるスキーやソリは冬季の軍事行動にも使えるので、家中で大いに奨励するようになったのだ。
他にも必要な道具や防寒具を作らせるために、謙信は多くの職人を養成させた。
その努力が実を結ぶ事となり、後世において越後は冬季オリンピックが二度も開催され、ウィンタースポーツの聖地と呼ばれる事になる。
そしてその開催式の時に、上杉謙信は津田光輝と共にウィンタースポーツの普及に務めた功労者として表彰された。
勿論それは、彼らの死後から三世紀以上も後の話であったが。
「うーーーん、年かな? 筋肉痛が治らないような……」
「みっちゃん、スキーなんてもう一週間以上も前の話じゃないの」
冬のレジャーを終えた光輝と今日子は、石山の津田屋敷で休息……ではなくて、信長の相談役としての仕事に戻った。
今日は特に予定もないので、夫婦でお茶を飲みながら話をしている。
「だから、体にガタがきているのかなと」
「まだそんな年じゃないでしょう。気のせいよ」
「でもさ、人間って四十を超えるとガクっと体力が落ちるって言うし」
二人でそんな話をしていると、突然屋敷に信長が駆け込んでくる。
「ミツ、今日子、すのーぼーどに出かけるぞ!」
「「はい?」」
突然の信長からの命令に、二人は首を傾げてしまう。
「ミツ、お前は新しい冬の鍛錬を創設したと、又左から聞いたぞ」
越後に続き、甲斐を有する前田利家からも冬季行軍に使えるかもと頼まれ、ノウハウと道具各種を販売していたのだ。
ちょうど交替で朝鮮から戻っていた利家は、やはり江戸にいた長谷川久蔵にウェアとボード、スキー道具の装飾を依頼。
赤地にソロバンと家紋を入れた特注品のウェアを着ながら、前田家専用のスキー場で毎日楽しそうに練習していた。
彼も謙信と同じく、ウィンタースポーツに嵌ってしまったのだ。
そして、それを信長に話したのであろう。
信長も、光輝にオリジナルの道具を作ってほしいと依頼する。
「謙信がかなりすのーぼーどが上手いと噂に聞く。だが、今の内に我が練習すれば、謙信如きには負けん」
信長は、謙信に対して警戒感と同時に対抗心も抱き続けている。
だからこそ、新しく始めるスノーボードでは負けないと思っているようだ。
ここで勝っておいて、彼への苦手意識を克服したいのかもしれない。
「ぼーどや防寒具は、我が着るものだ。勿論、独自の装飾を施すぞ。謙信や又左は、見事な装飾を施したものを使っていると聞く」
見事といえば見事である。
天才なうえに、自分は毘沙門天の化身だと還暦間近でも本気で思っている謙信に、昔は傾き者として名を成した利家が普通の道具など使うはずがないのだから。
光輝と今日子は、個性的な走り屋とヤンキーのセンスを十倍くらいに濃縮したようなデザインのボードやウェアを使う二人に、ある意味感心していたほどなのだから。
未来人の感性では、あの装飾はかなり特殊な人でないと受け入れられないはずだ。
そして、その装飾にはあの狩野永徳のライバルと言われている絵師長谷川等伯の嫡男久蔵が若い感性を生かして渾身の装飾を施している。
芸術に疎い二人が見ても、あのボードやウェアは芸術性が高いと思った。
実際に使うのは勘弁してほしいと思っていたが。
「我は、金地に天下布武を施したものがいいな」
「金地ですか?」
「我に相応しいであろう?」
「わかりました」
光輝は『金地はどうよ?』と思ったが、それを言うほど迂闊ではなかった。
ボードやウェアは江戸にあったので、光輝はその装飾を謙信や利家で実績のある長谷川久蔵にまた依頼した。
「津田様、私の専門は絵師なのですが……」
「そこを曲げて頼むよ。大殿のご指名だから」
「光栄ではありますね」
とは言いつつも、久蔵は光輝の期待に応え、信長専用のオリジナルウェア、ボード、スキーなどが完成した。
「いいできではないか。お前の親父に頼もうかと思ったのだが、やはり新しい芸術は若い者に任せないとな。さあ、すのーぼーどに出かけるぞ」
信長は、近江琵琶湖近くにある蓬莱山に専用のスキー場を天下人権限で建設、謙信に負けじとスノーボードの練習に励むのであった。
「ミツ、お前は下手だな」
「だから、謙信殿や大殿のような才能がないんですよ」
「我は子供の頃から色々と習わされたが、覚えは早かったからな」
信長も今日子の指導であっという間にスノーボードの腕前が上達し、謙信や利家と同じように冬はスノーボードに熱中するのであった。
そしてこの三人から、多くの武士や大名がスキー、スノーボードも鍛錬の一種とみなし、津田領から道具を輸入するようになっていく。
そして、オリジナルの装飾を施す事に拘る者が鰻登りに増えていくのであった。
「だから、私は絵師なのですが……まあ、紙でないぼーどや服に限られた装飾を施して全体的な芸術性を確立するというのは面白いですけどね」
長谷川久蔵は、絵師の傍ら……というか人生の後半はほぼ武士や商人、僧侶、金持ちから依頼を受けて道具にオリジナルの色つけや装飾を施す仕事を大量にこなし、その第一人者として歴史に名を残していく。
後世、父である長谷川等伯は、亡くなった先妻の子である久蔵ではなく堺の有力商人の娘であった後妻が産んだ左近を後継者としたが、その後長谷川派は没落してしまった。
久蔵は長谷川派の後継者にはなれなかったが、絵師としても装飾絵師としても活躍し、彼が装飾した信長、謙信、利家のスノーボードとウェアは後世において重要文化財に指定されるのであった。
そして彼の子孫は、装飾絵師の長谷川派として現代に至るまでその名を残す事になる。