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第六十九.七五話 土佐のプリンスによる接待

 長宗我部家は、織田家の四国平定作戦に降伏して土佐一国を安堵された。

 事前に信長は阿波も安堵するので降るようにという条件を出したが、最初、長宗我部家がその条件を蹴ってしまったので一国になってしまっている。

 元親は最初その条件を飲もうとしたのだが、家臣達の反発が強く、その前に武士の癖に戦わずに降るのはどうかという考え方があったためであった。


 この時代の大名は、とりあえず互いに軍勢を出して戦ってから講和なりを結ぶ事が多い。

 軍事も政治の一種だというわけだ。


 ただし、その方法は国人衆や大名がわずかな領地や利権を奪い合うような時にしか有効ではない。

 天下統一を目指す信長には無謀な行為であり、後の講和を目指して戦に挑んで滅ぼされた国人や大名は多かった。


 長宗我部家が助かったのは、元親の正妻が明智光秀の重臣斎藤利三の妹であったからだ。


 津田軍によって土佐全土を占領されて敗北した長宗我部家は、現在朝鮮に兵を出しながら土佐の開発を進めている。


 朝鮮派遣軍の指揮は、当主元親、嫡男信親、次男香川親和、三男津野親忠、元親の弟香宗我部親泰で担当、半分は朝鮮派遣軍の指揮、もう半分が土佐の開発という風にローテーションを組んで対応した。


 財政的には厳しかったが、それを救ったのは津田家である。

 光輝は土佐を交易路の重要中継拠点だと位置づけ、港の整備に協力した。

 江戸から東南アジアルートと、長宗我部家は明智家とも関係が深い。


 周防、長門ルートに、織田家も石山との交易ルートを整備した。

 主要な産品は、これも津田家が技術指導をしたカツオブシである。

 津田領内の伊豆産、薩摩産のカツオブシと合わせて、石山では人気の商品となっていた。

 蝦夷の昆布と合わせて出汁を取るのが、石山や京都で大流行していたからだ。

 

 元親は現金収入になるカツオブシの量産を強化し、それで稼いだ銭を軍費と開発費用に当てている。

 それともう一つ大金を稼げる産品があり、それは土佐沖で獲れる宝石サンゴであった。

 津田家が長宗我部家に宝石サンゴの獲り方を指導、品質や状態がいい宝石サンゴを津田家は大金で買い取った。

 買い取った宝石サンゴは江戸で職人達が綺麗に加工し、国内の富裕層向けや明や南蛮にも輸出されている。


 南蛮では、土佐産の赤い宝石サンゴを『トサ』と呼んで高値で取引していた。

 明でも、真っ赤な血赤サンゴが玉と差がない高値で取引されている。


 日の本には、他にも小笠原列島、奄美、沖縄、宮古島周辺でも宝石サンゴが獲れ、津田家はこれを積極的に採取している。

 

 もう一つの産地である五島列島は、肥前の領主鍋島直茂の家臣という事になっている宇久家が、津田家の支援で宝石サンゴの採集、漁業、五島列島の開発などを行っている。

 

 肥前は鍋島家の領地であり、宇久家はその家臣という扱いになっているが、実は半独立状態にあった。

 彼らは元々、同じく肥前に領地を持つ松浦家との関係が深く、二家で組んで鍋島家による肥前の完全支配に抵抗していたのだ。


 宇久家や松浦家からすれば、交易促進のために自分達から買ってくれる津田家と組んだ方が遥かに利益があるし、鍋島家にも対抗できる。


 実際、五島列島には津田家の支援で灯台と港の拡張が進められていた。

 これは航行する船の安全のためである。

 鍋島家の当主直茂は、できれば両家を完全支配したいが、それで津田家を敵に回すわけにはいかないとも思っている。

 鍋島家も、津田家には相当助けられているからだ。


 直茂にとって、松浦領と五島列島は手に入らないご馳走であった。


 話を戻すが、長宗我部家は津田家のおかげで朝鮮に兵を出しても赤字にならず、細々とであったが土佐国内の開発も進んでいる。

 山地が多くて苦労するなか、どうにか新規の開墾も始めている。

 鉱山開発も始まり、特に新しく見つかった金、銀、銅が採れる白滝鉱山、石灰が採れる白木谷鉱山が長宗我部家に銭をもたらしてくれた。


「父上、津田殿がいなければ我らは詰んでいるのでは?」


「毛利家の困窮ぶりは酷いからな。宇喜多家も多少はマシなくらいか……」


 毛利家の領地は安芸一国のみとなり、瀬戸内海の交易路も村上水軍の全滅で織田家に乗っ取られてしまった。

 朝鮮の領有を目指して多目に兵を送っており、安芸は重税のために逃げ出す領民も出始めている。

 そして、彼らの逃走先は畿内か関東であった。

 共に開発が進んでいるので、そこに逃げ込んでしまえば食べる事ができるからだ。


「それで、その津田殿が土佐を訪れるとか?」


「そうなのだ。そこで、信親。お前が歓待の準備をするのだ。何しろ、お前は長宗我部家の次期当主なのだからな」


「私がですか?」


「こういう仕事も当主には必要なのだ。家臣達を使ってうまくやれ」


「わかりました、父上」


 元親の嫡男信親は、その聡明さから信長が烏帽子親となり信の一字を名前に与えられている。

 文武に優れて礼儀正しく、領民からの人望も篤い、外見も長身で美形であり、元親期待の跡継ぎであった。

 武将としても、九州や朝鮮で多くの戦功を挙げた。

 九州では島津家の猛将猿渡信光と頴娃えい久虎を討ち取り、朝鮮でも多くの将を討って信長から称賛されている。


 そう、彼は長宗我部家期待のプリンスなのだ。


「長宗我部信親か……すげえなぁ……俺が持っていないものを全部持っている若殿様か……」


「大殿、多分向こうも大殿の事をそう思っていると思います」


 信親が慣れない接待の準備を懸命に行っていた頃、その接待される側の光輝はお供の山内一豊とともに船上から土佐の陸地を見ていた。

 今回一豊が御付きなのは、たまたま彼に時間があり、光輝が『たまには旅行もいいぞ』と彼を誘ったからだ。


「朝鮮出兵の余波で予算に難があるが、土佐はもっと生産力をあげられるはずだ」


「具体的にはどうなのでしょうか?」


「例えば……」


 土佐は温暖な気候で、早場米の産地に適している。

 もっと農地を広げ、米の生産量を増やしたかった。

 津田領でも生産を増やしているが、蝦夷、樺太に住むアイヌ達にとって米はご馳走であり、開発で稼ぎが増えた彼らは米を大量に購入するようになっていた。

 なので、米はいくらあっても余るという事はなかったのだ。


 酒造りにも使うので、光輝は土佐の米に目をつけていた。

 

「林業もある」

 

 国土の八割以上が森林である土佐は、有名な杉の産地でもある。

 津田領では建築資材としての需要が高く、これも植林技術の供与と合わせて林業にテコ入れをする予定であった。


「カツオブシの工場も増やしたいな」


 料理を作るのに出汁を取るという風習が畿内と関東、東北に爆発的に広がり、カツオブシが不足気味になった。

 伊豆はいくら作っても津田領内の需要を満たせず、薩摩は在庫があれば石山の商人に買い取られてしまう。

 土佐も石山と津田領の商人で奪い合いになっており、光輝は資金を貸してでも生産工場を増やそうと計画していた。


「このように、俺は忙しいのだ」


「食べ物の話が多いですね……」


「人は食えないと生きていけないからな」


「大殿は、そのお言葉が好きですね」


「まあな」


 津田家最古参である一豊は、普段は鉄砲騎馬隊の訓練と育成、それに軍政の仕事もあって忙しかった。

 久しぶりに長時間光輝と話をしたが、相変わらずだなと思ってしまう。

 親や兄を失い、若い頃に藁にも縋る思いで仕官した主君は、最初に出会った頃とまったく変わっていないと。

 お互いに、身分は大大名とその重臣に変わっているので、それについては一豊は隔世の感を感じていた。


「私は大殿の護衛役で、あとは長宗我部家の歓待だけ受ければいい身ですから気分が楽ですな。たまには旅行もいいものですよ」


 唯一の仕事である護衛も、他に部下が沢山いるので。実質一豊に仕事はなかった。

 彼は、土佐の観光でもしようと思っていたのだ。


「千代も連れてくればよかったのに。今日子達みたいに、物凄く忙しいわけでもないんだろう?」


 一豊には一回りほど年下の妻がいた。

 二人が結婚した時、光輝は一豊がロリコンなのではないかと誤解したが、実はこの時代ではそのくらいの年齢差がある夫婦など珍しくない。

 そして、自分と三人目の妻葉子との年齢差を考えて、何食わぬ顔で二人の結婚を祝ったのを覚えている。


「それも考えたのですが、大殿もいらっしゃいますし、千代もたまには一人で羽を伸ばすのもよろしいかと思いまして……」


 一豊と千代は、オシドリ夫婦として有名であった。

 千代は嫡男輝一と娘与祢よねの母親であり、裁縫が得意なので空いた時間に今日子と一緒に洋裁工房を手伝っている。

 

「私がいなければ、千代は女同士で気楽にやっていると思いますよ」


「そうなのか」


 一豊はそれっぽい事を言っているが、いくら仲がいい夫婦でもたまにはお互い一人で羽を伸ばしたいのだなと、光輝は理解した。


「大殿、そろそろ到着ですよ」


「土佐か。美味しい物が一杯あるといいな」


 拡張中の土佐港に上陸した光輝一行は、長宗我部信親の歓迎を受けた。

 彼が、光輝の視察中ずっと世話をするそうだ。


「そろそろお昼の時間なので、ささやかではありますが食事を用意いたしました」


 土佐港近くで昼食を取ると、一行はカツオブシ工場、材木加工所、新規開墾中である土地の視察などを行う。


「やはり、もっと投資して規模を広げるべきですね」


「しかしながら、費用の問題もあります」


「鉱山の新規開発で得た鉱物を津田家に売ればいいのです」


 光輝は、土佐でまだ見つかっていない鉱山の情報を信親に開示した。


「津田殿、なぜご存じなのですか?」


「そこは、津田家独自の技術という事で」


「そうですか……」


 他にも光輝は、土佐の地図を取り出して、ここに農地を作るといいとか、このルートだと街道が整備しやすいだとか、ここに井戸を掘るといいだとか、ここからは温泉が出るとか、細々と信親に説明する。


「(丸裸なのか! 我らの土佐は!)」


 信親は、もし津田家と戦になったらまず勝てないと確信した。

 こちらが少数でも防衛主体ならばという希望さえ打ち砕く、津田家の土佐の地理に対する異常な詳しさ。


 元々戦力差が隔絶しているのに、手の内まで知られて勝てるはずがない。

 信親は、津田家と争う事の愚かさを瞬時に理解した。


「土佐は石灰が沢山採れるので、これを売ってくれれば買わせていただきますよ」


 津田領では、建築資材としてのコンクリートの需要が増え続けていた。

 その材料である石灰は、いくらでも欲しい状態だったのだ。


「それはありがたいです」


 どうせ津田家とは戦になるまい、する必要もないと考え直した信親は、視察終了後に豪華な料理を出して光輝一行を歓迎した。

 

「新鮮なカツオの料理を用意しました」


 新鮮なカツオのタタキと刺身、腹の皮の塩焼き、内臓の塩辛に、土佐はクジラの漁場でもある。

 クジラ料理も並び、他にも名物のウツボ、マンボウ、チャンバラ貝料理、四万十川から取り寄せた青さのり、手長エビの天ぷら、ゴリの唐揚げ、ウナギとアユ料理も出された。


 津田家の指導で養鶏も始まり、その成果である地鶏肉と卵の料理も出された。

 

「土佐は、食材が豊富ですな」


「津田殿に褒めていただけるとは光栄です」


 とは言ってみた信親であったが、実はこれらの料理も津田家の影響が大きい。

 カツオを美味しく食べるための締め方に、刺身は津田領産の醤油が使われている。

 刺身に添える大葉、生姜、にんにく、ワサビ、大根オロシなどのアイデアも津田家からであった。


「あと、こういう食べ方もあるのですよ」


 光輝は刺身に持参したマヨネーズをつけて食べ始め、信親達にも勧める。


「これは美味しいですな」


「なるほど、このまよねーずは卵と油と酢で作るのですか。土佐でも作りたくなりました」


 信親と一緒に光輝一行を歓待している長宗我部家の家臣達は、初めて食べるマヨネーズの美味しさに感動した。


「毎日、こういう宴会があると嬉しいのですが」


「確かにそうですな」


 多くのご馳走と酒を、宴会の参加者達は大いに楽しんだ。

 そして翌日……。


「今日は釣りをするけど、このまま夕方まで寝るぞ!」


「なぜですか? 大殿」


「対象の魚が夜行性だからだ」


 視察を終えた光輝は休暇モードに入り、その日は大好きな釣りをする事にした。

 対象魚は、四万十川で主に夜に釣れる魚アカメであった。

 スズキ目アカメ科に属する魚で、未来では日本列島沈没に巻き込まれて絶滅してしまった魚だ。

 成魚は一メートルを超える肉食魚で、光輝は是非釣りたいと思っていたのだ。


「変わった釣り道具ですね……」


 この釣行には信親も同行する事になり、その日の夜、光輝から貸してもらったグラス製のロッドと大物用のリール、ルアーの数々に驚く事になる。

 四万十川にはアカメを狙う漁師達がいたが、彼らは生きている小魚を餌に竿なしの仕掛けで釣っていたからだ。


「この魚に似た、針のついたものに食いつくのですか?」


「そうだよ。こうやってリールを巻きながら、本物の魚が泳いでいるように見せるのさ」


「なるほど……」


 信親は、津田家では釣り道具まで最新式なのかと感心するばかりであった。

 

「大殿、あかめとは美味しいのでしょうか?」


「スズキの仲間で白身で美味しいらしい」


 カナガワのデータベースにはそう書かれていたが、光輝もまだ食べた事がないのであくまでも情報だけであった。


「刺身、塩焼き、フライとかにして食べてみよう。というわけで、必ず誰かが釣るように」


「わかりました、頑張ります」


 一豊は、光輝の影響で休日に釣りをする事が多かった。

 褒美で釣り道具を所望した事もあり、江戸産リールやルアーの扱いにも慣れている。

 すぐにコツを掴んでルアーを上手く泳がせ始める。


「これは、生餌よりも扱いが楽ですね」


 信親も、すぐにリール竿とルアーの扱いを覚えてルアーを投げて泳がせ始めた。

 さすがはその才能を父元親に愛された人物である。

 すぐに習得してしまったようだ。


「なかなか釣れませんね……」


「数がいないし、釣れにくい魚らしいからな」


「地元の凄腕漁師でも、日に五本もあげれば大騒ぎらしいですからね」


 信親は、事前に地元の漁師からアカメ釣りについて情報を集めていた。

 素人ではなかなか釣れない魚だと、光輝と一豊に説明する。


「きた!」


 暫く釣りを続けていると、最初にアタリがきたのは意外にも光輝であった。

 自他共に認める下手の横好きである彼に、最初に魚がかかる事は滅多になかったので一豊達は驚くばかりであった。


「でかいぞ! これは!」


 光輝はリールを巻いていくが、それ以上にラインを引き出されてしまう。

 どうやら、かなりの大物が掛かったらしい。


「(大殿、珍しいですね……)」


「一豊、今、サラっと失礼な事を言ったよな?」


「いいえ、気のせいでは?」


 それよりも今はこの大物を釣り上げる方が先、光輝は魚と格闘を続けるが、彼にはアカメ釣りの経験がなかった。


「エラ洗いか!」


 突然アカメが水面にジャンプしたかと思うと、掛かったルアーを強引に外してしまう。

 光輝はファーストヒットを逃してしまった。


「(大殿、いつも通りです)」


「一豊、今、物凄く失礼な事を言わなかったか?」


「いいえ、気のせいでは?」


 暫く何も当たりなかったが、次は一豊に魚がヒットする。

 バラす事もなく引き揚げたが、成果はアカメではなくてスズキであった。


「残念、ですが大きいですね」


 一豊は、一メートル近いスズキを締めてから血を抜き、大型のクーラーボックスにしまい込んだ。

 このクーラーボックスも、光輝が未来から持参した私物である。

 沢山釣れた時のためにと巨大なクーラーボックスを購入し、今日子と清輝からオーバースペックだと言われたいわくの品である。

 似たようなものの製造と販売は始まっていたが、まだその性能は大分低かった。


「魚の鮮度を保つ箱ですか……凄いですね」


 信親は、長宗我部家では絶対に作れないクーラーボックスに驚いてしまう。

 この隔絶した技術差からしても、今の長宗我部家では逆立ちしても津田家には勝てないのだと気がついてしまった。


「(若殿、釣るにしても絶対に津田様の後にしてください)」


 双方の力の差が理解できた谷忠澄が、そっと信親に耳打ちする。

 この釣りは光輝への接待なのだから、信親が先にアカメを釣って彼の機嫌を損ねてしまうと色々と問題になってしまう。

 なので、絶対に先に釣るなと信親に釘を刺したのだ。


「(忠澄、随分と難しい事を言うな。釣りなんて水物だろうが……)」


「(最悪、釣れたらわざと外してください)」


「(それは逆に悪手ではないか? わざと外したのがバレたら、余計に津田殿の機嫌を損ねるぞ)」


 釣れた魚をわざと外し、それがわざとであると光輝にバレた時の方が恐ろしい。

 そう思った信親は、明らかに魚がいなさそうな場所にルアーを投げて魚が釣れないようにした。

 ところが、そこにたまたま魚がいて信親の竿にヒットしてしまう。


「(若殿!)」


「(知るか! たまたまかかってしまったんだよ!)」


 それでも信親は、先ほどの光輝のようにエラ洗いの対応を忘れて外れてしまった作戦を実行しようとする。

 ところが、アカメらしき魚はエラ洗いをしないまま、特にトラブルもなく取り込まれてしまった。


「若殿様、これは大物ですだ」


 信親は、ビギナーズラックで一メートル超えのアカメを釣ってしまう。

 他の時ならば嬉しいが、このタイミングでは最悪だ。


「(若殿、これ以上はいけませんぞ!)」


「(ううっ……今でなければ嬉しいのに……)」


 ところが、それからも信親の不幸は続く。

 魚がいなさそうなポイントにルアーを入れると、必ずアカメが、それも一メートル超えの大物ばかりヒットしてしまうのだ。

 途中で針が外れるのを期待しながら信親がリールをゴリゴリと巻くが、これまた運よくガッチリと食い込んでいるようで、必ず釣れてしまう。


「大殿、スズキしか釣れませんね」


「うがぁーーー!」


 開始から二時間ほどで、信親はミノウオと呼ばれるメーター超えのアカメを一人で六匹も釣ってしまった。

 一豊は、アカメは釣れないが大きなスズキは何匹か釣れている。

 そして、現時点では光輝はボウズであった。


「(若殿!)」


「(俺だって、釣りたくて釣っているんじゃないんだ!)」


 信親は、忠澄に非難され逆ギレしてしまう。


 ガイドに来ていた漁師は、信親が到底釣れなさそうなポイントばかりにルアーを投げても釣れてしまうので首を傾げていた。

 そして逆に、経験上一番よさそうなポイントに投げてもアカメがかからない光輝の運のなさにもある意味感心している。


「(津田の殿様、漁師だったらオマンマの食い上げやな……)」


 漁師は、光輝の釣りに関する運のなさに思わず同情してしまう。


「(釣れろ! 釣れてくれ!)


 そして、信親、忠澄以下長宗我部家の面々は、光輝の竿に『アカメがかかれ!』と、みんなで神に祈り始めた。

 一匹でもいいから光輝にアカメがかかって、ご機嫌で江戸に戻ってほしいと。

 人によっては仏教だったり神道だったり、宗派も違っていたが、みんなの思いは一つであった。


「あっ、かかった」


 ようやく光輝に、二回目の魚がヒットした。


「(アカメであってくれ! そしてバレるな!)」


 信親以下、長宗我部家の面々全員が光輝に魚が釣れますようにと心の中で祈り始めた。

 絶対に針が外れてくれるなよと、ひたすら祈り続ける。

 その様子は、大切な取引先の社長とゴルフを行った時に、そのショットがOBになるなと祈る営業マンのようであった。


「これは大きいぞ!」


 かかった魚はかなり大きいようで、光輝はなかなかリールを巻けないで苦戦していた。

 それでも徐々にリールを巻いていき、遂に巨大な魚体が見え始める。

 

「大殿、大きいですね。今日一番の大物と違いますか?」


「だろうな、一メートル半を超えているだろう」


「大殿、慎重に……」


 ここでまたバラすという不運もなく、光輝はようやく巨大なアカメを釣る事に成功した。

 それを見た信親達は、安堵の溜息を漏らす。


「大殿、五尺半(約百六十五センチ)あります!」


「やったぞぉーーー!」


 光輝は、その日一番の大物を釣り上げ大満足であった。

 

「殿、写真を撮りましょう」


「そうだな」


 光輝について来た家臣の一人が、彼と巨大なアカメの写真を撮影する。

 続けて、素早く締めてから保冷材の入ったクーラーボックスに入れた。

 江戸までは危なかったが、石山なら十分に新鮮なアカメ料理を堪能できる。

 光輝は今日子と合流し、アカメ料理を振る舞う予定であった。


「津田殿、私が釣ったアカメは最後の宴会に出しましょう」


「それはありがたいですな、信親殿」


 こうして、長宗我部家による津田光輝接待作戦は成功し、土佐の開発は光輝の援助で順調に進むのであった。






「というわけでして、そこで俺の竿にまるで稲妻のようなアタリが!」


「そうか、それはよかったな、ミツ」


 土佐視察を終えた光輝は、締めてからクーラーボックスで冷却してきたアカメを今日子と共に信長にも振る舞う事にした。

 信長は大喜びだったが、その前に光輝がよほど嬉しかったようで、何度もその巨大アカメが釣れた時の様子を事細かに話し、天下人織田信長を辟易させるという偉業を達成している。


「(今日子、ミツは釣りの話になるとうるさいの)」


「(みっちゃん、普段はどうしても一緒に釣行をした人に勝てないので……)」


 今日子は、珍しく光輝が一番の大物を釣るのに成功して舞い上がっているのだと信長に説明した。


「(その話はもういいから、アカメ料理を食べさせてくれ。刺身に、塩焼きに、鍋に、フライにと美味そうではないか)」


 暫くしてようやく光輝の自慢話が終わり、光輝達はアカメ料理を堪能するのであった。






「茂助殿、というわけで、あの大殿が一番の大物を釣ったのだ」


「それは、明日に雪でも降らないか心配だな」


 一足先に帰国した一豊は、光輝からもらったアカメの身を自分の屋敷に持ち帰った。

 それで彼の妻千代が料理を作り、津田家家臣で一番付き合いの長い堀尾吉晴と共に食卓を囲みつつ、かなり失礼な会話を続ける。


「まあ、大殿だからな」


「ボウズになる事は少ないが、常にあまり釣れないからな」


「下手の横好きの一番わかりやすい例えだ。腕は悪くないのだが、なぜかあまり釣れぬよな」


 先日隠居した堀尾泰晴に、彼から呼ばれて共に食卓を囲む日根野弘就と不破光治からすれば、光輝の釣りが下手なのは今さら言うまでもなく、それを肴に酒とアカメ料理を堪能するのであった。

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