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第六十五.五話 津田服飾工房

「義母上、いらっしゃいますか?」


 井伊直政は光輝の娘お江と結婚し、新しい屋敷へと引っ越した。

 新しい屋敷は直政の義母直虎が住む屋敷の近所であったし、普段は忙しい直政に代わりお江が定期的に顔を出してその様子を見に行っている。

 お江が産んだ嫡男万千代の顔を見に直虎もちょくちょく顔を出しているので、親子は没交渉というわけではない。


 それでも直政は、たまに心配になって一人義母直虎の屋敷に顔を出していた。


「義母上、お留守ですか?」


「直政? いるわよ」


「いらっしゃいましたか。何か生活で不自由な点は……」


 屋敷の奥に入った直政は、そこで絶句してしまう。

 なぜなら、直虎はミニスカートを履いて鏡の前でポーズを取っていたからだ。


「どうかしたの? 直政」


「あの……義母上……その格好は?」


「今日子様と一緒に色々と新しい服の試作をしているのだけど、これはさすがに若い人じゃないとね。室内着で使えるかもってもらってきたんだけど、私にはやっぱり無理ね」


「いえ! さすがにそれは!」


 直政は、この時代において常識的な感覚を持つ男子であった。

 女性が足を丸出しにするなど、いくら室内でも認めるはずがなかった。


 それよりも、自分の義母の服装だ。

 血も繋がっていない自分を苦労して育ててくれた義母は、遂に結婚や出産には縁がなかったが、津田家の服飾工房においてかなりの地位に上り詰めた。

 そこで仕事を生き甲斐にしつつ、嫁や孫も可愛がってくれている。


 とても素晴らしい義母なのだが、その足の見える服装はどうかと思ってしまうのだ。


「(いや……義母上は、あくまでも仕事であの『みにすかーと』なる服を着ているのであって……)」


 普段は果敢である直政も、義母のミニスカート姿の前では何も言えないままであった。


「でも、室内ならいいかもしれないわね」


「いけません!」


 直政は、生まれて初めて直虎に説教をする羽目になった。

 

「直政は真面目ね。試作だから、時にはこういう服も試作しないと駄目なのよ」


「実際に着なくてもいいではないですか!」


「着ないとわからないじゃないの」


「とにかく! そのみにすかーとという服は禁止です!」


「わかったわよ、直政はすっかり真面目になってしまって……」


「義母上、それは好ましい事なのでは?」


 なぜか、義母の様子を見にきたのに、彼女を説教をする羽目になった直政。

 気疲れしてしまった彼が屋敷に戻ると、彼の妻であるお江が出迎えてくれた。

 ただし、ミニスカート姿でだ。


「お義母様からいただいたのですが、似合いますか?」


「井伊家の女子たるものぉ!」


 直政は自分の妻も叱る羽目になり、余計に疲労困憊してしまうのであった。






「というわけで、旦那様に怒られてしまいました」


「私もなのよ。直政って、真面目すぎるのよね。いい子なんだけど」


 翌日、直虎は仕事が休みだったので孫である万千代の顔を見に井伊屋敷を訪ね、そこで嫁であるお江とお茶を飲みながら話をしていた。


「『女性が足を出すなど、何たる破廉恥な!』と凄かったですね」


「それは言っていたわね。ほぼそれだけとも言えるけど」


 直虎は、その一言だけで三十分近くも自分に説教できた直政にある意味感心していた。


「旦那様って、派手な下着も怒るのです」


「えーーーっ、下着も駄目なの? あの子、本当に真面目ね」


 津田領では、徐々に下着が普及し始めている。

 生理用品の販売と合わせて、これは成長が期待できると服飾工房は津田領内に工房と販売店舗を増やしている。


 ブラジャーはそれほどでもなかったが、ショーツ、インナー、スパッツなど、防寒も兼ねられる商品がよく売れていた。

 派手だったり、透けていたり、生地が少ない品も、一部上流階級の女性を対象に販売数が伸びている。


 その理由は、実はかなり切実なものだった。

 自分の娘を嫁がせたのに、もし嫁ぎ先で子供が生まれなければ?

 それを心配する親が、嫁入りする娘のために購入するケースが多かったのだ。


 ただのスケベ心ではなく、自分の家の繁栄を願ってのセクシー下着購入という切実な理由なわけだ。


「母上が持たせてくれた下着を着ると、旦那様は怒るのですよ」


 お江が井伊家に嫁ぐ時、お市もお江に子供が生まれない事を心配し、今日子経由でセクシーな下着を嫁入り道具として持たされていた。

 勿論そんな事実を光輝が知ると激怒するので、女性同士だけの秘密であったが。


「それを着たら、女性の品位がどうのと説教されてしまいました」


「真面目すぎるのも困りものねぇ……早く万千代の弟か妹が欲しいのだけど……」


 嫁姑でそんな話をしてから数日後、直政は再び直虎の様子を見に行った。


「義母上、いらっしゃいますか?」


「いるわよ」


 今度はすぐに直虎が姿を見せたが、直政はその姿に再び絶句してしまう。

 なぜなら、今日の直虎はメイド服姿であったからだ。


「義母上……それは?」


「今日子様と試作したのよ。南蛮だと女性の使用人が着る服みたいね。『めいど服』って言うそうよ」


「何か、怖そうな名前ですね……」


 めいどと聞いて、直政の脳裏にはすぐに冥途が思い浮かんでしまった。

 だが、すぐに問題はそれではないと直虎との話を続ける。


「使用人の服とかはどうでもいいのです! また足を出して!」


「そう? みにすかーとよりは丈は長いわよ」


 もし日本で採用するとなると、靴の履き脱ぎが問題になってしまう。

 そこで、スカートの丈を膝下くらいの長さにしてあった。


「足が見えておりますぞ! 義母上!」


「ほんの少しじゃないの。丈をもっと長くすると、家の出入りで面倒になるのよ」


「そういう問題ではありません! いいですか、義母上! 少しくらいという気持ちが、心の油断をですね!」


 たかがメイド服の丈の長さで、直虎は再び直政から説教を受けてしまうのであった。





「というわけなのよ」


 再び休日の日、直虎は井伊屋敷でお江を一緒にお茶を飲んで話をしていた。


「旦那様は、少しでも足が出ていると怒りますよね」


「やっぱり、そうなんだ」


「はい、母上が試作品のわんぴーすを送ってくれたのですが、試しに着ていたら、『足が見えている!』って怒られてしまいまして」


 女性の品格がどうのと、直政から説教されてしまったとお江は語る。


「姉様達や妹達は、そんな事はないって聞いていますけど」


「みたいね」


 他の津田家の娘達は、室内でそれら試作品を着ていても夫は何も言われないとお江は手紙などで聞いていた。

 直虎も今日子に頼まれて試作品を送っているので、それは知っている。


「茶々姉様の旦那様なんて、物凄いお得意様だって聞いていますよ」


「長吉様は、逆にそういうのが好きよねぇ」


 秀吉の嫡男長吉は、普段は秀吉の優秀な嫡男として振る舞っている。

 あのねねが手塩にかけて教育したので、誰かの次男のようにはなっていない。

 秀吉が留守の間も、朝鮮派遣軍への補給と、九州探題職の代理を見事にこなしていた。


 彼は羽柴家の出自の低さなどとうに承知しており、それ故に柔軟性が高い若者であった。

 同時に、父親に似て女性が大好きである。

 外で女遊びなどしないが、正室である茶々と数名の側室に津田領産の下着や服を着せて遊ぶのを趣味としていた。


 新製品が出たら送ってほしいと手紙を送ってくるので、彼は津田家服飾工房の大お得意さんとして有名であったのだ。

 自分の奥さん達に着せて喜んでいるので、お市や今日子も特に目くじらなどは立てていない。

 夫婦円満で結構くらいの認識であった。


「うちの直政も、長吉様の十分の一くらい柔軟性があればいいのに」


「お義母様、これまでの話を推察しますと、肌が露出していなければいいのでは?」


「そうね。なら、次は肌が露出していない服を今日子様と相談して試作しましょう」


 直政は、お江のアイデアを参考に新しい服の試作を始めた。

 そして数日後、遂にそれは完成する。


「これなら大丈夫よ。肌も露出していないし」


「そうですね」


 お江は、大喜びで直虎からもらった服を着て直政の帰りを待った。


「ただいま……お江! その服装は!」


「肌は露出していませんよ」


「うぬぬ……いいか、お江よ。確かにその服は肌が露出していない。だが、露出していなければいいというわけでもなく、そこに女性としての品格がだな!」


 お江は、またも直政から説教されてしまう。

 





「お義母様、また駄目でした」


「おかしいわねぇ……なぜなのかしら?」


 直虎は首を傾げていたが、彼女が今日子と共に試作した服は長袖のTシャツとロングスカートで、サイズを小さくして体の線が強調されるようにデザインされていた。

 しかも、お江は直政からブラジャーなどを禁止されている。


 露骨にボディーラインが出ていて、それが直政から駄目出しを食らった原因であった。


「早く万千代の弟か妹がほしいんだけど……」


 ただし、その状況でもお江は最終的に直政の子を三男三女も産んでいるので、あまりセクシーな服や下着は関係なかったのかもしれなかった。






「今日子からの新作の服ですか……これは面白いですね」


 津田服飾工房は、新製品が出ると信長の妻お濃に試作品を送る事が多かった。

 お濃は、今回もその服の珍しさを気に入ったようだ。

 早速試着してみる。


「これはゆったりしていて、寝るのに便利ですね」


 今日子が今回送った服は、かなり色物の部類に入るはず。

 何しろ、寝間着に使う全身着ぐるみタイプの熊パジャマだったのだから。


「大殿に感想をいただきましょう」


 お濃は、クマパジャマを着ると信長の元へと向かう。

 すると彼は、一人色々と考え事をしているようだ。

 朝鮮出兵の件で色々と悩んでいるのであろう。


 お濃としては、たまにはそういう苦悩を忘れて欲しいとわざわざクマパジャマを着てみたのだから。


「大殿」


「うん? お濃か? 我は考え事で忙しい……」


 信長がお濃の姿を見ると、そのまま絶句してしまった。

 続けて、すぐに大声を上げ始める。


「熊が出たぞぉーーー! 者ども出会えい!」


「誰が熊ですか! 誰が!」


「うん? お濃か?」


「なぜ私を熊と間違えるのです!」


「それは……」


 まさか信長は、『熊と同じくらい怖いから間違えたのかもしれない』などとは言えず、そのまま暫くお濃からの説教を聞き続ける羽目になってしまうのであった。

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