第六十五話 朝鮮からの撤退
織田信長が亡くなり、将軍織田信忠が喪主となって葬儀が行われた。
葬儀には多くの人達が参列し、信長の偉業とその力を世間に知らしめる事になる。
信忠は喪主であったが、彼は将軍としての仕事もあって忙しい。
葬儀を取り仕切る実行委員長のような役割を果たす人物が必要であり、葬儀の前に信忠は光輝に誰がその役割に相応しいかを相談した。
「そなたでも構わないのだが……」
「俺には無理ですよ」
「そうだな」
信忠は、信長が打ち立てた政権が無事に信忠に継承された事を世間に知らしめるため、いくつかの事業を光輝に対し頼んだ。
他の重臣が朝鮮に傾注しているため、光輝に命令が下ったのだ。
まずは、信長の菩提寺である通称信長寺『総見院』の建設。
『総見院殿贈大相国一品泰巌大居士』という大層な戒名をもらった信長を祀る寺の建立を、光輝は信忠から任された。
石山城近くの広大な土地に建設をおこない、信忠は織田家代々の菩提寺にしようと計画している。
信長のお墓もその寺に置く予定であり、納骨までに寺院の建設を終わらせる事ができる人物として光輝が指名された。
津田領では、寺院の建設が盛んに行われている。
外地での寺院需要に、国内でも領地開発により旧来からある寺院の移転、古い寺社の改築、新しく拓いた土地に新しく寺院を建立するケースもあり、それに素早く応えられる津田領内の宮大工に依頼が舞い込む事が多かった。
建材や建築方法をある程度規格化している津田領内の宮大工は、他領の寺院からも建設依頼を受ける事が多かったのだ。
ただ、領内の仕事が忙しくて領外の仕事を受ける余裕はほとんどなかったが。
『叔父上、費用についてですが』
『上様は、ただこの津田光輝に大殿の菩提寺を作れと命令すればいいのです。上様は、大殿の後継者でいらっしゃるのですから』
光輝は、信忠から一切の費用をもらわなかった。
つまり、完全に津田家の自腹で信長の菩提寺は建設されるのだ。
『叔父上、父上の遺言ですが』
『実行してください。それが、上様の権威を大いに高めるでしょう』
菩提寺の建設に加え、信長は意外にもちゃんとした遺言を残していた。
お濃の方が大切に仕舞いこんでいたのだが、その中に愛宕神社、伊勢神宮、熱田神宮の増改築をおこなえと書かれている。
信長が自分でそれを行わなかったのは、信忠にやらせる事で織田政権の権威を高めるためだ。
少なくとも、光輝はそういう意図があると理解した。
『さすがは父というべきですが……金がないですね』
新しい巨大な菩提寺の建立に、三つの神社は新しく建立するのと同じくらいに規模を拡大する。
隣接する、参拝客が利用する宿場町などの整備もある程度おこなうので、今の朝鮮に足を突っ込んでいる織田政権には厳しい出費であった。
出せなくもないが、後回しにしたいのが信忠の正直な感想だ。
『上様、ただお命じになればいいのですよ』
『まさか……』
三つの神社の改築も津田家の自腹で行うのだと聞き、信忠は驚きを隠せなかった。
『うちは、朝鮮に兵を出していませんからね。まあ、借金をしてでも何とかしますよ』
信忠は、光輝が朝鮮に兵を出していないせいで、のちに他の重臣達に責められないように普請を負担するのだと理解した。
あとは、織田家譜代や、自分の近くにいる細川幽斎のような反津田光輝派への牽制であろうとも。
もし『朝鮮に兵を出さなかった癖に』と言われても、『じゃあ、俺が代わりに朝鮮に兵を出すから、お前が代わりに普請を負担しろ』と言われてしまうかもしれないので、彼らは静かにするしかないというわけだ。
『(叔父上も、生き残りに必死なのか……)』
信忠も、過去の歴史は勉強している。
織田信長という偉大な天下人が亡くなり、その子供が跡を継いだ政権で、功臣がその身を保つのがいかに困難か。
それを理解しているからこそ、光輝は自分を立ててくれるのだと信忠は理解した。
『(叔父上がその姿勢を貫くのなら、津田家はそのままの方がいいな)』
信忠は、津田光輝は自分の政権下でも使えると判断した。
それは収穫であったと、心の中で確信する。
『叔父上……いえ、津田光輝に寺社の普請を命じる』
『ははっ!』
光輝は信忠から、完全自腹で寺社普請の仕事を引き受けた。
『みっちゃん、上手くいった?』
『いった、いった。いやあ、さすがは今日子だねぇ』
『大殿が亡くなられた以上は、うちも色々と厳しいからね。財力が削られたという風に思われた方がいいもの』
光輝の殊勝な態度は、すべて今日子のアドバイスであった。
『あまり貯め込むのもどうかと思うしね』
実は、江戸城の巨大地下金庫の中にある多額の資産、朝鮮出兵による経済成長停滞もあるので、津田家が寺院建設で大型公共投資をおこなうというわけだ。
これで畿内の景気が少しでもよくなれば、その分津田家への圧力も減るであろう。
『銀を貯め込みすぎたから、これを放出しよう。明との交易で、あいつら景気よく払うからなぁ……』
そんなわけで、津田家は多額の資産を用いて寺社の建立と改修に精を出した。
実は事前に信長から『将来、寺社の建立を任せるかも』と言われていて、それらの寺社用に特別注文の建材や装飾品などの加工をし、倉庫に保存していたのだ。
あとは現地に運んで組み立てるだけであり、これら寺社の建立と改築はすべて三か月以内で終了した。
『必殺、注文寺社工法。ツーバイフォーとかプレハブっぽいけど、設計と材料、加工は超一流の宮大工に任せたから豪華に仕上がっている。組み立ても素人には指揮を執らせていないからね。うちの宮大工なら、現地で多少建材に不都合があっても、ぱぱっと微調整をしてしまうし。工法が進化しても、凄腕の宮大工は必要なのさ』
普請に大きく関わった清輝は、完成した伊勢神宮の前で得意げに光輝に説明するのであった。
以上のような経緯があり、光輝に実行委員長を引き受ける余裕はなかった。
特に菩提寺の方は、信長の納骨までに完成をさせなければいけないのだから。
「幽斎殿に任せたらいかがです?」
「幽斎か……」
「ええ、こういう仕事に向いているでしょう。葬儀のしきたりとかに詳しそうですし」
「確かにそうだが、そなたは幽斎が嫌いなのでは?」
信忠は、葬儀の実行委員長という重要な仕事を嫌いな人物に任せるという光輝の意図が理解できなかった。
「確かに俺は幽斎殿が嫌いですけど、それとこれとは話が別です。その仕事に向く人物に任せればいいのです。織田家ほど人が集まれば、仲が悪い人も一定数出るでしょうが、そこは大人なのですから公式の場では弁えればいい。家に帰ってから嫌いな人の悪口を言っても、当事者には聞こえないでしょうから」
光輝としては、いくら幽斎が嫌いだからといって、それを理由に彼を織田政権から除外しようとは思わなかった。
仕事はいくらでもあり、人の足を引っ張るような真似をしなければ、有能な幽斎に仕事を任せた方がいいと思うからだ。
第一、この時代の葬儀の手配など、面倒臭そうで光輝はやりたくなかった。
どこか憎めない主君信長の慰霊は、葬儀への参加と、菩提寺の建設、あとは自分なりにお祈りをする。
それで構わないと思う光輝であった。
「なるほど、そなたの考え方はわかった」
信忠は、光輝が自分が引き上げた家臣達にケチをつけるような真似はしないと確信した。
相性が悪い者がいても、仕事だからと割り切る分別があると思ったのだ。
未来なら当たり前のこの感覚も、この時代だとそうでもないケースがある。
戦の多い時代だからか、例えば森長可のように極端に沸点が低い人物が一定数いて、『なぜこんな理由で?』と思ってしまうほど、簡単に揉めた相手を斬ってしまうのだ。
例えば、水野勝成という人物がいる。
徳川家家臣である水野忠重の嫡男だが、彼は武勇には優れていたが気性が激しく、気に入らない事があると激高してトラブルを起こすケースがあった。
些細な言い争いで父忠重の家臣を斬って出奔し、奉公構にされている。
それでもいくつかの大名家がそれを破ってまで仕官させたのだが、そこでもトラブルを起こし、今は何をしているのかわからない状況であった。
勝成の他にもそういう武士は存在し、信忠としては大人の対応を取る光輝に安堵したというわけだ。
「そうだな、幽斎に任せよう」
「それがいいかと思います」
以上のような話し合いの後に、信長の葬儀では幽斎が実行委員長となった。
初の大仕事に幽斎は張り切り、無事に葬儀を終える事に成功する。
これにより、幽斎は大きく評価を上げた。
これからは戦よりも統治などの方が重要となり、それが得意な幽斎にとってはいい時代になっていくというわけだ。
「幽斎、よくやったな」
「これも、上様のご威光の賜物です」
信忠に褒められ褒美を渡された幽斎は、いつもように恭しく信忠に頭を下げた。
この程度の功績でいい気になれば、他の信忠派の家臣達によって引き摺り降ろされてしまう可能性がある。
今はただ、功績を稼いで上に上がるしかないのだと。
「実は、幽斎を実行委員長に推薦したのは叔父上でな」
「そうなのですか、あとでお礼に行かねばなりませんね」
「それがいいぞ」
信忠としては、光輝と幽斎が仲良くしてくれた方が政権運営が上手くいく。
だから、葬儀委員長への推薦は光輝であったと事実を話した。
ところが、彼は二人の間にある距離を短く見積もりすぎていたようだ。
「(上から目線で仕事を斡旋してやったつもりか! 津田光輝め! 反吐が出るわ!)」
幽斎の光輝嫌いは、既に修正不可能なレベルにまで深刻化していた。
光輝が何をしても気に入らない幽斎は、誰にも聞こえないように彼への悪態をつくのであった。
「父の葬儀も終わり、ここでひと息か」
信忠は、幽斎と光輝のおかげで無事に父信長の葬儀が終わった事に安堵した。
だが、問題がないわけではない。
いまだ、朝鮮から手を引けていないのだ。
交渉が上手くいかず、今は信長の死で完全に交渉が途絶している。
すぐに信忠がその跡を継げばいいと思ったのだが、実はとんでもない事実が発覚した。
『織田信忠? そんな者の名は知らぬ』
中華の中心にして世界の支配者を自認する明としては、日の本の支配者が織田信長である事実を渋々認めていたのに、彼が死んでその跡を信忠が継ぐと言われても認めるわけにはいかない。
交渉の相手でもないと、交渉再開を突っぱねられてしまったのだ。
『どうしても交渉を再開したければ、その信忠なる者が明に朝貢をしなければ駄目だ』
勿論、信忠がそんな要求を呑むはずがない。
信長の死で、日の本と明との関係は余計に拗れてしまった。
そのおかげで日本軍は、朝鮮、明国境に野戦陣地を構築し、度々明、朝鮮連合軍と無意味な睨み合いを続けている。
こうなればと、信忠は朝鮮からの撤退を考えているが、一つ大きな問題があった。
占領した朝鮮の各地に、織田家が天下統一の過程で領地を失った大名や地侍、一旗あげようと考える浪人達を代官として派遣していた件だ。
上手く治められたらその地を与えるという約束で、場所によっては上手くやっている土地もあった。
民兵、義勇兵、一揆勢の反抗で殺されたり、苦労している者も多かったが、実際に実績をあげた者もいたのだ。
そんな彼らに苦労して統治している土地を捨てて逃げて来いなどと言ったら、下手をすれば反乱になりかねなかった。
そんな事情もあり、織田家は当主が変わっても朝鮮に兵を置き続けたままだ。
「よもや、ワシの方が信長よりも長生きするとはな……」
「それは俺も同じだな」
織田幕府のそんな状況を、外から冷静に見ている者達がいる。
既に隠居の身である、松永久秀と上杉謙信であった。
「朝鮮とは、一度足を入れたら底無しの泥沼であったか」
「履いていた草履を諦めきれぬのであろう」
謙信の言い方は辛辣だ。
今履いている草履を失ってでも足を引くべきであったものを、未練がましく草履を諦めないでいるから、その場から動けないのだと言っているのだから。
「むしろ、津田殿の方が上手くやったと思うがな……」
津田家が押さえた外地の方が、将来的に見ればよほど統治しやすい土地に変わるはずだと謙信は言う。
「津田殿は、将来への投資と言っておったな」
「津田殿は、我々とは考え方が根本的に違うからな」
久秀も謙信も一角の人物であったが、やはり根は武士であり、自家の勢力拡大のため戦に奔走した。
ところが、勢力を拡大した後の事は実は何も考えていなかった。
せいぜいで、背かれないように上手く統治するくらいだ。
『天下布武』を唱えた信長の方が、考え方では先を進んでいた。
経済力などもあるが、その差で謙信は信長に破れたと思っている。
「ところが、津田殿はまだその先だ」
天下統一に拘らない癖に、将来の日の本をどうするかという考えがしっかりしている。
だから戦乱で荒れた土地の回復のみならず、更なる発展を目指して金と手間を惜しまない。
外地を見ればわかる。
あんな成功するかどうかもわからない場所の開発に、大金を投じて開発を進めている。
「実は朝鮮に兵など出さず、津田殿が押さえている外地の開発を行った方がよかったのであろうな」
朝鮮を何とか治めているような連中なら、外地でも上手くやれたと久秀は思うのだ。
「とはいえ久秀殿よ。今さら津田殿から奪えまい」
さすがにそれをすれば、光輝も怒るであろうと謙信は予想した。
いまだに採算は取れていないようなので、織田家も欲しいとは思わないであろうが。
謙信も現在、景勝が朝鮮に出兵して財政的に苦しいなか、自ら指揮を執って越後平野の開拓を進めている。
津田家の援助もあったが、いまだに家臣の中には止めてはどうかと言う者もいた。
だが、徐々に耕作地は増えてきて収穫量は上がってきたのだ。
自分や景勝の死後、上杉家が穀倉地帯を得られるかどうかの瀬戸際である。
謙信は、絶対に止めようとは思わなかった。
大好きだった酒を止め、節制に節制を重ねつつ、今も開拓の指揮をとっている。
まさかそんな自分が、信長よりも長生きするとは思わなかったが。
これも今日子に叱られて真面目に節制した成果なのであろうと、謙信は笑った。
「さて、これからどうなるやら……」
「そういえば、織田幕府は新体制に入るとか……」
「我ら隠居組には関係ない……とも言えぬか……」
久秀と謙信がコーヒーを飲みながらのん気に話をしている頃、信長の葬儀が終わった石山では、信忠が新体制を発表していた。
「柴田勝家を筆頭に、次席津田光輝、羽柴秀吉、丹羽長重、上杉景勝の五名を大老に、徳川信康を筆頭に、浅井亮政、滝川一忠、明智光慶、島津義弘を中老に、河尻秀隆を筆頭に、前田利家、斎藤利治、森長可、坂井越中守、池田元助、輝政、長谷川与次、蒲生氏郷、村井貞成を奉行に命じる」
五大老は大領を持つ古くからの功臣を、上杉景勝が入っているのはいまだ健在である謙信への気遣いからだ。
中老は大老に準じる者を、ただ丹羽長重あたりとの差はかなり微妙であった。
奉行は、信忠の家臣だったり寄騎であったりした者が多い。
奉行が実質実務者という扱いだ。
信長から権力を受け継いだ信忠は、いまだ健在の大老達に気を使わねばならなかった。
「さて、皆の意見を聞こう」
早速初の評定が始まるが、実は半分以上が欠席である。
朝鮮に指揮官として現地に滞在しているからだ。
「朝鮮の件だが」
「撤退しかないのでは?」
「そうですな、撤退がよろしいでしょう」
「私も、長重殿の意見に賛成です」
丹羽長重が常識的な意見を述べ、ほぼ全員が賛成に回る。
もうみんな、負担ばかりの朝鮮から手を引きたいのだ。
「しかし、このまますぐに撤退はよくない。ここで一度決戦して、我らの力を見せるべき」
勝家の意見に、森長可や池田輝政などの若手が賛成した。
「おい、光輝はどう思うのだ?」
光輝嫌いの勝家は、織田家の準一族扱いである光輝を平気で呼び捨てにする。
信長の時代ならともかく、これには信忠が苦い表情を浮かべるが、勝家は気にもしていなかった。
光輝も気にしていない。
勝家のようなタイプは苦手なので、できる限り相手にしたくないのだ。
「一戦するしかないとしか……」
「なぜだ? 中納言よ」
光輝は津田家の家督を信輝に譲っているのに、なぜか次席大老であり、官位も従三位下中納言である。
信忠は、光輝の意見はちゃんと聞こうと思って質問をした。
「どうせ捨てる土地です。犠牲を出さないように撤退した方がいいのですが、何しろ野戦陣地で睨み合いですから。そのまま撤退しようとすれば追撃されるでしょう」
敵軍に一撃加えて、怯ませてから撤退するしかないと光輝は言う。
だが、それでも大軍同士の決戦なので犠牲は多く出る。
しないで追撃を受ければもっと犠牲が出るので、これはマシな方を選ばざるを得なかったという事だ。
「その間に、後方も撤収準備か……持ち出せる物は……」
「いえ、それは止めてください」
「なぜなのだ?」
「安全に撤退するためです」
「船に人数を乗せないといけないので、荷物が多いのは困ります」
鉄砲、大筒を最優先で、他は最低限の食料があればいいと光輝は言う。
「明や朝鮮軍に残してやるのか?」
「ええ、奪い合いで足が止まるでしょうからね」
援軍に来ている明軍には異民族なども多く、大軍ゆえに兵站が心許無い。
朝鮮領内に入れば、必ず略奪に走るはずだと光輝は予想した。
「一揆勢の中にも、食料を奪う明軍に刃向う者がおりましょう。朝鮮は混沌とします」
その間に上手く撤退するしかないと、光輝は信忠に意見した。
朝鮮の事などまったく考慮していないが、そんな余裕はないと光輝は考えていた。
「その策でいく。筑前に作戦を指示すれば、上手くやるであろう」
現在、朝鮮において総指揮を執る羽柴秀吉に方針が伝えられ、ようやく朝鮮から撤退する事となった。
一部に不満がある者もいたが、秀吉ももうこれ以上は負担に耐えられないと思っていた。
出兵している諸侯達の中には、既に借金で首が回らない者すらいたのだ。
「確かに、もう一度ひと当てして勝たねば、退く機会が得られませんか」
「種子島はともかく、大筒の全門撤収は困難。だが、やるしかありません」
秀吉の命で竹中半兵衛と黒田官兵衛が撤収作戦の立案を行い、先に小一郎が後方の占領地に向かって代官や守備兵達の撤収作戦を指揮した。
「日の本軍に動きがあるぞ。もしや撤収か?」
本当に撤退するのだが、日本軍はわざとその様子を見せて対峙する明、朝鮮連合軍を誘った。
これに反応し、明、朝鮮連合軍は全軍で撤退準備を進める日本軍に襲いかかる。
ところが、日の本軍側はこれを予想していた。
一斉に鉄砲と大筒、矢による射撃が行われ、再び多くの犠牲を出す。
「玉薬は持てる量だけ残して使い切れ!」
敵に奪われないように、日の本軍には弾薬の使い切り命令が出ていた。
一部、万が一の時用の予備のみ残して、その全てが明・朝鮮連合軍に叩きつけられる。
その濃密な火力の前に明、朝鮮連合軍前線部隊は壊滅し、再び乱れて一時再編のために全軍後退する事になった。
そしてその隙を、秀吉は見逃さなかった。
「逃げるぞぉーーー!」
秀吉の掛け声で、日の本軍は全軍撤退を開始した。
「やはりそうか! 逃げるとあらば討って功績とするまでだ!」
今までは負け戦続きで、損害を抑えるために睨み合いしかしていなかった明、朝鮮連合軍の諸将も、追撃戦なら戦功が稼げるといきり立った。
暫く再編で時間を食ったが、明・朝鮮連合軍による追撃が始まる。
だが、光輝の予想どおりに朝鮮領内に入った明軍は現地で略奪を始めた。
やはり補給線が薄いのと、将兵が個人で財貨などを奪い始めたのだ。
慰安のための女狩りも始めたが、朝鮮側の両班達は明側に何も言えなかった。
それどころか、一緒になって略奪を始める者まで出てくる始末だ。
「日の本軍がいなくなったと思ったら、俺達を飢え死にさせるつもりか!」
「まだ日の本の連中の方がマシじゃないか!」
「食料と、女房と娘を守れ!」
奪われてたまるかと、今までは日の本軍と戦っていた義勇兵と一揆勢が一斉に明、朝鮮連合軍に襲い掛かった。
いくら装備に優れていても、常に一揆勢に襲われるのでは進軍も鈍ってしまう。
反抗する一揆勢を相当数討ち取ったが、明・朝鮮軍側にも多くの犠牲が出た。
その間に秀吉は自分が殿となり、神速の勢いで釜山へと撤収、最後の船で九州へと向かう。
「結局、誰も得をしなかったようだな……」
李氏朝鮮軍のとある将軍が呟く、日の本は兵と物資と金銭を失い、朝鮮は民衆も含めた多くの犠牲者と戦乱で荒れ果てた国土を、明も個人による略奪の成果は知らないが、援軍で財政が傾いた。
骨折り損のくたびれ儲けでなくて何なのだと、その将軍は思うのだ。
「果たして、無事に国土を立て直せるのであろうか?」
こうして李氏朝鮮は滅びずに済んだが、衰退と混乱が続く明に長年足を引っ張られ、気がついた時には、世界でも最貧の国へと転落する事となる。




