第六十四.七五話 新年と餅つき
「「「「「「「「「「新年あけましておめでとうございます」」」」」」」」」」
「うん、みんな、おめでとう」
今日は元日であり、江戸城において光輝は子供達と孫達を呼んで新年の宴会を開いていた。
この宴会に呼ばれるのは、本当に限られた一族とその家族だけである。
光輝、今日子、お市、葉子、清輝、孝子、あとは子供達とその配偶者と孫のみで、他の家臣達は各々の家や仲間内で新年を祝っている。
主君である光輝への挨拶は、一月の三日と予定では決まっていた。
「太郎、お年玉だぞ」
「お爺様、ありがとうございます。大切に使います」
「うんうん」
光輝は、孫達にお年玉を配り始めた。
最初は信輝と冬姫の間に生まれた嫡男太郎からであった。
光輝はどの孫も可愛がったが、こういう場面ではケジメをつける。
嫡孫である太郎に一番最初にお年玉を渡し、彼が津田家の三代目当主であると家族に知らしめたのだ。
これは、後の家督争いを防ぐためにも必要な行為であった。
続けて年齢順に、他の孫達と甥二人の子供達にもお年玉を渡し、あとは用意した料理やお酒、飲み物、お菓子などが大量に振る舞われて宴会となった。
「信行叔父さんが作った凧、よく揚がるね」
「気合を入れて作ったからな」
宴会が進むなか、庭では子供達が独楽を回したり、羽子板をしたり、凧をあげている。
光輝の甥信行が大分上空まで大きな凧を揚げていたが、そのデザインは未来風の美少女萌えキャラが書かれたものであった。
清輝の子供や孫達は、見事に彼のDNAを受け継いでいたのだ。
「一般客向けの凧も準備してあるけどな」
通常の角凧から、立体凧、連凧、鳥凧、丸凧の和凧、ゲイラカイトと呼ばれる洋凧などが江戸上空に沢山揚がっていた。
すべて、信行が作らせたものだ。
「うわぁ、また一回休みだね」
「お婆様、私はもう一回サイコロを振るです」
「私は、双六は苦手なんだぁ」
今日子は、女の孫達と共に双六をしていた。
これも、信行の兄信清が『人生ゲーム』などを参考に新しく改良している。
他にも、オセロ、軍人将棋、モノポリー、ジェンガ、UNO、福笑い、カルタなどありとあらゆるゲーム類の製造と販売も行っていた。
「直政、戦と同じだ。ビシっと餅をつけ!」
「わかりました」
「おはぎや牡丹餅じゃないから、半殺しは駄目だぞ。ちゃんと全部粒を潰せよ」
「半殺しですか?」
「もち米の粒が残っている事だ」
「何と言いますか……物騒な言い方ですね……」
光輝は、信輝、信秀、岸嘉明、井伊直政、本多正純などの娘婿達と、庭で餅つきをしていた。
つきたてを、みんなに振る舞おうという計画だ。
このもち米も、カナガワの自動菜園で栽培されていた改良種で、美味しいお餅ができると津田領内では高級品扱いであった。
「こら、直政! 俺の手を潰す気か!」
「まだ大丈夫だ。嘉明は、俺が餅をつく速さにちゃんとついてきるているからな」
「疲れるから速度を落とせ! 先は長いのだぞ!」
臼の中にある餅を捏ねていた嘉明が、急に杵で餅をつくスピードを上げた直政に文句を言うが、二人の息はピッタリと合っていた。
「大殿、つきあがりましたぞ」
「いい感じに仕上がっているな」
つきあがった餅は、すぐに餡子、きな粉、ずんだ、大根おろし、納豆などがまぶされてみんなに提供された。
「みんな、慌てて食べて喉に詰まらせないようにね。餅は美味しいけど、古来より多くの人を殺してきた食べ物でもあるから」
医者である今日子の注意を聞いたあと、みんなでつきたての餅を堪能した。
「直政、嘉明、お替り」
「大殿、もう少し味わってはどうかと……」
「俺ばかりがゆっくり食べても、どうせ餅は足りないからな。若い者が頑張ってつけよ」
食べる人数が多いので最初についた餅はあっという間になくなり、直政と嘉明はそれから何度も餅をつく羽目になった。
「続けてだと、意外とキツイな」
「そうだろう、信幸」
今日食べる分だけでなく後日の分まで餅をつく事になったので、直政と嘉明は武藤信幸、山内輝一、日根野吉明、堀尾輝吉など他の娘婿達と交代しながら大量の餅をついていく。
「旦那様、持ち帰る分もお願いします」
「えっ? まだつくのか?」
津田家で内輪だけで行われる新年会、これに出たいと思う者はとても多かった。
なので娘婿達は他の家臣達に羨ましがられるのだが、彼らは決まってこう答えていた。
「堅苦しくなくて楽しいし、ご馳走も出る。大殿は孫達にお年玉までくれた。だが、俺達娘婿は沢山餅をつかねばならないのだ。参加する者は腕を鍛えておいた方がいい」
武藤信幸は、自分の弟である田村光顕にお土産の餅を渡しながら、筋肉痛になった腕を振り回すのであった。
「新年、あけましておめでとうございます」
「ミツ、今日子。よく来たな」
三が日が終わると、光輝は今日子と共に船で石山へと挨拶に向かった。
織田幕府が天下を統一したので、家臣全員が集まって一斉に信長に新年の挨拶をするというのが難しくなっている。
合理主義者である信長は、家臣達にはひと月以内に挨拶に来ればいいというルールにしていた。
勿論、朝鮮に兵を出している諸将は信長への新年の挨拶を免除されている。
「今年もいい事があるといいな」
「そうですね」
日の本の天下は統一されたが、織田政権は朝鮮という爆弾を抱えている。
だが、それを信長に直言して不興を買う諸侯などいない。
光輝としても、それを行って織田政権の不協和音と内外に広げるわけにもいかず、光輝は朝鮮の事など存在しないかのように振る舞った。
信長も、それはありがたいと思っている。
彼も、このまま朝鮮戦線を膠着状態にしようとは思っておらず、どうにか日の本が優位の講和を結ぼうと懸命に努力しているのだから。
それと、当初は日の本の経済に大ダメージを与えると思われていた朝鮮出兵であったが、実はそこまで深刻というわけでもない。
勿論津田家というイレギュラーがいるからであったが、最低でも停滞、中には経済発展している地域もあった。
津田領である関東、東北、蝦夷、樺太などは成長著しく、北陸、濃尾、畿内、四国なども悪くはない。
出兵で財政が破綻寸前の諸将も多かったが、それは諸将の家の財政だ。
地域経済でいうと、下手に領地から重税を搾り取って一揆になると信長から減封や改易されてしまうのでそれを行えず、領地経営では不安定要素ともいえる旧国人、地侍衆を朝鮮に土地を与えると言って送り出しているので、統治が安定化しているのも事実であった。
勿論、兵を出している諸将で借金に喘ぐ者も多い。
そのせいで、国内の景気について問われると微妙という評価が多かった。
誰が見ても悪ければ織田政権は不安定のままであったが、石山城の建設と周辺の開発に、畿内の統治体制の効率化、津田領の爆発的な発展があり悪くはない。
朝鮮出兵に伴う出費で成長が阻害されているが、わずかではあるがプラスに転じている。
国内統治が信忠に任されているので、彼が独自に人材を集めて対処しているからだ。
「津田家の正月が気になるな」
「普通ですよ、本当に」
「普通か」
光輝が津田家における正月の様子を説明すると、信長は興味深そうに聞いていた。
「餅つきか……」
「(そこに一番飛びつくのか……)」
信長は、お年玉の件はスルーした。
子供と孫の数を考えて、その出費に躊躇したのかもしれない。
光輝は不謹慎にも、『大殿は案外ケチだな』と思ってしまった。
「ミツ、餅をつくぞ」
「はあ……」
信長は、思い立つとすぐにそれをやりたくなってしまう性分だ。
光輝に餅つきの準備を命令した。
何となくそんな予感がしていた光輝は、事前に準備していてよかったなと思いながら、急ぎ餅つきの支度を始める。
「まずは、もち米を蒸さないとね」
早速今日子が蒸し器で大量のモチ米を蒸し始め、きな粉、餡子、ずんだ、みたらしなど、餅につける具の準備を始めた。
「ミツ、美味そうだな」
「これはこれで美味しいのですよ」
光輝は、持参した切り餅を七輪の上で焼き始める。
餅が次第にふくれてくると、信長は子供のように目を輝かせた。
「餅が膨らんだら、砂糖醤油につけて、海苔で巻いてと……」
光輝は磯辺焼きを作ると、最初に信長に渡した。
「これも美味いな!」
石山城の中庭において、信長と光輝は餅つきを見ながら焼き餅を食べていた。
蒸されたモチ米が臼の中に入れられ、光輝についている若い家臣達が気合を入れて餅をつき始める。
光輝の傍にいると年末年始は必ず餅をつかされるので、彼らは慣れた手つきで餅をついていた。
暫くつくと餅は完成し、今日子が食べやすい大きさにしてから餡子やきな粉を添えて信長に出す。
「きな粉も、餡子も最高だな」
「大殿、納豆やオロシ大根も美味しいですよ」
「ずんだ、ごま、くるみ、砂糖醤油、バターも準備しておきました」
信長達は、光輝と今日子が準備した餅つきを大いに楽しんだ。
次々とモチ米が蒸され、臼と杵でつかれて餅となり、一口大に切り分けられてから色々な物をからめて食べていく。
「ミツ、このばたーとは酪の親戚のようなものか?」
「乳製品ですから、似たようなものかと」
津田領では、肉牛よりも先に山羊と乳牛を用いた乳製品の生産が始まっていた。
バターは温度管理の問題があるので出回っている量が少ないが、チーズは江戸などで徐々に食べられるようになっている。
今回光輝はバターを持参し、それを餅にからめて信長に出していた。
「溶けたばたーと醤油の組み合わせは最高だな」
信長はつきたての餅を大いに気に入り、光輝から蒸し器、臼と杵、津田領産のモチ米を入手する。
そして、つきたての餅が食べたくなると小姓などに餅をつくように命令するのであった。
「我の小姓たる者、餅を上手くつけて一人前である」
小姓達は餅をつきながら『そんな無茶な!』と思ったのだが、これが不思議な事に餅をつくのが上手い者ほど、後に名を残す武士が多かったのも事実であった。
「お蘭! 餅をつけ」
「ははっ!」
既に小姓ではなかったが、信長の傍にあって一番餅をつくのが上手かったのは森成利であった。
「たかが餅つきと侮るな。餅を蒸している間の準備の手際、蒸したモチ米は最初は丁寧に潰してからつかないとモチ米が飛び散って勿体ないし、見た目も悪い。臼と杵を十分に水に浸けてあるか? でなければ、木片が餅に混じって不味くなる。こういう細かな点に配慮して餅をつける小姓が優秀でないはずがないのだ」
信長はブラック企業の経営者のようにもっともらしい事を言って家臣達を感心させていたが、光輝には『ただ信長が餅を好きなだけなのでは?』という疑念が永遠に抜けないのであった。
「餅は、砂糖醤油と海苔か、ばたーしょうゆが最高だな。きな粉とずんだも捨て難い」
信長は、こよなくつきたての餅を愛するようになるのであった。




