第六十二.七五話 行軍食とご当地バーガー
「みんな、休憩の時間だぞ!」
江戸にある練兵場では、多くの将や兵士達が常時訓練を行っている。
常備兵である彼らへの訓練は厳しいものとなっていたが、訓練マニュアルは今日子が作成したので、昔の部活動みたいにただ厳しいだけではなかった。
効率を重視し、定期的に休憩なども取るようにとマニュアルには書かれている。
今も新兵を鍛えていた井伊直政が兵士達に休憩を命令し、自分も水分を補給していた。
脱水症状と熱射病を防ぐために津田家で開発された、スポーツドリンクである。
勿論、これもまだ試作品であった。
塩飴から、水に溶かして飲む製品の開発を進めていたのだ。
「甘いのかしょっぱいのか判断に悩むが、動いて汗をかいていると美味しく感じるな」
直政は、昨日妻にもスポーツドリンクの粉末を持って帰ったのだが、あまり美味しくないと言われてしまったのを思い出す。
今日子を除く女性陣は、直政達男性陣のように激しい運動をしているわけではないから、普通のお茶やジュースの方がいいと言われてしまったのだ。
「おーーーい! 万千代!」
「何だ? 孫六」
休憩をしていると、同じく新兵を鍛えていた岸嘉明が声をかけてくる。
信輝の御付きを続けながら軍の指揮官や政務官の勉強を続けている二人は年も近いので仲もよく、共に信輝の双璧と称される存在になっていた。
「お昼に、新しい行軍食の試食だそうだ」
「またか?」
「そうは言うがな、万千代。これは大殿の案だそうだぞ」
「そうなのか! さすがは大殿!」
直政は光輝から今の身分に引きあげてもらい、その才能を見込まれて娘婿にもなっているので、彼を神の如く崇めていた。
行軍食が光輝のアイデアだと知ると、無条件で絶賛している。
「大殿の考案だとすると、美味しいものではあると思うが……」
警備隊で使えるかどうかは、ある程度検証しなければいけないと嘉明は思っているが、最悪使えなくても光輝はすぐに民間に流して金儲けのネタにしてしまう。
その姿勢を非難する武士も多かったが、津田家は金持ちだからこそ贅沢な装備を持ち、大量の常備兵を抱えて強かった。
行軍食についても、主に年寄りの武士の中には『糒と味噌玉と梅干しがあればいいのだ!』と騒ぐ人もいた。
だが実際に戦場に出てみると、美味しい食事がどれほど士気に影響するのかを、嘉明は目の当たりにしている。
嘉明も光輝に対しては、ただ戦場で槍を振るう武士とは別次元の存在なのだと、畏敬の念を覚えていた。
「行軍において、食事は重要だからな。常に研究は必要なのであろうな」
お昼になったので嘉明と直政が光輝の下に行くと、既に昼食が準備してあった。
彼が準備したのは、いわゆるファーストフード。
ハンバーガー、ホットドッグ各種に、チキンナゲット、フライドポテト、フライドオニオンであった。
「試食してみてくれ」
「「いただきます」」
嘉明と直政は、試食を開始する。
ハンバーガーとホットドッグは手で気軽に食べられ、味も美味しかった。
軍事行動中は栄養を必要とするので、その条件も満たしていると思う。
だが、行軍食で使えるかは微妙なところだと二人は思っていた。
「大殿、これは意外と作るのに手間がかかるのでは?」
「行軍する時はもっと具材を簡素にするか、作り置きが前提だな」
「それにしても、肉は行軍中には焼けませんよ」
確かに、嘉明の言うとおりだと光輝は気がついた。
ファーストフードを行軍食にするには、梅干し入りオニギリよりも負担が大きいと。
「うーーーむ、野戦食に変更だ。野戦陣地なら……」
ところが、ハンバーグやソーセージ、パンの入手などに手間がかかる事に光輝は気がついた。
まだまだファーストフードの普及には、長い時間がかかるというわけだ。
「仕方がない。開発に時間をかけた以上は、これを徐々に普及させるしかあるまい」
以上のような理由で津田家警備隊でのファーストフード採用は延期となり、代わりに江戸城近くにおいてファーストフード店がオープンした。
店舗の内装などは未来のファーストフード店と大分違ったが、要はハンバーガーなどが販売できればいいのだと光輝は割りきる。
メニューも牛肉の流通量がまだ少ないので、チキン照り焼きバーガーとか、白身魚フライバーガーとか、ソーセージ入りのホットドッグのみであった。
ジャガイモとタマネギは津田領での生産が始まり、トマトも同様なのでケチャップの生産も始まっている。
品種はカナガワの自動農園にある品種改良品だったが、念のために海外からも原種も取り寄せ(密輸)、品種改良も進めていた。
マヨネーズ、マスタード、ソースも生産が始まっている。
生産量が少ないのでファーストフードなのに値段が高かったが、珍しさと美味しさから多くの客が詰め掛けていた。
「とにかく、普及させないと単価が落ちないからな」
「みっちゃん、結局コストの関係で軍に採用は無理なんじゃないの?」
「梅干し入りオニギリと缶詰が万能な事実を改めて理解したな。こっちのファーストフードは、珍しい商法で単価高めで行くか」
「そうだね」
そんなわけで、津田領の数ヵ所で似たようなお店を次々とオープンさせた。
ただし、フランチャイズする意味がこの時代ではなかった。
冷蔵、冷凍品を各お店に配送するわけにはいかないからだ。
そこで、現地の食材で色々な商品が開発される事となる。
フライドポテトとフライドオニオン、チキンナゲットは別として、ハンバーガーはバンズに具材を挟むだけ、ホットドッグも切れ目を入れたパンで具材を挟むだけなので、各地でご当地バーガーとホットドッグが生まれた。
「ホタテバーガー、鮭フライバーガー、エゾ鹿バーガー、鹿肉バーガー、猪肉バーガー、カニコロッケバーガー、クジラ竜田バーガー、マグロメンチバーガー、フグバーガー、サンマ龍田揚げバーガー、鯰バーガー、イカフライバーガー、エビフライバーガー。色々あるなぁ……」
「ホットドッグも、バーガーと具が被る事が多いみたい。卵サンドだけは私が作ってみたけど。あとツナもね」
「ツナは、オニギリに入れても美味しいな」
津田領ではツナ缶の生産も始まっていたので、これも色々と使い道があった。
今日子がマヨネーズで和えて、オニギリやパンに挟んでツナサンドにしたのだ。
「正直、微妙な味のもあるけど、これはじきに洗練されていくよな?」
「試行錯誤しないと、味が進化しないからね」
こうして江戸に続き、津田領の各地に津田家直営のハンバーガ屋ができた。
フライドポテトなどのサイドメニューはほぼ統一し、現地で手に入る食材のバーガーやホットドッグを出す。
まだ高級品扱いであったが、珍しさから多くの客が詰め掛けていた。
「津田様、『はたはたばーがー』と『はたはたさんど』です」
そしてなぜか、出羽織田家の筆頭家老堀秀政が酒田にも似た店をオープンさせ、ご当地バーガーであるハタハタバーガーの試作品を光輝と今日子に献上した。
津田家の店舗の様子を参考に、マニュアルもないのに一から店舗をオープンさせてしまう。
名人と呼ばれている秀政らしい有能ぶりであった。
「ハタハタバーガーか……」
秀政は独自に料理を学び、オリジナルのハタハタバーガーを完成させた。
ハタハタのフライと野菜をバンズに挟み、今日子から教わったタルタルソースを挟んだ一品だ。
二人で試食すると普通に美味しかったが、すぐにこのバーガーの欠点を見つけてしまう。
「美味しいけど……他の白身魚との差異が薄いわね」
「うっ……その弱点には気がついておりましたが……」
今日子からの指摘に、秀政は悔しそうな表情を浮かべる。
光輝には、秀政が昔に読んだグルメ漫画の登場キャラのように見えてしまった。
調理して出品した品をグルメな審査員的なキャラに否定され、それが図星で落ち込んでしまう役だ。
「よく出来ているとは思うよ(というか、本当は他の用件がメインなんだけどなぁ……)」
秀政が江戸に来たのは、出羽織田領の開発状況についての報告と、それに付随する交渉のためのはず。
と光輝は思うのだが、秀政は大切な他の用事を放棄しているわけではない。
名人のあだ名に相応しく、そこは抜かりなく終わらせいる。
試食品の披露はあくまでも余技の類であったが、秀政はそこでも手を抜かなかったというわけだ。
「わかりました。次に江戸に来た時には、新しいはたはたばーがーをお披露目いたしましょう」
そして数週間後、秀政は再びハタハタバーガーを光輝と今日子に献上した。
「前回のとの差は……何だと!」
「これはパンではなくて、お米のバーガーじゃないの!」
光輝と今日子は、自分達も失念していたライスバーガーを仕上げてきた秀政に驚愕する。
「ご飯のばーがーに、ハタハタ、山菜、松茸の天ぷらが挟んであるわ!」
「しかも、ソースも和風だ! 醤油、味醂、酒に……これはハタハタの魚醤が隠し味に!」
光輝と今日子は、独自にライスバーガーを編み出した秀政に感心した。
ハタハタバーガー自体も、特徴があって美味しい味に仕上がっている。
「これには脱帽したわ」
「酒田のお店で出す予定です。他にも、比内地鶏やその卵を使ったばーがーやさんども販売いたします」
こうして秀政の活躍により、酒田のファーストフード店には多くの客が詰め掛けるようになった。
津田領でもライスバーガーの販売が始まり、この世界におけるライスバーガーの発明者は堀秀政であると、後世まで伝えられるようになるのであった。
「今日子……」
「みっちゃん……」
秀政が江戸を去った後、二人は顔を見合わせて叫んだ。
「「まるで、グルメ漫画みたいだ!」」
秀政が一度は評価されなかったハタハタバーガーを改良し、今度は好評価を受ける。
まるで漫画のような展開に、そう叫ばずにはいられなかったのだ。
そして、この話を清輝夫妻が聞きつける。
「この話の顛末を本にして売る! だがしかし! 堀秀政は美少女設定で!」
「旦那様、主人公の助手は年下の美少年にしましょう。十歳前後がいいです」
「そうだな(孝子、今度はショタキャラか?)」
清輝と孝子はグルメ漫画のような作品を作り、全国に津田領で開発された料理やその作り方を伝え、津田領産の食材のアピールに利用する。
他の領地でも生産されている食材が多かったが、『津田領産の食品は高品質ですよ。その分高いけど、高品質だから! 違いのわかる人は御用達にしているから!』と宣伝をしたのだ。
その試みは成功し、これにより津田家は高級食材の産地としても有名になっていくのであった。
「何々……『我は、石山にもばーがー店を開店させたぞ。こちらでは、鳥肉の照り焼き、そーせーじ、たこの唐揚げなどを挟んだ物が人気だな。あとは、たこ焼きを挟んだばーがーやさんども人気だ……』出た! 炭水化物を炭水化物で挟む荒業が!」
光輝は、この世界でもコナモノでご飯と味噌汁を食べる人達が現れ始めたという情報を掴んではいる。
そして、それがハンバーガーやサンドにも広がった事を知り、歴史は繰り返すのだなと驚きを隠せなかった。




