ディアーラの氷華
不安を抱きながらも成り行きを見守るヴィルヘルムをよそに、オークションは白熱していった。
サミュエルは他者から値段の提示があるたびに、すいすいと手を挙げてディアーラの珠玉の値段を釣り上げていく。
「四十五万ターラ、他にありませんか? あっ、ボックス二十番の旦那様、五十万ターラ、五十万ターラが出ました。ありがとうございます」
「おい馬鹿、人の金だぞ⁈ 諦めろよ」
だが、それにいらえはない。
ヴィルヘルムはサミュエルの袖を引いて、邪魔をするなとばかりに睨むマスクの下の眼光に慄いた。
ノーザンバラ帝国とベルニカ王国が戦っている時、連合王国への参加を求めて初めて秘密裏に会談した時と同じ目をしている。
これは止められないと、ヴィルヘルムは腹を括って、サミュエルと他の入札者の静かな争いを見つめた。
「九十五万ターラで落札とさせていただきます」
サミュエル以外手を上げなくなったところで、軽やかに槌の音が鳴り、ヴィルヘルムはゆっくりと息を吐いた。
なんとか競り勝ったが、ディックから預かってきた金は大金貨十枚、百万ターラ。先程の青磁と併せてほぼぴったり、金貨一枚分残るかどうか、といったところだ。
「なあ、買う必要があったのか? ここまで突っ込むのはまずいだろ。彼女が売られていた場合に備えて預かった金だぞ。この後必要になったらどうするんだ?」
ヴィルヘルムの詰問はすくめた肩でさらりと躱された。
「オークションに出てこなかったんだ。問題あるまい。ま、なったらなったで、なんとかするさ」
普段と同じ軽さで言おうとしたのだろうが、その響きは低く沈んで剣呑なままだ。
「なんとかって……」
「なんにせよ、これであの宝石はエリアスの物になる。帰国したら公爵家で落札金に上乗せして買い取るからな。損のない取引だ。あいつだって文句は言うまい」
サミュエルは親指の先で人差し指の爪の間を掘り息を吹きかける。
あえていつものような動きをしているのが分かるだけに、逆に普通ではないのが透けて見え、ヴィルヘルムはサミュエルの顔色を窺った。
「そこまでこだわらなきゃいけないような宝石なのか?」
「…………」
「サム!」
「なに、大した話じゃない。ベルニカが連合王国に編入される前の因縁だ」
「大したことのない話なら聞かせろよ」
サミュエルの口はそれ以上開かなかったが、ディックや兄との間を取り持つのに必要だろうとヴィルヘルムは言葉を重ねて、なんとかその重い唇をこじ開けた。
「……あの宝石の本当の名前はディアーラの氷華。ディアーラの国宝の一つだった。妹とディアーラの王がやむを得ず離縁した時に、王に頭を下げられ、妹……そしてゆくゆくはオリヴェルにと託されたものだ」
根負けしたように口を開いたサミュエルは続ける。
「ディアーラの滅亡後、ベルニカはノーザンバラと直接刃を交えることになり、食糧も尽きた」
ヴィルヘルムは言葉は挟まず、頷いた。
自分とインテリオ公爵は最初からノーザンバラ帝国を裏切るつもりで行動していたが、帝国に与したように見せかけざるえない時期があった。
秘密裏に食糧を融通したが、露見しない程度の少量しか回せなかった。
寒冷で食糧豊富とは言いがたいベルニカは相当苦しかっただろうと思う。
ソフィアも彼女が赤ん坊の時、母親の乳が止まって自分を育てるのに苦労したという話を、子育ての折に触れて何度もしていた。
「妹にディアーラの氷華を供出させ、それを対価に得た糧食で兵を養った。戦後、余裕ができて買い戻そうとした時には遺失していた」
見つけたら買い戻そうとは思っていたが、売ったこと自体は後悔はしていないと嘯くサミュエルの肩を叩いて、兄ならば理解するとヴィルヘルムは請け負った。
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