番外編 カスタネット
「あれ? このおしゃしん、なーに?」
杏が小首を傾げ、アルバムの写真を指差す。
ある日の夕方。家のリビングで、俺も背後からひょいとアルバムを覗き込んだ。そこにあったのは、俺と俊樹が保育園児だった頃の写真だ。
「えっと、俺たちが五歳の時……杏と同い年の頃の写真だな」
「ハルおにいたんたちが手に持っているのは、なに?」
「カスタネット。確か、学芸会で合奏をした時に使ったんだよ。懐かしいな……」
俺はその場に座り込んで、アルバムから写真を取り出した。
お揃いの白いTシャツを着た俺と俊樹。俺は必死そうな顔で、俊樹もまた必死そうだ。
そう、どちらも一生懸命カスタネットを叩いていたのだ。
「たのちそう。いいなー」
「じゃあ今度、一緒にカスタネットを叩くか」
「うんっ」
杏は満足したのか、俺たち三姉弟のアルバムをぱたんと閉じ、棚に戻した。次はまた、タブレットで夢中になっている動画の視聴を始めてしまう。
やれやれ。俺ともっと遊んでくれてもいいのになぁ。ちぇっ。
ちなみに今、玄水さんは夕食の準備中だ。もう一時間も経ったら、俊樹も仕事から帰ってくるはずだ。
それまで俺も、ちょっとスマホでゲームしようかな?
ソファーにごろりと横になって、スマホのゲームに夢中になっていた時だ。玄関から扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー」
あっ。俊樹だ!
俺はスマホをテーブルの脇に置き、杏を連れて玄関にいそいそと向かう。途中、廊下で俊樹と鉢合わせた。
「おかえり。俊樹」
「トシおにいたん、おかえり」
俺たち二人に向かって、俊樹は「おう」とだけ返してさっさと二階に上がっていってしまった。むむっ、いつもそうだ。
腹立たしいので杏と一緒に二階の部屋についていった。俊樹は呆れ顔だ。
「すぐに一階に行くのに、いちいちついてくんなよ」
「別にいいだろ。な、杏?」
「あんずはハルおにいたんについていってるだけ」
俊樹は「ぷっ」と吹き出した。げらげらと腹を抱えて笑う。
「俺はついでかい。正直すぎるだろ、杏姫」
「そ、そんなことないって。杏は俊樹とも話したいんだよ」
俺がフォローを入れても、別にどうでもよさげな俊樹だ。杏の頭をぽんぽんと軽く叩き、部屋着に着替えた。
「行こうぜ」
すたすたと一階に下りてしまう俊樹の背中を、俺と杏も追いかける。姉さんがここにいたら、「本当にハルは俊樹っ子ねぇ」と苦笑いするだろう。
俺はそんな俊樹の大きな背中を見つめる。保育園時代のカスタネットの記憶が、脳裏に浮かんだ。
あの写真は……俺はただ単にリズム感皆無だから一生懸命、鳴らしていただけだ。でも、俊樹が一生懸命だった理由は、俺とはちょっと違って。
実は俺の下手さを誤魔化すために、わざと下手くそに鳴らしていたんだ。俺を周りからのからかいから守るために。
俊樹は昔からそういう兄貴だから。だから俺は--俊樹のことが大好きなんだ。
『ハルマサ、下手くそー』
『う、うう……』
からかわれてちょっと涙目になっている俺の横で、俊樹がさらっと言った。
『オレのほうが下手だよ。からかうならこっちだろ』
そう言ってわざとカスタネットをめちゃくちゃに叩き、嫌がらせのように大きな音を立てていじめっ子たちを撃退してくれた。
おかげで学芸会もちょっとハチャメチャになってしまったけど。今ではみんな笑い話だ。
「俊樹」
「ん?」
「いつもありがとう」
「はぁ? 急になんだよ」
意味が分からないといった顔をしつつも、多少は嬉しげな俊樹。
そこへ、玄水さんが現れた。
「みなさま、夕ご飯の用意ができましたよ」
「「はーい!」」
「……」
俺と杏は元気いっぱいに返答し、俊樹は無言で台所へスタスタと行く。
ありふれたいつもの日常。平和でとても--幸せだ。
いつまでもこんな毎日が続くといいな。
ご拝読ありがとうございございました!




