大団円・終
***
「にゃあ。」
アスファルトの黒い帯が急角度で折れ曲がるその場所で、ガードレールは引き千切られた銀色のリボンのようにあらぬ方向を向いている。その数十メートル下、鬱蒼と茂る植物をなぎ倒してひっくり返った灰色のセダンがそこにあった。
搭乗していた人間は車外に投げ出され、四肢はあらぬ方へ折れ曲がり、一人は木の枝に引っかかり、もう一人は木にもたれかかるようにして倒れている。
群がった人の面をした野犬の群れが飛び出した腸を無心に食い漁っている様子を、「私」は拾ったスマホのライトで照らしながら見下ろした。
「晦か……――――」
「勝。」
気にもたれかかる猿顔の男はまだ息があった。
左目は潰れ神経が孔から飛び出している。残された右目も、もはや光すら通さない有様であったが、顔を上げて申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「いやはや無様な事よ。あなやまこと無意味な生であった。」
「そんな事言うなよ。楽しかったろう?千鶴と俺と3柱で幼馴染ごっこ。」
「否、そうでもなかったな……――――あのジャジャ馬ならぬジャジャ龍の世話は疲れる。」
「それに関しては同意だけどさあ……」
一応、119をダイヤルしたが恐らく救急車が到着する前に息絶えるだろう。ズボンのポケットからタバコを取り出すとライターで火を付けて日吉勝の口元に差し込む。こぼれ落ちないように支えると日吉は最後の力を振り絞って深く煙を吸い込んだ。
「戌は?」
「無事に黄泉に送ったわ。やれやれ世話が焼けるわ……」
「あと酉と未か?ふふッ……骨が折れるの。」
「笑い事じゃないわ、ほんまに……お前もすぐ戻ってこいよ。村上八朔との約束を守っちゃらにゃあいけん。」
《《12月31日の大朔祭》》までに《《どの御使いにも捕食されなければ》》、朔也は《《賞味期限》》を迎える。
人として生かすか神として迎えるかはまだ保留だが約束した以上、「私」は責任をもってその生命を守らねばならない。大きな畜生を退治した御使いに馳走を振る舞うという縛りそのものを破棄してもよかったのだが、それはそれで後々の扱いが面倒だ。徐々に生気を失っていく日吉の眼球を眺めながら今後の事をぼんやりと考える。
「良いのか?拙僧が喰らうかもわからんぞ?」
「お前は大丈夫じゃろ、赤子しか食わんし……」
「あなやまことに。けったいな信頼をされたものよ……」
「ではまた来世……」と呟くと日吉は静かに息絶えて唇で挟んでいたタバコを腹へ落とした。
血で濡れた衣服の上でかき消された炎が煙となって辺りに揺蕩うのを「私」はただ眺めていたが、すぐに飽きて視界を藤原と朔也へと向ける。
無垢故に俗悪に心を開き始めた少年と、俗悪故に無垢に縋る男。
互いに希望を見出した二人だが、彼らの人生に救済はない。
藤原が愛し求めた男とは永遠に再会が叶うことは無いし、朔也が待ち続ける兄は自身の檻に閉じ籠もったままだ。
楽園は存在しない。
彼らが望む、新たな別の地獄の入口に立っただけだ。
それでも良い。
ごめんなさいという、簡単な謝罪すら出来なくとも。
いいよ、と無責任に赦す事が出来なくとも。
――――もう、孤独に苛まれることはないのだから。
「ごめんね二人とも。それでも……――――」
呟いた詫び言は、野犬の遠吠えにかき消されていった。




