3. ファラビットの討伐
クリクリとした目、ピョコンと立った長い耳、愛らしい鼻や口。それに首から背中にかけての丸い曲線と、少しサイズが大きいが現実のウサギとそう大して変わらない可愛さのファラビットに武器を向けるのに抵抗が無いと言えば嘘になる。
だがしかし僕は姪からの期待を受けているのだ。引き下がるわけにはいかない。心を落ち着かせた僕は腰から短剣を引き抜いた。
「すまないウサギさん、お前に恨みは無いが僕の経験値として糧になって貰ごふぁっ!?」
「あんちゃん!?」
ちょっ待っ……ウサギ強ぇ!
勢いよく飛び跳ねての頭突きが僕の腹に突き刺さり、突き飛ばされたように尻もちをつく。今のでHPは30から4減ったようだ。額の突起がもっと尖っていたらこんなものでは済まなかっただろう。
すかさず僕は立ち上がり、体勢を立て直す。どうやら最初のモンスターなだけあって連続攻撃はしてこないらしく、ファラビットは二足歩行で左右にステップを踏みながらこちらを様子見しているようだ。待機モーションかわいいなオイ。
「くそっもう油断はしないぞ! はぁっ!」
「キュッ! ギュッ……ギュィーッ!?」
今がチャンスだと判断し、初期装備に選んだ短剣を構えて素早く距離を詰める。普段の感覚より深く踏み込むのがポイントだ、腕の長さが違いすぎるのでさっきのチュートリアルでは動かないカカシ相手にも外したぐらいだからな。
それでも初撃は空振りだったものの、続けて連続で斬りつけて3回攻撃を当てたところで倒せた。あまり何度も姪に無様な姿を晒すわけにもいかないので、気合いと根性で間合いは修正している。
「ふぅ……強敵だった」
「おつかれあんちゃん! かっこよかったよ!」
「最初の頭突き喰らった時はもうダメかと思ったけどね」
「あはは。でもちゃんと1人で勝てたし、えらいねーよしよし」
「ちょっ……」
そして敵を倒して油断していると、不意に姪に頭を撫でられた。今までは身長差があってこんなことはなかったけど、今では僕の方が少し低いぐらいだ。その気になれば容易に撫でられる。
「る、るぅちゃん。見た目がこんなでも中身は僕だからね? あんまり年下の女の子にこういうことされるのは……男として恥ずかしいというか」
「えーちょっとだけ! ちょっとだけだから、ね? いいでしょ? 別にリアルでもやるわけじゃないし!」
「……ちょっとだけだよ?」
「やったー!」
しかし断り切れず仕方なく許可を出すと、姪は引き続き僕の頭を撫で続けてご満悦だった。自慢じゃないが僕は姪に甘いのだ。こんな幸せそうな表情でやってることをやめさせることなんて出来るはずがない。
「はわぁ……ちっちゃくなったあんちゃんかわいいなぁ……しかももふもふも付いてるし」
「んんっ!? あっ、そこっ耳のとこはっ……! や、やさしくしてっ……?」
「……ッ!? う、うん。ごめんねちょっと強かったかな? ま、まぁ今回はこれぐらいでいいや! 次いこっ!」
「うん……そうだね」
……今のは危なかった。姪に狐耳を触られて変な声が出てしまった。少し驚かれてしまったし、流石にこの歳で今のがどういう声なのかは分かってないとは思うけど引かれてたらどうしよう。
それに20歳年下の少女に撫でられるのはなんだか精神的にも気持ちよくて、危うく何かヤバい物に目覚めるところだった。ちょうど終わってくれて助かった。
そのあとは少し会話がぎこちなくなったものの、狩りに没頭することでなんとか誤魔化せた。目的があって本当によかったと思う。
と、そんな風に徐々に手慣れていきながら無心でファラビットを倒していたらいつの間にかPTでの合計討伐数が30匹に届いていた。
「あっ、クエスト終わりかな?」
「ん、そだね。でももう1個別のクエストでファラビットのドロップアイテム納品するやつも受けてあるから、そっちの分も集め終わったら報告かな?」
だがどうやら姪は僕がクエストボードの前で羞恥心にメンタルを削られている間に他のクエストも受けていたらしいので、折角だからそれもクリアしてしまうことにした。
これまでの戦闘で操作にも慣れてきたのもあって、追加分のドロップアイテムはすぐに集まった。
しかし数を確認するためにインベントリを覗いてみると、見慣れないアイテムがいつの間にか入っていた。
「ん? これは……」
「あんちゃんどしたの? なんか良い物でもあった?」
同じようにアイテムの確認をしていた姪がこちらを見て訊ねる。そんな彼女のリアルと変わらぬ綺麗なセミロングの黒髪をチラリと見て、似合うだろうなと思ってその装備を取り出す。
「うん、なんかアクセサリー? ドロップしてた。似合いそうだしるぅちゃんにあげるよ」
「えっくれるの!?」
僕が黄色い星型の髪飾りを差し出すと、姪はとても嬉しそうに目を輝かせた。最初のモンスターからのドロップだしそんなに喜ぶほどのものではないと思うけど……まぁ女の子ってアクセサリーとか好きだしな。
そんなことを思いながらも慣れない操作でトレード機能を使って装備を手渡すと、姪は早速装備してみせた。
「えへへー似合う?」
「うん、やっぱり似合ってる。僕の目に狂いはなかったな!」
喜んでくれてなによりだ。この笑顔を見るために生きているといっても過言ではない。明日からも仕事が頑張れる。今日は土曜日だから明日は仕事ないけど。
「ふふ、嬉しいなぁ。あっでも本当によかったの? 折角あんちゃんがドロップしたのに」
「まぁファラビットからのドロップだし、売っても二束三文だろうから。それならるぅちゃんが使ってくれた方がいいかなって。もちろんもっと強い装備が手に入ったら遠慮なく変えてくれていいけど」
「売ってもって……自分で使うって発想は無かったの?」
「えっ流石に髪飾りはキツイかな、僕男だし」
「でも今かわいい女の子の見た目だよ?」
「あっ……」
おっとうっかり自分がロリ巨乳狐娘であることを忘れてたぜ……!
だが言われてみればそうである。今のこの見た目なら女性向け装備も使えるのだ。というかおそらく女性用装備しか着れない。
しかしまぁ、それでも結果は変わらないだろう。僕は腰まで届く長い黄金色の髪を少し掴んで見つめる。
「結局るぅちゃんの方が髪色的に似あいそうだし、これでいいよ。それに僕の方はアクセサリーとかにも興味ないし」
「んーそっかぁ。じゃああたしが今度あんちゃんに似合いそうなものドロップしたらあげるね!」
「ありがとう、期待してるね。……っと、もうこんな時間か」
「あっ! 本当だご飯いかなきゃ!」
メニューから時計を確認してみればちょうど12時を回った辺りだった。僕の方は多少融通が利くが、姪の方はいつまでもゲームをしてるわけにもいかない。
「じゃああたし一旦落ちるね! またあとで!」
「うん、僕もお昼にするからゆっくり食べてきていいからね。他にやることもあるし13時ぐらいにまた」
「はーい! バイバイ!」
そう言って手を振りながら、姪はログアウトしていった。去り際までかわいい。
「さて、と」
続いて僕の方もログアウトするためメニューを開く。あとはそのボタンを押せばゲームを終了できる、のだが。
「……はぁ、まぁログアウトするしかないか。お昼食べながら今後の方針を考えるかな」
ゲーム内でならまだしも、現実世界でこの体と向き合うには少し覚悟が必要だった。
それでもこの先避けては通れない事実ではあるので、少し深呼吸してから僕は意を決してログアウトボタンを押した。