不動心とは?第二話
不動心とは、心が動かないのではありません、
もし心が動かないならば、それは「感覚」を麻痺させ「感情的」にならないようにさせているだけです。
例えば、ショックなことがあり、トラウマになって、心を閉ざしたりしたり、
精神科の薬で脳の機能を麻痺させたり、中には、「微笑みの仮面」を身につけて。
いつでも穏和な性格に見せかけている人も沢山います、しかし内面に感情を抑圧していたら。
心理学者フロイトの言っている通りに「抑圧したものは必ず噴出する」
で、例えば、無意識の時にそれが出たりします、無意識の状態とは、酔っ払った状態と同じなんです。
内面と外面が全く違ってたり。
だから、普段は穏和な人が性格が変わったように横暴になったりします。
あれは無意識に抑圧したものが時間が経つと、
空想の中で何度もネガティブなことを再体験してしてしまい被害意識が強くなったり被害妄想的になり。
歪んで表現されていたり誇張されてしまったりする場合がありますので。
結構、大切なところなんですね。
例えば普段、失敗したときに「笑われた」じゃなくて「笑わせた」という受け止めかたに変えれば。
ネガティブがポジティブに転換します。
「あ~あまた失敗した」より、自分だけでもいいから「私ってウケる❗」って思えれば、
他者にも爽やかに「ごめんなさい❗」って言えるから不思議です。
この「外に開かれたオープンな態度」というのは非常に大切だったりします。
それでは、また「不動心」について、
深い瞑想状態に入ってみればわかりますが。
雑念を無視して、心の揺れを観察してみます、その、心の揺れを観察している自分自身こそが「意識」です。
だから、「不動心」とはむしろ心が揺れることを、許すことであり、その心を観察している自分という「意識」を確立することなのです、
心が動かないと感動も共感もできません、全く孤独になってしまいます。
だから、つまり「意識的に生きる」ことです。自分の感情を観察しながら適切に表現する術を確立することなのです。
会話やユーモアのセンスやスポーツ観戦やカラオケや読書に映画鑑賞、音楽や芸術性、様々な表現方法がありますね?
以前に、視点や観点や価値観が変われば、悲劇は喜劇に変わる、と申しましたが。
つまり、この喜怒哀楽という感情も、陰陽表裏一体です。
例えば、悲しみを麻痺させて感じなくなったら、喜びも感じられません、
ネガティブとポジティブも陰陽表裏一体です。
「もう笑うしかない❗」その時、悲劇が喜劇に引っくり返った瞬間です。
つまり自分次第で悲しみを喜びに自由に変えていける強い柔軟性を人間は持っています。
あなたは素晴らしい存在なのです。
そしてネガティブな感情もポジティブな感情も同様に素晴らしいものです!✴




