現象世界「幻想」(マーヤ)について。
現象世界は「幻想」(マーヤ)だといっても、現象世界で実際に「悪」を行ってよいはずがありません、もちろん。
じゃあどうしたらよいか?みなさん、夢が現実ならば、好きなことが出来るはずですね?
私は刑務所にいたときに、夢日記を毎朝つけていました、
実はこうした何もない環境だから、それを毎日続けることが可能なのですが。
夢日記をつけていくうちに、夢のディテールまで記憶するようになり、
とうとう夢の世界で意識的に振る舞うことが出来るようになりました。
つまり「これは夢だ」と意識しているので、好きなことが出来るのです。
それで夢の中で好きなように振る舞ったのですが。
意識の働いている時は、つまり顕在意識が働いているので、どうしても、自分の倫理観や道徳心があるので。
どうしても、悪事をしようにも、例えば、男性ならばおわかりになるかと思いますが(笑)
そういう事をしても、その瞬間に女性が鉄のオッパイになったりしてたりして。
そういう事は意識的には無理なんだってわかりました。恥ずかしながら(笑)
これは、何気無く書いていますが非常に貴重な体験かもしれません。
人間は「善悪のある存在」です、私ももちろん善悪の判断はあります。
しかし私が体験的に言えるのは、私は悪夢をよく見ます、
しかし、それがエンターテイメント形式なので嫌な感じがしないのですが、
何故か酷い目に逢うことが多いのですが、これは罪悪感の裏返しでしょうか?
みなさん、夢も現象世界も妄想も瞑想に深く入って体験する世界も、
すべて「幻想」(マーヤ)ということに注目ください。
そして「陰陽表裏一体」であることも、例えば、夢や空想で、人を殺してしまい満足しても、なんら罪にも罰にもあたりません。
それが罪や罰にあたるならば、作家は何度も死刑になるはずです。
だから、ここが問題のところです、本当に殺意を覚えたら。
さっさと空想の中でその思い自体を「始末」して現象世界に反映させないことです。
何故ならば、すべては「幻想」(マーヤ)だから、実は、夢でそうした問題を解決している人は実際に沢山いるのです。
これは私のテクニックでもあるのですが、私は夢日記をつけていたせいか。
夢をよく記憶しており、現象世界も夢の世界も「幻想」ですから。
陰陽表裏一体、現象世界の、うさを、無意識に夢の世界で解消してるようなのです、
バランスをとっている、といいますか?つまりこれも陰陽表裏一体なんですね?
理解して頂けたらと思います。




