社畜の夏は終わらない
社屋の屋上にある稲荷社があざらく神社?
そんなはずはない。
そう思いながらも、私は赤でプリントアウトしたリストを抱え、その夜屋上に足を運んだ……。
「社畜」の企みは成就するでしょうか?
暑い。とんでもなく暑い。暑くて気が狂いそうだ。
誰もがそう思っているが、口には出さなかった。
クールビズなどというおためごかしのせいで、28度設定になっているオフィスのエアコン、設定温度を下げると総務から速攻で注意が入る。腹が立つ。
私たちは早朝から深夜まで、このオフィスに釘付けされているのだ。
鳴り止まぬ電話。
常時紙を吐き出しつつあるFAX兼用複合機。
キーボードの音。
無駄な私語が続くと、課長席から声が飛ぶ。
ああ。うざい。
唯一、許容されている社内メッセンジャーアプリで、愚痴が回ってくる。こっちも愚痴りたい。
私は、ふと、オフィスの向こう端にいる社員のメッセージに目を留めた。
「社屋の屋上にある神社、あれもしかしてあざらく神社じゃないかな?」
あざらく神社?
奇妙にひっかかるその言葉を考え、考え、ネット検索までした私は、それがとある都市伝説のネタである事を知った。
日本のどこかにあるその神社は、裏手にサメによくにた石があるのだという。その石の、口の中に、死んでほしい人のフルネームと生年月日を赤い文字で書いておくと、どこからともなく、あるいはとんでもないところから現れたサメが、ぱっくん! とそいつを喰ってしまうのだという。
しかしそんな呪いの神社のようなものが、社屋上の稲荷社であるものか。
はあ~。
くだらない事を考える奴がいるんだな。
その時は、ほんと、それだけだった。
けれども、私の気が変わったのは、その夜のことだ。
気が変わったのではない。
どちらかといえば、気が狂ったと言った方がいい。
帰る間際に命じられた残業のせいで、終バスを逃す事が決定した私は、社員名簿から、社長以下課長までのリストを、赤い文字でプリントアウトした。もちろん、生年月日つきで。
そして、仕事を終えたその足で、社屋の屋上に上がったのだ。
まさかと思ったけれど、確かにその石はあった。
その口の中に、プリントアウトを供える。
念のため、三拝一拍手して、逃げるようにその場を離れた。
翌朝のことだ。
「おかしいな、専務はもう家を出たはずだって奥さんは言うんだが……」
「おい、部長どうしたんだ、電車でも遅れてるのか?」
電話の受話器を握っていた課長が、苛々と受話器を置いた。
私は一瞬わけがわからず、隣席の社員に尋ねた。
「どうなってんだ?」
「わからないけど、上層部誰も連絡取れないらしいよ」
その途端、同僚も私も、唖然として課長席を見つめた。
受話器を取って、別のところへ電話をかけようとしていたらしき課長の背後に、サメ映画の宣伝にでも出てきそうな、巨大な「サメの口」が現れたのだ。
ぱっくん!
そんな音がしたような気がした。
課長をひとのみにしたそのサメは、悠然とオフィスに泳ぎ入ってくると、轟っと音をたててオフィスを通り抜け、壁の向こうへ消えていった。
「今の……なんだ?」
「……サメ?」
「課長は?」
いなかった。
課長も、次長も、部長も、専務も、常務も、社長も……。
その日、みんないなくなってしまったのだ。
ただ一人、私がリストに入れるのを忘れていた会長を除いては。
この会長の指揮のもと、関連会社や親会社から急遽たくさんの人事異動があり、会社の業務はほとんど滞りなく続いている。
良くなったところもあり、軋轢が生じたところもあった。
暑い。
とんでもなく暑い。
社畜の夏は終わらない。
私は、時々、あの巨大なサメの口を思い出す。
もしかして、あのサメは、私がもう一度赤文字のリストを供えたら、現れてくれるだろうか。