第九話 新しい国と、驚きの品質
騒動から数ヶ月。スピンドル王国は、セドリックとフィン王のもと、静かに、しかし確かに変わりつつあった。バロウズも、討伐ギルド長の座こそ退いたものの、今は新しい素材加工の指導役として、若手たちに睨みを利かせているらしい。
「隊長、スピンドルから荷物が届いてます」
届いたのは、大量の毛糸だった。丁寧に染め上げられ、驚くほど均一に紡がれている。
「これ、俺たちが送った原毛ですよね……? 別物みたいになってる」
ゴードンが目を丸くする気持ちも分かった。討伐で培われた素材加工の技術は、そのまま毛糸作りに転用すると、恐ろしいほどの完成度を発揮したのだ。糸の太さは寸分違わず均一で、色の染めムラもほとんど見当たらない。
「さすが、加工の国、といったところですね」
カイルも感心しきりだった。バルトなど、届いた毛糸玉を、まるで宝物のように両手で持ち上げている。
「これは……盾の耐久編みにも、良い影響が出そうだ」
「お前、真っ先にそこに行くのかよ」
同封された手紙には、種明かしのような一文も添えられていた。
「実は、モコさんたちにもご協力いただいています。毛皮そのものを持つ魔物と、加工の目利きに長けた職人が『共鳴編み』で息を合わせると、どちらか一方だけでは決して出せない仕上がりになるんです。糸を紡ぐところから、もう二人三脚なんですよ」
なるほど、と俺は納得した。腕利きの職人の技術だけでも、モコたちの上質な毛だけでもない。両方が、心から信頼し合って紡いだからこその糸なのだ。手紙の最後には、トビアスからの追伸もあった。
「加工の修業、思っていたよりずっと性に合っているみたいです。バロウズ様には、まだまだ叱られてばかりですが」
「フィン王も、モコに会いたがっています。良ければ、また皆さんで、遊びに来てください」
「隊長、これ、次のマフラーに使いましょうよ」
「そうだな。……せっかくだし、フィン王とセドリックにも、何か作って送るか」
バット丸が、興味津々に毛糸玉をつつき、モコたちも国境を越えて遊びに来るようになった。人と魔物、そしてスピンドルの国――かつては縫い目もなかったはずの関係が、少しずつ、確かな一枚の布になっていく。
その象徴として、王城の広間には、いま一枚の大きなタペストリーが飾られている。あの騒動の後、悠人・麻衣・セドリック、そしてモコをはじめとする魔物たちが、それぞれの流儀の編み目を持ち寄り、共鳴編みで一枚に「はいで」仕上げたものだ。
もっとも、制作過程は、決して和やかなだけではなかった。
「バルトさん、そこの模様、もう少し左に寄せてもらえますか」
「儂は職人ではない。図案通りにいかん」
「じゃあ、ゴードンに任せてみましょうか」
「え、俺ですか?」
張り切ったゴードンが引き継いだ途端、几帳面だった模様が、見る間に彼好みの不格好なネズミの意匠へと塗り替えられていった。
「待て待て、それは違う。全部ネズミにする流れじゃない」
「せっかくなんで、可愛くしようかと」
何度かのやり直しの末、ようやく完成にこぎつけたのが、この一枚だった。
人間の几帳面な模様、魔物の毛並みそのものの温かい質感、スピンドル仕込みの精緻な染め――三者三様の編み目が、継ぎ目も分からないほど滑らかに一つに繋がっている。
「編んで、繋ぐ。ほどいて、救う。そして、はいで、隔たりのない一つにする。」
異世界の空の下、俺は今日も、新しい毛糸に手を伸ばす。次はどんな編み目が、どんな出会いを連れてきてくれるだろうか。
(第三部 完)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
『編み物は剣より強し』第三部、完結です。
これにて、本編は完結となります。
思えば、事故に遭った大学生が、かぎ針一本を頼りに異世界へ飛ばされるところから始まった物語でした。
編んで、繋ぐ。
ほどいて、救う。
そして、はいで、隔たりのない一つにする。
編み物を通して、人と人、人と魔物、そして国と国が繋がっていく物語を、最後まで見届けていただけたことを嬉しく思います。
悠人たちの物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
この世界には、まだ語られていない物語があります。
同じ世界を舞台にした『伝説の編み図を編んだら、偉そうな毛玉が出てきた』も掲載しています。
一話完結として公開していた物語ですが、こちらも連載として続きをお届けしていく予定です。
よければ、こちらも覗いてみてください。
またどこかで、お会いできますように。




