聖女が死んだ日
草木の葉が落ち、街が白く染まる真冬の昼過ぎ。
吐く息は白く、肌は寒さと乾燥でひび割れ、手足は寒さで感覚がなくなっていた。
目の前には目を血走らせた大勢の観衆、そしてかつては婚約者だった男が親友の肩を抱いて壇上に立っている。
「エリシア、この恐ろしい魔女め!
お前は人身売買に手を染めただけでなく、呪術をつかい聖女を偽った!さらには国民からの寄付金や血税で享楽に耽っていたその罪は重い!よって、これより斬首刑を開始する…!!」
「エリシア、あんなに慈悲深く優しかった貴女が、まさか呪術に手を染めていたなんて……どうしてあんな酷いことを……」
国王となった元婚約者、マクシミリアン・グランディスから告げられた罪は全く身に覚えのないものだ。
親友だったリリアナ・シュタインはマクシミリアンの胸に擦り寄り、美しい涙を落とす。それはまるで舞台のワンシーンのようだった。
孤児院で育ち、神聖力が発現したことがきっかけで神殿に引き取られた。卓越した神聖力をもつ私は予言により聖女に認定され、毎日女神様に祈りを捧げ、病や怪我に苦しむ人々を治療し、孤児院や救貧施設に寄付をした。
その甲斐あって、ようやく出自についてとやかく言ってくる貴族もいなくなり、多くの国民が聖女と認めてくれるようになった。第一王子との婚約は望むところではなかったが、ただの孤児で何者でもなかった自分が多くの人々に必要とされることが嬉しかった。
神殿の庇護下では政治的な変革は難しく、貧富の差は開くばかりだった。王妃になれば、貧富の差を縮め、貧困街や孤児院を手厚く補助することができるかもしれないと、あらゆる方面の知識を学んだ。
自分を姉と慕ってくれた孤児院の仲間たちのためにも、私は女神の使徒として人々の希望でいようと心に決めた。
そのはずだったのに、向けられるのは憎悪の感情ばかり。中には私が治療した人もいたが、彼らも他と同じように怪物を見るような目でこちらを見ていた。
無駄だったのだ、なにもかもが。
寄付をしても、孤児院や救貧施設の管理者が横領していた。助けを必要とする人々には一銭も渡らず、聖女からの賄賂として懐に入れられていた。
神殿は私を聖女として持て囃し、民のためだと休みなく神聖力を使わせた。その殆どは貴族や神殿上層部の親族ばかりで、一般市民には多額の寄付金がないと聖女は治療しないと門前払いをしていた。
人々の憎悪の眼差しから逃げるように項垂れていると、視界に白く高級そうなヒールが見えた。ヒールの先端は迷いなく床についた私の手のひらを潰すように踏みつける。
あまりの痛みに思わず顔を上げると、そこには涙を溜めたリリアナがこちらを見下ろしていた。
「エリシア。苦楽を共にした親友として、最期に私から貴女が迷いなく天界に逝けるよう、祈りを捧げます。」
まるで天上の女神様のように美しく、慈悲深い微笑みを浮かべた彼女に、人々は感慨の声をだす。
「あぁ、なんて聖女様はお優しいんだ…」
「あの偽物にまで慈悲深いなんて……」
ちょうど自分が影になって、断頭台の下からも上からも私の足を彼女が潰していることなど誰もわからないだろう。リリアナはゆっくり腰を屈め、そして耳元で囁いた。
「やっと死んでくれるのね。
あんたが必死で守ろうとしていたあの惨めなガキたちもきっとあの世で待ちくたびれてるでしょうね。」
「それ、どういうこと…」
踏まれた痛みも、凍傷の痛みも、身体の寒さも全て吹き飛ぶような衝撃だった。恐る恐るリリアナを見つめると、彼女はまるで悪戯がバレた子どものような笑みを浮かべた。
「この力を手に入れるための最初の生贄、5人……いや6人かな、最期まで貴女のことを呼んでたわよ。助けて、お姉ちゃんってね。」
リリアナの手には子どもたちにあげたネックレスのペンダントトップが6個、血錆にまみれた状態で握られていた。
「まさか、うそ………」
目を見開き、よく似た偽物であって欲しいとペンダントトップを見つめる。しかし、近所の工房主に廃材で作ってもらったそれは世界に一つしかないもので、目の前のペンダントトップは紛れもない本物だった。
「どうして……どうしてあの子たちを……貴女のことも慕ってくれてたじゃない…!」
「あら、“命は等しく平等”なんでしょ?
私は女神様の教えを守っただけよ。あの子たちだけ特別扱いはしないわ。ただ、手っ取り早く魂が取れるのがあの子達だっただけ。
あぁ、でも、貴女のそんな顔を見れたから、あの子達で正解だったかもね。」
きっと今、私はひどい顔をしているのだろう。
大切な家族を殺され、私はそれを知らず、便りがないのは健康な証拠だという大神官の言葉と、彼らはとても元気だという親友だった女の言葉を鵜呑みにした。
怒り、憎しみ、悲しみ、色々な感情が渦巻き、絶望感と無力感に打ちひしがれた。
「ねぇ、今どんな気持ち?信じていた人に裏切られて、人殺しの汚名を着せられて、自分が救った人々に憎悪を向けられるなんて、本当に哀れよね。
でも、貴女はホンモノの聖女様だからこんな私でも懺悔したら赦してくれるのかしら?
貴女言ってたじゃない。どんな悪人も必ず善性があるって。全ての人々に等しく手を差し伸べるのが聖女の務めだって。」
「……してやる。」
え?とリリアナが耳を傾ける。いまだ食い込むヒールの痛みなど微塵も感じなかった。
ただ、全ての感情を言葉に込めて、乾燥で張り付いた喉を震わせた。
「殺してやる……!」
「きゃあ!ひどいわ、エリシア……!
偽物とはいえ聖女だった貴女が呪いの言葉を吐くなんて………!」
「下がれ、リリアナ……!!この魔女め、今すぐ首を刎ねろ!」
弱々しくよろめくリリアナをマクシミリアンが抱き寄せる。私はその様子を見て、思わず笑みをこぼした。
「貴様、なにを笑ってる…!」
「いえ、ただお似合いだと。」
罪のない人々を殺し、聖女の座につこうとする女と自分の父親と腹違いの兄弟を殺した男。
どちらも醜く、滑稽だ。
「どう足掻いても、あなたたちは“本物”にはなれないわ。」
第一王子は王の器ではなかった。実の父にも見放され、せめてもの好感度作りのために彼の母親が聖女との婚約を決めたのだ。
「貴様っ……!」
この言葉にマクシミリアンは顔を真っ赤にして怒り狂った。リリアナも先程までの余裕をなくし、悔しそうに顔を歪めている。
「偽物はアンタでしょ……!私は聖女なの…!この世で最も尊ばれるべき人間なのよ……今更何を言ったところでアンタは死ぬ……!私の勝ちよ……!」
リリアナの言葉は誰にも聞こえないようにつぶやかれただけだったが、何となく何を言っているかは想像がついた。
周りの兵士に拘束され、断頭台に設置されたギロチンの土台に顔を押し付けられる。勝ち誇った笑みを浮かべるリリアナとマクシミリアンを視界におさめながら、私は聖力を解放した。
「まさか……!はやく殺して!!!」
リリアナの慌てふためく声が聞こえる。やはり彼女の狙いは私の神聖力だったようだ。私を殺すことで神聖力を奪う算段だったようだが、殺される前にすべて外に解放してしまえば奪われることはないはずだ。
聖女以外から奪った神聖力なんて長くは持たない。彼女のメッキはすぐに剥がれ落ち、近い将来、彼女の首も飛ぶ事だろう。
「ざまあみなさい。」
私のこの言葉が届いたかどうか、それを確認する間もなくギロチンの紐が離された。
ザクッ
聖歴500年、冬
その日、史上最悪の悪女が処刑された。




