3.ゴミ出しはセルフサービスで!
後日、局内で「新人がお茶くみをしない」という陰口が流れると米川は、「お茶くみに関するご意見は、こちらまで」と男女共同参画推進本部長・内閣総理大臣と書かれた総理の顔写真を廊下に貼りだした。相変わらず怖いもの知らずだと山口は、感心する。
国会会期中は仕事がなくても官僚は家に帰れない。国会質問の担当課が決まるまで、内閣にある国会対策の指令室、内閣総務官室から「帰宅禁止命令」が出されているからである。
さりとて、国会質問の担当課になるかどうかわからない課まで全員残業させるわけにもいかない。そこで、各省では、翌日に国会質問がある野党議員の過去の質問を調べ、「国会質問が当たらなさそうな課」のヤマを張る。
国土交通省では、連絡員待機(99%、国会質問は来ないので、課長の小樽と米川は電話にいつでも出られる状態で帰宅し、ヒラの山口だけが役所に残る)、担当課待機(国会質問が当たる可能性もあるので、課長とキャリア、担当課長補佐も待機)があり、新人の山口は全議員の「質問確定」まで、残業するはめになる。
しかし、質問確定は深夜3時前後であったから、国会の集中審議の対象になっていない限りは、各省の責任で電話がつながる状態にして、局の筆頭課の責任で午前1時前後に国会待機はこっそり解除するのが暗黙の了解になっていた。
深夜1時なら、タクシーで帰ることができたが、午前4時を過ぎると出勤してくるのが面倒になるから、役所に宿泊する職員が増える。タクシー券をたくさん配ることができるのがよい庶務班長である。課長の小樽ですら、一般職の好々爺の庶務班長がくれるタクシー券が、「どのルートで入手されたものか」わからなかった。わからなかったが、入手先を小樽が庶務班長に尋ねることはなかった。
国土交通省から配布される正規のタクシー券には、上限がある。税金で購入しているのだから当たり前である。以前は、ゼネコンから善意のタクシー券が送られてきていたが、公務員倫理規制法が制定され、違法行為になった。それでも、優秀なノンキャリの庶務班長は、タクシー券を、どこからか入手していた。
正規のタクシー券には、国土交通省の局名が押印されている。庶務班長が、正規のタクシー券の上限が来て、寝袋で小樽が寝始めると、こっそりと小樽や米田、細川に国土交通省の契約印が押していない、非合法であろう白紙のタクシー券を手渡してくれた。
着替えを取りに帰宅したり、シャワーを浴びたり、この殺伐とした戦場から一時的にでも離脱したい小樽達は、ブツ(つまりは白紙のタクシー券)の出所を詮索しなかった。不思議なことに、キャリアにタクシー券をたくさん配った庶務班長は、本省の課長に昇進する人が多かった。
退官した元官僚の暴露本でも、タクシー券の出所に触れられていないことも山口には霞が関村の闇を感じさせた。
「同じ服を2日着ていても、『局長室に泊まったの?』って言われる職場だからね」
自嘲気味に、米川が山口に言った。
そして、「それは、男女関係なくセクハラなのではないの?」
と司法試験合格者の米川ですら、指摘する精神的余裕がなくなるのだ。
役所には、仮眠室とシャワー室もあったが、絶対数が少ない。ほぼ全職員が徹夜になる国会中は、女性職員は男女共同参画時代にも関わらず、局長室のソファーで寝る。
体育会系が多い国土交通省ですら仮眠室(局長室)は、女性優先であった。
米川や山口の上司の課長の小樽は18時になるとジャージに着替える。
反社顔の小樽は、作務衣の方が似合うのにと思うが、山口には口にする元気もない。小樽は、課内の床にロッカーから出してきた寝袋に入って仮眠する。まさに修行僧である。
官僚が、コンタクトレンズを使えなくなるのは、これが原因だと山口は確信した。お洒落をしてきても、見せる相手がいない。職場内結婚、職場内恋愛も多いが、相手も激務である。
こうして、官僚はお洒落という文化を自ら廃棄していくのであった。




