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2.霞が関村の因習

 2年前、北海道のサロマ湖の近くにある人口5千人の小さな過疎自治体、限界集落、消滅まっしぐらの申路市に山口望が出向することになったのは、与党の重鎮議員、河田国土交通大臣の気まぐれであった。政治家というものは気まぐれなのだ。


 国土交通省に入省した山口は、入省当時、官僚という生き物の眼鏡着用率が異様に高いことが不思議であった。

「あの人達にはお洒落という概念があるのかしら」

 そう自問自答する山口に、山口より入省年次が4年先輩の米川恵係長が笑顔で言った。

「私も入省した時には、望ちゃんと同じことを思ったけどね。国会がはじまれば、嫌でもわかるわよ」

 国土交通省大臣官房人事課で、大学生相手のリクルーターをやっていた米川恵係長はコンタクトをしていた。彼女の眼鏡姿を山口は、見たことがない。

 「米川さん、コンタクトをやめられたんですか?」

 「うん、大学生の時はね、暇だったから、コンタクトだったよ。人事課は見た目も大事だからね、大学生を騙すのに」

 米川は、東大法学部在学中に予備試験から司法試験に合格し、司法修習研修を受けずに、官僚になったいわゆるW合格組である。東大卒ではない山口達は、「東大法学部、司法試験、総合職採用」のトリプル組と米川達の属性を敬意と嫉妬まじりに呼ぶ。一橋卒で司法試験合格者でもない山口達は、ワンペア組と自分達を揶揄していた。

 米川は、予備試験から司法試験に合格したので、ロースクールには通っていない。

 

 外務省に植えられた桜が満開になったころ、国土交通省に山口は入省した。入省直後の人事院の国家公務員初任者合同研修から国土交通省に戻ってくると、米川の言った「暇だったから」の意味が山口にも理解できた。

初夏、外務省を葉桜が包み込む頃、不毛な国会が始まる。

 

 ゼネコンに天下ったOBから送られてきた『試供品』という名目の栄養ドリンクを山口が一気飲みして、空き瓶を分別用のゴミ箱に律儀に捨てる。最近は、女性に配慮してか、生活習慣病への配慮なのかカロリーオフのリボビタンDが送られてくることが増えた。

ゴミ箱には、「分別してね。官僚なんだから、ルールは守る」と油性ペンで書かれた張り紙がしてある。書いたのは、米田だろうか?

 

 この役所の男どもはずぼらだ。山口の配属と同時に、人事課から異動してきた米田総括係長は、分別されていない空き瓶を会計年度採用職員の宝田が分別しているのを見ると課長の小樽に詰問する。

 40代後半の小樽は、課長に昇進したばかりである。眼鏡をかけ、丸坊主姿の小樽は僧侶にも、ヤクザにも見える。バブルの頃の地上げ屋対策の名残なのか、公共事業の利権官庁だからか、警察のマル暴のように、この職場にも一定数の公務員試験に合格した強面がいた。

 「課長、ごみの分別に反対なら環境省に抗議して来てくださいよ」

 小樽は、「そうだね」と頷いた。

 朝礼で、小樽は米田がコピー用紙の裏に書いた張り紙が張られたゴミ箱を指さす。

 「ご苦労をおかけしますが、ごみの分別はきっちりとお願いします」

 小樽は、氷河期世代出身者である。小樽の省内の同期は、体育会系が多い。

 他省庁の同期と赤坂に飲みに行った時に言われた、「え、国交省はコーヒー、部下に入れさせているの。このご時世に。ふーん。週刊誌に載らないといいけど」を気にして、小樽はそれ以来、自分でお茶やコーヒーを入れている。

 山口が1年生なので、猫を被って、しおらしくコーヒーを小樽の席に運ぶと小樽は米田に声をかける。

 「お茶出しは、セルフでいいよね」

 公務員はお茶出しは自分でやる。セクハラ。パワハラ、アルハラを名指しで何十回も注意されている、この役所はなおさらである。だが、キャリア同士のお茶出しは、省庁ごとに慣習が異なる。

 東大工学部の技官と法学部の事務官が交互に、事務次官に昇進するたすき掛け人事の国土交通省では、霞が関村の因習を変えるのは難しかった。だから、1年生のキャリアが、同じ課のキャリアの課長や課長補佐のお茶やコーヒーを入れる村の因習があった。

 夜、国会待機でキャリア組の事務官の3人以外を退庁させると米田は、村の因習について切り出した。

 「あまりいい慣習ではないと思うのだけれど、事務官だけで決められないからね。技術屋さんは、あちらの慣習もあるしね。だから、うちの課だけはセルフで、それで課長よろしいですよね」

 「うん。山口さんが万が一、他課に異動して上役が、技官になったら、コーヒーやお茶を出してあげて。技官の人同士でお世話するとは思うけどね。事務官は、技官にはコーヒーすら出したくないと誤解されると困るからね」

 言葉を濁す2人に山口は、尋ねる。

 「あの、弁当取りはどうしたらいいでしょうか?」

 官僚は定時に帰れない。コンビニが各省になかった時代、弁当の注文は1年生の仕事だった。各省に出前を運べるのは、入館証を持っている許可業者だけである。入館ゲート前で、新人がウーパー待ちをしたことがあった。百人前後の職員がウーパー待ちをすることとなり、大臣官房から「警備上の理由」から出入り口のウーパー待ちは禁止された。

 山口は、他の先輩から「弁当取りは1年生の仕事」と教えられていた。小樽も米田も、コンビニが閉まる前に、自前で食事を調達してくる。

 「あれも謎文化だよね。買い出しは自分でやるのに、弁当取りだけ1年生の担当にしているよね」

 「因習ですから」

 「米田さんは反対しないんだね。体育会のノリで、僕は大嫌いだけどな」

 「それは、課長が出世して変えるしかないかと。山口さん、後輩には1年生の仕事だから、一応、上司にだけ弁当がいるかどうか聞くようには教えてあげてね。些細なことですぐに事務官と技官が戦争するから」

 「はい」

 山口の勤務する課は、コーヒーは自分で入れることになった。


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