13.サンタクロース研修とCIAの策謀
泉田の決裁を受け、形式的には市議会も通すと、山口は国土交通省に申路市開発総合計画を提出した。そして、太田はささやかな送別会の後、紋別空港から東京経由でサンタの国に旅立っていった。
太田の送別会では、山口がインド風カレーを作った。山口は、大学時代にインドを一周してから、日本でもインド料理を作っていた。しかし、官僚になり自炊する時間が無くなってからは、料理をする機会がなかった。申路市の出向で時間が出来るかと思ったがむしろ、副市長心得として忙しくなった。羊肉のカレーはインドではポピュラーな料理である。 インドは、ベジタリアンも多いが、牛以外の肉は食べるのだ。ニューデリーで食べたハンバーガーも羊肉で作ったビックマックだった。インドでは、ビックマックが日本円換算すると1万円だから、ほとんどのお客が外国人か富裕層だった。高級ホテルよりも、厳重にライフルを持った警備員がハンバーガーショップを警備していた。
本場の味は、辛すぎるだろうとマイルドにしたカレーを作って自宅から鍋ごと市役所に持ってきたのである。
いつもの市長公室の大部屋で、山口が決裁書を読んでいるとスマホが鳴った。電話番号を確認し、怪訝な顔で山口は電話に出た。電話の相手は国土交通省の旭川事務次官である。
旭川からの直電は、北海道に来てから初めてである。
「旭川です。山口さん、あなた一人かな?内密の話なのだけど・・・」
いつになく真面目な口調で、旭川が告げる。
「お待ちください。別室から、すぐに折り返し電話いたします」
山口は、守衛の太田の代わりに鍵を管理している泉田市長から、会議室の鍵を借りた。
電話は、次官室ではなく旭川のスマホの番号である。山口が電話を掛け直すとすぐに旭川が出た。
「山口さん、個人のスマホからかな?」
「はい」
盗聴を疑っているのだろうか?。
「実はね、先日の次官等連絡会議で、官房副長官、防衛次官と外務次官、警察庁長官から申し入れがあってね。あなたがやろうとしているサンタクロースの誘致、かなりセンシティブな案件みたいだよ」
「センシティブといいますと?」
小樽人事課長は、サンタ誘致計画を旭川が爆笑していたと言った。情勢の変化があったのだろうか。
「サンタクロースはトナカイに乗って空を飛ぶよね?」
「飛びますね」
「あれね、米軍でも仕組がわからない代物らしい。サンタクロースの位置情報を北米空軍がリアルタイムでネットで流しているだろう?」
クリスマス当日、米軍はサンタクロースの位置の実況配信を行っている。
「やっていますね」
「サンタクロースの人数をごまかすために1台だけ、わざと発信機をつけて飛んでいるらしい」
旭川は、「わざと」を強調する。
「発信機ですか?」
「逆にいうと、発信機を外されたら米軍でも補足できないステルス機能がある。そのトナカイとソリが申路市に来るんだ。山口さん、あなた、狙われるよ?」
淡々と旭川は話を続ける。
「米軍にですか?」
「ホワイトハウスは子供革命があるから、狙わない。民間の産業スパイが狙うんじゃないかと国防総省が心配しているそうだ」
ペンタゴンか・・・。山口は少し考えて冷静な口調になる。
「私は、その可能性は低いと思います」
実に肝が据わっている。時代錯誤な話であるが、男だったら事務次官候補になっただろうにと旭川は思った。財務省の方が早く女性次官が誕生するだろうと旭川は思っている。
女性が事務次官に昇進するためのラインが国土交通省にはまだない。
「その根拠は何かね?」
「産業スパイがトナカイやソリの飛行技術やステルス機能を分析したとします。転用されるのは、軍需産業ですよね?サンタクロースの技術を盗んで作った兵器を買った国は、サンタ条約の違反国としてプレゼントを配るのをサンタクロースが止めます。結局、子供革命が起きます」
「そういう考え方もできるか」
旭川も外務省や防衛省、ましてや官僚の頂点たるべき官房副長官がサンタクロースごときのことであれほど、狼狽していることに落胆した。
官房副長官は、旭川の更迭まで匂わせてきた。小心者がと旭川は憤る。次官等連絡会議は、閣議前日に開催される事務方の集まりである。つまりは、霞が関の最高意思決定機関である。
山口を申路市に出向させた河田大臣は、与党の元幹事長でもある。総裁選では、首相の選対本部長を務め国土交通大臣に任命された。失言も多いが首相の信任は厚い。河田に相談することも考えたが、外務大臣や防衛大臣から何か言われたわけではない。次官の集まりで、他の次官から忠告を受けただけなのだ。まだ、事務方の問題である。
「サンタクロースが、機密物資であることは配慮すべきだと思います。けれど、過度に警戒する必要はないと思っております」
「わかった。官房副長官にはそのようにお伝えしておく。在日米軍とCIAからあなたとサンタクロースの警備要請が入っている。断っても勝手に見張りに来ると思うが、どうするね」
山口は思わず噴き出した。荒唐無稽すぎる。
「ここは、限界集落ですよ。CIA以前に道警の公安から内偵が来てもばれるような田舎ですよ。警察署の職員が20人ですから」
「そうだよな。観光客が定着するような自治体なら、あなたが出向する必要はなかったんだよな。とにかく用心して過ごしてください」
旭川は鷹揚な態度で電話を切った。
山口は誰に言うともなく呟いた。
「太田さん、大丈夫かな」




