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10.泉田市長の漢気。

 翌朝、細田と泉田のところに向かった。向かったと言っても、隣の部屋である。市長室にドアはない。風通しをよくするためのパフォーマンスではなく物理的に修繕費が捻出できなかっただけである。


 市長室専用の冷暖房機はなかったし、ドアがないから談合を市長に陳情に来る有権者も減るだろうと泉田がドアの修繕をしなかったのである。

 山口は、昨日のサンタクロースとのやりとりを市長に説明した。

 「サンタクロース研修は、受け入れてもらえるならやりましょう」

 泉田は即断した。

 「失礼ですが、市の負担金は、どうされますか?」

 「市長の給料をさらにカットする形で予算の組み直しを市議会に提案しましょう。国土交通省の方は、大丈夫ですか?」

 ほぼ無給になるが、泉田は給料をカットするという。市議達はスーパーや農家、他の仕事がある。泉田は常勤の市長だから、農家と兼業は難しい。それでも、自給自足に近い形の田畑は持っているようであった。

 「申路市の正確な予算計画を出してから話を通します」

 「では、国の方は山口理事にお願いします。」

 市長室を出ると、山口は会議室の鍵を借りた。


 サンタクロース振興課は、市長公室の中にある。申路市では、財政再建のために中高年幹部職員の早期退職を行った結果、副市長、部長達が退職した。市長公室は、申路市の総務課長が兼任している。市長公室には、山口、細田を除くと3人の職員がいた。

 

 総務課長は、総務課で大部屋勤務である。泉田は自分で日程の調整をしていた。それでも、人事や給与、市長にしか対応できない業務を担当するために市長公室にも職員が働いていた。

 山口は、他の職員に聞かれたくない連絡を国土交通省にする時、空き会議室を使う。

 「メールでお送りしたサンタクロース誘致の件ですが・・・」

 本省では一介の課長補佐でしかない山口が、たわいない報連相はメールを入れていたが、政治案件でも事務次官の旭川に正式に連絡を取ることは出来ない。

 そこで、通常の窓口になるのは人事課長の小樽であった。

 「サンタクロースの誘致か。旭川次官が笑っていたよ。1億円までなら山口さんの裁量で使えばいい。ただ、次官が北海道新幹線の方を心配しておられた。河田大臣に余計なことを吹き込まれないように、泉田市長の動向には注意してください」

 「はい」

 山口は、小樽への報告が済むと会議室を出た。鍵を返すと、泉田のところに報告に行く。

 「国の内諾が取れたということで議会にかけようと思います」

 山口が市長室を出ると泉田は議員に電話をかけた。

 申路市には、議会課も議会事務局も存在しない。地方自治体の一番の花形部署は議会課や予算課である。

 申路市は、財政状況が悪化すると議会課の職員も削減した。議会課の仕事は、議会の運営と議会答弁の作成である。市長等の議会答弁を作るのが議会課の仕事である。

 「市が潰れる時に、足の引っ張り合いをすべきなのか」

 与野党が休戦をした。そして、冗談のような話ではあるが、質問をする議員が市長と一緒に自分で答弁も考えることにしたのである。

 

 議員達は、市長が電話をかけると集まって来た。会議室に市長、市議5人、そして山口と細田、市長公室から2人の職員が参加して議会の打ち合わせが始まった。

 「市長の給料を10万円まで下げると言う事か、年間120万円か」

 山口の着任時に臨時の民宿を開いて宿泊させてくれた浅野市議会議長がため息まじりに言った。

 「市長のところは農作物を市場に出荷していませんが、任期まで生活ができますか?」

 元野党の早野議員が心配そうに質問する。

 早野の質問には、市長ははっきりとは答えなかった。

 5人の市議は、全員が作業着やジャージ姿である。仕事を抜け出して市役所に来たのだ。

 「5千円」

 市議の1人が言った。

 「市長だけさらに給料カットというわけにも・・・。市議報酬を5千円カットすれば、年間で36万円になる」

 「仕方ないわな」

 全員が無言で頷く。

 市長と議員達が、総務省の官僚が書いた条例の作り方の本を参考に、報酬削減の条例案を作成していく。

 手慣れたもので30分ほどで、条例案が完成した。

 「念のために山口理事、確認をお願いできますか?」

 泉田に条例案を渡され、山口が添削をする。

 山口が添削をして、字句を訂正したものを早野市議が持参したノートPCに入力した。市長公室の持ち出し禁止のUSBに早野市議の文章を送ると、市長公室の職員が小走りに廊下をかけていく。10分ほどで、印刷された条例案を持って職員が戻って来た。

 浅野市議会議長が告げる。

 「泉田市長の発案により、申路市臨時市議会を開会します。泉田市長より市長報酬の削減の条例案の提出がありました。また、それを受け市議会より議員報酬削減の条例案の提出がございました。議案に反対の方は、挙手を願います」

 浅野は一同を見回す。誰も反対の挙手をしない。

 「異議なきものとして、議案は成立いたしました。それでは本日の議事録の立会人は早野君、川辺君を指名します。以上、臨時市議会を閉会します」

 市長公室の職員が市議達に、ノートPCの画面を見せる。浅野や早野達が了承すると会議室を出て、印刷した議事録を持ってきた。

 早野と川辺両市議が署名を終えると、市議達は帰って行った。

 「ねえ、市議会っていつもこんな感じなの?」

 いつもは冷静な山口が興奮した様子で、細田に尋ねる。

 「ちょっと特殊かもしれませんが、うちはこんな感じです」

 「羨ましい。国会もこんな感じで終わってくれないかな」

 

 後日、山口が友人達に語った申路市議会の様子は、霞が関の官僚達に目指すべき国会の姿として広まっていくのであった。

 そして、北海道申路市の名前が、霞が関に良くも悪くも認知されることとなるのである。


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