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5 ラース、温泉を発見する――【百年前】

 屋敷での生活をラースは思った以上に気に入ってしまった。


 気ままに草を食べ、木をかじる。だれの目も気にせずウトウトする。

 カピバラは最高だ。

 非常にのんびりした気分である。


 時々魔獣に遭遇するのもちょうどいい。体がなまらずに済む。

 今もラースは、通りすがりの魔獣を一体焼き尽くしたところだ。どんな魔法を使うにしても、周りに被害を広げぬことを自分に課している。


 その日は、たまには木の実でも食べようと、森の中を散策していた。

「キュルキュ(なんだ? あっちから妙な臭いがする)」


 遠くから漂うかすかな臭いを頼りに、ラースは好奇心に任せて森の奥へ進んだ。

 あたりは岩がちになり、斜面がきつくなる。魔獣も増えたがラースにとっては遊びも同然だ。一撃で仕留めて行った。


 やがてラースは岩のくぼ地からポコポコと湯が沸いているのを見つけた。

 そういえば、屋敷の裏手に広がる山には毒沼地があると聞いたことがある。

 だが、果たしてこれは本当に毒なのか。


 魔法で慎重に臭いの元を探った結果、湯そのものではなく、近くでガスが発生していると分かった。


 毒沼地とは、温泉のことだったのだ。

 ラースは喜びに打ち震えた。


 温泉にぬくぬくつかりながらのんびりする。

 それは邪神に呪われた際、ラースが思い浮かべた光景そのものだった。

 しかし、実現のためには少し工夫が要りそうだ。

 毒ガスの傍ではくつろげないし、ここまで来るのは少し遠い。おまけにどうやら湯温が高すぎる。


 程よい熱量を保ちながら屋敷の傍まで温泉を引いくるのが理想的だ。

 

 グーに相談すれば、突拍子もない手段であっさり解決してしまうかもしれないが、ここはあえて時間をかけて取り組みたい。

 これから楽しくなりそうだ。


 機嫌よく屋敷に戻ったラースだが、何やら問題が発生したようだ。

 玄関の前でグーが見慣れぬ三人連れと揉めていた。


「おお、ラース良く戻った。新しい世話係が来たようだがどうするかの?」

 返事の代わりに、彼らの足元ギリギリに氷の矢を突き刺してやった。

 不要と言ったら不要だ!


 これでようやく静かに暮らせる。

 ラースはすっかり安心していたのだが、忘れたころに兄がやってきた。

 彼は空々しく悲劇を語った。


「ここにいるのは我が弟ラースではない! 心まで魔獣に成り果ててしまったのだ! 見事討ち取ったものには褒美を与えよう!」

 兄は兵士を引き連れてきていた。ざっと数えたところ、五十名はいる。


 もちろん倒した。

 

 兵士は国の財産だからなるべく傷つけたくない。マナを放出するだけの単純な衝撃波や体当たりで、ラースは次々兵士を無力化する。

 残りは兄だけだ。


「こ、こいつ! くるな!」


 ラースが一歩近づいただけで、兄は錯乱したように腕を振った。

 そこでラースは、一抱えほどの火の玉を、彼の目の前に出現させた。命を奪うつもりもないから、ただの脅しだ。兄はずるずると地面にへたり込んだ。


 そこにいられると邪魔なので、襟をくわえ、兵士たちの元へぽんと放り投げてやった。


「どうやら加勢はいらんようじゃな」


 グーがニコニコしながら出てきたところで、兄は兵士に抱えられたて逃げていった。


「あれはまた来るじゃろうな」

 グーのつぶやきに、ラースは毛を逆立てた。

「ゴッゴ(煩わしいな)」

「そうじゃのう……」


 そう、あんな奴らに関わっている暇などラースにはないのだ。

「プキュルプ(グー私は決めたぞ。この地に理想の温泉を作る!)」

「うん? 何の話じゃ」


 ラースは毒沼地の正体が温泉であると突き止めたこと、屋敷の傍まで引いてきて、のんびり湯につかりたいこと。そのために何年かかろうが一人で工事をすると宣言した。


「まったく、おぬしの行動は予測もつかんのう」

 グーは愉快そうに笑った。

「キュキュ(そのためには、余計なものを排除したい)」

「ではどうするのじゃ」


 グーの目はいたずら者のように輝いている。

「キュ(邪神のこともあるし、いっそここを閉ざしてしまうのはどうだろうか)


 二人は大きくうなずきあって、さっそく作戦会議を始めた。

 ラースは温泉を引いてのんびり過ごすため、グーは邪魔されず魔法の研究と酒を楽しむために。

 屋敷の周りに結界を張ることを決めた。


 温泉づくりがあるから、扉をつけて自由に出入りできるようにしたい。だが、それでは強度が心配だ。

 酒を持っているものは通過できるようにしたらどうか。

 あーでもない、こーでもないと非常に楽しい時間だった。


 

 

「うむ。邪神の封印がなければ、そのくらいは簡単なのじゃがのう」

「キュル(邪神か)」


 二人は申し合わせたかのように、中で黒炎が揺らめく瓶を見た。

 そしておそらく、同じことを考えた。


 邪神の持つ力を、結界の維持に利用できたらと。


「プキュ(やってしまうか……)」

「そうじゃな、やってしまおうか……」


 じっとりとした視線を受けて、黒炎は一瞬、怯えたようにシュッと細くなった。


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