2 ラース、次に目を向ける
「いや、なんの茶番だ?」
ユイハルは若干、うんざりしたような顔つきだった。
「別に俺は止めるつもりなんてないぞ」
邪神は動揺したように瓶の中で炎を揺らめかせた。
『ユイハル、なぜ! ではなぜ我に優しくした、子守唄など聞かせた!』
邪神の叫びは、いっそ痛ましいほどだった。
「そりゃ、おまえは悪くないって思ってるから」
「なんだって?」
ラースは耳を疑った。ユイハルはどこか憐れむような視線を邪神に向けていて、ますますラースの不安をあおる。
「邪神は、人の悲しみや恨みの残る場所に生まれるんだろう? だけどそれはコイツ自身の罪じゃない」
「ユイハル、そいつは――」
「誤解すんなよ、ラース。だからと言って野放しにできるものでもないのはわかってる」
本当に理解しているのか。ラースはじっとユイハルを見つめた。
『ユイハル、頼むユイハル。おまえだけが頼りなんだ』
邪神はなおもユイハルにすがった。
「大げさすぎるだろ。滅びるわけじゃない」
「ユイハル!」
ラースが呼びかけると、彼は鋭くこちらを睨んだ。
「なんだよ、こんなときばかり連呼しやがって。今、邪神は弱ってるんだろ? 俺が祈れば滅びてしまいそうなほど。そうしないのは、誰のためだと思ってんだよ。おまえのためだろう!」
ラースはハッと目を見開いた。口元を小さく開きかけたその時、背後でグーとミケが感激した様子で叫んだ。
「ユイハル!」
「ユイハルさん!」
「わかった。わかったから! いいからやるぞ」
ユイハルは弛緩した空気を混ぜるようにブンブンと手を振って、一同を促す。
実のところ今回の封印は、蓋を強固にするだけだ。
グーさえその気になれば一瞬で終わるし、邪神の声も変わらず聞こえてくるのだった。
それが今できる精一杯だ。
いくら大魔法使いの指導があるとはいえ、見習い錬金術師がすぐに邪神を完封することなど無理なのだ。
『我を騙すとは……』
「騙してねえよ。勝手に雰囲気に流されたんだろ」
「おかしいですね、計算ではもう少しきつめの封印になる予定だったんですけど……」
一見おとなしそうなミケだけが、案外本気で邪神を仕留めるつもりでやっていたようだが……。
「ミケはようやっておる。見習いにしては上出来じゃ!」
グーのねぎらいに、ミケが小さくうなずくのを見て、ユイハルがほっと息をつく」
「なんにせよ、これでひと段落だな」
「うむ、ユイハルの負担も減るじゃろう! そうとなれば祝いじゃな」
「グー、飲むのは少し待ってくれ」
きらりと目を輝かせるグーを、ラースがとどめた。
「封印の儀のあとは、やはり清めが必要だろう」
「おまえは何もやってないけどな」
ユイハルのツッコミをラースはきれいに受け流す。
「皆で風呂に入ろう!」
「みんなで?」
「何か問題が? ……いや、あるか。うん、入るのはカピだ」
温泉はカピのほうが断然楽しめる。ラースは納得したがユイハルの目つきは何やら胡乱だった。
「……だろうな」
「なんじゃ、ユイハル。残念なのかのう?」
「そうなんですか?」
「カピは大歓迎だよ。ただ、誰かさんは協調性ってものを覚えたほうがいいなと思うだけで」
「協調性?」
ラースはかくんと首を傾げた。
ユイハルは相変わらず、ラースとカピが同一のものだと気づいていないようだった。
『なぜ気づかないのだ……』
邪神にまで言われている。
まあ、どちらでもいい。
「私は先に行きぞ」
ラースは待ちきれず駆け出した。
手早く体を洗い湯船に飛び込もうとしたところへ、脱衣場の方から楽し気な会話が聞こえてきた。
「わっ、グー! すごい古傷だな!」
「昔少々やんちゃをのう」
「っていうか、なんだその筋肉! なんでそんなに鍛えてるんだ、魔法使いだろ!?」
「マナの巡りを極めればおのずと肉体も理想に近づくというもの」
「ま……マジか」
「あ! ユイハルさん、邪神を湯船に持ち込むのはマナー違反ですよ」
「目につくところにないと不安なんだよ」
ばかばかしい会話は、まだまだ続きそうではあったが、ラースはとぷんと湯に潜った。
一人で浸かるのもいいが、賑やかなのもたまには悪くない。
――次は、先延ばしにしていた教会の件だな。
ラースはざぶっと湯から顔を出し「キュイ」と一声鳴いた。




