2 ラース、風にはためくシーツを見る
「洗濯ならわしに任せるがよいぞ!」
「魔法禁止」
張り切りるグーに、ユイハルが冷や水を浴びせる。
だが、グーはそろそろ反省するふりにも飽きてきたのだろう。にんまりと笑みを浮かべた。
「いいや、ユイハルよ。一つのやり方に固執するのはよくないぞ。失敗は糧じゃ、工夫は知恵なのじゃ」
グーは両手を高く掲げた。その様子を見たラースも無表情なりに目をきらりと輝かせる。
「騙されないぞ! んなこと言って、魔法でズルをする気だろ、グー!」
「何を言うか、ユイハル! 魔法はわしが生涯をかけて研究している、いわばわしの人生そのもの。それをズルと決めつけるのはあまりに短慮じゃ! 正義を名乗るのならまずは多くの者の話を聞き、自らの視野を広げるのが先じゃ!」
グーのことばに、ユイハルは目に見えて怯んだ。
教会の在り方に疑問を抱いてしまったユイハルにとって、耳に痛い話だろう。
「さあ、いまこそわしの力を見せてやろう!」
そういってグーが空中に呼び出したのは、大量の水だ。
四角い結界の中、たぷんと音を立てるそれを、グーは慎重に地面に設置した。
これだけでもかなりの技術だ。
ラースは知らず息を飲んだ。
「ミケよ、シーツの準備は良いか」
「はい! グーさん」
ミケが抱えていたシーツを「うんしょ、うんしょ」とすべて入れ終えると、グーは結界の周りに炎を出した。それらの魔法を完璧に維持したまま、風を起こして水流を生み出す。これまた離れ業だった。
「さすがグー、すばらしい精度だ!」
「これを道具で再現できたなら、かなり洗濯が楽になりますよ!」
ラースとミケが褒めたたえる横で、ユイハルだけが胡散臭そうに眉を寄せていた。
「……よくわかんないけど、干すのはどうするんだ?」
グーの笑顔が、一瞬ひきつったように見えた。
そこまでは考えていなかったらしい。
「そちらは私が何とかしよう」
「あ! ラースは魔法を使っちゃだめだぞ! 洗濯物に邪神の力がしみ込んだら台無しだろ」
「わかっている」
――いや本当は、少し忘れかけていた。
グーやユイハルだけならともかく、今はミケがいる。前以上に気を付けなくてはならない。
ラースは剣を呼び寄せ、森へ向かった。
手ごろな枝を切り出してきて、皮をはぐ。同じものを六本用意したところで屋敷の前まで戻ってきた。
「ユイハル、干すならどこがいい?」
『もちろん、日当たりがよく、風通しが良い場所だ』
なぜか邪神に返事をされてしまった。
ユイハルから否が飛び出さない以上、正解なのだろうが、先ほど感じた敗北感がよみがえるようだった。
『客があるなら屋敷の前など景観の邪魔だが、そんなものは想定していないのだろう』
「ぐう……、さすがは邪神の精神攻撃……、こうも私を苦しめるとは」
『ふはははは』
「だが、私とて、こんなところで負けるわけにはいかない。使命があるのだから!」
ラースは目をつぶり気を静める。
マナを体に巡らせ、同時に大地の弱い一点を探る。
「そこだ!」
ドンッ!
と音を立て、枝を垂直に突き立てた。その数、六本。
「すごいです!」
ミケが手をたたいて喜んだあと、じっと枝を見つめた。その目は真剣そのものだ。
「でもでも、これだと洗濯物を干した時、少し強度が足りない気がします」
「そうか、では石と土で補強しよう」
「はい! 僕はロープを持ってきます。ユイハルさん、ここは手を使いましょうね、仕事取られちゃいますよ!」
「お、おう……」
言いつつも、ユイハルはどこかぼんやりした様子で、ラースが突き刺した枝を凝視している。
「刺さるか、ふつう……?」
「マナは見たが、魔法は使っていないぞ」
疑われるのも面白くないので、ラースは一応言っておく。
「彼一人でロープを運ぶのは、少し重いのではないか?」
「あ、そうだな! 俺も行ってくる」
「おい、邪神を置いていくな!」
『洗いあがったら、シワにならないようきちんと伸ばせ』
真っ白なシーツが、風にはためくのを見て、ラースはふと思った。
これもまた、見たことのない景色だと。
干している間に、食事をとり、またみんなでわいわいと取り込む。
静かだった屋敷が、いつの間にかこんなにも賑やかになっていた。
けれどうるさいとは思わない。不要なものだとも。
とても不思議な気分だった。




