支援物資防衛戦前夜 (3)
「た、確かに、あれがあるからと言って、どんな危険も許容できるわけではないという旦那様のお考えはごもっともです。そうなると基準を決める。そのためにはなにか目標を決めると言うのがいいかもしれません。」
リアが気遣って話を方向修正してくれたことはありがたかったが、エイムの肩を重くしている責任が軽くなったわけでは決してなかった。
どんなに嫁たちが魅力的とは言え、それに流されている場合ではないのだ。
「目標ねぇ……楽してとは言わないけど、僕たち四人で安全に暮らしていくには、何か安定した収入源がほしいなぁ。」
「不労収入があれば……ということですね。」
「フロウシュウニュウ?ってなに?」
ときどきリアが口にする、聞き返したレオンはもとより、エイムもナディも知らない言葉。これもそれだった。そもそもエイムたちの語彙にないだけなのか、リアのいた世界独自の言葉なのか、エイムたちには判断もできないし、意味もわからなかった。
「要は働かなくても入ってくる収入のことです。」
「働かなくても、お金が入ってくるなんて……貴族にでもならない限りは……」
「ナディ様のおっしゃるように、貴族は典型的な不労収入を得ている例ですね。領地から徴収する税で暮し、その税金そのものも、貴族と呼ばれる人たちが直々に徴収して回るわけではない。そもそもこの国には、貴族階級が存在しないというのが表向きらしいので、今から貴族になるということ自体が難しいかもしれません。」
「だったら、まだ貴族がいるエレーニアやハンに行く?でも行ったところで、そもそも僕たちがどうしたら貴族になれるの?」
エイムも同じ事を疑問に思ったが、口に出したのレオンの方が早かった。
「私のいた世界でも、昔はそういう特権階級の人がいた時代があったらしいですが、基本、世襲なので、おいそれとなれるものではありませんでした。貴族階級の方と婚姻を結ぶというのは、女性には比較的よくあった例らしいですが、あとは特別な功績を挙げた人に与えられるとか……」
「あぁ、それなら冒険者が、戦争で殊勲をあげたりして貴族になるって話は聞いたことあるなぁ……」
だがそれはやはり相当な危険が伴う。言ったその場でエイムの思考は詰んだ。
「貴族が典型的な例と言うだけで、不労収入を得る方法は他にも……例えばシィルさんなどは、冒険者ほど危険はないギルド長と言う役職から、なんらかの既得権益で収入を得ておられるのではないでしょうか?」
「キトクケンエキ?」
またリアからエイムたちには理解の及ばない言葉が出てきた。
「簡単に言うと、他の人が持っていない権利で収入が得ることです。例えば、この世界でも金貨や銀貨に使う金属を大量に産出する鉱山などは特定の人が管理していたりはしませんか?」
確かに以前行ったベランメル山も、質のいい銀やミスリルが産出された頃は領主が管理していて、おいそれと一般人は入れなかったらしい。
「あとは身近なものとかだと、塩とかは決められたところからしか買えなかったりしませんか?あとは既得権益と言うのとはちょっと違うかもしれませんが、旦那様がお読みになっていた魔道書なども、おそらく決まったところからしか入手できないのでは……」
リアの言う通りであった。
海辺の地域での塩の生産はその地方の領主が管理していて、山から採掘できる岩塩はこの大陸でほとんど出土しない。冒険者などが携行する岩塩のそのほとんどは海の向こう側から買い付けてくるものだ。その交易にしても、その港のある領主かギルドが必ず関与している。
魔道書にしても、どこの馬の骨が書いたものかわからないものを買う馬鹿はいない。一般的には、高名な魔術師が書いたものをギルドで購入するが、もしかすると魔法学院とかなら個々で売買や譲渡もあったかもしれない。実際、エイムの持っていた魔道書は、そのすべてがミネルバから譲ってもらったもので、どちらにしろ、入手経路は限定的である。
「難しいことはわからないけどさぁ……つまりは私たちにしかできないこととか、作れないものを見つけて、それをお金に換える仕組みを独り占めしちゃえばいいわけだよね?」
エイムは煮詰まって考え込んで、レオンは一気に流れ込んできた知識を消化するのが精一杯で、黙り込んでしまっていたところに、あっけらかんと口に出したナディの言葉に、リアは驚いて固まってしまった。
そのリアに数瞬、遅れて何かから解き放たれたような反応で、エイムとレオンはナディに目を向けた。
「お、おっしゃる通り、ナディ様のおっしゃる通りです。」
「じゃあまずは、自分たちの引き出しを増やさないとお話にならないんじゃない?そういう意味では、シィルさんの依頼を受けてみて、失敗するにしろ、成功するにしろ、しようと思ってもできない経験をしてみるのもいいじゃない?」
ナディは昔からこういうところがある。
理解したのか、してないのか?まず本人になぜそう思ったかを聞くと「なんとなく」と答えるので、まず話全てを理解しているわけではないらしいのだが、その本質を的確に捉える。飲み込みが早いというのとは少し違う。
「ナディちゃんって、一つ教えると十のことを理解するのよね……教え甲斐があるわ。」
「女の勘」というのとも少し違うナディのこの直感力とでも言うべき素養に、料理を教えていたマイアもそう言って舌を巻いていた。
「ナディの言うように、失敗するならしてみようよ。命に関わらない限りそれもなにかの経験になるよ。きっと。」
しばらく黙っていたレオンが口を開いた。
「エイムが僕たちのこと大切にしてくれることは嬉しいよ。ただ僕は、僕たちはエイムにおんぶに抱っこじゃ嫌なんだ。妻として、ちゃんとエイムを支えたい。エイムに必要だと思って欲しい。エイム一人じゃできないことも四人だから、僕たち家族だから……」
エイムは考えながら考えながら紡ぐように言葉にしていたレオンの手に、自分の手をそっと重ねた。
「ああ。わかった。ありがとう、レオン。」
結論めいたものは出なくても、なんとなくエイムの身体から少し力みが取れたような気がした。
「まずは、明日、シィルの話を聞いてからってことだな。」
その言葉も聞いてレオンも、ナディの表情も晴れた。しかし、リアはまだ何かを考えているようだった。
「どうした?リア、言いたいことがあるなら……」
「いえ、そうでなくて……旦那様が変身するところさえ、人に見られなければ、あれを使っていただけるってことですよね?」




