第54話 トロピカル先輩がヒトデモレした
「ん-! おいしいです主様!」
「……それはどうも」
若干焦げてしまったオムライス。それを目の前でおいしそうにたいらげるのは、久野市さんだ。
実際においしいと言ってくれている……だが、それを素直に喜べない自分がいる。
あんなオムライス、いつもであっても作らない。それくらいに不出来なものだ。
考え事をしていたとはいえ……いや、考え事をしていたからこそか。こんな出来にしてしまうとは、情けない。
とりあえず、作った分は久野市さんと俺とで分けている。
「……けど、よかったのか? こんな……焦げちゃったの食べて」
「ひょっほれすひ、ふぉんふぁいあひあへん」
「……俺が悪かったから、食べ終わってから話してくれ」
はじめ、俺はこれを一人で処理するつもりだったが……自分も食べると、久野市さんは頑なに譲らなかった。
せっかく俺が作ったものを、食べてみたい……ということらしい。
そう言ってもらえるのは嬉しいけど。
「んぐっ……ぷはぁ。焦げているとは言っても、問題ありません。
それに、焦げたからと言って主様が作ってくれたものには変わりありませんから」
「……そっか」
お茶で喉を潤して、久野市さんがにこりと笑う。そんな風に言われたら、反則だ。
俺も、オムライスをひとすくいして、口に運び食べる。
……やはり、本来あるうまみは消えてしまっているような気がする。
卵とケチャップの味でごまかせているだけだ。
「んんー!」
それでも、久野市さんはにこにこして、食べ続けてくれている。
……嬉しいな。
「どうかしました?」
「な、なんでもない」
気恥ずかしさを誤魔化すように、箸を動かす。
……やっぱ、一人じゃないっていいよな。
「それで、学校はうまくやっていけそう?」
「はい! ちょっと混乱もしましたけど、女の子と話しているのは楽しいです。
ただ、なんだか男の子から時折変な視線を感じるので、刺客がいるのではないかと思っているのですが」
「……それは、まあ実害のあるものではないから」
どうやら、学校生活はなんとかやっていけそうだ。人間関係も、これまでの経験があるからどうなるかと思ったが、やはりなんとかなりそう。
むしろ、久野市さんが変な誤解をしてしまわないようにしないと。
今言った、変な視線ってのも……刺客云々ではなく、単純に久野市さんを異性として見ている目だろう。
奇行が目立つ……とはいっても俺の前だけでだろうが……とはいえ、客観的に見れば久野市さんはかわいいしな。
本人には言わないけど。
「主様が、そういうなら……」
オムライスを食べ終え、インスタントの味噌汁を飲む久野市さんは、きっと色恋の問題に鈍感なのだろう。だから、自分に向けられる好意の視線に気付かない。
意識せずに、これなのだ。意識しておしゃれとかすれば、それはもう大変なことになりそうだ。
当の本人は「お湯を注ぐだけでこの味……やりますねぇ」なんて感激しているが。
「まあでも、もしなんかあったら俺に言いなな。もちろん、仲良くなった友達とかでも……いや、女の子同士ならむしろそっちの方が……」
「なんか、ですか……あ、そういえば。今日知らない男の子に声をかけられましたよ」
「!?」
これから困ることもあるだろう……俺でも力になれることがあれば、できる限り力に。そう思っての、何気ない発言だった。
しかし、久野市さんは今日の出来事を思い出したように声を上げた。
その内容に、俺は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。なんとか、抑えることができたが。
「は、話しかけられた? し、知らない男の子に?」
「はい」
「いつ」
「お昼休みですね」
……誰だそれは。
転校してきたばかりの久野市さんにとっては、同じクラスの人間であろうと知らない間柄だ。誰か特定することは珍しい。
いや、名前さえ聞いていれば、わかるのか。
お昼休みとなると、誰でも候補者になるが。
「相手の名前聞いた?」
「えぇと……なんでしたっけ、と、と……トロピカルジュースさんだったっけ……」
「絶対違うよね!」
ルアのような人もいるだろうから、カタカナ名は不思議ではないだろうが……そんな名前の人物は、絶対にいないだろうというのだけはわかる。
だってめっちゃおいしそうなジュースだもん。
「あ、違う……えぇとぉ……
……すみません、忘れました。主様の名前以外に興味はないので」
「……そっか。ちなみに、その男の子ってのは金髪?」
「いえ、黒髪です」
じゃあ外国人ですらないじゃん……染めてる可能性もあるけどさ。
結局、名前を覚えるつもりのなかった久野市さんは、相手の名前は覚えていないらしい。覚えているのは、長身の男だったこと、あとネクタイが赤だったこと。
俺の通う学校では、制服にネクタイ着用。ネクタイは、学年ごとに色が違う。
黄色は一年生。青色は二年生。赤色は三年生。つまり、その相手というのは先輩だということだ。
ちなみに、学年が上がるごとにネクタイを買い替えるわけではなく、その年度で色と学年が変化する。なので来年は黄色は二年生。青色は三年生。赤色は一年生。
と言った感じになる。
「で、その人がなんだって?」
「トロピカルさんが言うには、なんか私にヒトデモレしたみたいで。付き合ってだのどうのこうのと言われましたが、よくわからなかったので帰りました」
知らない先輩は、トロピカルさんと命名されたらしい。なんだその愉快そうな名前。
さて、久野市さんが言うヒトデモレとはなんだろう……そんな単語あっただろうか。
その言葉だけでは意味がわからない。しかし、その後に続く言葉……『付き合って』を聞き、もしかしてという思いが湧く。
ヒトデモレではなく……
「一目惚れ?」
「あ、それです!」
ぱぁ、と表情を明るくして、久野市さんは手を叩く。
なるほど、ヒトデモレとヒトメボレ……わかるか!
まさか、久野市さん……まだ転校して何日も経ってないんだぞ。なのに、もう告白されたってことか。しかも先輩に。
この容姿なら、それも当然と言えるか……しかし、学年の違う相手にとは。ずいぶん行動力高いな、トロピカル先輩。
しかし、久野市さんには一目惚れの意味は伝わらず……いや、きっと伝わっていても、結果は変わらなかったかもしれない。
告白するには、よほどの勇気がいったことだろう。意を決して告白した結果が、トロピカル先輩がヒトデモレした……では、あんまりに哀れすぎるけども。




