第24話 お便器のお水を入れてくるので
「主様ー、捕まえましたよー!」
「えっ……あぁ、うん……?」
一瞬の出来事に、呆然としていたところ。久野市さんの底抜けに明るい声が聞こえた。
少し離れた場所で、俺を殺そうとした火車さんの背後を取り、動きを封じている。
捕まえられた火車さんは、抵抗する気がないのか……いや、できないのだ。その首には、ナイフを突きつけられているから。
「主様、この女どうしましょう。殺しますか?」
「どうするって……いや、そんな物騒なこと! しかもこんな場所で言わないでよ!」
「はっ、ウチを殺すって? 人を殺した事あんのか? そんなこと、アンタにでき……」
「できないと思ってるの?」
捕まえて殺すかどうか、という意見は物騒すぎるが、相手は俺を殺そうとしたのだ。一応正当防衛になるとは思うが……
だとしても、殺してしまうのはよくない。久野市さんの目は本気だ、やろうと思えばヤる。
……久野市さんが、誰かを殺す。いや殺したことがあるかもしれない……その考えを俺は無理やり頭から振り払う。
「と、とにかく。ここにいたら誰かに見つかるだろうし。移動しよう」
「はーい!」
正直、今まで誰もこの近くを通らなかったのは奇跡だ。誰かに見つかったら、どう説明すればいいかわからないし。
ひとまず、凶器になりそうなものは没収。かつ久野市さんに火車さんを監視してもらい、場所を移動する。
どこかいい場所はないか、と思って探していたが……さすがに、こんなコスプレみたいな恰好した女の子と自分を殺そうとした相手と、喫茶店とかに入ろうとは思えない。
そう考えると、おのずと場所は限られてくるわけで……
「わー、ここが木葉っちの部屋か。ウチ、男の子の部屋に上がったの初めてー」
「黙りなさいドブネズミが。殺すわよ」
「殺しちゃダメだからね……」
結局、俺の部屋しか場所がなかった。
俺の部屋に上がり、火車さんはケラケラと笑っているが、久野市さんが手厳しい
。ゴミだのドブネズミだのと。
俺も、こんな状況じゃなければ、女の子を部屋に招き入れたことを喜んでいたんだろうが。
「ねぇ、ほどいてよ」
「できるわけないでしょう」
現在、火車さんは後ろ手に縛り拘束している。これならば、ひとまずは安心だろうか。
さて、聞きたいことはたくさんあるけど……なにから、聞いたもんか。
「主様、お茶をお淹れしますね」
「あ、うん。ありがとう……」
「あ、ウチもウチもー」
「じゃあ、お便器のお水を入れてくるので」
「いやいやいや!」
……久野市さんは、俺を助けてくれた。彼女が来てくれなければ、俺は今頃……
そう考えると、体が震える。今になって、恐怖がよみがえってきたというのか。
命を助けてくれたんだ、もう久野市さんのこれまでの話を、与太話として扱うことはできない。
「主様、どうぞ」
「ありがとう」
「はい、あなたにも持ってきてあげたわ。感謝しなさい」
「……おい、これお茶じゃないよな、透明だし水だよな。
え、まさかマジで便器の水じゃないよな? なぁおい!?」
「はぁ、主様のお命を狙った相手を生かし、飲み物まで出しているというのに。なにか文句が?
ほら、それじゃあ飲めないでしょう。私が特別に飲ませてあげる」
「お、おいやめろ! 水だよな、きれいな水なんだよな!?
おいなんとか言っ……」
……自分を殺そうとした相手と、それから守ってくれた子。一緒の空間にいるなんて、なんだか不思議な感じだ。
もちろん、一緒の空間にいるからって火車さんを許したわけではない……が。
許すもなにも、まだ事態を把握できていないのだ。まずは、そこを理解しなければ。
「ねえ、火車さん……って、どうしたの」
「な、なんでもない……」
とりあえず本人にいろいろ聞いてみようと思い、火車さんの方を見るけど……なぜか、彼女はどんよりとした雰囲気を纏っていた。さっきまでのテンションはどこ行った?
なぜか隣で久野市さんは、にこにこしてるし。
「えっと、教えてほしいことがあるんだけど……」
「はっ、素直に話すわけないだろ」
うーん、口悪いなぁ……これが火車さんの素ってやつなのだろうか。
女の子が自分にだけ見せる顔。それだけ聞けば心躍る響きなのに、なんて嬉しくない顔なんだろう。
それを聞いて、久野市さんはぽかっと火車さんを殴る。
「っつ! なにしやがる!」
「主様のご厚意でその命を生き長らえているのに、なんと無礼な態度。
主様、やっぱりこいつ殺しましょう」
「だ、だからダメだって!」
「むぅ……あ、確かにここで殺したら、部屋が汚れてしまいますもんね! うっかりしてました!」
「場所の問題じゃなくてね!」
久野市さんの、火車さんに対する殺意がすごい……いや、仕方ないとは思うんだけどね。
俺としては、殺すか問題は避けとくとしても、依頼人とかそのあたりのことを聞いておきたい。
それに……火車さん自身のことも。
「で、誰が主様殺害を依頼したの。そいつの首切ってくるから」
「はっ、言うか。こちとら殺し屋としてのプライドってのがあるんだ」
「くそみたいなプライドね」
久野市さんも口が悪いな……女の子同士の会話ってこんなものなのか? そんなわけないな。
ただ、このままだと火車さんはなにも話しそうにないし……どうにかして、情報を得たいんだけど。
「殺し屋としてのプライド……そんなくそみたいなもの、聞きたくもないけど。
あなたが殺し屋と言うのなら、今回主様殺害を失敗したことで、用済みとして処理されるんじゃないの?」
「え……」
「……」
処理……処理と言った。殺し屋、失敗、処理……それがなにを意味するか、俺にもなんとなくわかる。
現に、火車さんの表情は少し変わった。苛立ちを含んだ、ものに。
「それが、殺し屋というものです、主様。この女は、依頼を失敗し、挙げ句捕まった。そんな未熟者を、放置しておくとは思えない。
……自分を始末する相手のことを、庇い立てする理由、あるの?」
「……ちっ」
殺し屋の世界が、どんなものかはわからないけど……火車さんの態度を見るに、久野市さんの言葉は、少なからず当たっているようだった。




