対価を用意しよう1
厄星討伐から数日が経過した。
それはつまり、緋冥との生活も数日が経過したということになる。
「のう久遠伊織よ、昨日食べたしゅーくりーむという食べ物はもうないのか?」
「シュークリームですか?もうないですね……。というか昨日も五個食べたじゃないですか」
「そうか…。あれは非常に美味であった、まさに現代の甘味は芸術的だ。あと、五個では足りん、その十倍は欲しいところだ」
「流石に、食べ過ぎでは…」
厄星討伐が終わった日に伊織たちはそのまま家に帰ってきた。
緋冥からしてみても人の住む家に入るのは初めてだったので、非常にウキウキとした様子で家の中を見回った。
あれはなんだこれはなんだと質問攻めにされたが、そう言えばクシナ達が初めて家に来た時もこんな感じだったなと少し懐かしい気持ちになりながら、緋冥の質問に答える時間が続いた。
その後緋冥の寝床についてどうしようかと頭を悩ませた。
母親の部屋はクシナとシアナが住んでおり、緋冥が入り込むスペースがない。
緋冥に父親の部屋を使わせるわけにはいかないのでどうしたもんかと悩んでいたが、意外にも緋冥が夜は元居た世界に帰ると言い出した。
詳しく話を聞くと、緋冥は元々寝床が変わると上手く寝付けない体質だと言い出し、寝るために元の世界に帰ると言った。
そんな簡単に元の世界に帰れるのかと聞くと、伊織の霊力が在れば簡単だと言い実際にその日の夜から緋冥は世界を行き来するようになった。
まぁ、世界を渡るためには膨大な霊力が必要なので、緋冥が行き来するたびに伊織がふらつくという事件があったが、それ以外は平和な日常が続いていた。
「う~ん……」
シュークリームを五十個食べたいと言い出した緋冥の事はひとまず無視して、伊織はスマホでお酒について調べていた。
この世界では十八歳から成人となり、お酒も十八歳から飲むことが出来る。
しかし、伊織は今までお酒を飲む機会がなかった。
あまりお酒に詳しい訳でもないので、どんなお酒が良いかさっぱり分からなかった。
「どうしたもんかなぁ、こうなったら手当たり次第に買ってくしかないか?」
幸いにも退魔士になったことで懐には余裕がある。
シアナに買ってあげた着物に比べれば遥に安いものなので、それも一つの手かなと考え出しているとき、ピンポーンとチャイムがなった。
「あら?この音は何かしら?」
「誰か家に来たんだと思う、ちょっと出てくるよ」
実はクシナ達と住み始めてから、伊織家のチャイムが鳴ったことは一度もなかった。
だからクシナもシアナも、何だこの音はと少し驚いた様子を見せる。
二人とも耳がピンとなり、尻尾がソワソワした様子で揺れ動いてる姿を見て少し癒される気持ちになりながら伊織はインターホンに向かった。
「はーい」
『宅急便でーす』
「あ、はい。すぐ行きます」
どうやら家に来たのは宅急便だったようだ。
しかし伊織は疑問に思った、俺、宅急便なんか頼んでないんだけどな…と。
記憶を思い返してみても、何かを頼んだ覚えはない。
深まる謎に頭を悩ませながら家の扉を開けた。
「お待たせしました」
「久遠伊織さんですかね?こちら荷物になります、サインお願いします」
「あ、はい」
「ありがとうございましたー」
受け取った荷物の伝票を見てみると、届け先には確かに伊織の名前が書かれていた。
そして送り主を見ていると…。
「秋月美月……え?支部長から?」
何故支部長から荷物が届いたのか分からないが、その荷物を持ちながらリビングに戻った。
「主、それなに?」
「分からないけど、なんか支部長から荷物が届いた」
「あの女から?」
「う、うん。とりあえず開けてみるか…」
言葉の強いクシナに少し引きながら荷物を開けてみる。
段ボールを開けると中には緩衝材が敷き詰められており、それを退かすと細長い木箱が出てきた。
「なんだこれ?酔僧…?」
細長い木箱に酔僧とだけ書かれたそれに、一番強い反応を示したのは緋冥だった。
「むむむ!それは……酒だな…?」
「お酒?これが?」
「うむ、開けてみよ」
緋冥に言われた通り木箱を開けてみると、中には一升瓶が入っていた。
その一升瓶にもラベルに酔僧と書かれている。
確かに、お酒で間違いなかった。
「主様、こんなのも入ってたわよ」
「ん?手紙かな?」
木箱の方に気を取られていたが、どうやら手紙も一緒に入っていたらしい。
折りたたまれた紙を開き中を見てみる。
『久遠伊織くんへ
厄星討伐お疲れ様、伊織くんのおかげで無事黒龍を倒すことが出来たわ。
それで新しく契約した龍の対価としてお酒を要求されてるって聞いたから、お勧めの日本酒を送るわね。
少しでも助けになれば幸いよ。
追伸
他にも何か困ったことがあったら遠慮なく相談してね?
秋月美月』
「支部長…」
確かに厄星討伐が終わった後美月と話しているときに、緋冥の対価について話していた記憶がある。
ただ、まさかそれで美月からお酒が送られてくるとは思わなかった。
お酒については非常に頭を悩ませていた問題だったので、非常にありがたい。
「分かる、妾には分かるぞ……。これは、美味い酒だっ!!久遠伊織よ!グラスはあるか!?」
「えぇ、ありますよ」
「うむ!では飲むとしよう!」
お酒を見た緋冥の目は爛々と輝いており、早くお酒を飲みたいという気持ちが強く伝わってきた。
その様子に苦笑いしながら、美月に感謝をしつつ伊織はグラスを用意しだした。




