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楓の戦い

「お、美味しかったです」

「良かったです!」


楓の差し出してきたタピオカミルクティーを一口飲むと、飲み口の広いストローからタピオカも含めて伊織の口に流れ込んできた。

本来であればとても美味しいはずなのだが、緊張で全く味の分からなかった伊織は取りえず美味しかったと伝える。

それを聞いた楓は本当に嬉しそうにしながら飲み物を自分の前に戻して、ある事に気が付いた。


「(良かったです、伊織さんに喜んでもらって。私も緊張で少し喉が乾いてしまいました、とりあえずこれでも飲んで...飲んで......これ、さっき伊織さんが飲んでたやつです!?)」


そう、楓は緊張のあまり失念していた。

伊織に飲み物を分けるという事は、その後伊織が口を付けた飲み物を自分が飲むことになるということを。


「(どどど、どうしましょう!?間接キスになっちゃいます!?)」


ただの間接キス、されど間接キス。

初心な楓には非常に刺激が強く、ハードルが高かった。


「(ただ飲み物はこれしかないわけで....ど、どうすれば...)」


この時、極度の緊張から楓の思考速度は非常に早くなっていた。

元々近距離特化の楓は自分で超集中状態を維持することで思考速度を早くすることが出来る。

その技術が遺憾なく発揮されていた。

圧縮された時間の中楓は思考を重ねる。


「(そういえば、これは最初に私が飲んでましたよね?それを伊織さんが飲んだと言う事は、既に間接キスしてました!?な、なら、私がこれを飲んでも不思議ではないですよね??な、ないですよね!?)」


さらに楓は気が付いた、既に伊織と間接キスをしているということに。

ならば、既に間接キスをしているならば、楓がこれに口を付けたところで違和感はないのでは?と考える。


「(で、でももし私がこれを飲んで伊織さんが不快そうな顔をしていたら...私はショックで死んでしまうかもしれません...)」


伊織は絶対そんな表情をするわけがないのだが、恋愛経験が皆無である楓にはそれが分からなかった。

思考がマイナス方向へ傾いていく。


「(そ、そうです、ここは伊織さんに不快な思いをさせないようにストローを取り替えるのがいいかもしれません......でも、それだと伊織さんの事を汚いと思われてしまうかもしれません!?だ、ダメです。ストローを取り替えるのはやめましょう)」


一瞬光明が見えかけた楓であるが、直ぐにその考えを否定する。

もし伊織に不快な顔をされれば楓はショックで気絶するかもしれないし、もしストローを交換して伊織が悲しそうな顔を浮かべればそれはそれで伊織を悲しませたとしてショックで気絶してしまうかもしれない。

物凄く簡単な解決方法として、楓が気にせず飲み物を飲めばいいのだが、いまだその決心は付いていない。


「(であれば、やっぱりこれを飲むしかないのでしょうか???え、エッチすぎませんか!?はしたないと思われたらどうしましょう!?)」


そもそも最初に伊織が楓の飲み物に口を付けているので、はしたなくなどないのだが今の楓にその事に気が付く余裕はない。


「(ダメです、一旦冷静になりましょう。そうです薄楓、落ち着いて考えるのです。飲み物でも飲みながら落ち着いて考えれば......間接キスになっちゃいます!?)」


ここで軽いパニックになっていることに気が付いた楓は落ち着こうとした。

一旦冷静になり、飲み物でも飲んでから改めて考えようという思考になったのだが、今まで考えてたことはその飲み物に起因する。

思考がループしていた。


「(み、美月姐さん.....私はどうすれば.....はっ!そういえば!)」


そしてここである思い出が楓の脳内に閃光となって蘇る。


『いい楓ちゃん、恋愛ってね?戦いなのよ』

『は、はぁ...』

『今はまだ分からないかもしれないわ、でも今後もし楓ちゃんが心からこの人と一緒になりたいと思える人に出会えた時に思い出してほしい事があるの』

『なんですか?』

『女にはね、決して引けない戦いをしなければいけない時がくるわ』

『そうなんですか?』

『えぇそうよ。楓ちゃんがいいと思った人は、楓ちゃんだけがその人を見ているわけじゃないわ。きっと沢山の女性がその人のことを狙ってるかもしれないわ』

『う、う~ん...』

『だからその時は、決して他の女に負けないように、心を強く持ってライバルに立ち向かう必要があるの』

『な、なるほど。そうなんですね』

『そうなの、頑張ってね楓ちゃん』

『そうですね、いつかそういう日が来るかも知れないので覚えておきます!』


以前美月から言われた言葉を思い出した楓は心を奮い立たせる。


「(あの時の言葉がようやく分かりました、今この時が、この瞬間が、私にとって負けられないときです!)」


ともすれば以前化け物から伊織を守っていた時より固い決意を漲らせる。


「(結衣さんは先程クッキーをあげてました、シアナさんもパンケーキを伊織さんに食べさせていました、白雪さんは以前より伊織さんとお友達なので、既にこういったことをしているかもしれません。私はこの人たちに比べると伊織さんとの交流が深いとは言えません...)」


このカフェにいるメンバーを改めて思い出してみると、自分は少し伊織と会っている回数やアプローチが足りないことに気が付いた。

ならばこそ、今この瞬間に伊織に対して積極的なアプローチをしなければ決して振り向いてもらえないと考える。


「(だからこそ!ここで!決めなけらばいけません!)」


まるでこれから強大な敵に戦いを挑む挑戦者の様な瞳をしながら飲み物を見続ける。


「(八剣、薄楓、いざ尋常に!)はむっ!」


そしてついに楓はストローに口を付けた。

楓が思考を始めてからこの間まで現実時間で僅か一秒、楓はやっと飲み物を飲むことが出来た。


「(あ、味が分かりません!?)」


当然、緊張で味など分からなかった。


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