女の戦い
店員の持っているトレイにはパンケーキの他にも皆が頼んだ色々な物が載っている。
「こちらチョコバナナパンケーキデラックスでございます」
「ありがとうございます」
「お~」
まずはパンケーキをテーブルに置いたので伊織が受け取り、シアナの前に置いてあげる。
シアナはキラキラした瞳で待ちに待ったパンケーキを見つめていた。
他にも結衣は紅茶とクッキー、伊織と白雪はコーヒー、楓はタピオカミルクティーなどそれぞれ注文していた飲み物を受け取る。
「主、食べていい?」
「ちょっと待って、はいどうぞ」
待ちきれないといった様子のシアナにナイフとフォークを渡してあげる。
それを両手に持ったシアナはさぁ食べるぞと一度ムンと気合を入れてパンケーキを切り分けていく。
「シアナさんはとても可愛らしいですね」
その様子を見ていた結衣が微笑ましそうにそう呟いた。
シアナはナイフを器用に使って上手に切り分け、フォークにパンケーキをさして口に運ぶ。
口に入れた瞬間耳がピンと張り、目を大きく見開いていた。
その後目を閉じながらもぐもぐと食べている様子を見ていると本当に美味しいことが分かる。
「美味しいか?」
「ん、神の食べ物...」
「そっか、良かったな」
大変満足そうにしているシアナを見て伊織は思わずシアナの頭を撫でる。
突然撫でられたシアナであったが、伊織の手は気持ちがいいのでもっと撫でろと頭を擦り付けている。
そのまましばらくパンケーキを食べていたシアナであるが、ふと伊織の方を向いた。
「ん?どうした?」
「ん~...」
そして再び視線を戻し、フォークにパンケーキを刺すとそれを伊織に差し出してきた。
「はい主」
「くれるのか?」
「ん」
この時シアナは日中の会話を思い出していた。
白雪と昼飯を食べていた伊織が、自分もパンケーキが食べたくなってきたと言っていたのを覚えている。
しかし伊織はパンケーキを頼んでおらず、コーヒーだけを注文していたので自分の物を伊織に食べさせてあげようとしていた。
先程まで雑談に華を咲かせていた三人であるが、今はその様子を食い入るように見つめていた。
「そっか、じゃあ頂きます」
そういいながら伊織はパンケーキを口にする。
それは傍から見ても紛れもないあーんであった。
「なっ!」
「あら?」
「ふえっ!」
それを見ていた三人はそれぞれ驚いた顔をしていた。
伊織としては最近よくシアナが自分の食べ物をこうして分けてくれるようになったので当り前になっていたが、通常こういった行為は特別仲のいい男女が行うものだ。
「主、おいし?」
「あぁ、美味しいよ」
「もっと食べる?」
「いや、俺はもう満足したから後はシアナが食べていいよ」
「ん、分かった」
「ありがとうな?」
「ん」
そう言いながらシアナの頭を撫でると、幸せそうに目を細めていた。
その様子を見ていた結衣は少し考える素振りを見せている。
一つ頷いた後自分の頼んでいたクッキーを一つ手に持ち伊織に話しかける。
「伊織さん、このクッキーも凄く美味しいんですよ」
「そうなんですか?」
「はい、なのでお一ついかがですか?」
「ちょっと食べてみたいですね」
白雪からこのカフェは専属の料理人が仕事をしているので、食べ物が美味しいという話しを聞いていた伊織は少し興味が沸いた。
結衣から一つクッキーを受け取ろうとした伊織であるが、その前に結衣が行動に移す。
「そうですか、では伊織さん。あ~ん」
「え?」
「結衣さん!?」
まさか結衣からそんな事をされると思っていなかった伊織は首を傾げ、楓もまた驚愕の表情を浮かべていた。
戸惑う伊織を余所にニコニコとした表情でクッキーを差し出し続ける。
先程シアナに食べさせてもらったのとは事情が異なるので、伊織は食べていいものなのか非常に悩んでいた。
「伊織さん?あ~ん」
しかし結衣は意外にも強情であった。
伊織が食べるまで絶対に手を引かないという雰囲気をかもし出しながら手を差し出し続けている。
それを感じ取った伊織は恐る恐るクッキーを口へ含んだ。
「どうですか?」
「あ~、その、美味しいです」
「そうですか、良かったです」
正直緊張で味など分からなかった伊織であるが、とりあえず美味しいと答えておく。
それを聞いた結衣は非常に満足そうな顔を浮かべながら紅茶を口へ運ぶ。
その所作は品にあふれるものであり、本当にお嬢様みたいな人だなと伊織は思った。
まぁ本当のお嬢様は人前であ〜んなど決してしないと思うが...。
そしてこれを見ていた楓は自分の持っている飲み物と伊織の顔を交互に見ていた。
楓としてはここはアピールポイントなのではないかと考えている。
しかし食べ物を分けるのと飲み物を分けるのではかなりハードルが変わってくる。
ただ残念なことに既に楓の頭はいっぱいいっぱいであり、そのことに気が付いていない。
覚悟を決めた楓が飲み物を伊織に差し出した。
「い、伊織さん!私のタピオカミルクティーも美味しいので一口どうぞ!!」
「え!?」
「はぁ!?」
それを聞いた伊織と楓は驚愕する。
楓の差し出してきたタピオカミルクティーは先程まで楓が飲んでいたものだ。
ストローも一本しか刺さっていないので、それを飲むということは必然的にそのストローに口を付けることになる。
「何してるんですか楓さん!?」
「で、でも...本当に美味しいので伊織さんに飲んでもらおうと...」
流石にこれは看過できなかった白雪が口を挟むが、楓は凄く悲しそうな顔をしながらそう答える。
こういった表情に弱い伊織は少し心が締め付けられる感じがした。
「い、頂きます...」
「は、はい!どうぞ!」
「伊織君!?」
その表情を見ていられなかった伊織が、つい飲むことを了承してしまう。
すると先程まで凄く悲しそうな顔をしていた楓はパッと花が咲いたような笑顔を浮かべながら再度伊織に飲み物を差し出してくる。
深く考えないようにしながらストローに口を付け一口飲むが、全く味が分からなかった。




