伊織、ぼっちっち?
五月も中旬に差し掛かった今日この頃。
伊織は普段と変わらない毎日を送っていた。
「主様、ここにゴミが付いてるわよ?」
伊織の服にゴミがついている事に気が付いたクシナはグッと身を寄せてゴミを逃がさないようにして取る。
「ん?ありがとう、取ってくれるのは良いんだけど近くないか?」
「私が主様の近くに居たいの、ダメかしら?」
凄く悲しそうな顔でそんなことを言うので、伊織も強く嫌だとは言えない。
「いや、まぁ、そうだな...うんちょっと近いかなって思っただけだから」
「そう?ならいいわよね」
そう言いさらに体を近づける。
伊織の身長はクシナより少し高いため、クシナの顔が首に埋まる形になる。
「す~、主様~」
「お、おいクシナ、流石に匂いは恥ずかしいって」
「ん、朝からえっちっち」
「違うからなシアナ!そんなことはしてないぞ?」
「ん、そうは見えない」
朝はこうしてバタバタとした時間を過ごし、大学へ行き、帰りに妖魔に襲われて、帰ってきてからは札術の練習。
これが最近の伊織の過ごし方だった。
今日もまた伊織は大学から帰ってきた後、札術の練習を行っていた。
「ふ~ん、霊力を使った身体強化の術式...か。面白そうだな、次はこれを書いてみるか」
普段家でお札に術式を書いた後、白雪に見てもらい問題が無ければ退魔士組合の練習室で試してみるという順序で練習をしていた。
今のところ伊織が使える札術は火の玉と敵を拘束する札術である。
火の玉はいつ使うか分からないが、敵を拘束する札術はあって困らないので暇な時間を見つけては量産していた。
そして新しい術式に目を付けたので伊織は新しいお札を取り出してその術式を書き始める。
「またお札を書いているのかしら?」
「ん?あぁそうだよ」
「前から言っているけど、私たちが居るから主様は何もしなくてもいいのよ?」
伊織が札術を使えるようになってから、クシナは事あるごとにこう言ってくる。
「でも俺も退魔士だしさ、少しくらいは自分の身は自分で守れるようにならないとなって」
「もう、そんなこと気にしなくていいのに」
少し不貞腐れたような声色でクシナが言う。
「でもいつも助かってるよ、ありがとう」
ちょうどクシナの頭が伊織の近くに降りてきて居たのでそう言って頭を撫でる。
「もう、そんな事しても誤魔化されないわよ?」
クシナは口ではそう言っているが、表情は笑顔で尻尾はブンブンと振られていた。
言葉と行動が一致していないなと少し苦笑いをしていると、伊織のスマホが鳴った。
「ん?なんだろう」
突然だが伊織には友達が少ない。大学でも白雪が居ないときは一人で過ごしている程だ。
そのためスマホが鳴るという事は基本的に白雪からの連絡である。
それ以外は公式からのメッセージが大半であった。
白雪から何か連絡かなと思いスマホを見てみると、そこには退魔士組合と書かれていた。
「え、退魔士組合からだ」
そういえば契約書を書いたときに、メールアドレスなどの情報を入力していたことを思い出した。
その情報を元に伊織のスマホに連絡が届いたのだと想像できた。
「えっと何々...依頼のご案内?」
退魔士組合から届いた内容は、伊織に対する依頼についてだった。
「五等星 久遠伊織に呪物回収の仕事を依頼する。ついては詳細な話をするために退魔士組合までお越し願いたい...ね」
その文章には、出来るだけ早く来て欲しいと書かれていた。
伊織は予定を思い返し、特に何も無かったので早速明日行ってみようかと考えていた。
次の日伊織は大学へ向かっていた。
いつもならこの辺りで白雪が突撃してくるのだが、今日はその様子が無かった。
「あいつ今日休みか?依頼のこと相談したかったんだけどな」
居ないものは仕方がないので、後で連絡しておこうと考える。
白雪が居ないので、伊織は一人で大学の時間を過ごしていた。
『主、ぼっちっち?』
『...どこでその言葉を知ったのか詳しく説明してもらおうか』
『ん、テレビでやってた』
シアナは家にいる時、ずっとテレビを見ている。
好きな番組があるわけではないが、今と昔の違いを学んでいるらしい。
伊織は脳内で必死に弁明を行う。
『ボッチなわけじゃないぞ?ほら白雪とか居るし』
『ん、でも白雪が居ないときはいつも一人』
『ぐっ、確かにそうだけど...』
『シアナ、主様は友達を作ろうと思えば作れるから好きで一人でいるのよ?』
クシナからフォローになっているか微妙な言葉が飛んできた。
『ん、そうだったんだ』
『あぁ、そうだよ...』
少し落ち込んだ気分になりながらも、大学が終わったので伊織は退魔士組合まで足を進める。
伊織は今までに何回か退魔士組合に来たことがある。
妖魔と契約していることがバレたときに、白雪と一緒に。
札術の練習をするために、白雪と一緒に。
思い返してみると、伊織はいつも白雪と退魔士組合を訪れていた。
一人で行くのは今回が初めてであった。
いつものようにカードをかざして組合の中に入ると、今日も今日とて女性が多い。
中へ入ると毎回視線が伊織に集中するのだが、今日は少し視線の種類が違っていた。
「あれは...伊織きゅん!あぁ今日来てよかった...」
「今日は白雪様がいないわよ?」
「つまり一人...ってこと!?」
「つまり伊織様とお近づきになれるチャンス!?」
退魔士組合の中にいた女性たちがジリジリと伊織に近づいていく。
何故か肉食獣に狙われているような悪寒を感じ取る。
『この女たち調子に乗ってるわね』
『ん、私が躾けてくる?』
『そうね、お願いしようかしら』
クシナたちの物騒な会話が脳内に響く。
退魔士の中でどれだけシアナが強いかいまいち分からないが、戦いになったら面倒な事になりそうだと感じていた伊織は必死に止める。
『大丈夫だから、大人しく、大人しくな?』
『でも主、危ないよ?』
『そうよ主様、これはあの女たちがいけないのよ?』
必死に止めているが、クシナたちは聞く耳を持たない。
これはマズイなと思っているとき、一人の女性が話しかけてきた。
「久遠伊織さんですよね?今日はお一人ですか?」
「え?えぇそうですけど...」
その女性は赤く長い髪の色をしており、おっとりとした顔の美人だった。
「いきなり話しかけてすみません、なにか困っている様でしたので」
「あ、いえ、助かりました」
実際シアナがもう少しで出てくる所だったので伊織は助かっていた。
「私は朱炎結衣と申します」
「初めまして朱炎さん、久遠伊織です」
自己紹介をすると、朱炎結衣は少し困ったような顔をしながら頬に手を当てていた。
「朱炎という苗字は可愛くないので、結衣と呼んでくださらないかしら?」
「え?えぇ、わかりました結衣さん」
「ありがとうございます」
結衣は丁寧にお辞儀をする。
その所作には品が溢れており、まるでどこかのお嬢様の様に感じた。
「くそっ、先を越された...」
「朱炎様よ、朱炎様が行ったわ」
「これは荒れるわよっ!」
結衣が話しかけたことにより、近づいていた女性たちは止まったが、止まっても何事かを話している。
「それで、今日はどういったご用件でこちらへ?」
「えっと、依頼が来たんですけど説明をしたいから支部長室に来るようにと...」
「そうだったんですね、では受付に参りましょう」
結衣と一緒に受付まで歩いていく。
「支部長に用事がある時は、ます受付に話を通しておくとスムーズに事が運びます」
「なるほど、教えていただきありがとうございます」
受付まで来た二人は、要件を告げる。
「すみません、支部長は居ますか?」
「はい、本日は支部長室に在中しております」
「その、支部長に呼ばれて来たのですけど」
「それでしたらこのままエレベーターに乗って支部長室までお進みください」
「わかりました、ありがとうございます!」
いつも乗っているエレベーターの前まで進み、結衣にお礼を告げる。
「結衣さん、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえこちらこそ、楽しいひと時をありがとうございました」
そう言い儚げな笑顔を浮かべる。
一瞬見惚れてしまった伊織であるが、エレベーターが到着したので乗り込む。
そしてもう一度会釈をして支部長室まで向かった。
「(あれが噂の久遠伊織さんですか...中々どうして退魔士には珍しい男性ですね)」
結衣は伊織と別れた後、そのエレベーターを眺めながら考え事をしていた。
伊織は退魔士の男性にしては珍しく優しい性格をしている。
「(これで彼と面識が出来ました、これからは積極的に話していくことにしましょう。うふふ、楽しみが一つ増えました)」
結衣は何事かを考えながらその場を後にした。




