55、前夜
窓の外は薄暗い。明け方か夕方かわからなくなった。多分起きたばかりだから明け方だ。
あのとき、果歩と砂川を思い浮かべたら景色が切り替わった。不思議な景色だった。一人の背中だけを見据えて俺は空を飛んでいた。目の前に計器が並んでいる。酷く攻撃的な乗り物だ。操作は体が知っていた。取り巻きの集中砲火は全て機体を掠めるだけだった。音も振動も風景も時間を止めたようにゆっくり感じた。それぐらい俺は冷静だった。操縦桿を掴む手に力が入る。思わず笑みが溢れてきた。運動エネルギーがある境界を越えるとフェイタルアドレスに突入する。狙いを定め、降下してゆく。轟音の中でその背中が振り向いた。衝突の寸前で目が合った。悪魔の目だ。完全な殺しの目だ。俺は瞬きもせずそれを視界に収めていた。
ゼットコングのボスにはこのフェイタルアドレスによる攻撃でしかダメージを与えられないことを俺たちは後に知る。
力の源泉がある。懐かしい感覚と共に力がみなぎってくる。そこは真っ暗な場所だ。淵なき大海ともいえる、そこに満ちているのが源力だ。
透き通る意識は集中力だ。源力がなくても入れる。俺は場力の張り合いで入り方を覚えた。攻撃的な要素を取り除けばすぐに空箱に転じることができる。
そして最後に内功がある。
俺たちの攻撃手段はこんなところだ。これらを駆使してフェイタルアドレスに持っていく必要がある。
窓の外は曇り空だ。俺はギルドに行くために作業着に着替えた。
大通りに出る一本道を秋風に吹かれながら歩いている。すると後ろから聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
猿田だった。これから仕事を受けにギルドに行くところらしい。珍しく一人で、ノエルの姿はなかった。
仕事はダンジョンの探索だった。冒険者は大体が民間の業者と契約を結んでいるから人手はあまりないらしい。念のため支部長にも許可をもらった。東部ドメインは露九戊の管轄下だから許可がいるようだ。俺は何も知らずに外地見回りの仕事を受け続けたけど、まあ大した仕事じゃないから大丈夫だろう。ギルドの受付で用紙に記入する。人数は三人、期日は明日。ノエルも行くようだ。
「ダンジョンは初めてか?」
俺は正直に答えた。もう終わってしまったことだし、構わないだろう。あれから俺は泉のダンジョンには行っていない。
「何だ、まだ稼働中ってことじゃないか。申請すれば金がもらえるぞ」
「そのうち、気が向いたら報告します」
「誰かに先越されてしまうぞ」
ダンジョンにはお宝があるから獲得のために真っ先にギルドが冒険者を派遣する。まだ未知の魔物やお宝がある可能性も高い。外地には国境がほぼ存在しないため、他国が探索をすることも可能だ。だからダンジョンの情報は各国のギルドで厳重に管理されている。公になっているのは量産タイプのお宝か攻略難度の低い放置ダンジョンだ。これから向かうダンジョンの宝草はヒカリゴケらしい。量産タイプのお宝だ。しかし、まだ魔物が見つかっていない。どこかに潜んでいるかもしれないからリスクを無くすための探索ということらしい。
あと、仕事はできるだけ制服で行えと言われた。所属がすぐにわかるし、団結の象徴にもなる。
その日は昼間から猿田とノエルと三人で食堂に入り浸っていた。明日の仕事の壮行会だそうだ。北東方面の山岳地帯の洞窟に行く。かなり遠い場所らしい。
俺は座卓に頬っぺたをつけて寝ていた。猿田も肘をついた手でお猪口を呷る。大分酔ってきている。ノエルは目を閉じて黙っている。
「だれてるな」
女が座敷に立った。芽留だ。
「おう、お前も飲むか」
「少しだけ」
外はいつの間にか暗くなっていた。夕飯時だ。水の入っていたコップの水を鉢植えにやって空にして酒を飲む。芽留が飲むところは初めて見た。
「仕事があるのか」
芽留が尋ねた。
「明日、ダンジョン探索だ。大遠征だ。片道六時間」
「そんなに酔って大丈夫なのか」
「もうやめる。飯を頼もう、おーい」
「はーい」
注文を取りに来た。鯖味噌定食を頼む。俺も同じものを頼む。ノエルと芽留も同じものを頼む。
芽留は今日も木綿の上下を着ている。髪を後ろでまとめている。寮内でもこれほどの美人はいないだろうというような感じだ。火事に遭い、源力を身につけたという。
食堂は半分が照明が消えて窓が開いている。秋の風が入ってくる。少しだけ薄暗い。窓の外からは虫の鳴き声が聞こえる。離れの裏は茂みになっていて小さな川もある。離れは今ではもう満室に近い状態になっているそうだ。
「お前たち、今日はよく寝ておけよ」
味噌汁をすすりながら言う。
こうして夜は静かに更けていった。




