53、死地
あれから大分時間が経った。九月だ。季節は秋に入った。少し涼しくなったような気がする。
あの後で変わったことといえば、まずスキルを覚えた。体気煥発を頑張った甲斐もあってすぐに覚えることができた。むしろ苦労したのは閉鎖陣形の方だ。布陣スキルは集中軌道と物理スキルの中間というような扱いだ。回数をこなす物理スキルと違って閉鎖陣形は集中軌道寄りだ。手のひらの中心に意識を集めるこれまでと違い周りにかなり強めの壁を張る。なかなかできなかったが猿田に助言を仰いだらただ壁を作るだけでいいと言われた。強化は源力がやると。
試すとその通りだった。猿田に言われた通りに閉鎖陣形を張ろうとすると待っていたかのように源力が湧いてきた。そのまま放つと今まで中途半端にしか張れてなかった壁が完璧な強度になって立ち上がった。まるで生きているみたいだ。最近何かに見られているような不思議な感覚がある。座卓の上のフクメンを眺めた。何も言わずに壁に寄りかかっている。その後ろに持ち主だったあの男が少し悲しそうに微笑んでいるのが見える気がした。
目の前の壁に触ろうとするが触れない。自分の体はすり抜ける。銃弾は通さないような気がした。不思議なスキルだ。仕組みがわからない。
もう一つは泉のダンジョンだ。ついこの間、場力の張り合いに行ったところ、初めて透き通る意識に入った状態で場力が続いた。相手は逃げずに立ち向かうようだった。死の恐怖を乗り越えた先に魚の姿が見えた。初めてのことだった。その背中を追っていくと人工的な建物の入り口に来た。黄色と黒の警告色がある。FATAL_ADDRESSと入り口の上に書いてある。魚はその先に入っていった。俺は後を追った。暗い倉庫のようだった。
倉庫の中に水中の景色が重なっている。俺は歩いているが魚は泳いでいる。
“the shape of love……”
暗闇に文字が浮かんだ。
“the shape of love is your sick.”
苦しむ姿に、人は惹かれる。
そう言っている。
周囲からエンジン音が聞こえてくる。
俺は生で初めて聞く音だ。
“It's the same for them, too.”
果歩と砂川の顔が思い浮かんだ。
大切なものだ。魔物が何かを教えようとしている。
辺りが暗くなった。
“the answer is……”
ゴオ――
エンジン音に掻き消された。
景色が上空に変わった。物凄い速度だ。北へ向けて飛んでいる。
空飛ぶ機械を操作している。体が勝手に動いている。
かけがえのないものを守る。
そのために必要なもの。
わからない。強さじゃないのか。
やがて到達点を超えた。
人の背中が見えた。
直前で振り向いた。顔が見えた。
あれが――、ゼットコングだ。
気がつくと泉のほとりにいた。
魚の気配を感じない。
俺はもしやと思い靴を脱いで泉に入った。
結構な深さだったが背は立つ。
泉の真ん中あたりで魚が浮かんでいた。
巨大なマスだった。
死んでいる。
俺は魚を抱えて岸に戻った。
ほとりで柔らかい地面を掘り、そこに魚を埋葬した。水の中よりこの方がいいだろう。
最後に見えたあの景色。きっと魚が死の間際に出した源力なのだろう。これまでに経験したことのない景色だった。
おかげで悪魔の顔が初めて見えた。人間と何も変わらない姿だった。
――ありがとうな。
泉のダンジョンに通うのはそれが最後だった。




