48、九十九の村
食堂に行くと珍しく猿田が本を読んでいた。
「何を読んでるのですか?」
猿田は本を閉じて座卓の上に置いた。
俺はノエルの横に座った。
「もう読んだから貸してやろう」
「月刊飛鳥」。経済誌だ。
小説でない本も読むみたいだ。
俺はそれを手に取って読んでみた。
路是について、肯定派と否定派に分かれて評論家が討論している。
車の廃止で経済は滞ったと述べる一方で、「九十九の村」を例に挙げて反対する肯定派が言い争っている。
あるところに百人の村があった。その村は物の怪に支配されていた。大蛇の物の怪だ。物の怪は一人、生贄を差し出せば村は助けると言った。村で生贄が選ばれた。若い娘だった。その晩、別れを惜しんで村人のみんなが泣いた。最後の村長の一声で娘は送られることになった。みんな村長の言葉に耳を傾ける。
「皆の者、よく聞け。私は今から洞窟へ向かう」
「いざ討たん。我らが底意地を見せるとき」
歓声が湧いた。特に男たちの間で一斉にときの声が上がる。それぞれが武器を持ち、洞窟へ向かった。「忌まわしき物の怪よ、未来永劫、闇へと帰るがよい」。村長の一声で戦いが始まった。激しい戦いだった。やがて村人たちは見事に物の怪を討つことに成功した。怪我人は出たが全員が生還した。という本だ。
つまりどういうことかというと車に恐怖を感じるものが一人でもいる限り、便利さは二の次になる、と答えた。しかし、車両がなくて回らない仕事は腐るほどある、と相手側は捲し立てた。肯定派は精神論でしか応戦できない。
「車、結局どうなのですかね」
猿田に尋ねてみた。
「車はない方がいい。そこには出てこないが、車の出現で、得たものと失ったものがある。何だかわかるか?」
「わからないです」
猿田は深く息を吐きながら何もないテーブルを見て言った。
「得たものは便利さ。失ったものは落ち着きだ」
一瞬息をのんだ。今まで車を想起する度に纏わりついてきた不純物のようなものを一言で言い当てられた気がした。便利さと落ち着きは相容れないものだ。確かにその通りだ。
「便利より優しい世界の方がいいと思わないか。俺は九十九人の村より百人の村の方がいい」
猿田の言う通りだった。
俺は座卓の上に本を戻した。
でも経済誌を読む限りでも、車がまたいつ出現しないかが不安だ。そのことに関しても大丈夫だと言った。俺やお前がそうであるように、大多数の人は心の底でない方がよかったと思っているからだ。
進展した科学を巻き戻した。猿田に言われたことを意識すると明らかだ。不便になった代わりに町と心に穏やかさが戻った。空っぽになった車道はいつ見ても気持ちがいい。どこまでも見渡せる道を悠々と歩ける。
「早く体気煥発覚えろよ」
猿田が急かすように言う。
筋トレもやらなければならない。千分の一はなかなか引けない。
「最大火力は短時間だが、もともと巡行スキルだからそこそこは持つスキルだ。これがないと戦いにならない」
二人はもう飯は済ませた後のようだった。閉店間際に俺はカレーライスを頼んだ。




