45、開拓
筧に聞いたことがあった。それは筧が一人で外地に行ったときのことだ。
――あれは今となってはいい思い出だ。何も持たずに外地に初めて一人で立ったとき、不思議な思いに駆られたのを覚えている。遠く離れた何もわからない場所で、不安と恐怖が湧いてくる。それと同じくらいに好奇心があった。まだ誰も行ったことのない場所がこの先にある。何があるかわからない。この世界は宇宙に浮かぶ球体であり、一周すれば元の場所に戻ってくると言われている。天体の動きや引力を考えてもそれは確かなことだった。しかし、証明したものは誰もいない。これまで何度も冒険者が世界一周を試みたが失敗に終わっている。行方不明になった冒険者も多い。だからわからない。もしかしたら今見ているこの景色の先は断崖絶壁で目の前には宇宙が広がっているのではないか。あるいはとんでもなく長い階段があって天上界に繋がっているのではないか。巨大な洞窟があって古代人が暮らす楽園があるかもしれないし、人智を越える強さを持った魔物が徘徊しているかもしれない。そういった場所に行方不明者も匿われているかもしれない。そう思うと不思議な気持ちになる。いつか行ってみたいと思うが、まだ果たせていない。
俺も一度味わってみたいと思った。前に外地に行ったときは猿田とノエルがいたし目的もあった。そういう発想はなかった。それを意識して俺も外地に立ってみたい。
早速、ギルドの受付に来て手続きを行なった。IDカードを見せる。
「外地に行きたいんですけど」
「では、こちらの用紙にご記入下さい」
そう言って一枚の紙を渡された。日付と名前、そして理由を書く。俺は外地開拓と書いた。実際に開拓するかどうかはわからない。別に報酬はもらえなくてもかまわない。
用紙を渡すと地図をもらった。白井の外地の地図だ。開拓されたところがわかりやすく書いてある。新たに開拓するときはここに書き足すようだ。
「携帯は圏外になる可能性があるので、何かあったときは【灰灯】をつけてください」
「わかりました」
適当に返事をした。俺はまだ灰灯は使えない。
灰論を使うと遠くの発動されているスキルを見ることができる。定型技能は白い光。自由技能はオレンジ色の光だ。灰論で捉えるには何かのスキルを使っていないといけない。全スキルの中で一番燃費のいいのが灰灯だ。灰灯の効果は生命が危険な状態にあるとき灰論で赤い光として捉えることができるというものだ。安否確認で使われるスキルだ。
最後に賊山にも近づかないようにと忠告を受けた。
手続きを済ませてギルドの外に出た。どんよりとした曇り空だ。雨は降らないだろう。俺は東に向かって歩き出した。
紫苑の大通りだ。女の子が三人、横に並んで歩いていた。登校の時間だ。学校に向かう生徒たちを眺めながら歩いていた。やがて視界の先に商店街が見えてきた。
朝の商店街は人もまばらだった。惣菜屋の前を通ったとき、クッキーしか食べていないことを思い出した。多分帰りは夜だろう。店はまだ開店前だった。食堂の若いおかみさんが店内でこちらに気付き、手を振ってくれた。冒険者好きの子どもがいるおかみさんだ。覚えていてくれたようだ。俺も手を振った。
外地まで六時間かかるのが辛いところだ。しかし、青葉に住むわけにもいかない。白亜の団地を通って青葉に出た。もうすぐだ。
川沿いの道まで来ると遠くに山が見えてきた。賊山だ。もうすぐ境界の橋に着く。
やがて橋に着き、一歩一歩踏みしめるようにして渡った。外地の景色が目の前に広がっていく。
外地に出た。
俺は正面を見て、心を空っぽにし、大きく息を吸った。気持ちのいい開放感があった。
どこまでも遠くが見渡せる。正面には山。南には草原。北には森だ。地図にもそう書いてある。障害物がほとんどない。南方面には地平線が見える。内地では見られない風景だ。一番奥に境界線。その下半分に草原。上半分では雲がこちらに近づくにつれて段々大きくなっている。絵葉書にあるような景色だ。あるいは精神病患者の描いたアウトサイダーアートのようだ。
山の方には曇り空の中に浮かぶ黒雲がある。この前来たときのままだ。俺はどこに進もうか迷った。この前は草原地帯に行ったから北に進もう。




