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外伝3、お役

 四か国はそれぞれ独自にギルド本部を構えているが、世界全体で見た場合、牙途のギルドが本部となり、井黒や白井のギルド本部は支部となる。そういった体制になるのは百年前のときのように世界規模の災害や戦争が起きたときだけだ。


「本日、夕刻より総会があります」


 宮島葵が今日の予定を伝えている。春馬は秘書はいらないといったがそういうわけにもいかず、この宮島が秘書の代わりを務めている。


「それが終わったらでいいから作場の親父を呼んでくれないか」


「作場市長ですか?」


「そうだ。最近不審者がうろついている。おそらく外壁能力だが、正体を明かさない。作場の親父にも警戒するように言わなくてはならない」


 宮島はそれを聞き届けると部屋を出ていった。


 最近、嫌な夢をよく見る。時計と十字架の夢だ。バラバラになった十字架が時計の秒針に合わせて少しずつ積み上がっていく。秒針が進むことに恐怖を感じる。しかし時計は止まらない。十字架は少しずつ積み上がり、最後には十字の形になろうとする。十字架が完成したら死ぬ。暗い声がそう言ったような気がした。やがて十字架が完成する。そこで目を覚ます。完成するまでは恐怖だが、十字架が完成しても秒針が動き続けるだけで何も起きないことに安堵する。その繰り返しだった。この夢は何なのだろう。

 世界がシャボン玉に包まれる夢も見た。人間や動物がそれを突き破ろうと飛んだり跳ねたりしているが破れない。真っ暗闇で酷く寂しい夢だった。


 窓の外を見ると夢の感じと同じ気配が少し遠くの方にあるのがわかる。ギルドのある方だ。世界の終わりを想起させるような嫌な感じだ。何かが起ころうとしている。


 この年、お役の方が三人生まれた。古都にいる麻倉瑞希(あさくらみずき)が亡くなった年だ。そのせいで壊無(えむ)が強まり、抑えが効かずに漏れた。麻倉瑞希は萎縮を受けたが、このときの三人が受けたのは狂気だ。精神力の強い人間は狂気を押し殺し、暗黒は萎縮に変わる。狂気は押し殺せるが四六時中力むことになる。このとき受けとめた一人目は牙途のブライトン。二人目は井黒のスラム街に住む若い男だった。親に捨てられ、冒険者のために外地に出て小型の魔物を捕らえる仕事をしていた。彼は鉄パイプを持って繁華街で暴れ、偶然場に居合わせた草野誠によって取り押さえられて牢に入れられた。現在は獄死している。三人目が森羅の飾蒲生だ。飾蒲生は最初、狂気にやられたが、後に宇宙の力を得ることによって自我を取り戻した。しかし壊無の影響は彼の持つ黒丹(インボーク)にも滲み出た。壊無の特徴は十字架と寂しさだ。この世の終わりを思わせる寂しさを感じさせる。

 お役の方はどちらかといえば寂しい人間がなる。多くのものに愛されたり、たくさんの人間の意識が集まるようなものには壊無は入り込めない。冬介や春馬はそのおかげで壊無を感じることはあっても入り込まれることはなかった。冬介は道楽の砂川や果歩、そしてギルドの佐藤小豆や斉藤政次など強い好意を向けてくれるものがいたし、彼はすれ違っただけの人間でもしばらく思いを残すような不思議な魅力を持っていた。春馬は部下以外に国外にもその名を轟かせている。壊無が入り込む余地はない。



 古民家に人が訪れた。蓮真かと思ったら、意外な人物だった。ブライトンだ。古民家の様子はどうかと尋ねてきた。飛鳥馬は用が済んだのでもうすぐ白井に帰るところだと告げた。

 少し上がっていくかと聞いたがブライトンは断った。ギルドに戻るというので見送った。


 家に戻り玄関に入るとそれは起こった。


 ガガガガガガガ!!


 爆音が鳴り響いた。

 思わず耳を塞ぐ。

 玄関に小型の録音機が置いてあった。

 これが鳴っているようだ。


 急いで止めようとするがスイッチがない。

 飛鳥馬は堪らず外に飛び出した。


 ブン


 すると正面からブーメランが降ってきた。


 ギイン


 咄嗟に張った閉鎖陣形(ディフレクト)が叩き落とした。

 刃の付いたブーメランだ。一体誰が。


「オヨヨヨヨヨ」


 そのとき、すぐそばで男の声がした。


「ブライトン!?」


「オヨヨヨヨ」


 ブライトンが立っていた。しかし正気でない。その姿を見れば一目瞭然だった。正面を向いているが目だけは上を見て涎を垂らしている。足を引きずるように歩きながらゾンビのように両手を前に出している。さっきまでは普通だったのに。


「おい! ブライトン! しっかりしろ!!」


「オヨ」


 ズッ


 飛鳥馬に伸し掛かるように腕を突き出し、脇腹に短剣が突き立った。


「なっ!?」


 急いで引き抜き、距離を置く。


「くそっ」


 話が通じない。飛鳥馬はその場を走り去った。


「何が起きたんだ」


 携帯を取り文字を打つ。もうすぐ帰れるはずだったのに。

 そのとき、再び空からブーメランが降ってきた。


 ガン


 頬をかすめ、板塀に突き刺さった。

 これはブライトンのものか。

 通りの向こうから足を引き摺るように歩いてくるブライトンが見える。


 飛鳥馬は走った。

 恐怖している。

 この俺が。


 人間とは思えない形相だった。纏っているオーラが異常だ。

 気がつくと携帯を落としていた。辺りはもう暗くなっている。

 微かな明かりを見つけて中に飛び込んだ。

 公衆電話ボックスだ。


 番号を打ち、電報を送る。

 そのとき――。


 窓ガラスにべったりと手をつき、中を覗き込んでいるブライトンがいた。


「くそ、おい! ブライトン!!」


 暗い闇の中、十字架が立っていた。



 ワタシハダレ。

 ワタシハヒトリボッチダ。


 真っ暗な道を歩いている。

 周りに田んぼと畑がある。

 寒くて寂しい風景だ。


 一人じゃないよ――。


 声が聞こえた。若い女の声。


 ダレダ。


 お父さん――。

 あなた――。


 マチュア、ホノカ。


 そうだよ、お父さん――。


「マチュア……。ホノカ……」


 目が覚めた。


 そうだ。私は一人じゃない。

 二人がいる。二人だけが、いてくれる。


 意識が戻ると、電話ボックスの中で飛鳥馬の首を絞めているところだった。


「飛鳥馬……、さん」


「ごほ、ブライトン、しっかりしろ」


 ブライトンは咄嗟に飛鳥馬を電話ボックスの外に突き飛ばした。


「飛鳥馬さん、私は、もう駄目です。今のうちに……」


 電話ボックスの中で両手を上げた。


 飛鳥馬の銃属性ディスオーダー【方閃箱(デスクエアー)】。

 右手の人差し指を銃のようにして向けると壱の弾。

 人差し指と中指を銃のように差し向けると弐の弾。

 壱の弾は四角い物体のみを破壊する。

 弐の弾は四角い物体を中身ごと破壊する。


 飛鳥馬は人差し指と中指を立て、構えた。


 ブライトンが微笑む。


 ドン


 それでいい――。


「マチュア、ホノカ、ゴメン」


 ガシャアン!


 電話ボックスが爆発した。


 しかし次の瞬間、爆風の中、目を開けると誰かに抱きかかえられていた。


「アスマ……、さん……」


「二人だけなんて言うな」


 気がつくと辺りに人だかりができていた。


「飛鳥馬さん!? ブライトンさんも!」


 ギルドから応援が来たようだ。

 梅子に連絡するときにギルドにもメールを送っておいた。


「もう大丈夫ですからね!」


「大丈夫か、ブライトン」


「ああ、はい」


 誰かに思われる。たったそれだけで壊無に抗うことができる、もしくは壊無を消すこともできる。

 このとき二人はそれを体現したのだった。しかしそのことを有益な情報として得るものはまだいない。


 そして次の瞬間、それは起こった。


 グン


 ズシン


 外門だ――。


 お役の方は一人ではない。

 飾蒲生の外門だ。


 おそらく遺六の差し金だろう。

 蓮真と一緒のところを見られたのかもしれない。

 標的は飛鳥馬だった。

 しかし、今は蒲生も狂気にやられている。

 飛鳥馬を中心とした無差別攻撃だ。


「きゃあ!」


「な、何だ!?」


 場が騒然とする。

 殺しの外門だ。

 もの凄い重圧が降り注ぐ。


 その日、重圧により二人の男がその場で死んだ。

 死の間際に抗った場力は透き通る意識として梅子の元にも届いた。

 それからすぐにそれぞれの家に二人の死が告げられた。


 今から五年前の出来事である。

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