愛がこぼれてしまわないように。
俺が自ら飛び込んだ泥沼は、なんで甘美なんだろう。
愛を知らない固い蕾だったT。
俺が抱く度大輪の花を咲かせる。
これから何が待ち受けているかわからないが、まずあなたを離婚を前提とした別居をさせなきゃいけない。
この部屋は、あなたと暮らしたいと思い選んだ部屋だ。
ここに迎え入れればいい。
俺の胸でまどろんでいたTにそんな話をしたら、
だめよ。そんなことできないわ。
まだ離婚もしていないのに、あなたに迷惑をかけるわけにはいかない。
じゃあどうするんだ?
あの旦那の屋敷でこれまで通り暮らしていくのか?
本当にどうしたらいいかわからないの。
離婚しなくちゃいけないっていうのはわかるんだけど、私は怖いの。私の結婚が大勢の人を巻き込んでいるのは知っているでしょう?それを振り切って離婚するってなると、どんな問題が持ち上がるか…。怖くてたまらないの。
俺のことを愛してるねと問えば、大きな瞳を見開きコクリと頷く。
この澄んだ瞳を曇らせることがないよう、俺が守っていく。
やっと素直に俺のことを愛していると認めてくれた。
その一言が俺にどんなに勇気をくれるか。
俺は忙しい。今はソロの仕事をしながら、メンバーの仕事の準備をしている。
今年の前半はメンバーのツアーを控えている。夏にドームツアーを終え、再びソロの仕事に入る。
体がいくつあっても足りない。
しかしその忙しい合間を縫って、あなたとの逢瀬を楽しむ。
忙しい俺と人妻のあなた。どうしても会う時間は限られる。会えない時間が続くと寂しいし不安になる。
会えば寸暇を惜しんで抱き合う。お互いの肌の温もりを確認する。
言葉より何より、体で確かめあう。それが俺達の愛の形。始まりが体からだったからか、お互いの体は嘘をつけない。
ひとしきり抱き合った後、俺の胸に頬を当ててあなたが囁く。
会いたかったわ。寂しかったの。
これからもっと忙しくなるの?
会えない日が続くと私どうしたらいいか分からなくなるの。得体の知れない不安で押しつぶされそうになるの。
そんな時、俺は大丈夫とつぶやくしかない。
そして、あなたをしっかりと抱きしめる。2人の間に隙間ができないように。この手から愛がこぼれてしまうないように。
俺に抱かれて、あなたは切ないほど乱れる。
これが最後かもしれない…。
そんな思いがいつもあなたを支配している。
あなたを失いたくないの。
あなただけが私の支えなの。
二人だけの秘密の関係。
誰にも言えない恋。
深く静かに、そして激しく燃える想い。
こんな関係、もうあなたには限界なのかもしれない。
世間を欺く爛れた関係。
慎ましやかに育てられたTは、もうきっと耐えられない。
早く終止符を打たないとTが壊れてしまう。
早く旦那と離婚して欲しい。
俺の言葉を聞いて、大きな瞳を一層見開き、ふるふると首を振るT。
もう私に飽きたの?
どうしてそうなる?
俺はあなたを俺だけのものにしたい。
旦那と離婚して、俺と一緒になろう。
無理よ…。そんな無理なことを言って、私と別れたいの?
俺が何を言おうと、Tの耳には入らない。
今の俺に出来るのは、泣き崩れるあなたを抱きしめ宥めるだけ。