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第1話 焦がれた日常 2

 それからの数日は特にトラブルもなく過ぎた。


 高校が始まるまでは特にやらなければならないこともないから、落ち着いて過ごすことができた。


 これもまた実家にいたころには夢のようだった日常だ。


 こうした日常を家庭にトラブルを抱えていないいわゆる「普通」の人たちは当たり前のように過ごしているのかと思うと腹が立つことがままある。




 私は何に対して怒りを抱いているのだろうか。


 もちろん一番は私から「普通」の人生を奪った実家の連中だろう。


 ただときどき直接の加害者ではないはずの「普通」の人々に対しても怒りを抑えられなくなる。


 この怒りが村尾さんに向かうことがないかが心配だった。




 村尾さんも私も口数が多い方ではなく、お互い黙って本を読んでいることが多かった。


 村尾さんはほとんどが趣味の読書のようだったけれど、私の方は趣味の読書以外に中学校の教科書を読んで復習もしておいた。




 腹が立つことに十五年間実家で過ごしている間満足に勉強もできなかったのだ。


 私には自分の部屋がなく、日常的に隣で夫婦喧嘩や親子喧嘩が起こっていた。


 今からいくら勉強したところで無駄にした時間が戻ってくるわけではないけれど、少しでもその遅れを取り戻したい。


 そんなことを思いながらひたすら読書と勉強を繰り返していた。




 村尾さんは習慣を大事にするタイプのようで毎朝健康のためと称して散歩に出かける。


 コースも決めているのか一度散歩に出かけるとだいたい三十分間は帰ってこない。


 その間に私は一通り身支度を整えておくようにしている。


 あまり他人にそういうところを見られるのは好きではないのでちょうどよかった。




 扉が開く音がした。


 どうやら村尾さんが帰ってきたようだ。


 声をかける。




「おかえりなさい」


「ただいま。


 ご飯の準備するからちょっと待ってて」




 村尾さんはそういって台所に向かった。


 私も冷蔵庫から昨日買っておいたパンと牛乳を準備する。


 ……いろいろ事情があって自炊をする気にはなれないのだ。




 村尾さんもすぐに準備してきた。二人で手を合わせて食事が始まる。


 お互いにあまりよく話す方ではないので、いつも食事は静かなものだったが、今日は珍しく村尾さんから話しかけてきた。




「買ってきたものを食べてることが多いけど、自炊をする気はないの?」


「ええ。料理は別にいいんですが、洗い物が面倒くさくて」


「それじゃあ、外食や中食が多くなる?」




 中食なんてあまり耳慣れない言葉を使うんだな、などと余計なことを考えながら返答する。




「そうですね。そうなると思います」


「それなら僕が二人分作ろうか? 


一人分作るのも二人分作るのもそんなに変わらないし。


洗い物もやるよ」


「それはさすがに悪いです」


「代わりに何か別の家事を担当してくれたらそれでいいよ」




 やはり村尾さんは人が良すぎる気がする。


 話し合いの結果、とりあえず洗濯が私の担当となった。


 といっても瓶内荘には共用の全自動洗濯機があるので、私の仕事といえばたまった洗濯物を洗濯機に放り込むこと、洗い終わった洗濯物を干して、乾いたら取り込むことくらいだった。


 毎日の自炊と比べるとだいぶ労働量に差がある気がする。


 ……借りばかり作っているな。




 こうして少しずつ共同生活にも慣れていった。


 相変わらず他人と一緒に暮らすことへの不安はあるけれど、それも少しずつましになってきた。


 私の行動について村尾さんは少しも気にしていないように見える。


 いっそ無関心がすぎるくらいだが、それが私にとってはありがたかった。


 これなら家族のことや隠しておきたいことも知られずに過ごすことができるかもしれない。

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