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今、愛に生きます  作者: みずがめ@10/1『エロ漫画の悪役』2巻発売!


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3/3

03.

 あれから半月、王宮の地下の冷たい牢がわたしの住居となった。

 なぜか、取り調べすらなかった。わたしはひたすら黙秘を貫いた。話すことは何もなかった。


「サロメ」


 突然名前を呼ばれ、肩が震えた。

 牢の出入り口の扉に影が見える。耳をこすったその声はわたしが聞きたくてたまらなかった声だ。


「ヨハン?」


 しかし、扉をぎぃと錆びた音を立てながら入ってきたのはヨハンではなかった。


「イグナチウス殿下」

「俺の声は、よく似ていたか?」

「……ええ、心が震えるほど」


 今までは一度も声が似ているだなんて思わなかったのに、どうしてだろう。

 彼は鉄格子越しに手を伸ばせば届きそうな場所まで歩み寄ってきた。

 掌に包帯をしている。わたしが突き刺した剣は思うよりも深手を負わせたのだろうか、それともこれ見よがしに見せつけているのだろうか。彼の顔を窺うと、随分やつれている。

 ああ、そんなに疲れた顔をしていると、声だけでなく、顔もよく似ている。

 無意識に右足の傷に手が行く。殿下は眉に刻まれた皺を一層深くした。彼は自分の命を狙った女を前にして何を思っているのだろう。


「なぜ」


 ぽつりと小さな声で問うた彼に何が、と聞き返す必要はなかった。

 なぜ自分の命を狙ったのか。彼には黙秘を使えない。殿下には知る権利がある。


「わたしは、王妃になりたかった」

「なる、はずだったろ」

「いいえ、違います。わたしがなりたかったのは、ヨハンの……ヨハネス王の妃です」

「叔父上のか、馬鹿なことを」


 吐き捨てるイグナスに、自嘲的な笑みが浮かぶ。本当に、馬鹿なこと。わかっていた。



 わたしがヨハンと呼ぶ、ガーランド王朝十八代目のヨハネスは現国王である。

 その前王はヨハンの兄であり、イグナスの父だった。人望のある人だったが、イグナスが生まれて数年で亡くなってしまったのが不幸の始まりとなる。


 王位継承権はイグナスの方が上位にあったが、生まれたばかりで政治に携わるのが難しく、その席は王弟のヨハンに継がれることになった。

 王位に就くまで彼を推し上げていた貴族たちは、即位後は彼を操りたがり、兄王を信望していた者はイグナスこそ正当な王であるとヨハンに反抗心を抱き、彼を仮王と揶揄した。

 そんな落ち着かない政界の中で彼の心は疲弊していき、宰相であるわたしの祖父に相談を持ち掛ける頻度はどんどん高くなっていったのだ。祖父がヨハンを家に招くと両親は歓待し、祖父と一緒になって彼に対しとても親身に接した。

 そんな中でわたしはヨハンと初めて対面したのだが、彼への第一印象は怖い顔、だった。

 幼い子どもだったわたしに対して、あまりにもぎこちなく接し、無口で無愛想で、嫌われているのだと、苦手意識すら抱いた。

 祖父と父の話を盗み聞きすることで、王宮内事情に詳しくなり、彼の立場を知り、――彼を哀れだと思った。

 実際、親身になっているわたしの家族すら、自分達の一族が権力を持ちたいがために取り入っているのが事実で、それに気づかないほど彼も愚かではなく、それでも宰相の協力がなければ国も回せないほど追い詰められていたのだ。

 父はヨハンが王位を追われたとしても、娘を次期王位継承者のイグナスと結婚させどう転んでも都合のいいようにしたかったようだが、哀れと感じつつ知れば知るほどにわたしはヨハンに惹かれていった。

 彼の孤独に、彼の苦悩に、知るうちにわかる彼の表情や、鷹揚さ、繊細さ、自然を愛するように国を愛し、今を通して未来を見るその眼差しも、尊い人だと思わずにはいられなかった。

 小さい頃から両親がわたしを王妃に据えるつもりなのは知っていたが、それが次代の王の妃だと知ったときは悔しくて泣きはらしたこともあった。

 わたしは王妃になりたかった。父の思い描く次の王ではなく、今の王の妃になりたいと願った。



「イグナチウス殿下が不祥事を起こして信用を失墜なさればいいと考えたんです」

「俺から王位継承権を奪おうとしたのか……」

「そうすればずっとヨハネス様が王です」

「そんなことで……こんな馬鹿なことを」

「馬鹿なことですか」

「お前が今まで築き上げてきたものを全て溝に捨てたんだぞ。家族も友人も全てだ!」

「……」

「家族は無傷ではいられまい。なんらかの処分を受けることになるだろう。そうまでして、本当に正しいと思っていたのか? 考えが浅過ぎる」


 痛烈な批判に喉元が熱くなる。それでも、と首を振る。

 皆がヨハンを否定していた。失敗するのを待っているようだった。

 王とはそういうものだと、いつか彼は言った。権力を持つものは力を使う責任をとるものだと言った。だからわたしに優しくあれと、王の妃は慈愛の象徴なのだからいつも誰にでも優しくしなさいと言った。わたしが次代の王の妃になることを知っていたのに。


「婚約者に恨まれて殺害未遂を起こされるなんて、十分不祥事ではないですか。別の女の影があったと、証人がいるはずです。それに――」

「それに、現王を引きずり落とす派閥に俺が関わっているという証拠が出るはず、か?」

「え……」

「悪いがお前の描いた計画はもみ消させてもらった。もともとそんな不祥事は存在しないんだ、あらぬ噂を立てられるのも困る。まあ、それらの裏工作をお前がしたという証拠は出ていないがな」

「だ、誰が証言しなくても、わたしが証言します」


 イグナスは心底失望したとばかりに深いため息をついた。

 自分のしたことに後悔はなかった。けれど、先手を打たれるなんて、情報を流した裏切り者がいるということだろうか。


「無駄だ。あの場にいた者はすでに事情を話した。固く口留めもした。お前が証人になる機会もない」

「……ヨハネス様は何か、おっしゃっていましたか」

「お前が気にするのは彼の王のことだけか……家族や友はどうでもいいというのか。皆お前を心配していた。何か事情があるはずだと調べ直すよう陳情してきた者までいるんだぞ。それを――」

「あの人のために誰を陥れたってかまわない。けれどっ、けれどあの人にだけは嫌われたくない、あの人にだけは厭われたくない」


 声が恐怖に震える。あの人にだけはあんな事をしでかすところを見られたくなかった。何も知らないまま変わらず王でいて欲しかった。

 目の前の殿下がわなわなと震え、鉄格子に拳を叩きつける。


「どうして君は、こんなにも想われているのに、愛を知らないんだ!」

「殿下こそ、知らないんです。愛とは相手に心臓を捧げること、そのために自分の手を血で染めること」

「違う! 愛とは慈しむことだ! お互いで育んでいくものだ。君のそれはあまりにも利己的に過ぎる」

「それは、殿下が望む愛でしょう? 孤独と共に育った愛は相手に捧げることで満たされるんです」


 周囲に望まれていない、なんでも持っていると、妬みや嫉みに晒されて、誰といても利用されているという感覚は、殿下にはわからない。わからないものをいくら説明しても理解できるわけはない。

 突き放すように言うと、殿下はぐしゃっと表情を崩した。


「足を射られたのにか? その傷は残るだろう?」

「あの人を思い出す傷なら、いくらでも受けます」

「相手に望まれていなくてもか?」

「……ええ」


 殿下は両の掌で目元を覆った。小さく、やっと聞き取れるほどの声で「そうか」と呟いた。泣いているのだろうか、わたしを憎んでいるだろうか。そういえば、殿下がヨハンをどう思っているかすら、聞いたこともなかった。


「どうしたらいいのかわからないんです。ヨハネス様が孤独に見えて、お助けできればと思ったんです。彼に王でいて欲しかった。皆から尊い人だと、思ってほしかった」

「俺は……俺は、愛を知っていると思っていたんだ。ずっと。愛とはやさしいものだと思っていた。それも、利己的なものだったんだな。独りよがりの……」


 幾ばくかの時間をわたしたちは沈黙で共有した。

 幼い頃に出会い、婚約してからも二人でいることはあっても相手のことはまったくわからないままだった。わからなくてよかった。他の友達とも、ヨハンよりも一緒にいる時間は長いのに、どれだけ理解していたのだろう。

 不意に胸を虚無に突かれた。


「サロメ」


 殿下が顔を上げる。縋るように鉄格子をつかむ。

 思いつめたような表情でわたしを見る。視線が交差する。


「はい」

「サロメよく聞きなさい。――ヨハネス王は、死んだ」



  ※ ※ ※



 わたしの前世はのび太だった。

 これは比喩表現で、実際私は女だったし、あんなに楽観的でもなかったし、それよりなによりわたしのそばにドラえもんはいなかった。

 そう、わたしはただのいじめられっ子だったのである。


 なんやかんやでデッドエンドを迎え、なんやかんやで前世の記憶を持ち、なんやかんやで異世界に転生したわけだ。

 転生先は貴族の娘、祖父は国の宰相。周りはぺこぺこするわお金は使い放題だわ、しかも自分でうっとりするくらいの美少女。

 それはもう望むものすべてを手にし、願うことすべてをかなえてこの世のすべてはわたしのためにあるのだと言わんばかりに周囲から宝物のように扱われていたのだ。

 いい教育にいい環境、しかも二周目ともなれば人生イージーモードだと思っていた。



 それがまさか犯罪者になるだなんて誰が思うんだろう。

 さすがに自分でも擁護できない。そう、ありていに言えばわたしはただの性格悪くて前世でいじめられ、今世では性格悪くて干されたただの性悪女だったのだ。自分で説明してて若干泣いてる、うん。

 前世を覚えている最大の長所はその経験値だろう。世の中には悪人よりも気を付けるべきは価値観の違い、考え方の違いを大げさに捉えその齟齬を騒ぎ立てることだ。子どもらしからぬ人との距離の取り方を大人びていると言われるくらいならばいいが、すましている、生意気と捉えられると長所も一気に短所となる。

 今思い返せば、家族にも、友人にも無理を言ったことはなかった。嫌われたくはなかった。ずっと上辺だけの付き合いだったかもしれない。それで爆発して犯罪者になるんだったらもっといろんなことをすればよかった。

 もっと喧嘩して、もっと悪戯して、もっと怒られて、もっと挑戦して、もっと失敗してもっともっともっと……。

 何だって許されたはずだ。だって国で一番偉い人が言ったんだから。


「大丈夫、一緒にやってみよう。君のどんな失敗も私の名の元に許しを与えよう。恐れないで」


 今からでもやり直せればなぁ。調子に乗らずに慎ましやかに貴族の令嬢としての一生をまっとうできるのに。

 だったら身を焦がすほどの恋を知らずにすんだし、身を亡ぼすような絶望も知らなくてすんだのに。わたしがわたしじゃなかったら、ヨハンは死なずにすんだのかな。



 耳をすますと、外から喧騒が聞こえる。民衆が新たな王を迎える歓声を上げているのだ。


「イグナチウス王万歳! イグナチウス王万歳!」

「新たな王に祝盃を!」


 新王の即位は快晴が迎えた。

 ヨハネス前王の急死という訃報は国を一時暗澹たる気持ちにさせたが、三カ月間を空けての即位式は国中歓びに満ちている。人望のあるイグナチウス王は国民からも貴族からも支持される存在になるだろう。そう予感させる歓待ぶりだ。


 前王ヨハネスの死は国民には病死と伝えられた。

 事実は新王イグナチウスと他数人しか知る者はいない。




  ※ ※ ※




「――サロメ、貴女には二つの選択肢を与える。一つはこのまま王妃になること」

「……?」


 絶望に打ちひしがれるわたしを前に、イグナチウス殿下は選択肢を提示した。


「パーティに来ていたものに事情を説明したと言っただろう。本当に、親しい者だけでよかったと言うしかないな。あとは王族の力を発揮させてもらった。王妃のいない王というのも体裁が悪いからな。そのかわり、反抗も逆らうことも禁ずる。常に微笑み俺を敬い、この国のために尽くしてもらう」

「なにを……」


 その顔には何も浮かんでいない。淡々と言葉を紡いでいく。


「もう一つは、貴女には国から出てもらう。もちろん身分は剥奪し、親兄弟親族と連絡を取り合うことを禁じる。この国のことを口にすることも禁じる。二度とこの国に戻らないと約束するのであれば、特別にこの件を不問にする」

「え……」

「時間を与えるから好きな方を選びなさい」


 イグナチウス殿下は、実質わたしの罪を問わなかった。

 いっそ殺してくれ、わたしは罪人なのだから死刑でかまわない。そう言っても取り合うことはなく、


「死ぬことだけは許さない。生きるんだ、そして死ぬほど後悔しろ」


 殿下に自殺しないように見張りまでたてられた。

 三日が過ぎ、殿下が答えを聞きに来た。

 あの二つの選択肢ならば、答えに迷うことはなかった。




 わたしは少ない荷物を抱え、屋敷を後にする。

 家族との最後の別れは前日に済ませている。事情を聞いた両親は始め何を言っても信じず、怒り狂い、悲嘆に暮れ、最後の別れの抱擁で謝罪され、わたしは泣きながら謝った。何度も何度も。

 エミリーやスーザンをはじめ、友人達から何通も手紙が来ていた。こっそり人目を忍んで会いに来てくれた友人もいて、抱き合い別れを言い合った。彼女たちにも謝った。もっとよく見ればよかった自分の周りを。


 わたしはようやく後悔した。自分の浅はかさに。何が人生二周目でイージーモードなんだ。激情だけに突き動かされた末に一番大事なものを失い、大事にされていたことに今更気づくなんて恥さらしもいいところだ。


 見送りは禁止されたので、まだ癒えきっていない足を杖をついて引きずりながら一人で屋敷を後にする。両親や祖父母の部屋からはまだすすり泣く声が聞こえているような気がしたが、外の声にまぎれてしまった。

 自分とはまったく関係のない歓声なのだが、こんな中、国からこそこそ出ていくのは犯罪者にはお似合いかもしれない。


 港町まで馬車で送られた。潮の香りを強く感じながら降り立つと、港も新王の即位に浮足立っている。

 ここからなら自分の国以外、どこの国でも船に乗れば自由に選べるというわけか。出港すれば、ただのサロメだ。サロメでなかったことは生まれてこのかたないのだが、一人で海へ出るのはこのような気持ちなのか。

 知らない人、知らない場所。ただし後悔と共にある心は冒険心で浮き立つことはない。

 適当な船に乗り込み、最後の景色を見ていると涙が溢れてきた。一度堰を切った涙は次々に零れて海に溶ける。

 顔を隠すように両手で覆う。同乗した客らしき人が心配そうに大丈夫かと声をかけてくれ、どうにか頷き、


「……船は初めてで、怖くなっただけです。ご迷惑をかけてすみません」


 なんとか言い訳をして誤魔化す。


「そうか、私も船ははじめてだ。同じ船に乗ったのも何かの縁だ、気にしないで。それでも気になるというのなら――私の名の元に許しを与えよう。迷惑だなんて恐れないで、どうか泣き止んで」



――「大丈夫、一緒にやってみよう。君のどんな失敗も私の名の元に許しを与えよう。恐れないで」――



 彼の声が聞こえた気がした。

 風に後押しされるように顔を上げると、再び涙で視界が滲む。

 海鳴りが遠く、近くに聞こえる。人々の喧騒も、波にかき消された。




これにて完結です。読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁある意味2週目もなるようになったというやつですかね。 うまくまとまったて感じですね。なんか文学的。
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