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第一話 空の器(その三)エルフなんて大嫌い!

********


 この物語の主人公、メルフィーヌは、超人的な能力どころか、これといったとりえも無い普通の女の子だった。


 当初、筆者は、彼女が成し遂げることになる偉業の要因を自分なりに解釈していた。歴史は往々にして時の施政者の作為によって都合よく作り変えられるものだ。メルフィーヌの場合も、名門サミエ家の御曹司ガランカの妻として、都合よく伝説にまつり上げられたものだと思っていた。


 しかし、エルドールの市庁舎でメルフィーヌ本人に会った時、筆者のその考えは変わった。それは、また大分後の話になるため、ここでは割愛しよう。


 今、一つだけ言えることがある。もし、彼女が優れた冒険者だったとしたら、彼女の偉業は無く、歴史も変わっていたことだろう。


 今頃は、メルフィーヌ率いる悪逆非道な反乱軍を討伐した英雄として、エダマ=ルンカや、ゾーラ=バッドがまつり上げられていたかもしれないと思うと正直ぞっとする。いや、まじで、生理的に受け付けない。そんな未来。


********


 シュンラは、メルフィーヌを、一人、宿屋の広い部屋に残して出て行った。メルフィーヌの知っている町の安宿とは、随分違う立派な部屋だ。城の賓客用の宿泊施設らしい。部屋の中には、大理石作りの浴槽もあった。見たことのないような大きなベッドの片隅に、メルフィーヌはもぐり込んでいた。


 金銀細工の工芸品が、部屋の隅、棚の上等いたる所に据えられている。


 シュンラから渡された真新しい下着の肌触りも初めて体験するものだった。これが、噂に聞く絹というものだろうか。とても高価な品だと聞く。その下着は、実用よりも装飾を重視したもののように彼女には思えた。あまりにも薄過ぎるのだ。滑々の肌触りで、柔らかいベッドにもぐり込むには丁度いい。


 もう、体の痛みは消えていた。ルーイの言った通りだ。


 彼らの使った治療呪文やテレポートの呪文は、熟練の術者のみが操ることのできる極めて強力な魔法だ。メルフィーヌがそれらの術を目にするのは初めてだった。


 メルフィーヌは、左脇腹の傷のあったはずの部分を恐る恐る触ってみた。確かに傷は跡形もなく消えている。もと通りの滑らかな肌。傷は内臓にまで達していたはずなのに。



 ベッドの中で体が温まってくると、メルフィーヌは、ベンの肌を、その体温を思い出して胸の奥がうずいた。彼とは一度寝ただけだ。安宿の硬いベッドの上で抱かれた。夜半、彼の夢物語に付き合わされているうちに、なんとなく、そういう関係になってしまった。初めての経験ではあったが、恋と呼べるようなものではないと思っていた。明日をも知れぬその日暮らしの者同士、慰め合うように肌を重ねただけだと……。それなのに、もう会えないかもしれないと思うと、胸の奥をキリで刺されたようにうずくのだ。



 今日一日の出来事は、まるで悪夢のようだ。そう、全て夢なのだ。今この目を開けるとそこには……。


 ドアが開いた。大きな男が、身を屈めて窮屈そうにドアをくぐった。緑色がかった肌。トロール族だ。


 これも悪夢の続きなのだろうか。メルフィーヌはそう考えていた。麻痺したように体が動かない。悲鳴をあげることさえ出来ない。


 「あの小うるさいシュンラはいないようだな」


 ガランカは、部屋の中を見渡した。この大男がいると部屋が狭く感じられる。


 「おっと、恐がらないでくれよ。おれは、見ての通り紳士なんだ。ちょっとあんたと話がしたくてね。あのエルフの小娘がいるとじゃまだろう」


 トロールのにやけ顔にメルフィーヌは、ベッドの上で毛布にくるまったまま後ずさりした。


 「おれは、カトマール国王直属の親衛隊組頭、名前は、ガランカ=サミエ。サミエ家は、代々、国王に仕え、親衛隊を務める冒険者の家柄だ。もちろん、戦士だ。きみは?」


 こう改まって冒険者としての名乗りをされると、それに返答せざるを得ない。


 「わたしは、メルフィーヌ=ダルネ。プリーストの修行を積んだ冒険者です。師は、カトマールのエリック=ジャルバ」


 「メルフィーヌか、いい名前だ。としは、いくつだ?」


 「冒険者どうしで、そういう質問は無用のはずよ」


 「冒険者ね」


 ガランカは、笑っている。明らかに彼女のような新米冒険者を見下している態度だ。彼の、王室親衛隊筆頭組頭という地位からすると無理もない。彼女の師、ジャルバもガランカから見たら名も無い冒険者の端くれにしか過ぎないだろう。


 「さて、その冒険者殿に尋ねたいことがある。なぜ、エルドールのロード、シュンラ=リスレンと一緒に城に来た? あんなのが友達ってわけはないだろう。それとも、エドガー=ハートンのさしがねか?」


 また、エドガーだ。メルフィーヌは、その名を聞くのにうんざりしてきた。余程の人気者か嫌われ者か。


 ガランカの彼女を見下した態度も気に入らない。冒険者は自由平等と独立独歩の精神を重んじる。地位と知名度の差はあっても、それを振りかざすのは不愉快だ。


 そもそも、今日彼女を襲った出来事をこんなぶしつけな大男に説明する気になんてなれない。ほっといて欲しい。


 しかも、今ここは、彼女の部屋だ。白昼堂々と案内も請わず初対面の女の部屋に押し入ってくるなんて、非常識極まりない侮辱だ。シュンラが言う通り、ろくでもない男に違いない。何が紳士だ。



 「答えられないのなら、答えられるようにしてやるぜ」


 ガランカは、メルフィーヌの被っていた毛布を無理やりはぎ取った。


 メルフィーヌは無言のまま、ガランカとの距離を目で測っていた。体は動かせる。


 彼女は、近づいてきたガランカの急所を蹴り上げた。


 ガランカは、彼女の反撃を予期していなかったのか、体勢を崩してよろめいた。


 その隙にメルフィーヌは、太い腕をすり抜けて、床に立った。出口のドアに向けて飛ぶように走りだす。しかし、彼女の体力はまだ回復していなかった。メルフィーヌは、眩暈を感じた。


 床が異様に柔らかい。まるで、大きな焼き立てのパンの上を走っているようだ。彼女は、そう思った。目の前が真っ白になり、床に倒れ込んでしまった。




 「お楽しみのところ、もうしわけないけど、そこまでよ。ガランカ。エドガーから預かった女の子を傷物にされちゃかなわないもの」


 いつの間に部屋の中に入っていたのだろうか。窓枠にエルフの少女が座っているのだ。長い足を組み上げ、頬杖をついている。頬にかかる金髪がカーテン越しの光に透き通るようだ。



 「へっ! 帰ってきてたのか。エルドールの鬼神め」

 ガランカは、間が悪そうに言って、すでに逃げ腰になっている。


 「続きはまた今度楽しませてもらうぜ、メルフィーヌ」

 そう言い残して、大男は、部屋を出て行った。




 メルフィーヌは、床に倒れたまま泣いていた。自分の無力さが無性に悔しくて、涙が止まらない。今日一日、こらえていたものが堰を切ったように、涙が後から後から溢れ出した。



 強くなりたい。彼女はそう思った。もう二度と悔しい思いをしたくない。火を吹く化物なんかに負けたくない。ワーベアなんかに食べられたくない。トロールなんかに襲われたくない! 強くなりたい! 強くなって……



 エルフの少女は、窓枠から音もなく跳び降り、メルフィーヌに近づいてきた。


 「不思議だわ。あなた、魔物に襲われて殺されそうになった時にさえ泣かなかったでしょう。人間って弱い生き物だから、ああいう時は死にたくないって泣きわめくものよ。あのトロール、そんなに恐ろしくなかったでしょ? どうしてそんなに泣くの?」


 「どうしてって……」

 メルフィーヌの唇が小刻みに震える。


 「ほんと、そっくりね。泣き虫なとこなんか特に。人間って、面白い生き物だわ。こんなに似てるなんて」


 「……?」


 メルフィーヌは涙で濡れた目で、エルフの目をきっと見上げた。


 「ほら、その反抗的な目も。人間のくせに、自分を何様だと思っているのかしら。周りに世話ばかり焼かせていい気になっている脳天気なガキ風情が」


 「あなたに、わたしの何が分かるって言うのよ! 分かったふうな口ばかりきいて。それに、ガキって何よ。わたしは十八才よ。あなたなんかにガキ呼ばわりされるおぼえはないわ!」


 「十分ガキじゃない。わたしは百九十二才。エルフとしてはまだ子供だけど、胸ばかり栄養が偏って成長して頭空っぽなあんたなんかと比べられたら迷惑なの。貧乳だからって馬鹿にしないでよね。れっきとしたステータスなんだから。それに、あなたのことぐらい、何だってわかるわ」


 「……」


 「あなたは、今、こう思っているでしょ。強くなりたいって」


 シュンラは、メルフィーヌの上にかがみ込んで、残忍そうな笑みを浮かべた。


 「……」

 メルフィーヌは、さらに目を怒らせてシュンラをにらみ返した。


 「人間ごときが、強くなってどうするつもり? 自分には特別な力があるとでも思っているのかしら。はっきり言ってあげる。そんなものないわ。いつまでたっても、人間は人間のまま。自らの力を過信したあげく、世界を滅ぼした人間。ええ、そうよ。あなたたちは、強いわ。恐ろしいわ。世界、最強、最悪の化け物よ」


 「……」


 「ほら、そうやって、自分には関係無いみたいな目をする。人間のそういうところが許せないの。いつだって、ご都合主義。泣きべそかいて、媚び売って生きる。特に、あなたみたいなのが、一番たちが悪いの。そう、最悪。つまり、最強よ。自分では何も出来ないから、周りに助けられる。自分で自分の命の心配をしないから、周りが心配するの。今日だって、身に覚えがあるでしょう。あなた、魔物に襲われながら、どうやって一人生き残ったの?」


 メルフィーヌは、シュンラの目を見ながら、思い出していた。地獄のような炎の中、メルフィーヌを突き飛ばした女魔法使いの目を。


 「あんたはここにいちゃいけない!」

 彼女はそう叫んで、メルフィーヌの体を魔法の呪文で闇の中に飛ばしたのだ。


 「あなた、死ぬの怖い?」


 シュンラの冷めた表情に、メルフィーヌは本能的な寒気を覚えた。また、デジャヴだ。今朝、女魔法使いから同じことを質問された。彼女は、死が怖いと思ったことはない。今日、致命傷を受け、ワーベアの巨大な爪を目の前にしても、恐怖は無かった。ただ、腹立たしさ、自分への苛立ちだけを感じた。


 「怖くないんだったら、殺してあげようか? 今、ここで」


 シュンラの金髪がサラサラと風に揺れるように乱れ、パチパチと発光し始めた。細い手足をゆっくりと動かしながらメルフィーヌに近づいてくる。メルフィーヌは、はっきりとした、肌をつんざくような殺気を感じた。


 「にんげん……、舐めんじゃないわ! 化物!」


 メルフィーヌは、叫びながら立ち上がった。


第一話 完

 メルフィーヌが憧れ、目指した冒険者という職業。その仕事は、地中深くに潜む魔物たちと戦うこと。時には財宝を奪い返したりすることもある。冒険者がいなければ、魔物たちは地上に出て無抵抗な人々を襲ってしまうだろう。そのため、この国では冒険者は最も尊敬される職業だ。死を賭して集める尊敬だ。魔族の中には高い知能を持つものも多く、魔の領域を侵されることを嫌い、洞窟の迷宮を広げ、仕掛け扉や死の罠で冒険者の行く手を阻む。それでも、冒険者を志す若者は後を絶たない。名誉のため。守るべきものを守るため。

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