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義父と息子

 雨季が終わると驚くようなスピードで植物は育ち、濃密な甘い香りを漂わせる花を咲かせ、食欲を刺激する実を付ける。

 まるで溢れ出る生命力そのもののような緑の世界を駆け抜けながら、少年はいくつかの木の実と草の実を収穫していた。

 

 軽く大地を蹴って木々を足場に飛ぶように駆け抜ける樣は、下手をすると飛んでいるようにさえ見える。

 異変に敏感な小さな動物達も、一瞬横切った影にびくりと体を強張らせはしたが、やがて危険は無いと判断してそれぞれの行動の続きへと戻った。


「おやじどの!戻ったぜ!」


 少年は小さな小屋に文字通り舞い降りると、扉を器用に足で開けて中へと突っ込む。

 中にはのっそりとした熊が、いや、熊のような雰囲気の男が一人いて、石の土台の上で何かの草のような物を重みのありそうな棒で叩いていた。


「おう、ひよっこ」

「ひよっこじゃねえよ、ナナソウだよ、ナナソウ」

「あー、呼び難い名前だよな。そんなのよりひよっこってのがぴったりだろ。な?ひよっこ」

「はん、そんな寝言をほざいていられるのも今だけだぜ。今日こそはその手に泥を掴ませてやるぜ」

「口だけは達者になったよな」

「うっせえよ!ほれ、今日の収穫。罠に山ネズミが掛かってたぞ」

「うずらは?」

「こいつが食ったっぽい」

「なるほど、という事はこいつを食えば必然的にうずらを食った事になるという事だな」

「いやいや、単なる山ネズミだから」


 罠に掛かった動物の多くはやせ細ってしまうものだが、この山ネズミは丸々と太っていた。

 罠に掛かりながらも先に掛かっていたうずらを食ったのだろう。

 いや、そもそもうずらが罠に掛かっていたから山ネズミがそれに釣られて共掛けの罠に突っ込んだのだ。


 罠から少し離れた所で既に血抜きを済ませていた少年は台所で早速その山ネズミの解体に取り掛かる。

 基本的にこの家では料理と言えば鍋を指す。

 食材を適当に切って鍋に入れて煮る。

 それがこの家における料理なのだ。


 住人二人共に味にこだわりがないからこそ出来る生活だった。

 なにしろ味付けは塩と山菜しかないのである。


「よっしゃ!なら飯が出来るまでの間は運動だ!運動!腹をすかせてこそ飯がうめえからな!」

「ルールは?」

「なんでもありだ」


 少年、ナナソウはそっと満足気に笑った。

 雨季の直後辺りからやっとハンデ無しで戦えるようになったのだ。

 両手を縛った義父や片足立ちの義父に打ち据えられる屈辱はこの年代の少年の自尊心を大いに傷付けたものだが、それもやっと卒業したとみるべきだろう。

 だが、安心してはならない。

 技量が足りないと判断されればまたすぐ元の状態に戻ってしまう。

 彼の義父は大体の事にいい加減だが、戦いに妥協はしない。


 養父が庭と呼んでいる、家の周囲の木立の間に開けた場所がスタート地点だ。

 自然体でゆらりと立つ養父は、その大柄な上背を持ちながら威圧感がない。

 というより気配そのものが薄かった。

 魔法などではなく、呼吸法や筋肉の操作によって養父は自在に自分の気配を変える事が出来る。

 気配を消してしまっている相手より、こうやって気配をコントロールする事で相対する者を誘導するやり方の方がやりにくい。

 間合いに踏み込むタイミングが測り辛いのだ。


 しかし、ナナソウは無頓着に間合いに踏み込む。

 

「硬!」


 肉体強化の魔法、更にそれに即練法を使い、わずか一言で発動させた。

 硬さを優先した強化法だが、戦闘を生業とする者達のほとんどが慣れ親しんでいるメジャーな魔法でもある。

 

 流れるような動きで手刀を突き込む。が、見間違えようもない大きな体格相手なのにかすった感触すらなかった。


「愚か者め、硬化の範囲が広すぎる。それでは指先がブレて使い物にならんわ!」


 叱咤する声に唇を噛み締め、ナナソウは踵で地面をえぐり回転する。

 向き直ると同時の蹴り、更に体勢を立て直しての払い。

 しかしやはり届かない。


「地面に痕を残すな!基本中の基本だぞ!」


 何処からか飛んできた礫が1個、ナナソウの肩口に軽く触れた。


「う?あっ!」


 体勢が崩れ、たたらを踏む。

 

「地に足が付いてない!いかなる時も大地からの力を途切れさせるな!」

「ちぃっ!」


 くるりと体を捌いてトンと地面に屈みこむように低く体勢を取る。


「力を!」


 再び肉体強化の魔法を掛ける。

 しかし、今度はパワー、瞬発力強化に使った。


 ゴゥッ!と周囲の景色が捉える間もなく過ぎ去る感覚を伴い、ナナソウは義父が反応するより早く攻撃を仕掛ける。

 ……しかし。


「あっ」


 こつんと、義父の体があったはずの場所にそれだけ突き出された足に躓き、ナナソウは見事に転んだ。

 そして、勢いがつきすぎていた為、転んだだけでは済まなかった。

 ゴロゴロと回転しながら大木に突っ込む。


 ガツーン!と、いかにも痛そうな音が響いた。





 ズキズキと痛い頭を抱えてナナソウが目を覚ました時、不思議な光景が広がっていた。

 

「んん?頭上に地面があるぞ?」


 ぼんやりとした頭で足元を見る。

 そこには茜色に暮れゆく空があった。


「不思議な事があるもんだな。寝て目が覚めたら天地がひっくり返っていたぞ」

「んな訳あるか!」


 頭上、つまり地面の方から声が聞こえてナナソウは顔を上げた。


「オヤジ殿おはよう」

「いや、今はまだ夜だ」

「おお、そう言えば腹減った」

「まぁそうだろうな」

「飯は?」

「食った」


 義父の言葉にナナソウはしばし理解を忘れて思考が停止する。


「え?」

「俺が全部食った」

「えっ!だって、せっかく捕って来た肉は?」

「俺が全部食った」

「ちょ!えええええ!」

「お前、今日の修行、何も考えずにいい加減に術を使ってやっただろう?」


 義父の指摘にナナソウはギクリとなった。

 体を動かす事は苦にならなかったが、ものを考えるには疲れていたのだ。

 仕方ないだろと、ナナソウは己の心の中で叫んだ。

 義父に対して叫ぶ程命知らずではなかったのである。


「ま、まじめに頑張ったよ?」

「愚か者!真面目にやれば敵は負けてくれるのか?全くお前はどうしてそう考えなしなんだ?」

「お、おう」


 ナナソウは否定するのも肯定するのもどうかと思ったので適度に言葉を濁す。


「それもだ!物事を曖昧に片付ける癖もやめろ!」

「う……はい」


 ナナソウはしゅんとして項垂れた。

 しかし項垂れても下に頭は落ちず、上に引っ張られたままだ。

 ここに来てさすがにナナソウも気付いた。


「あれ?俺なんで吊るされてるの?」

「お前の頭には血が巡ってないんじゃないかと思ったんでな。それならちゃんと血が巡るだろ?」

「いや、巡る前に血が溜まるから!」


 逆さ吊りだった。


「まぁそういう事だから。おやすみひよっこ」

「おやすみなさい、義父さん」


 パタリと家の扉が閉まる。


「いやいや、お休みじゃないから!おやじ!おやじ殿!くっそおやじぃ!」


 叫びは虚しく暗くなった空へと消えた。

 両足首にぐるぐると巻かれたロープはしっかりとしていて多少暴れた所でぴくりともしない。

 ある意味安心していい頑丈さだ。


「いやいや、安心じゃないから、絶対違うから!下ろしてくれよおお!!」


 巣に戻る最後の鳥が「カカッ!」と一声鳴いて、彼の吊るされた大木の梢を掠めて行った。

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