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「恋をしたの」
「え?」
幼馴染の告白は深く私の心臓を貫いた。
「凄く素敵な人。どのくらい素敵かと言うと――魂が震えるくらい!」
「嘘よ。いつの間に?」
「あら、恋に墜ちるのに時間なんかいらないのよ。子供ねえ?」
私と紫ちゃんは姉妹みたいに育った。
お互いの父親が幼馴染で親友だったせいもある。
私の父は警察官、紫ちゃんの父は考古学の教授、と選んだ職業は違うけれど、友情に変化はなかった。
だから、娘である私たちもいつも傍にいて一番解り合える仲良しだったのに。
その紫ちゃんから、こんな話を聞く日が来ようとは。
「その人はねえ、長身で、浅黒い肌、真っ黒い髪をこう、肩まで垂らして――」
「やっぱり嘘だわ! そんな人ここらで見たことない。いるもんですか」
「芸術家なの。だから、私、モデルを引き受けちゃった」
「……まさか、それ、裸じゃないわよね?」
「どうかなーー」
「何よ、カンジ悪っ!」
「もう行かなきゃ」
紫ちゃんは手首を返して赤いベルトの腕時計を見た。
「今夜もモデルの続きするって約束したから」
「ちょっと、これから? こんな時間に出かけるの? うちへ泊まりに来たんじゃ――」
「だから、それは親を安心させる口実よ」
止めるべきだった。
腕を引っ張ってでも、私はこの時、紫ちゃんを止めるべきだったのだ。
危ないよ、って。
だって、それでなくとも、もう3人も……
「そうそう、ところで、私、面白いもの見ちゃった」
玄関で靴を履きながら紫ちゃんがふと、振り返った。
「あれ、阿修羅だわ」
「え?」
「あ、でも、これについては、この次ね。ほんと、もう時間がない――」
これが、私が紫ちゃんを見た最後となった。
私が、その日、友人を止められなかったのは、嫉妬したから。
ズルイ。私を置いて、自分だけさっさと〈恋〉をするなんて……!
しかもそんな素敵な男と?