第3章 違和感
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
目が覚める。
珍しいことだった。
こんな時間に起きるのは、久しぶりだ。
視線を横にやる。
床に敷いた簡易の布団。
そこに、小さな影が丸まっている。
陽菜だ。
静かな寝息。
まるで、ここが安全だと信じているみたいに。
「……」
何も言わずに起き上がる。
キッチンに向かい、水を飲む。
違和感があった。
理由は分からない。
ただ——
何かが、引っかかる。
窓の外を見る。
いつもと同じ景色のはずなのに、
妙に視線を感じる。
気のせいかもしれない。
でも、こういう感覚は外したことがない。
「……チッ」
小さく舌打ちする。
面倒なことにならなきゃいいが。
背後で物音がした。
振り返ると、陽菜が目を覚ましていた。
「……おはようございます」
少し眠そうな声。
「ああ」
短く返す。
「……ここ、静かですね」
陽菜がぽつりと言う。
「……そうか」
「なんか、安心します」
その言葉に、少しだけ詰まる。
安心。
その言葉は、この部屋には似合わないはずだった。
「……飯、食うか」
話を切るように言う。
陽菜はうなずいた。
簡単な朝食を用意する。
昨日と同じようなもの。
でも、なぜか少しだけ違って感じた。
「……今日、どうする」
聞いてみる。
「……ここにいても、いいですか」
「……ああ」
短いやり取り。
それだけで、十分だった。
食事を終え、陽菜が部屋で静かに過ごしている間、
俺は外に出た。
空気を吸う。
外は、いつも通りの街。
だが——
「……」
視線を感じる。
背中に刺さるような感覚。
振り返る。
誰もいない。
ただ、遠くに人影が一つ。
すぐに視線を逸らした。
……あれは、偶然か。
いや。
違う。
歩き出す。
何気ないふりをしながら、角を曲がる。
足音。
一定の距離で、ついてくる気配。
確信に変わる。
(……やっぱりか)
次の角を曲がった瞬間、足を止める。
そして——
振り返る。
「……誰だ」
低く言う。
沈黙。
しばらくして、物陰から男が現れた。
見覚えはない。
だが、その目は——
ただの通行人じゃない。
「……何の用だ」
男は答えない。
ただ、じっとこちらを見ている。
その視線に、覚えがあった。
昔、何度も見てきた目。
「……誰に雇われた」
その一言で、男の表情がわずかに動いた。
やはり、そうか。
男は何も言わず、踵を返して走り出す。
「……チッ」
追う気にはなれなかった。
答えは、もう十分だった。
誰かが動いている。
しかも——
普通じゃない連中だ。
部屋へ戻る。
ドアを開ける。
「……おかえりなさい」
陽菜が、少しだけ安心したように言う。
その顔を見て、確信する。
(……こいつが、狙いか)
理由は分からない。
だが——
「……今日は、外に出るな」
「え……?」
「いいから、ここにいろ」
少し強い口調になっていた。
陽菜は戸惑いながらも、うなずく。
「……わかりました」
その返事を聞いて、
胸の奥がわずかに痛んだ。
守る。
その言葉が、頭をよぎる。
だが同時に——
(……また、同じことになるのか)
過去の記憶が、よみがえる。
逃げた日のこと。
見捨てた背中。
拳を握る。
違和感は、確信に変わった。
何かが、動き出している。
そしてそれは——
確実に、この部屋へ近づいていた。




